平林桜の場合。
色々と濃密な夜を過ごして朝になり、俺はいつも通り学校に向かっていた。いつも通りとは言ったが、すげぇだるいし日に日に学校に行くのも嫌になっている。いつも通りって何だよ、いつもってすごく嫌なんだけど。いつもに支配されている人間は、いつの間にか奴隷のようにいつもに支配されている。
あぁ、ダメだ。俺の頭がおかしくなっているな。授業中に寝よう。そうすれば少しはこの変なテンションも元に戻るだろう。これくらいの隠密はさせてくれないと俺は抗議しに行くレベルだ。
いつも通りに支配されている俺は、いつも通りの時間に教室に到着して、いつも通り窓際の真ん中の自分の席に座る。そして耳にイヤホンを付けて外を見ながらボーっとしているのが俺の日課だ。イヤホンからは何も音が流れていないため、ただの機能不足な耳栓になり果てている。
今にも眠りそうになっていた俺であるが、どこかから視線を感じて眠気を少し解消しながら横目でその視線の先を確認する。そこには席に座って俺のことを見ていた姫原の姿があった。俺と目が合うと、ぎこちなく手を上げているから、俺は無視して外に視線を戻した。
・・・・・・ふぅ、でたよ。あれ? 昨日言ったよな。俺のことを気にしなくても良いって。陽キャは俺の期待を悪い意味で裏切ってくれるから本当に度肝抜かれる。うん、マジでもう陽キャとは会話しない。
「おはよ、美花」
「あっ、おはよう、桜」
姫原が手を上げている時に近くに来たのは、制服を着崩して長い金髪が内巻きになっているゴリゴリのギャルである平林桜だった。俺が昨日姫原との会話に出した女だ。
「何? 誰に手を振ってたん?」
「あ、あはははっ、べ、別に何でもないよ」
「いや、別に何でもないことはないでしょ」
「ほ、本当に何でもないからぁ」
「そうして焦っているところも怪しい・・・・・・」
姫原は隠す気がないんだろうか。あれで隠していると思っているのなら、子供としか言いようがない。そう思って姫原の方を見ると、またしても俺と目が合った。
「あっ」
「誰を見てんの?」
「えっ?」
姫原と目が合った瞬間、俺は隠密精度を上げた。そうすることで姫原が見ているところには誰もいないように見えている。現に平林は俺のことが見えていない様子だ。
「ほ、本当に、何でもないよッ!」
「ふーん。まぁ、言いたくないのなら聞かないけど」
「そ、そうしてくれるとうれしいな」
安どしている姫原に悪いが、その表情をしたら何かを隠していると言っているようなものだろう。素直? 純粋? バカ? アホ? むしろこっちをバカにしている? できることなら最後はやめてほしいな。人間を信用できなくなる。
「それよりも、昨日はどうだったの?」
「き、昨日? な、何のこと?」
「隠さなくていいじゃん。昨日あれをするって言ってたんだから」
「へ?」
「え?」
平林が質問しているが、姫原と会話がかみ合っていない。俺が昨日のことを思い出すことと言えば、姫原が天山に告白して、それが同性愛者だということで断られたことしか思い出せない。それ以前に何かあれば俺は知らないが、あれ以上に何かあるということはないだろう。それはもう濃厚過ぎて薄めないと味わえない。
「ほら、昨日の放課後に、大海に」
「あぁ、あれね・・・・・・」
平林が姫原の耳元で告白ということを直接言わずに伝えようとしたところ、姫原は急に虚空を見て無表情になった。
「あれこそ、聞かないでくれると嬉しいな」
「えっ? はぁ? うん? ど、どういうこと? へ?」
無表情ながらも悲しそうな顔をしている姫原に、平林は何かを察したのかと思いきや何を言っているのか分からないという顔を七変化のようにさせて困惑していた。
「昨日したんでしょ?」
「うん、したよ。・・・・・・したよ」
「え? 断られたの⁉」
「・・・・・・断られたね」
平林の問いに対して姫原はどこか儚げで悲壮感を漂わせて答えている。俺は姫原が泣いてしまうのではないのかと思ったが、どうやらそういうことは昨日のうちに終わらせてきたらしい。
「どうして⁉ あんなに仲が良いのに、どうして断られるの⁉」
「それは、・・・・・・言わないでおくね。これは私の手に負える話じゃないから」
