表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

束本ひとみの場合。②

 束本の言葉で俺たち側は時が止まったような感じになっているが、向こう側は普通に時は進んでいる。


「は? お前がカイのことが好きって言ってんのか?」

「そう言っているでしょ、耳が腐っているの? 私は、大海くんが好きなの。だから私と彼女として付き合ってほしいの」


 こちらの二人や、北条が束本の言葉に固まったり戸惑ったりしているということは、おそらく普段はそんな態度を見せていなかったのだと予想する。そうでなければ驚いたりしない。姫原がいつも天山を好きだという表情を出していたから、あの告白の時驚かずに納得した。


「どうして僕のことが好きなのか聞いても良いかな?」


 いつも通りのすかした顔の天山が束本に対してそう問いかけた。おそらく誰でも普段そんな素振りを見せなかった人が告白してきたらそう聞くと思う。だが、天山はそういう感じではない気がする。


「私って、勉強しか取り柄がなくてそれしかしてこなかったから、人付き合いが苦手だったの。人とどう接したらわからずに、思った言葉を相手に投げかけることしかできないけれど、それでも大海くんはそんな私に優しくしてくれたわ。大海くんが私以上に完璧だったこともあるけれど、誰にでも優しくて、誰にでも細かいところまで見てくれる、そんな大海くんを尊敬して、いつしか恋をした」


 うはぁ、俺は何を聞かされているんだよ。どうして俺はクラスメイトの女子と並んで渾身の告白を聞かされているんだ? もう帰っていいよな? ダメ? それならコーヒー持ってこい!


「そうか、理由は分かった。だが一つ聞きたいことがある」

「え、えぇ、何かしら?」


 理由を聞いた天山は一つ頷いて冷たい目で束本を見た。その視線を受けた束本は少しだけ怯えた表情を浮かべた。


「君は僕の好きな食べ物は知っているのかな?」

「す、好きな食べ物? ・・・・・・チョコレートかしら」

「確かにチョコは食べるが、そこまで好きではない。頭の活性をよくするために食べているに過ぎない。それから、僕が休日に何をしているのか知っているか?」

「・・・・・・分からないわ」

「それでは僕の嫌いな食べ物、僕の好きな科目、僕の趣味など、僕のことで君が知っていることがあるのか、言ってほしい」

「・・・・・・ごめんなさい、分からないわ」


 天山の質問攻めに、束本は何も答えられずに段々と暗い顔になり始めた。そしてこちら側から見ている姫原も暗い顔になっている。これが天山の答えなのだろうなと思った。


「僕は、僕の外見や上っ面だけで判断する人をあまり好ましく思っていない。もちろん人間の外見はその人を判断する上で大事な要因だが、それでもそれでつられてきた人を、僕は好きにはなれない」

「そ、そう、わ、分かったわ・・・・・・。時間を取らせてごめんなさい」


 もはや泣きっ面に蜂というレベルで言われている束本に憐みの目を向けてしまう。これは頑張って告白した束本に対して俺がしてはいけないことではあるが、それでもそう思わざるを得なかった。


「それに、例え君が僕のことを分かっていたとしても、僕は君の告白を受けることはなかった」

「えっ・・・・・・、それは、どういうこと?」


 涙目になっている束本に、天山はもう何を言いだそうか分かっている言葉を言い出そうとしている。俺は止めたい気持ちが山々なのだが、それはできない相談で、目をそらすしかなかった。だが見ないといけない気もしているため、そらさずに束本たちの方を見る。


「僕は、男しか愛せない。例え君が僕のことを僕以上に分かっていたとしても、親友としてでしか接することができない」

「・・・・・・は?」


 俺は両手で顔を覆って、大きなため息を吐きそうになるがそれを抑えた。もう俺は天山の被害者の姿を見たくはない。しかし天山は顔が良くて勉強ができて性格が良い。もはや告白するしかない主人公みたいなやつであるため、被害者は出続けると想像する。


「・・・・・・お、男が、好きなの?」

「あぁ、そうだ。僕は男が好きだ」


 戸惑っている束本は再起動をかけながら天山にそう聞くが、再度同じ答えが返ってきてまた固まってしまっている。


「そして、僕はここにいる綾斗と付き合っている」

「・・・・・・は?」

「え?」

「は?」

「すぅ・・・・・・」


 天山の言葉に、束本の訳の分からないという一言に応じるように姫原と平林、そして俺も反応した。隠密魔法をかけているからこちらの声はあちらに届かないから安心して声を出せる。


