悪魔軍対魔獣軍 隠密部隊の戦い1
「そろそろ拠点に帰ろうか?腹も減ったしな」
「あの人間の死体も晩飯にする奴も居るだろうから、早めに帰るか」
隠密魔獣軍が帰ろうとしていると、5番街を拠点にしている人間の軍勢が近寄ってくる。
「!!!」
「おい、敵だ! 隠密起動してさっさとここを立ち去るぞ」
建物の4階部分で会議をしていた軍勢は直ちに部屋を飛び出した。
人間に見つからない様に7人は散開しながら建物から脱出を試みる。
「ちょっとやばいかな? 何人か的確にこちらを把握している気がするぞ」
「豹人たちは建物から脱出できたようですね」
「あいつらは足が速いからなぁ・・・」
「まずは2階のどこかの部屋に入るぞ、そしてベランダから脱出だ!」
だが、人間らしき気配の数人が1階の奥に回り込んだようだ。
「仕方ない、3階でもいいからベランダに出るぞ」
3人は3階の階段横の部屋に飛び込み、鍵をかけてベランダに向かう。
「さ、さすがにこれは高いですな・・・」
3階のベランダから下を見るとかなりの高さがある。
実際に10mはあるだろうから、飛び降りて助かる可能性は半々か。
「アンダルさん、これっ!」
ベランダの端に寄っていたポイの足元のそこには非常脱出用のステンレスの蓋があった。
その蓋を勢い良く開けると、中から縄梯子が降りて行く。
3人は窮地に立たされたと思っていたが、凄く運が良かったと胸を撫で下ろす。
そのまま1階まで避難梯子を降りて行き、急いで真っ暗な南の戸建て群の中に溶け込んでいった。
「はぁ~まだ心臓がバクバク言ってるよw」
すぐに豹人と狐人達は合流し、イーストの自分たちの拠点を目指し歩いて行く。
前後左右に細心の注意を払いながら。
黒豹人と大耳狐人たちが戦場から離散した暫く後の事。
11番街辺りではリーと佐助たちが戦闘に巻き込まれていた。
11番街の北側に隣接する学生会館の中には高レベルのジョブゴブリン達が居た。
魔法を使うゴブリンを筆頭に、剣や格闘技を駆使する奴らだ。
リーと佐助たちの索敵には引っ掛かっていたのだが、トオルから受けた今回の任務には関係が無いのでスルーするはずだった。
低レベルのゴブリンは不思議と下へ下へと集まってくるが、ホブゴブリン以上になるとその行動は取らなくなる。
この20階ほどの高さで、西棟と東棟、そしてTの字の様に連なる南棟に分かれる建物。
しかしこの中にも逃げ遅れた、もしくは居座った若い女性達が大勢いた。職員や管理職の人も居たようだが、すでに魔物に滅せられたようだ。
東西南棟共、ワンフロアーに各棟8件~10件の部屋がある。
正面中央のエントランスを通り抜けると、エレベーターと非常階段がある。
しかし1階と2階、3階部分は実質ゴブリンに支配されていて外に脱出できない。
ホブ以上の職業ゴブリン達は、徐々に上階へと支配範囲を広げていく。
避難民は全て若い女性なので、ゴブリンにとっては絶好の繁殖用の狩り場である。
リーたちが11番街に行こうと、建物の前を通った時、学生会館の中程から多くの悲鳴や助けを強く求める声が聞こえて来た。
二人共特に正義の味方を気取るつもりも無かったが、何が起こっているのかは把握しておきたかった。
その為に、わざわざ戦火の渦に巻き込まれるように建物に入っていったのだった。
エントランスをくぐると、そこには進化はしてないがレベルの高いゴブリンがかなりの数、ボリボリと何かを食っている。
1階2階は魔物の気配と死体遺体しかないので、助けを求めていたのは上階に閉じ込められている避難民達なんだろう。
「人間や魔物を喰ってますね」
「美味しそうですな・・・」
ホールやそこらではゴブリンが食事中だった。
「ジャドもウェイズも死肉を喰らうのか?」
「自分は何でも食べるけど、さすがに腐った死体はあんまり・・・」