遠い目をしている姫原を見て、何が何だか分からないという顔をしている平林の気持ちは誰しも理解できるだろう。俺も昨日のことを見ていなければ訳が分からないと思っていただろう。
ここで天山が同性愛者で断られたよ、ということを伝えても周りは混乱するだけだろう。大半は信用できないと思うだろうし、混沌を極めることは確かだ。
「おい、聞いたか?」
「あぁ、聞いた。もしかして、我らがマドンナが振られたのか?」
「会話の内容からそうだと思うが、それなら俺にもチャンスがあるのか?」
「それは夢を見過ぎだ」
姫原と平林はこのクラス、いやこの学年でトップカーストを誇っている。そのため会話はクラスの誰よりも注目されやすいから、こういう会話をすればすぐに聞こえてしまう。
「本当に意味が分かんない。とりあえず説明してくれないと・・・・・・」
周りの目を気にせずに姫原に真相を聞こうとしている平林であったが、扉から入ってきた天山によってその会話は中断させられた。天山は今はクラスの誰よりも注目されているが、我関せずで自身の席に座った。
「ちょっ――」
「桜、本当に良いから。これは私とカイくんの問題だから、気にしないで」
天山に飛びつこうとする勢いだった平林を姫原が腕をつかんで食い止めて懇願している。それを見た平林は天山の元に向かおうとはせずに、姫原の傍にいることにした。
それよりも、いつもは天山の元に姫原や平林、残りの来ていない二人が集まっているが、集まっていない光景を見るのは珍しいらしく、クラスメイトたちはざわついている。
まぁ、俺が知ったことではないからどうでもいいけど。このクラスのトップカーストが崩壊しても、一つ下のカーストが虎視眈々とトップカーストになろうとしているのも、底辺の俺には関係のない話だ。いや、底辺にいるというよりかはむしろ番外? それだったら甘んじて受け入れよう。何かかっこいいし。
クラスから視線を窓に移し、俺は青い空を見ながらどこか嫌な予感がぬぐい切れないような、気もしないでもないため、そのままスルーすることにした。
今日の授業がいつも通り、いや予定通り、まぁどっちでもいい授業日程が終わり、今日は下校せずに学校にいることにした。特に理由はないが、こっちの制服でも問題ないためここで時間を潰していてもさほど問題はない。
それにしても、今日は姫原が何度も俺のことを見てきたため、俺は気が気じゃなかった。俺の隠密がバレる要因の一つに、姫原が他の誰かに俺のことを紹介する、示すという条件があるため、今日はいつにも増して気を張った。
クラスメイトたちがどんどんと教室から出て行く中で、昨日とは違うラノベを手にして、俺は隠密を自身にかけて読み始める。さすがに昨日みたいな告白とかはないだろうと思いながらも、念のため誰かに見つかっても良いようにしている。
人がいなくなるのを鬱陶しく思ったが、次第に気にならなくなりラノベに集中していった。特にお気に入りのラノベはないが、主人公に一癖も二癖もある主人公が好きだな。俺自身に個性らしき個性がないせいでもあるのだろう。
ラノベを読み進めていき、段々と陽が落ちてきて教室に夕陽が差し込んできた。窓際にいるため俺はその夕陽をもろに受けて集中力を一旦途切れさせた。身体を伸ばしながら時間を見ようとすると、教室に誰かがいることに気が付いた。
驚いた声を上げようとしたところを押しとどめて、正面を向き合っている二人に視線を向ける。一人は今朝姫原と話していた平林。もう一人はトップカーストのグループにいる、少し荒っぽさが印象的な茶髪にピアスを付けている男、北条綾斗だった。
「話があるけど、良い?」
「あ? 何だよ、もったいぶらずに早く言えよ」
少し顔を赤くしている平林に対して、北条は少しダルそうな感じを出している。この二人を教室で見ている時、それなりに会話して楽しそうにしているのは見ていた。
これはあれか、また昨日みたいに告白を見させられるパターンか? いや待て。昨日と同じなら俺は面白いものが見れそうになると思ったが、昨日みたいないことが起こるのは万が一の時だけだ。昨日がその万が一なだけであって、今日もなるわけがない。