 そして俺はこれまで考えないようにしていた二人の関係を本人の口から言われてしまい、理解するしかなかった。これはもう考えなくても分かりそうなことであるため、これもまた人生! と深く考えずに頭をバカにすることにした。


「そ、それは本当なの?」

「本当だぞ、俺たちは愛し合っている」


 束本が北条に動揺丸出しの声で問いかけると北条は天山の腰に腕を回して抱き寄せて、天山もそれに応じて北条の腰に腕を回した。もう俺はバカになっているため、この二人の組み合わせの場合、どちらが攻めでどちらが受けなのかくだらない疑問しか浮かんでこない。


「し、信じられないわ。そんなことを言うなら、愛し合っている証拠を見せてほしいわ」

「僕たちの関係を君に信じてもらう必要はないが、君がそれで諦めてくれると言ってくれるのなら証拠を見せてあげよう」

「えぇ、見せてくれれば、キッパリと諦めるわ」


 束本にどんな証拠を見せてくれるんだろうとワクワクしながら、こちらが涙を流したい気持ちになっている中、天山と北条は鼻と鼻がぶつかり合いそうな距離で向き合った。そして天山の唇と北条の唇との距離がゼロになり、キスをした。しかも濃厚で、長く、唾液を交換するフレンチ・キスだ。


 何度も思っているが、別に俺は彼らの関係を否定するつもりはない。だが、それでも俺は男同士のキスを見たいと思わないんだよ! いや、ここで盗み見しているのは俺たちだけど、それでも学校ではやらないでほしいと切実に思っているんだ。


 天山と北条のキスをこれ以上見たくないため俺は横に視線をそらすと、顔色が悪い姫原と唖然としている平林の顔が目に入った。だがどちらも天山たちから目をそらせないようだった。それはあちら側にいる束本も同じようで、涙をこぼしながら見ていた。


「ぷはっ、これで僕たちの関係を信じてくれたかな? 約束通り、僕のことをキッパリと諦めてもらう」


 お互いの身体をお触りしながら数分ほどキスをしていた天山と北条はようやく離れると、舌と舌に唾液の橋が出来上がっていた。そしてまだ抱き合いながら束本の方を見てそう言った。


「なぁ、もっとしようぜ。カイとのキスは病みつきになる」

「それは帰ってからだ。ここでは時間が制限されている」

「あぁ、そうだな。帰ったらいっぱいしような」


 いつもの北条からは考えられないほどの甘い声を出して天山に話しかけ、それに天山は優しく返した。もはや誰がどう見てもラブラブなカップルにしか見えない。


「それでは、僕たちはこれで失礼させてもらう」


 天山はそう言って北条と教室から出て行った。二人が出て行った教室は、誰も何も言わない空間が出来上がった。向こうにいる束本は何も言わずに涙だけを流して、こちらにいる姫原と平林は顔色を悪くしていた。


 そうしていると午後からの授業が始まる五分前のチャイムが鳴り響き、教室に戻らないといけない。だが誰も動こうとはせず、俺もこんな何とも言えない気持ちで授業を受けたくなかった。


 何も知らない俺がこんな気持ちなのだから、俺以外の三人は思い人を寝取られた気分を味わっているのだろうか。寝取られたという表現はおかしいか。元々取っていないのだから。


「・・・・・・だ、大丈夫か?」


 とはいえ、このまま何もせずにいるわけにはいかない。そう思った俺はこちら側にいる姫原と平林に声をかけた。姫原は俺に声をかけられたことにより、再起して顔色を悪くしながら手で口をおさえた。


「うぷっ、ご、ごめん、少し、気分が悪いかも」

「美花、大丈夫?」


 姫原の背中をさすってあげる平林は、少し険しい顔をしているものの姫原と束本と比べれば全然平気そうに見える。


「平林は平気なのか?」

「平気か平気じゃないかって聞かれたら、それは平気じゃないでしょ。あれをノーマルな女子高生に見せるのはレベルが高すぎっしょ」

「それはそうだな。俺もあまり見たくなかったし」

「そうでしょ? まさかこんなところでするとは思わない、普通は」


 俺と平林が話している間、背中をさすられている姫原は少しだけ顔色が回復しているように見える。こっちのもう振られた組でこれなのだから、向こうは泣いているだけで大丈夫なのかと視線を向けた。


