束本ひとみの場合。
書いている分は三作品五話ずつです。
連日で同性愛者ということで告白を断られた現場を見た翌日、俺は別の要因で疲労を感じていた。それは表の世界では関係ないことであるため、頭を切り替えて学校の自身の席につきイヤホンをつけて窓の外を眺める。
今日はさすがに何も起きないと思うが、嫌な予感はしている。嫌な予感、とは抽象的すぎるため何とか言い換えたいものだ。嫌な空気、不吉な予感、どちらも一緒だから意味がないか。俺がこうだと言う理由がある。それは昨日とは違うクラスの状況にある。
「ねぇ美花。最近デウス・エクス・マキナって言うゲームが流行ってるらしいけど、やってみたいと思わない?」
「あのゲームって今すごく人気だよね。やりたいって思っているんだけど、どこにも全然売ってないよね?」
「ほんとそれ。あたしも通りがかったお店を見たりするんだけど、どこにも全然売ってない」
「それだけ人気だってことだよね。いつか二人で一緒にやってみたいね」
「あたしもそう思ってたとこ」
俺に振られた現場を見られた姫原と平林が仲睦まじく話している光景はいつも通りと言えなくはない。だが、そこは平林が姫原の席に行っている。これもいつも通りだと言えなくはない。問題はいつも天山が来たらそちらに向かうにもかかわらず、天山はすでに教室に来ており、天山の近くに来ているのが北条と、整った綺麗な長い黒髪を青いシュシュでポニーテールにしている凛としている女性、束本ひとみがいるだけだった。
あの三人の中に姫原と平林が混じっていればいつも通りだと言えるが、今日は二つに分かれているため、周りもそのことに気が付いてざわざわとしている様子であった。
「ねぇ、あれ見てよ。天山くんが空いてるよ」
「本当だね。もしかして、もしかしなくても天山くんと姫原さんの噂は本当だったんじゃないの?」
「それはあるかもね! それだったら天山くんにもまだチャンスがあるかもよ!」
近くの女子生徒たちがそんな話をしているわけだが、そんなことを思うのであれば天山に告白をすると良い。そうすればすべてが分かる。それにやっぱり姫原と平林が天山たちから離れていることは何かあったと暗に言っているようなものだ。
「ね、ねぇ、天山く――」
「大海くんに何の用かしら?」
一人の女子生徒が天山に話しかけようとしていた。しかしそれを束本が眼光を鋭くしてガードしている。それを見た女子生徒は何でもないと言いながら友達のところに戻って行った。番犬代わりの平林がいなくなったことで隙ができたと思っているようだが、まだまだ番犬は居たようだ。
天山たちのことを見ていると、ふとこちらを見ている視線に気が付いた。誰が見ているかは分かり切っていることだが、一瞬だけそちらに視線をやると姫原と平林が俺の方を見ていた。そして姫原はまたぎこちなく手を軽くふってきたため俺は無視して窓の外を見る行為に戻る。
だが、こちらに歩いてきている足音が一つあった。俺はきっと俺ではない違う人の元へと向かうのだろうと思って無視を貫くが、俺のすぐそばに来ていることはすでに分かっている。俺が一番恐れていたことが起こってしまったのだ。
「おはよ」
尻目に見ると平林が俺の机のそばに立って俺に朝の挨拶をしてきた。これで俺の隠密は破られることになってしまった。俺の姿が見えている周りの人たちは平林が話しかけた男子生徒として俺にも注目し始めた。
「おはよ」
俺は何としても答えたくないため、窓の外を見て無視を決め込むことにした。幸い俺の耳にはイヤホンがついていて、聞こえなかったと言える。むしろ無視をしていると思ってどこか言ってくれる方がまだ良い。
「ねぇ、何無視してんの?」
平林が俺の耳の近くに顔を寄せてきてそう言ってきたことから、俺がこのイヤホンで何も聞いていないことが分かっていると判断できる。だが、それでも返事をしたくない。返事をすれば何故無視をしていたのか聞かれそうだからだ。意地を通り越して不動!