さてと、俺はここでこいつらの告白を見続けるつもりはないんだが、何せ俺ができる隠密も限界があるため、ここでバレないようにするには動かない方が一番良い。それにしても二日連続でやるとは、姫原と平林で何か相談していたのかもしれない。あと一人が完全にハブられているけど。
「あー、その、あれなんだよね」
「何があれなんだよ。意味が分かんねぇよ」
いつものハキハキと話す平林と今回の平林は違い、少し言い淀みながら平林に何かを伝えようとしている。ずばっと言ってどかっと受けて、そのまま家にゴールインしてくれれば、俺はまたゆっくり読書に熱中できる。
「何気に二人っきりってそんなにないよな?」
「あー、そう言えばそうだっけ」
「そうだ。いつもはカイとか美花が一緒だけど、こうやって二人でいることはないだろ」
「いっつも五人で行動してるもんね」
「五人って言うけど、束本って付き合いが悪いだろ。未だにあのグループに束本がいることが疑問なんだが」
「あぁ、あいつね。あたしもあいつがこのグループにいることはあまり好きじゃないんだけど、カイがそうしてるから素直に言えないから」
「カイはいつも優しいからな」
束本とは天山グループにいる五人のあと一人の女性であるが、束本はトップカーストと言うよりかは俺と同じで番外にいるような女性であるから周りからはどうして彼女がいるのかという声が上がっていることが多い。
「もう言えそうか?」
「あ、うん。言えそう」
「チッ、手間かけさせんなよ」
どうやらあの会話は平林の緊張をほぐすものだったらしい。さすがはトップカーストにいる人なだけはある。この雰囲気なら行けそうな気がするぞ。
「今から言うことをちゃんと聞きなよ」
「あぁ、聞いてるからさっさと言えよ」
平林はそう言って一度大きな深呼吸をして、スカートを握りしめながら覚悟を決めた表情で北条に口を開いた。
「綾斗、あんたのことが、好きなの。付き合って」
ドっ直球に思いを北条に伝えた平林。その堂々たるさまは拍手をするくらいのものだった。できないが心の中だけでもしておくことにした。
「悪いが無理だ」
行けそうな雰囲気を感じていた俺と平林にとって、北条のその言葉は信じられない言葉で二人して固まってしまったが、俺は一瞬で戻って、最悪な展開しか頭によぎってこない。
「ど、どうしてか、聞いても良い?」
震える声で平林は理由を聞いた。心なしか目が赤くなって涙が薄っすらと浮かんでいるが見える気がする。ていうかどうして姫原と言い平林と言い断られることを頭に入れていないんだろうか。まぁ、普段を考えれば断られるとは思わないのか。
「どうしてって、お前を恋愛対象として見ていないからだけど?」
「あたしを、女として見れないってこと?」
「女としては見れてるけど、そういう問題じゃない」
あぁ、これは嫌な予感しかしない。今すぐにでもこの場から離れたいが、それは許してくれない。
「じゃあどういう問題なん⁉ あたしに言えないことなの⁉」
「うるせぇな。そう怒るなよ。別に言っても良いけど、誰にも言うなよ」
「・・・・・・分かった」
平林は中々言わない北条に睨んだ目で見ているが、その目は涙が浮かんで睨みが利かせれていない。不覚にも強がっている平林が可愛いと思ってしまったのは誰にも言わないでおく。
「俺、恋愛対象が男なんだよ。だから女とは付き合えないし、お前と付き合うつもりはない」
「・・・・・・は?」
平林。俺も同じことを言いたいよ。いや、俺は昨日聞いていたからどうということはないが、それでもクラスメイトの二人が同性愛者だったという事実は驚きを隠せれない。むしろ前面に押し出したい。昨日のことがなければ、俺はここでも大爆笑を起こしていただろう。今はそんな気がしない。
別に同性愛者だからどうこう言うつもりはないが、そういう素振りがなかった分、驚きが振り切れている。だが、少し待て。あの二人は同じグループにいて、いや俺は何も考えない。
「冗談を言うのはやめてくれる? 今はそんな空気じゃないじゃん!」
「冗談って、お前こそふざけてるのか? 俺が男が好きだってことが、ふざけているって言いたいのか! あぁっ⁉」
「ッ!」
平林が怒って北条に言い返すが、冗談と言われたことにキレた北条がそばにあった机を叩いて平林を威嚇した。平林はその音で一歩だけ引いた。