「・・・・・・たいかい、くん・・・・・・うっ」


 束本は声を抑えながら涙を流し、吐き気も催している感じだった。あんな最悪な失恋の仕方をしたのだから仕方がないと思いながら、このカオスな状況をどうすれば良いか、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺にも攻略不可能だった。何度もシミュレーションをしたとしても、この状況の回答は神様にでも出せないだろう。


「・・・・・・これ、どうするんだ? あいつらはどうして尻拭いをしていかないんだ?」

「そんなもんあたしが知るわけないじゃん。あたしもそれを受けたんだから」

「それもそうか。それで、どうする? 俺はこのまま教室に帰りたくないぞ」

「あたしも。ていうか美花がこんな状況で授業を受けれるわけがないし」


 俺と平林の意見は一致している。この教室で休憩するのも嫌だから、どこか休めるところを考える。一番最初に思いつくのは保健室ではあるが、あそこで姫原を慰めることはできないと思った。次に浮かぶのは定番の学校の屋上。学校の屋上は立ち入り禁止であり鍵がかかっているが、開けることは可能だ。


「屋上にでも行くか。ここだとあまり休めそうにないだろ」

「同感。屋上に行こ」


 屋上に行くことに二人しか意見を出せないが満場一致し、屋上に行くことになった。平林が姫原を支えて立ち上がり、教室から出ようとした。だが、その際に俺は油断して魔法が解けてしまった。そしてこの静かな教室に足音が聞こえるようになった。


「誰⁉」

「やばっ・・・・・・」


 魔法が切れてしまったことで、束本に俺たちの存在を知らせてしまった。こうなってしまえば認識された後で使える魔法がない。あくまでも認識される前の魔法威力しか許されていないためだ。


「早く逃げるぞ」

「バレたから良くない?」

「どんな顔で話すんだよ」


 バレたため逃げるやる気がなくなった平林を引いて前の扉から出るが、この教室は角であり黒板方向が行き止まりになっている。つまり、同時に教室から出れば逃げ道は塞がれることになる。


「・・・・・・どうしてあなたたちが」

「まぁ、成り行きだな」


 俺たち三人と束本が廊下でかち合い、束本が俺たちを見て動揺した顔を見せた。そしてしばしの間俺たちと束本が見つめ合う状況が続いたが、先手は俺から取った。


「ちょ、ちょっと俺たちこれから向かうところがあるから」


 そう言いながら俺は平林たちを引き連れて束本の横をそれとなく通り過ぎようとする。だが、それはさすがに性急であったため俺の腕を束本につかまれてしまった。


「ちょっと待ちなさい」

「その手をはなしてくれないか」


 俺の手をつかみながらそう言ってくる束本と俺の睨み合いが勃発しているが、そのまま束本が話し始めた。


「私の質問に答えてくれれば、はなしてあげるわ」

「それなら早く質問してくれ」

「あなたたち、あの教室にいたの?」

「そうだな。そもそもあの教室に最初にいたのは俺たちの方なんだから、こちらは巻き込まれた側なんだよ」

「そうなの、それは悪いことをしたわ。でも入って来たなら言ってくれれば良かったと思うわ」

「そんな雰囲気じゃなかっただろ」

「そう、見ていたの」


 これは俺たちが見ていたことに気が付かれてしまったが仕方がない。俺たちはどちらかと言えば被弾した側なのだから糾弾されるべきではないだろう。


「あぁ、見ていた。だがすべて不可抗力だ。あそこにいたのは偶然だし、あれを見せられたのも偶然、声をかけずに盗み見していたのは悪かったと思うが、それでも悪気はない」

「・・・・・・そう、ね。私もあんなことになるなんて思わなかったわ」


 俺が弁明すると束本は覇気のなくなった顔になって俺の腕をはなし、廊下の壁に寄りかかって座り込んだ。その顔は今にも死にそうな顔をしている。


「大丈夫か?」

「・・・・・・放っておいて。今は一人になりたいの」

「確かにそんな顔をしているな」


 俺は束本に声をかけずにはいられなくて声をかけると死んだ魚の目をしてそう吐き捨てた。瀕死の状態の女子が二人とか、どんな状況だと頭を悩ませた。数秒だけ頭を悩ませた末、俺は平林の方を向いた。