「やっぱり何も聞こえてないじゃん」
「おい、勝手に外すなよ。それに勝手につけんな」
ついに俺のイヤホンは俺の耳から外され、外した張本人を見ると俺の片方のイヤホンを耳につけて何も聞こえていないことがバレてしまった。
「どして無視したん?」
「どしてって、別に俺と平林は挨拶をする関係でもないだろ」
「挨拶をする関係って何? 普通に誰とでも挨拶くらいはするじゃん」
「平林は赤の他人に挨拶をするのか? 少なくとも俺はしないな」
「あたしと牛鬼は赤の他人じゃないでしょ?」
「俺は赤の他人くらいだと思っているんだよ」
「どして?」
「どしてって、それに理由がいるのか?」
クラスメイトたちが注目している中、俺は下手なことが言えない。正直に心の中で言おう、俺はこいつと会話したくない。こうして注目されていることが俺の嫌なことなんだから。今までの俺が隠密していた意味よっ!
「何だっていいけど、おはようくらいは良いな」
「・・・・・・はいはい、おはよう」
「おはよ。それと向こうにいる美花にも挨拶しときな」
平林がそう示した先には、こちらを見てそわそわとしている姫原の姿があった。俺は平林に向かってものすごく嫌そうな顔をして答える。
「それこそなんでだよ」
「何だしその顔。知り合いに挨拶するのがそんなに嫌なことなの?」
「知り合いって、俺は別に平林たちと知り合いになったつもりはない。少しアクシデントがあってお互いを認識しただけで、それを知り合いとは言わない」
「はいはい、何か言ってないでこっちに来な」
俺は平林に手を引っ張られて渋々姫原の元へと行くことになった。ここで拒否して留まっていたら、どう考えても駄々をこねている子供を引っ張っている母親にしか見えないと思い、拒否することはできなかった。
「ぎゅ、牛鬼くん。その、おはよう」
平林に姫原の前に連れてこられた俺は、姫原に挨拶された。俺は嫌な顔をしないようにしながらも、正直挨拶したくなかった。だがそうすればこのクラスのヘイトが俺に集中すると思われる。かと言って挨拶すればクラスのマドンナ的存在と挨拶したと言ってヘイトはたまるだろう。どちらかと言えば後者の方がヘイトが低い気がする。
「おはよう。何か用か?」
「えっ? べ、別に用事はないんだけど・・・・・・」
「じゃあ俺は席に戻る」
できるだけ姫原と話していたくないため、そうそうに話を切り上げて席に戻ろうとしたが、それを平林によって止められた。
「ちょい待ちな。すぐに戻らない」
「挨拶したから良いだろ。俺は別にこれ以上話すことはないぞ」
「だからって戻らない。話すことくらいいっぱいあるでしょ」
「俺はないから別にいいだろ」
「待ちなっ!」
「ぐへっ」
俺が無理やり帰ろうとすると、平林に思いっきり襟を引っ張られて変な声が出て止められた。俺は恨めしそうに平林を見ると、平林は何とも思っていない顔をしている。
それにしても、どうして俺はこいつらに絡まれているんだろうか。俺がこいつらに絡まれている理由が全く分からない。きっかけは姫原と平林が同性愛者たちに振られたことが原因だろう。だがそこで俺に絡む理由が分からない。俺が天山たちのことを誰かに言いふらさないように見張っているのか?