「私は完全肉食ですが、最近はカップ麺も好きです」
「ぷっ♪ 魔物が麺類好きって(笑)」
隠密効果が効いているのか、1階のゴブリンはリー達一行にまだ気づいてないようだ。
「ねぇゴブリンって、レベル8や16で進化するんじゃなかったのか?」
「そういや、こいつらってレベル20前後なのに何も進化してないのはおかしいよな?」
「必ず進化する訳じゃなく、中には3次進化でもゴブリンのままの個体も居ますよ」
「とは言え、こんなにたくさんの未進化ゴブリンが集うのは有り得ないです」
「ジャド、ウェイズ、考えられる要因は?」
「何者かに操作されてるか、何かの影響を受けているか、進化しない新種なのか」
黒猫の容姿のウェイズが、可能性のある事を進言するが、どれも決め手に欠ける。
「まぁそれは置いといて、上に上がりましょうか」
4人は隠密行動を持続しつつ、ゴブリン達の横を通り抜ける。
「グギャッ?」
「プギャッ?」
ゴブリンからしたら、何かが通り過ぎた様な感じがするが、それ以上気にならなかったようだ。
一行は2階に上がり各棟を見て回るが、さすがにホブ以上のゴブリンの中には隠密スキルを看破してくる奴も少なからず居る。
「バフいきます!魔膨!早風!」
魔膨:魔力を膨らませ、魔法効果を上昇させるバフスキルである。
バフ:味方の能力やステータスを向上させるスキルや魔法の事。
デバフ:敵の能力やステータスに悪影響を与えるスキルや魔法の事。
「魔手裏剣!」
「影銃!」
「闇追!」
それぞれが臨機応変に魔法やスキルを駆使し、他のゴブリンに気づかれない様に敵意を示す敵ホブゴブリンを倒していく。
「このフロアには人間は居ないようだね」
「弱々しい小さな波動を感じるから、ゴブリンの赤ん坊でも居るんじゃないでしょうか」
「って事は、ここの住人がゴブリンの"借り腹"にされてるって事ですな」
ゴブリン種は極端に女性個体が少ない。
産まれて来るゴブリンの90%くらいは男性個体だ。
その為に、ゴブリンは小動物を除いたほとんどの哺乳類の子宮を使って繁殖を促す。
これを「借り腹」とか「孕み袋」とかと言われている。
ゴブリンは同種間での受精繁殖は行わず、男個体から射精されるのは余剰精子と受精卵である。
女個体に卵子を排出する性機能は無く、男個体から射精された受精卵を受け入れ妊娠出産をする。
男個体は、元より卵子と精子を保有し、睾丸内で受精させ、その受精した有精卵を女性の膣内奥深くに射精する。
それ故、どのような種族のメス個体を選ぼうとも、産まれてくるのは必ずゴブリンである。
ただ、他の無性生殖の生き物とは違い、親個体の完全コピー体とは異なる。
精子は個体DNA単体だが、卵子は多様性を持つため親のコピー個体は産まれてこない。
一度に出産する数は、男個体の有精卵保有率と、借り腹の子宮の大きさや子宮への着床率で決まる。
通常は3~8体くらいの子供を産まされる。
ゴブリンの妊娠期間は短くて、受精卵は女個体の子宮に着床すると、すぐに細胞分裂を超高速で開始し、早くて3日、長くても14日以内に出産する。
人間種や羊や豚のように子宮の大きさがそれほど無い場合は、2~4人くらいを3~7日くらいで出産する。
牛や馬などの大きめの子宮持ちだと、4~8人を7~14日くらいで出産する。
ゴブリンの妊娠期間は着床した卵子の数や子宮の大きさで決まるようだ。
出産後のゴブリンは最初の数日は急成長する。
そして、1カ月もすれば性成熟し子供を産ませられるようになる。
リー達は3階に上がってくると、気配探知や索敵で、数人の人間らしき気配を読み取る。
「気配はあるが、動きが無い所を見ると、繁殖場かも知れないですね」
「助け出すのかな?」
「ん~ どっちでも良いけど、まずは上の様子を把握してからだね」
そう言って、リー達は4階への階段を上がって行った。