「良いか?」

「良いんじゃない? どうせこんなところで放っておけないし」

「了解」


 平林と束本の仲が悪いことは分かっているため平林に確認を取ったところ俺が言葉足らずでも理解してくれた。彼女も同じことを考えていたのだろうと思った。


「一緒に来るか?」

「放っておいてって言ったでしょ? 聞こえなかったの?」

「聞こえていたぞ。どうせこんなところにいるくらいだったら、俺たちと一緒に来ればいい。今から屋上に行くから、屋上で風に吹かれて嫌なことを忘れればいい」

「私は一人でいたいのよ、何度も言わせないで」


 これは強情なことこの上ない。だが俺も一人でいることが好きであるから、彼女の言い分は百パーセント分かる。だけどもこの状態で彼女を放っておくわけにはいかないと思った。自殺しそうな顔をしているのだから。


「良いから行くぞ。どうせここにいたら先生に見つかるんだから」

「ちょっと! はなして!」


 今度は俺から束本の腕をつかみ、無理やり束本を立たせて歩かせる。束本は嫌そうにしているが、それでも俺の力から抜け出せない。


「行くぞー」

「ん」


 俺が平林に向けてそう言うと、一文字だけでそう答えて姫原を支えながら付いてくる。こうして引っ張って連れて行くのはあまり良くないが、一人にしては行かないと思った。


 俺と彼女は一人でいることが好きで一緒だと言ったが、決定的に俺と彼女とではタイプが違っている。それは一人でいて立ち直れるか、一人でいて立ち直れないか。俺の勘であるが、彼女は後者で振られた後に立ち直れないと思った。一人が本当に好きなら、告白なんてしないからな。


「良いからはなしなさい!」

「駄々をこねるな、子供か」


 腕をつかまれている束本は、腕をつかんでいる俺に空いている方の腕で殴ってくる。それも結構痛いけれど、辛抱だと思ってされるがままに受けながら屋上に向かった。




 最上階の四階のさらに上に続く階段を上り、屋上に続く扉の前まで来た。扉には鍵が付いているが、振動魔法で鍵を開けて屋上に出た。風が吹いて少し肌寒いと思ったが太陽が真上にあるためいい具合の温度をしていた。


「ほら、もう放してやるから殴るな。あざになるだろ」

「ふん、無理やり連れてくる男なんて死んでればいいわ」


 束本は途中から何も言わずになったが俺を殴ることはやめなかった。途中から本気で痛くなってきたため気で身体を強化しつつ活性化して万全な状態に戻した。


「美花、大丈夫?」

「う、うん、もう大丈夫な感じだよ」


 平林と姫原も屋上に出て平林が姫原を屋上の入り口付近の壁のそばに座らせた。束本は連れてこられたのにここから出るつもりはなく、屋上を囲んでいる背の高い鉄網のそばに立ってグラウンドにいる人たちを見ているようだった。


「・・・・・・何か、疲れたな」

「それはみんな一緒でしょ?」


 俺が平林たちから少し離れたところで呟くと、平林が答えてくれた。


「いや、俺は完全に巻き込まれた側だろ。どうして俺はこうタイミングが悪いんだろうな」

「あー、あたしとか美花のことも言ってんの?」

「そうとしか言いようがないだろ。だって三日連続で見てるんだぞ。もはやわざとじゃないと神がかった確率としか言いようがない」

「わざとだったの?」

「そんなわけあるか。誰が好き好んで見るかよ。他人の告白シーンだぞ」

「わざと見て、言いふらすとか?」

「それ絶対に嫌味で言っているだろ。俺にそんなことを言える友達はいない」


 俺と平林が軽口をたたき合いながら、屋上に吹いている気持ちいい風に当たる。こうしていると今までの嫌な気持ちが忘れられそうな気がする。今までにも何度かあったが、最近は輪にかけて面倒ごとが加速していると思った。


「はぁ・・・・・・、何か、色々なことがどうでも良くなってきた気がする」


 いつもポジティブなことを言ってそうな姫原がため息を吐いて投げやりなことを言いだした。これではここにいる人たちにも伝染してしまうと思い、俺は姫原に言葉を返した。


「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ。それにそんなことでどうでも良くなってきてどうするんだよ」

「そんなことって、私にとっては大事なことなの」

「好きな人にフラれ恋愛対象が男だと言われて、濃厚なキスを見せられただけだろ。それくらいでどうでも良くなっていたらこれからの人生何もできないぞ、たぶん」

「そうかな?」

「たぶんな。俺も姫原たちと同じ年齢しか生きていないからそんなこと分かるはずがないだろ。ただ、これくらいのことでどうでも良くなって投げやりになっていたら人生を台無しにしそうだということは分かりそうだけど。まぁでも投げやりにしても、良い人生経験になりそうだな」


