天使軍、敗走
『グランドヒール』『ハイヒール』
一度全員に治癒魔法を掛けておいた。
加奈子の頭の中に、何故こいつらが火の中で戦えているのか思い悩んでいる。
洋路に問おうとしたが、ホブゴブリンに弄ばれていて余裕がなさそうだ。
(明日桜、大主様、母ヲ 助ケニ イク)
ジンガからの念話でハッと気が付き、フィルを見ると2体のホブゴブリンに痛めつけられていた。
身体中から赤い血を流し、かなり苦戦している。
「ジンガ、行くよ! 加奈子さん行きます」
明日桜とジンガは素早くフィルの元に疾走していった。
『スロウヒール』
フィルに向けて加奈子はスロウヒールを飛ばした。
((アルジヨ 助カッタ 礼ヲ言ウ))
明日桜とジンガが追いつき、3体2でホブゴブリンに臨む。
少しの油断で大きな傷を負った麗菜だが、すぐ後ろに居る加奈子からの素早い治癒で持ち直した。
「な、なんでレベル15しかなくて、スキルもまともなんが無いのに・・・」
「はぁ? そりゃなっ、おまえがアホやからや(笑)」
押され気味の洋路の援護に徳太郎が回り、麗菜の応援に加奈子が向かう。
『火の羽!』
火の羽が絶え間なく女に突き刺さる。
「もぉ~痛いやんけ~」
大剣を振り上げて麗菜に斬り掛かる。
痛いとか言ってるが、ダメージはほとんど通っていない。
「おりゃ~」
麗菜に斬りかかるが、途切れないファイアフェザーが邪魔で思うように攻撃が出来ない。
「もぉ~うざいのぉ、んじゃ~ 氷の壁!!!」
加奈子の目前に氷の壁が立ち上がる。
足元の火は消え失せ、火の羽も寸断された。
『火絨毯!!!』
『火柱!!!』
『火の羽!!!」
(なぜあの女は火魔法の攻撃が効かないんだろう…)
氷の壁は火の魔法と相殺されて消えていった。
「ちっ! 氷の壁!連!!
加奈子の前に新たに氷の壁が立ち上がり、麗菜との空間を遮断する。
その壁は次々に何枚も立ち上がり、加奈子の火魔法の援護を遅らせる。
「後方支援は無くなったで」
美羽は大剣を仕舞い、麗菜を蹴り上げる。
ドガッ
ドゴーン
「グフッ」
麗菜のすぐ後ろの氷の壁に、身体ごと吹き飛ばされて打ち付けられ、反動で戻ってくる。
口からは赤い血が流れ出し、意識が朦朧とする。
「れ、麗菜さ~ん」
「おいおい、余所見しとってえぇんかい?」
ゴブリンソードの剣先が洋路の肩口から反対の腰までを切り裂いた。
「あっ、しまっ ゴフッ・・・」
「ひ、洋路~」
ボゴッ
「うっ ・・・」
倒れかけた洋路の身体を抱いた徳太郎の顔面に、ゴブリンソードの蹴りがまともに入った。
「おいおいおまえら、殺さんでも良いぞ」
一番奥でオオカミ2匹と女を倒したホブゴブリンに、若い男が声を掛けた。
「モウ死ニ掛ケデスケドネw」
「ガッハハハハ」
「のぉ~さっき、"ゴブリンふぜいが"とかぬかしとったんはこいつやな?」
歩いて近寄ってきていた残りのゴブ軍が戦場に足を入れる。
麗菜が四つん這いで上目使いに見ると、そこには赤い、人の顔をしたゴブリンが立っていた。
ドゴッ
紅いゴブリンが麗菜を蹴り上げて、そのまま後ろの氷壁にぶつかり意識が無くなる。
『麗菜ぁ~』
そして、最後の1枚の氷の壁を溶かした加奈子が麗菜の身体を抱きしめて呪文を唱える。
『エンジェルヒール!』
『グランドヒール!グランドヒール!』
すぐ横で死に掛けている洋路にも治癒魔法を掛ける。
『エンジェルヒール!!!』
{みんなーそのまま上空に上がって砦まで戻って~}
{わ、私はまだ戦える・・・}
{ダメッ!一回砦に戻ってっ!}
眷属通信で敵に聞かれない様に指示を出す。
「美羽~おまえは一番弱いんやから無茶すんなよ」
「うっせ~なぁ」
そう言って男の尻をペシペシと蹴る女。
「・・・」
それを聞いた後、天使軍は一斉に飛び上がり砦の方向に敗走していった。