それならあり得そうだが、クラスの人たちに知られていない俺なのだから言いふらさないと分かっているはずだ。本当に分からない。そもそも俺にそんな発言力はない。
「最近のこととか、気になったこととか、色々話すことはあるでしょ」
「それ、俺がいる必要があるか?」
「ある。だって、美花が――」
「あああああああっ! 桜やめてっ!」
平林が何か言おうとした時に、姫原が両手で平林の口をおさえてそれを阻んだ。口をおさえられた平林は姫原の手をのけようとしているが、姫原の力が強いようで手こずっていた。俺はその隙に自分の席に戻って行く。
「あれどういうことなんだろうな?」
「分からない。それにどうしてあんな見たこともない奴が姫原さんに話しかけているんだよ。あんな奴より俺の方が良いだろ」
「それは自惚れ過ぎだが、あんな奴このクラスにいたっけ?」
「さぁ、知らないけど、それくらい影が薄かったんじゃないのか?」
男子のクラスメイトからはやはり俺がトップカーストで誰にでも優しくする姫原に話しかけたことによるヘイトがたまっている。
「天山くんのところに行かなくて、あんなパッとしない男子のところに行くってどういうことなのかな?」
「さぁ、天山くんに振られて頭がおかしくなったんじゃないの?」
「ぷぷっ、それはあるかも。私だったらあんな男と話すのは恥ずかしくてたまらないのに」
「それよりも、チャンスじゃない? だって良い雰囲気の姫原さんや寄せ付けない雰囲気の平林さんがいなくなったんだから、後は勉強だけの束本さんだけだよ。正直楽勝じゃない?」
「それあるかも。隙があればつけ込んでいくのも良いかもしれないね」
天山狙いの女子のクラスメイトは今がチャンスと思っているようだ。それよりも俺の悪口が過ぎないか? 別に俺は何とも思っていないが、本当に何とも思っていないが、人としてどうかと思うぞ。性格がブサイクが、てめぇなんて天山に告白して振られやがれ。
「ふぅ・・・・・・」
そんなクラスメイトの会話を聞きながら、俺は席について再びイヤホンを付ける。ここから隠密をかけても意味がないため、その点では疲れなくなったと言うべきか。だがそれ以上にデメリットがデカいため結果俺は平林たちを恨まなければならない。
だが、俺以上にクラスのカーストが変動していることに全員が注目しているため、俺にさほど注目はされないかと思いながら窓の外を眺めて時間が過ぎるのを待った。
淡々と時間が過ぎ昼休みになった。我ながらいつも通りであるが、授業を聞いていて、俺は半分しか理解できていない。これは冗談とかではなく、本当に半分しか理解できていない。
例えば数学の授業を受けていて、途中までは理解できるのに途中からは全く分からなくなってくる。逆に途中まで分からなかったのに途中から理解できるようになるということがある。生まれてからこういうところがあるからもう気にしていない。
そう思いながら、騒がしくなった学校全体を感じながら俺はカバンの中から弁当箱を取り出してお昼ご飯を食べようとするが、俺の近くに二人の女子生徒が来た。もちろん俺のところに来る女子生徒など決まっている。
「一緒にご飯食べよ」
「断る」
開口一番に平林がそう言ってきたから反射的に俺は断った。休み時間の間は絡んでこなかったから油断していたが、昼休みになると絡んできた。
「いいっしょ? どうせ一人で食べるんだから」
「俺は一人で寂しく食べているわけじゃないんだよ。俺は一人で楽しく食べているんだよ」
「一人で? どうやって楽しく食べてんの?」
「逆に聞くが、どうやって楽しく食べれないんだ? 一人で食べるということはその場には自分しかいなくて、気を遣わずに食べることができるんだぞ?」
「みんなで食べててもあたしは気を遣わないけど」
「それはお前だからだよ」
「お前って言うな」
「すみません」
俺と平林とでは価値観が違い過ぎるため、こういう行き違いが起きてしまう。俺は一人で食べたいのにあちらは集まって食べようとする。せめて食べる時くらい一人で食べさせてくれよと思う。
「ねぇ、桜。あまり無理やりは良くないと思うよ」
俺と平林の会話を聞いていた姫原が良いことを言ってくれた。俺はこいつのことを勘違いしていたようだ。普通に話が分かるやつじゃないか、口が軽いバカのくせに。
「牛鬼くんって、たぶん人がいないところが良いんじゃないかな? ここじゃなくて別の場所に行こうよ」
「へ? そうなん?」
姫原の言葉を聞いて、一瞬だけ納得しかけたが、ここでお前らと一緒に食べるということを知られている時点でダメなんだよ。ていうかお前らと一緒に食べたくないということをもうそろそろで理解してくれるとありがたい。お前らは俺の何が狙いなんだよ、金か? それとも、俺の身体かぁっ⁉