 姫原に向けた言葉だったが、平林と束本も俺の方を向いた。こうして複数の人に見られているとむずかゆくなるからやめてほしいところではある。


「牛鬼くんも、嫌になったこととかあるの?」

「あるに決まっているだろ。たぶん姫原たちよりいっぱいあると思うぞ」


 姫原は遠慮がちに聞いた来たが、そんなこと遠慮がちに聞くことじゃない。何せお前らはフラれる現場を見られたんだからな。まぁ、俺が嫌なことの大半は裏で起こったことだが。


「じゃあ例えばどんなことがあんの?」


 俺の言葉に平林が聞いてきた。俺は迷わず即答した。


「生まれてきたこと」


 それを言った瞬間、三人の顔が何とも言えない表情になった。これが一番答えやすいもので一番ヘビーなものだったが、それでもこれくらいは言わないと彼女らの事情と割が合わないと思ったからだ。


「これは少し重かったか。なら他にも言って行こうか。まずは妹と仲が悪くなった時とか、両親の期待が重責になった時とか、気になっていた女の幼馴染に男ができていた時とか、自分がどれだけ強くないか知った時とか、勉強をどれだけ頑張っても平均点しか取れない時とか、あとは――」

「分かったから! もういいから!」


 俺がこの場の雰囲気を何とかしようと俺の嫌なことで場を和ませようとしたが、どうやらまだ時代が俺の嫌なことと言う名のユーモアに追いついていないようだ。


「何だ? 不幸を自慢すればよかったんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃん! 何か本当そうな雰囲気を醸し出してるから、こっちの雰囲気がよどんでくるんだけど!」

「本当そうじゃなくて本当だ」

「なお悪いし!」


 平林にツッコミを入れられて俺は嫌なことを話すのをやめた。俺にはこんなことしかできないため、彼女らを元気づける言葉を持っていない。ポジティブと言うよりはネガティブで、陽キャではなく陰キャ。こんな男子がフラれた女子にかける言葉はない。


「はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

「ため息は幸せが逃げるぞ」

「あんたのせいでしょ! それにどうやって幸せが逃げんの?」

「そんな説明は簡単だ。ため息は息を吐くだけの行為だが、それは周りにいる人たちに少なからず暗い気持ちにさせる。ため息を吐かなければ、その人たちは暗い気持ちにならなかったのに、それをため息を吐いた人はその人たちを暗い気持ちにさせてしまった。そのせいで簡単に手に入る幸せも周りにいる人たちを暗い気持ちにさせたせいで来なくなる、そんな感じで作られたんじゃないのか?」

「あー・・・・・・そう言われてみればため息を吐かれるとこっちまで気持ちは落ちる気がする」

「まぁ、そんな感じだろ。ため息を吐いても良いことがないのだから、吐くんじゃなくていっぱい空気を吸い込んでいれば良い。そうしたら脳が良い感じで回ってくれるはずだ」

「へぇ、そうなんだ」

「いや、適当に言ったに決まってるだろ。真に受けるなよ、バカか」

「ば、バカって言うなし! それに自分の発言くらい責任を持ちな!」


 俺が適当なことを並べていると平林が納得した表情を浮かべていたため俺はすぐに否定すると、平林はかなり怒ってきた。適当なことを言った俺が悪いと俺は黙ってお言葉を受ける。


「・・・・・・いっぱい吸う、ね」


 束本の方から声が聞こえて束本を見ると、俺の目をじっと見ていた。俺はそんなに見つめられたら恥ずかしいと思いながら、声をかけた。


「どうした?」

「・・・・・・ねぇ、あなたは牛鬼くん? で合っているの?」

「あぁ、牛鬼だ。それでどした?」

「あなたに、少し聞きたいことがあるの。良いかしら?」

「良いぞ」


 束本はさっきまでの俺を睨んでいた表情が一転して、何かを聞きたそうな顔をしている。まさか俺の不幸話の続きが聞きたい、とは言わないだろうが、どんな内容が来るのか分からなかった。