「チッ! 気分が悪い。もうお前とは話さない」
「ちょっ、ちょっと待っ――」
「待つか。自分の大切にしている思いをバカにされて許せる奴がいるかよ」
北条は怒った口調でそう言い放ち平林を睨みつけ、そのまま教室を出て行った。そしてこの場に残ったのは隠れている俺と平林だけ。
まぁ、俺としてはどうでもいい話だが、北条にとってはそれが大切だったからキレたんだろう。分からんでもないが、突然それを告白された張本人は頭の中は混沌を極めていると見た。
「ふぅ・・・・・・」
教室に取り残された平林は、静かに手を顔に当てて静かに泣き始めた。あんな男性経験豊富そうなギャル女でも振られたら泣くんだなと達観して平林の方を見るが、俺は軽いデジャブが頭の中をよぎるどころか、駆け回っている。
泣いている平林のことを見ながら、数分経ったが、絵が変わらない。今回の場合でもこいつを慰めなくても俺は良いし、時間になれば強制的に帰らされる。このまま俺が読書を続けていれば自然に帰るだろう。
「ぐすっ・・・・・・」
だが、それでもこれを放置するという行為が背徳感を覚えてしまう。どこも後ろめたさを覚える理由がないのに、それは俺が人間だからだろうか。いや、今更人間だからと言う理由はないな。
二度あることは三度あると言うが、もしかしたら明日の放課後もあるかもしれないな、はははっ。笑えねぇよ。ないとは思うが、明日の放課後はもう速攻で帰ることにする。
「・・・・・・えっ?」
「はっ?」
時間が早くすぎないかと思って平林の方を見ると、平林もおもむろにこちらを見た。俺のことを見えるわけがないと思っていたが、完全に俺の方を認識しており、俺と目が合っている。俺と平林はお互いに驚いて言葉を出せない。
「・・・・・・えっ? ・・・・・・い、いつからいるん?」
「えっ? えっと、あー、まぁ、いつからだろうな?」
お互いに状況が理解できていないため、頭が上手く回っていない。俺と平林は数十秒くらい見つめ合ってようやく動けるようになった。
「じゃ、じゃあ、俺は帰るから」
この場にいたくない俺は、すぐに荷物を持って教室を出ようとする。だが、それは俺の近くに来た平林が俺の服の袖をつかむことによって防がれた。
「ま、待ちな! 本当にいつからいたの⁉」
「い、いつからって、最初からだよ」
「最初からって、・・・・・・もしかしてあたしの告白を見ていたの⁉」
平林は俺に鋭い眼光を向けながら俺にそう聞いてきた。聞いてきたと言うよりかは、有無を言わさずに聞き出そうとしているという方が正しいか。
「告白って何のことだ? もしかして誰かに告白をしていたのか?」
ここですぐに逃げ出す方法はすっとぼけること。だから俺は平然とした顔で平林の質問にとぼける。
「・・・・・・もしかして、あんた美花の告白の現場にもいたんじゃないの?」
「美花? あぁ、姫原か。姫原が告白した噂って本当だったのか?」
俺は噂で聞いた風な感じで平林に答えるが、俺の内心は、どうしてそれがバレているんだ⁉ もしかしてあのバカが喋ったのかって驚いている。この時間帯で平静を保てているのは奇跡だ。
「ふーん、そうやってとぼけるんだ」
「とぼけるも何も、俺は本当のことを言っているだけだ。言いがかりはやめてほしい」
おそらく姫原からは何も聞いていない。だからこれだけでは俺が昨日あの場にいたということは分からないはずだ。俺がボロを出さない限りバレないし、この場から離れることだけを考える。
「俺はこれで帰らせてもらう」
彼女は明確に俺を拘束する理由はないはずだ。だから帰ったとしても俺は何もない。この告白もあまり出したくないはずだからな。
「美花が、言ってたよ」
「は?」
また引っ張られて引き留められると思ったが、そうではなく静かに平林が口を開いた。俺は足を止めて平林の方を向いた。
「あんたがあの場にいたから、昨日の今日で立ち直ることができたって。あのままだったら振られたことを誰にも言えずに引きこもっていたかもしれないって。あの場にいてくれてありがとうだってさ」
「そのお礼を言う相手を間違っているんじゃないのか?」