加奈子はみんなが逃げる時間稼ぎに目の前の赤いゴブリンに襲い掛かった。
「お~っと」
加奈子の体術に男が横から技を合わせて来た。
ドゴッ バキッ
『うっ・・・』
お腹にきつい痛みを感じる。
「そ~りゃ~」
前かがみになった加奈子の顔面を下から蹴り上げた。
『グフッ』
(なぜレベル15の男に競り負けるんだろう…)
「こいつっ種族変化しとるのぉ~」
「陸っ!てっ天使やって~天使やでぇ~」
「天使の羽かぁ~えぇのぉ~」
美羽が興奮気味に陸と言う名の男に話しかける。
尻もちを着いた加奈子に、横に居たゴブリンランサーが攻撃をしようとしていたが、男が止めた。
「やめとけ、お前じゃまだ勝てないわ」
そう言われたホブゴブリンのレベルは27。
(やっぱりこの男もこの女もステータスがおかしい…)
加奈子は隙を見て後ろに大きく飛び退き、そのまま空中に飛び上がり砦を目指した。
「炎弾!」
紅ゴブリンの指から放たれた5つの炎の弾が加奈子を襲う。
ボスッ ボスッ
炎弾が加奈子の手足や羽を貫通する。
(えっ?なぜ?なぜ火の弾でダメージを受けるの?)
『ハイヒール!』
(な~んかもやもやする…)
市場の方を振り返って見ると、もうゴブリン軍団はこちらに興味を示していない。
全員笑いながら何か他の事をしている。
(簡単に逃げさせてくれたのは助かったけど、やっぱりなんかもやもやする…)
「なぁまた逃がしたったけど、えぇの?」
「あぁまだ俺らに対抗出来るほどのグループや無いからなw」
「せや、陸よ、この前の碧髪のキャリヤの時もそうやけど、なんで殺して経験値獲れへんの?」
「あんなぁハノアよ、弱いもん苛めはあかんって教えたやろ?(笑)」
「あんたは戦闘狂やからやろがぁw」
「ちゃうでw まぁ俺らだけが強くてもしゃあないやろ、みんなで強くなろうw」
「あはははっ、まぁうちは殺して経験値の方がえぇけどさ」
「あの碧髪、がんばっとうかな~」
「あんだけの捨て台詞言いよってんから頑張るやろw」
「さっきの天使も頑張ってくれたらえぇのにな」
「まぁ殺してもえぇ奴はまだまだいくらでもおるやろ」
加奈子はもやもやしながら追撃が無いのに安堵して陣地に帰る。
阪神高速5号湾岸線を超えるとすぐに自分の砦だ。
高速道路を超えた時に、ふいに紗衣の声がする。
「こらぁ~まてぇ~」
『どうしたの?』
加奈子は城門の前にたむろしているファミリーに問いかけた。
「さっきの薄紫のゴブリンが何体か逃げたのは見てたんだけど、そいつらが猫を攫って…」
『洋路、麗菜、着いて来て!』
加奈子は全速で紗衣を追いかける。
「加奈子さん、麗菜さんはちょっと今は無理です・・・」
徳太郎からの念話でだいたいの事は聞いていたので、加奈子は『うん』と首を落とした。
麗菜は、過剰気味に自負していた自分の戦闘力が、まったく相手にされなかった事のイライラと絶望的な感覚で今は気持ちが異常に落ち込んでいる。
立ち直れるのかどうかはわからないが、今、何かをするのには支障がある。
{徳さん、城門は閉めて閂を中から掛けといてね}
{それとみんな、もう大丈夫そうかな?}
{こっちは大丈夫かな?麗菜ちゃん以外は落ち込んどるけど精神的な疲れやと思う}
市場に殲滅に出かける前に城門を閉めていかなかったのが原因らしい。
猫もフラフラと散歩がしたかったのだろう。
全員飛べるから、どうしてもそんな些細な事が出来てないのがこれからの課題だ。
『紗衣さん、戻って~、後は私と洋路が行くから』
紗衣が居ないと、万が一の場合に治癒魔法を使うメンバーが居なくなる。
「あっ、はいっ・・・」
紗衣の横を通り過ぎてもうゴブリンに追いつくって所で、その薄紫色のゴブリンは海の中に飛び込んだ。