「あなたは、自分のことが嫌いなの?」

「俺が? そんなことはないぞ」

「え?」


 どんな質問が来るかと思ったら、意味が分からない質問が来た。


「そ、そうなの。私はてっきりさっきあなたが嫌になったことで最初に生まれてきたことって言ってたから自分のことが嫌いなのかと思っていたわ」

「あー、それを聞いたらそう聞こえてもおかしくないわな。俺の言い方が悪かった。まぁでも当時は俺は自分のことが嫌いで、生まれてきたことも嫌だったことは違いない」


 俺が話し始めたことだから、ある程度は話しても良いと思った。隠すことでもなく、今の彼女には言葉が必要な気がする。


「そう。・・・・・・今は好きなの?」

「あぁ、今は大好きだ。それがどうしたんだ?」

「いえ、少しだけ思うところがあっただけよ」

「おいおい、俺だけ言わせておいて、そっちは言わないのか?」

「・・・・・・そうね。私だけ言わないのは不公平よね」


 俺の勝手な思い込みだと、俺だけ言わせておいてとか言っても、そんなこと知らないわとか言いそうだった。それともそれだけ気持ちに余裕がないのかもしれないが、それは今日知り合ったばかりの俺では分からないことだ。


「自慢じゃないけれど、私の家はいわゆる名家と呼ばれていて私はそこの次女として生まれたの」

「あぁ」


 束本という家は聞いたことはないが、名家とはそう言うものだ。それ以前に俺が知っているのは裏の世界の有名どころだけだからな。


「束本の家に生まれてきたのだから束本の名に相応しい人間にならなければならないと、姉と私はそう教えられて育てられてきたわ。姉は、束本の家に相応しい女性として両親も周りに自慢の娘だと言うほどの女性になった。私もそう思っている」

「束本は、そうじゃないのか?」

「姉は一教えられたら十覚える、誰もが天才だと言うけれど、私は一教えられたらせいぜい三しか覚えられない凡人。だから姉と比較されてよく頑張っていないと言われていたわ」

「それは気の毒だな。誰も悪くないのに」

「そうよ。別にそのことで姉のことを恨んでいないわ。だけど、こんな惨めでどうしようもない私が、私は好きじゃないわ」


 俺は彼女の言葉を理解できてしまう。それが俺が生まれてきたことさえ嫌な理由で、今もどうしようもなく自分が憎いと思っているからだ。


「あなたは、どうやって自分のことを好きになったの? 私には、もう自分が好きになることができない気がするわ」

「どうやって、か」


 俺が自分のことを好きになった、という表現もあまり正しくはないが、好きになった経緯は裏の世界で精神干渉を受けそうになった時だからそれを話すことはできない。だから普通に言ってやればいいんだ。


「なぁ、束本。自分のことを一番理解しているのって、自分と他人、どっちだと思う?」

「・・・・・・自分かしら。だけど人の方が自分のことを理解しているところがあるって聞いたことがあるわ」

「じゃあ、自分と他人のどちらが自分のことを信用できると思う?」

「それは、自分ではないの?」

「そうだ。他人はどこまで行っても他人だ。こっちの心情なんて言わないと伝わりはしない。だが自分は自分自身であるから行動するにしても信用しないと生きていけないし、自身を肯定しなければ生きている価値をなくしてしまう。だからこそ、自分を一番信用できるのは自分だけだ。誰も信用できなくても、自分自身くらいは信用してやらないといけない。その延長線上として、俺は自分のことを理解するために好きになったし、誰も好きになってくれないなら自分しか好きになる人がいないと思った。そうじゃなければいつか生きていく上で矛盾してしまう、と思うぞ、たぶん」

「・・・・・・あなたは、それで自分のことを好きになれたの?」

「ある程度はな。結局は自分のことくらい自分が好きになってやれないでどうするんだって話だ。俺は友達とかいないから、なおさらそう思っている」


 俺の言葉に束本は俺の顔をじっと見つめて何かを考えているようだった。そして十数秒見つめあってようやく彼女は視線を外した。


「私にも、自分を好きになれるかしら?」

「さぁな、そんなものは知らん。俺の持論から行けば、それをできるかどうかを判断するのも束本自身だからな。ま、気軽に行けば良いと思うぞ、知らんけど」

「随分となげやりね」

「俺のことじゃないからな。それにこれが合ってるとかこれが間違ってるとか言えるほど、俺は人生経験も頭もないぞ」

「・・・・・・そうよね、これは私の人生だものね」


 会話していた束本は急にはにかんだ笑みを浮かべて俺を見てきた。


「ありがとう、少しだけ楽になったわ」

「こんなことで楽になったのなら何よりだ」


 これで束本は大丈夫だろうと判断した。さっきから黙っている二人の方を横目で気付かれないように見ると、俺たちの方を凝視してきていた。どうしてそんなに見ているのか分からずじまいのまま、時間が過ぎていった。

次回は三月十八日にノルニル・セレクション四話を投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