「あんたがとぼけるのが上手くても、あんた以外の人がとぼけるのが下手なら、意味がないのは分かってる?」
「さっきから何を意味の分からないことを言っているんだ?」
すかした顔で答えているが、あぁ、やばい。これはふとした拍子にバレそうだ。俺が一番心配しているのは、あの姫原だ。そして姫原のことを平林は言っているんだろう。
「朝、美花がどこに手を向けているのか分からなかったけど、あんたが座っている席を見てあんただって分かったよ」
「それだけで判断されても俺は困るんだが」
「それに、何度もどこかを見てたけど、それも場所的にあんたでしょ?」
「姫原から俺の方向には俺以外にもいるだろう。それだけでは俺だとは判断できないだろ」
あぁ、やっぱり姫原のあの行動を見ていたのか。平林は姫原の後ろの席だから見ていても不思議ではない。だが決定的なものにはならないはずだ。
「それから、昼休みに昨日の告白のことを美花と話したけど、誰と話したのかって聞いたの。そしたらあんたのことを教えてくれなかったけど、二つだけ教えてくれた。美花やあたしが全く見たことがない人で、男の人だって」
・・・・・・あっ、あいつ何も気が付いていないのか? 俺の席のこと。これってやったんじゃないかあのバカ女。
「一応あたしはこれでもクラスの人間を名前は知らなくても顔は知っているから、他のクラスの人間かと思ったけど、あたしが知らなくて、男、そしてあんたの席の方を見ていたということは、あんたしかいないんだよね。あんたの席の周りって女の子だらけだからね」
そう自信満々に言う平林に、俺は何も言えなくなった。俺の席の周りに男子がいれば話は違っていたが、これは変えようがない事実。これ以上は反論しても無駄で、何より今はそれ以上に思うことがあった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ、あいつってバカなのか?」
「ご愁傷さま。美花はそういうところがあるから」
俺は自分の席に戻って座った。そして姫原とはもう二度と話してやらないと思った。
「誰かいたってことを言うのは良いけど、どうしてそんなヒントを出すようなことをしたんだ? あのバカは」
「あたしが無理やり聞こうとしたのもあるけど、たぶん美花はあんたと仲良くなりたかったんじゃないの?」
「それなら何も言わない方が良いだろう。そうすれば嫌われることがなかっただろうよ」
「仲良くなりたいけど、話しかけちゃいけないって思った末に、誰かにその気持ちを共有したかったのかもしんない」
「はぁ、迷惑極まりない」
平林は昨日の姫原と同じように俺の席の隣にこちらを向いて座った。
「それで? 俺が姫原が言っている男だとして、お前はどうしたいんだ?」
「お前って言うな」
「ごめんなさい」
お前呼ばわりしただけで、平林にめっちゃ睨まれたんだが。こわっ。すぐに謝ったからすぐに睨みを収めてくれたが。
「あんたに聞きたいことがあんの」
「おいおい、平林はお前呼ばわりを拒否したのに、俺はあんた呼ばわりしていいのか?」
意趣返しのつもりであんた呼ばわりのところを付け込んだ。
「あ? じゃああんたの名前を教えてよ。そうしたらあんたじゃなくて名前で呼んであげるから」
「いやそうじゃない。そうじゃなくて、あんたじゃなくて君とかあなたとかで呼んでって意味」
「何であたしが君とかあなたって呼ばないといけないん。名前を教えない限り、あんた呼ばわりをするだけ。そうじゃなくても名前を教えな。美花からは絶対にあんたの名前を教えてくれないから」
「断固拒否する」
名前を教えることだけは避けたい。いや、もう手遅れな気がするが、最後の最後まで抵抗したいのが思春期というものだ。もうあんたで良いから。
「そ。じゃあ紙を見るだけ」
「あ? あっ」
そう言って立ち上がった平林は教壇に向かった。どういうことかを察知した俺は、平林よりも先に教壇に走って席順に名前が書かれている紙を獲得した。
「早く渡しな。バレるのは時間の問題なんだから」
「・・・・・・悪いな、それはできない問題だ」
「はぁ? 何ができない問題なん?」
「それは、男の意地だ!」
「うわっ、くだらなっ」
「くだらないとか言うな! 男はこれを持って生きているんだよ!」