「いや、違うから」
「じゃあここで食べよ」
「いや、それも嫌だから」
「どっちかにしな」
「どっちも嫌なん――」
「そ。じゃあここで食べようかな」
「・・・・・・違う場所に行きます」
「最初からそう言えば良いじゃん」
平林の提案をいくら断ってもここで食べる未来しか見えなかったため、俺はせめて視線がない違う場所で食べることにした。俺と平林と姫原は弁当箱を持って三人で教室を出た。
「美花、どこか空き教室とか知ってる?」
「うーん、そう言えば二階の角の教室は空き教室って聞いたことがあるよ。しかも教室の扉もカギがかけられていないから、そこで食べれると思うよ」
「じゃあそこにいこっか。牛鬼もそれでいいよね?」
「何でも良いんじゃないか、知らんけど」
俺は姫原と平林が並んでいる後ろを歩いて平林の確認に答える。俺の知らない教室に向かう間、姫原と平林が歩きながら会話して、時々俺に話を振ってくるという状態になった。
「あれって三組の姫原じゃないか?」
「そうだな、すっげぇ可愛いよな。それに隣にいる子も美人じゃないか?」
「隣の女子は平林だったと思う。だけど、後ろにいるパッとしない男は誰だ?」
「いつも一緒にいる天山とか言う奴じゃないのか?」
「それはない。天山ってイケメンって聞いたけど、あれがイケメンなわけがないだろ。下手したらブサイクに入るんじゃないのか?」
「それは言えてる。しかも美人と一緒にいて際立っているし」
移動している間、暇だから俺たちを見て会話している男子二人の音を拾って遠くまで聞こえるようにしていたが、ロクな会話をしていなかった。俺はあれか、こいつらを引き立て役としているのか? 何かの罰ゲームかよ。別に気にしていないから良いけど、てめぇらに手鏡を見せながら同じセリフを鏡に向かって言わせてやるよ。
「確かここだったはず」
「ふーん、何かここら辺静かだね」
俺たちは一つの教室の前で止まった。平林が言う通り、ここら辺は生徒たちの声があまり聞こえてこない俺向けな静かな場所だ。
「ほんとに空いてるじゃん」
平林が教室の前の扉を開けると何の抵抗もなく扉が開いた。三人でその教室に入ると、真ん中に机と椅子が積み上げられていて、向こう側にも空間があり教室が二つに分断されていた。
「何で二つに分けられてんの? ここ」
「なんでだろうね。何か意図があるのかな?」
「・・・・・・さぁな。何でか分からないな」
二人が机と椅子が積み上げられている場所に向かっている間、俺は黒板側に歩いて行くと、何かゴミが落ちていることに気が付いた。それが何かと見ると、どう考えてもコンドームさんを取り出した後のゴミだった。俺は気まずくなるのを避けるためにそのゴミに重力をかけて蹴飛ばして教室の隅に追いやった。
「本当にここで食べるのか?」
「何か問題でもあるん?」
「問題と言うか、何と言うか・・・・・・」
「あっ、もしかしてあたしたちと食べることに緊張してんの?」
「それはない」
「ふんっ!」
「いたっ!」
俺がここで食べることに難色を示したが、理由が言えずに平林に足をけられてここで食べることになった。教室にある真ん中に積まれている机と椅子ではなく、端に置かれている机と椅子を三セット動かしてきて、姫原と平林が対面して俺がその側面に机をくっつけて座った。
「じゃあみんなで食べようか。いただきます」
「うん、いただきます」
「・・・・・・いただきます」
平林と姫原が言ったため、俺もそれに続いて食前の合図を出して三人同時にお弁当箱を開けた。俺と平林は普通のサイズのお弁当で、姫原は少し小さめのお弁当だった。
「美花って、いつ見ても上手に作ってるね」
「えっ? そうかな? あまり意識したことはないんだけど・・・・・・」
平林が姫原のお弁当を見てそう感想を言っているということは、姫原は自分自身でお弁当を作っていると考えられる。そして姫原のお弁当を見て平林と同じ感想を抱いてしまった。
「牛鬼もそう思うでしょ?」
「まぁ、そうだな。普通に綺麗だと思うぞ」
「そう? へへっ、ありがとう」
照れ臭そうに笑っている姫原を可愛いと思いながら、俺はお弁当を食べる。やっぱりこうして人と食べるのはそっちを意識してしまうから気が休まらない。
「牛鬼のお弁当って、お母さんが作ってるの?」
「誰でもいいだろ。そういう平林は自分で作っているのか?」
「うん、あたしが作ってる。それで、お母さんが作ってるの?」
どうしてこいつは答えを知りたがるのだろうか。何でも答えをすぐに知りたがる、ダメなところだぞ。何事にも答えが簡単に出ると思わない方が良いぞ!
「・・・・・・俺だよ」
だが、俺は二人の視線に耐え切れずに吐いてしまった。隠す必要はなかったが、こうして俺の情報を取られるということが嫌だっただけだ。
「えっ! 牛鬼くんは自分で作ってるの⁉ すごく上手だよ! 桜もそう思うよね?」
「・・・・・・びっくりした。その出来のお弁当を牛鬼が作ってるとは思わなかった」
俺がお弁当を作っていることにそんなに驚かれることが驚きだよ。あれか、こんなモブにそんな個性は必要ないとか思っているのか。それなら仕方がない。そんな家事力は俺に求めてないわな。
「おい、失礼だぞ。こう見えても一人暮らしをしているんだからな」
「高校生から一人暮らしをしてるの⁉ 県外からここに来てるの?」
「まぁ、そんなもんだ」
「寮生活とかじゃないんだね。一人暮らしを親御さんが認めてくれたの?」
「うちの親は放任主義だからな。そういうところには寛容なんだよ」
「へぇ、そうなんだ。どこら辺に住んでいるの?」
「ここから歩いて三十分くらいの場所だ」
「歩いてきてるの?」
「あぁ、そうだ。自転車は持っていないからな」
さっきまで平林と話していたのに、急に姫原がぐいぐいと来るようになった。本当にこいつが俺に話しかけている理由が分からない。俺を認識して、俺と仲良くなりたいと思っているのか? それならこんなところまで来て三人で話そうとしないだろうが。
そんなことを考えながら、三人でお弁当を食べながら会話して全員食べ終えた。食べ終えた後、お昼休みが残り十五分になっていた。
「あっ、そうだ。牛鬼と連絡先交換したいんだけど、良い?」
「ダメだ」
「良い?」
「ダメだ」
食べ終わってのんびりとしていると、平林から連絡先を交換したいと言われたが丁重に断ることにした。だが向こうは諦めてくれそうにない。
「良いじゃん、どうせ減るもんじゃないんだし」
「減らないから良いという問題ではない。むしろ増えるからダメなんだよ」
「どこがダメなん?」
「連絡先を交換するということは、学校以外でも平林と交流できてしまう」
「そうするために連絡先を交換するんでしょ」
「ハッキリと言おう、俺は平林と学校外で交流したくないんだよ」
「はぁ? どうして? あたしが嫌いだから?」
「俺という人間がそう言うものなんだ。嫌いとか好きとか、そういう問題の話ではない」
こういう話になると予想できていたが、俺は連絡先を交換するつもりはない。俺が現在連絡先を持っているのは、両親と姉と妹、そして中垣さんの五人だ。最後のは交換するつもりはなかったが、五人で十分だ。
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「今なら美花の連絡先を交換できるって言っても?」
「お得感を出しているのか? ダメだ」
「牛鬼が二股してるって周りに言っても?」
「それは卑怯すぎだろ」
俺と平林の見つめ合いが続き、姫原がどうしたらいいか分からない状態になっているところで、こちらに向かってくる足音に気が付いた。しかも複数人いる。
「誰か、こっちに来てないか?」
「・・・・・・ほんとだ。音が聞こえる。でも通り過ぎるんじゃない?」
「ここは端だぞ。どこを通り過ぎるんだよ」
ついにこの教室の後方の扉の前で足が止まった。何か話している様子で、俺たちは顔を見合わせる。
「どうする?」
「どうするって、何かすることでもあるん?」
「いや、ここでかち合うのは気まずいだろ。こんなところまで来る人たちは、何かあるだろ。俺たちみたいに」
「あたしたちが先にいたんだから堂々とここにいたらいいじゃん」
「それは、そうなんだが・・・・・・ッ」
平林の意見は尤もなのだが、さっきのゴミを見てしまっているため、俺はここを早めに出てしまいたかった。もしかすればここで何をするつもりかもしれない。そもそも健全な学校でするんじゃない! と言いたいところだが、思春期真っただ中の高校生には難しいのだろう。
「待って、この声って・・・・・・」
俺と平林が話していると、姫原が口に人差し指を立てて静かにしろというジェスチャーをしてきた。俺と平林は静かにして声の主を聞くことにした。
「ここで話があるの」
「何だよ、こんなところで」
「手短にしてくれ」
聞き覚えのある声が外から聞こえてくる。周りに何も雑音がないため、こちらが静かにしていると向こうの声が丸聞こえになっている。
「大海たちじゃん。どうしてこんなところに来てるの?」
「分かんないよ。それにひとみちゃんもいるよね。どうして三人でここに?」
「それは分からんが、お互いに知っているなら堂々としていれば良いんじゃないのか?」
天山たちだと分かった瞬間、平林と姫原はどうしようかと悩んでいるようだが、俺は余裕が出てきた。天山と北条、そして束本の三人なら何も起こるはずがない。そういう理由でここにいる二人は振られたんだから。
・・・・・・待てよ、このシチュエーション、何か嫌な予感がする。謎の悪寒が俺の全身に駆け巡ってくる。早くここから離れろという信号が俺の頭を支配してくる。
「よし、入れ違いでここから出よう」
「えっ、でもそんなことできんの?」
「そこは気合で何とかするんだよ」
俺の言葉に平林が疑問をぶつけてくるが、気合という名の隠密魔法を使うしかない。それ以外に方法はない。短時間だけなら許してくれるだろうし、何より俺の心を守る正当防衛だと主張したい。
そうして三人で立ち上がろうとした時、後方の扉が開く音が聞こえてきた。反射で俺はしゃがんで二人も俺に続いてしゃがんだ。そして机の隙間からあちら側を覗くと、声の通り天山と北条と束本の三人が教室の後方部に入ってきた。
天山と北条を見た姫原と平林は少しだけ顔をしかめたが、それよりも今は逃げ出すことだけを考えなくてはならない。満場一致で逃げ出すことが可決されているため、その行動に異議を唱えられないだろう。
「何か弁当のにおいがしないか?」
北条が分かりやすくにおいを嗅いでいることでお弁当のにおいがこの教室に充満していることに気が付いた。俺はすぐさまこの教室のにおいに魔法をかけ、においの濃度を下げてお弁当のにおいがしないようにした。
「・・・・・・僕には何もにおわない」
「あれ? 気のせいか? においがしなくなった」
どうやらバレずに済んだようだ。そして俺はしゃがんだまま教室から出ようと前の扉まで行こうとするが、それを平林によって止められた。俺は視線で訴えかけると、平林は確固たる表情で残ると言い出しそうな顔をしている。姫原はどうなのかとそちらを見ると、姫原はすでにあちらを見る体勢に入っている。
俺は仕方がなく、不意な音が出ないように音を跳ね返す魔法と姿が見えなくなる魔法をかけて見る体勢に入った。三人が並んで机の隙間から膝をついて見ている状態というのは実にシュールだなと思った。
「大海くんに言いたいことがあるのだけど、北条くんはどこかに行ってもらえないかしら?」
「別に俺がいても問題ないだろうが」
俺たちの姿に気が付かずに、束本が天山を見て何かを話そうとしている。どうやら北条はおまけとしてついてきたようだが、すでに俺はこの光景を見ただけで変な汗が出てくる。俺のことではないのに、どうして俺はこんな汗を出しているのだろうかと思ってしまう。
「五限の授業が始まるまであと少しだ。手短に頼む」
「ていうかこんなところにカイを呼び出すとかどういうことだよ」
天山はいつも通りすかした顔をしており、北条は少しイラついた顔をしている。こいつらのこういう顔しか見たことがないなぁと思いながら三人のことを見る。
「私、こんな気持ちが初めてで、どうすれば良いか分からなかったのだけど、正直に気持ちを伝えることにするわ」
その言葉だけで俺の心臓を握り潰しているようだぞ。こんな言葉選びは絶対にあれでしかないだろうが。もう言っているようなものだ。
「大海くん、私は、あなたのことが好きよ。愛してる」
ああああああああああぁぁぁっ! お前らはどうして俺がいるところでその話を出してくるんだよ! 最初は笑えて、次は気まずくなって、今はお腹が痛くなってるよ! お前らはどしてそうなんだよ! 二度あることは三度あるとかいう言葉があるから俺はこんなことに巻き込まれているんだよ!
ほら見てみろ、こちらで見ている二人の顔が驚きで固まってしまっているぞ。俺も心の中では言葉を出しているが、たぶん他から見ればそういう表情なんだろうな。本当にここから逃げ出したい。
次回は三月十五日にノルニル・セレクション三話を投稿します。