「え、何でそんな元気なん? キモッ・・・・・・。そんな意地とか良いから、それを渡しな!」
俺は紙を持っている方の手を上げて平林が取れないようにすると、平林はそれを紙を取ろうとしている。俺の方が平林より身長が高いが、それでも女子の中で身長が高い方の平林とそこまで変わらない。そのため、平林は紙を取るために手を伸ばして取ろうとするが、俺の身体に平林の身体が密着してその豊満な身体の柔らかさを意図せず堪能してしまう。
「おい、諦めろ!」
「それはこっちのセリフだけど?」
何より、身長がさほど変わらない俺と平林の顔がめちゃくちゃ近い。いい匂いがしており、息遣いもお互いに分かってしまう。
「わ、分かったから、渡すから離れろ」
「最初からそうしてればいいのに」
俺は観念して紙を平林に渡して、興奮していることを平林に悟られないようにした。俺は即座にこいつのことを貞操観念ゆるゆるのビッチだと断定した。童貞がこう思うのは仕方がない話だ。
「あった。・・・・・・うし、おに? これって何って読むん?」
「うしおにで良いんじゃないか?」
「何って読むん?」
「無視すんなよ。牛鬼だよ」
「牛鬼ねぇ。へぇ、珍しい苗字」
「それは昨日の姫原でやったから良い」
俺と平林は元の席に座って、脱線した話を戻すことにした。
「で? 何を言いかけていたんだ?」
「牛鬼が話を止めたんじゃん」
平林が抗議の目を送ってくるが、それは俺と会話することに必要不可欠なものだ。だから甘んじて受け入れてもらうしかない。
「それで、話の続きだったね。美花からは聞けなかったんだけど、昨日の告白で何があったん? 美花は大海から告白を断られたってことだけしか聞けなかったんだけど、絶対に何かあるでしょ」
平林は結構鋭いな。それとも、姫原がざるなだけか。俺は後者を推してみることにする。今の俺は後者のせいでいるのだから。
「それは言いたくなかったから言わなかっただけじゃないのか? 本人が言いたくないのなら、言わない方が良いと思うが」
「そうだけど、美花って繊細だから気を遣ってあげないと何かの拍子で傷ついちゃうかもしれないから」
「よく知っているんだな、姫原のこと」
「それはそうでしょ。だって中学の頃から一緒なんだから」
「へぇ、それは随分と仲が良いことで」
俺がここで姫原のことを言っても良いし、何なら俺の件での意趣返しで積極的に伝えたいまである。むしろ平林も同じことを体験したんだから、言っても問題ないのではないか?
「それで、教えてくれるん?」
「まぁ別に俺は言っても良いから言うけど。簡単に言えば、姫原は平林と同じように振られたんだよ」
「同じ? ・・・・・・もしかして、大海も、そういう人だったってこと?」
「そうだな。俺もその時はわ、驚いた」
危ない。笑ったって言いそうになった。すぐさま言い直した俺を褒めてほしい。
「そういうことね。教えてくれてあんがと」
「別にいい」
「それから、やっぱりあたしの告白を見ていたんじゃん」
「不可抗力だ。見るつもりはなかったからな」
「どうやってあそこにいたん? あたしは確かに誰もいないことを確認したんだけど」
「影が薄かったから気が付かなかったんだよ。じゃないと分かるはずだろ?」
「・・・・・・そうだけど」
平林に色々とバレるところだったが、こういう人たちは先入観があるからバレるということはかなりの確率でない。
そこから俺と平林の間に沈黙が流れたが、少し落ち込んだ声音で平林が口を開いた。
「牛鬼から見て、綾斗とか大海が同性愛者だったことを見破れていた?」
「平林たちが分からないのに、俺が分かるわけがないだろ」
「そうだよねぇ・・・・・・」
平林と話していて、一つ疑問を覚えた。さっき振られたばかりなのに、こいつはどうしてもういつも通りな感じになっているだろうかと。心の中では泣いているのかもしれないが、いつも通りな気がする。
「何か、あまり悲しそうに見えないな。さっき振られたばかりなのに」
「そう見える? これでも結構落ち込んでいる方なんだけど」
「それは悪かったな」
「まぁ、そう見えないようにしているだけなんだけど、牛鬼と話していると少し気分転換にはなった気がする」
「あれだけでか?」
「あれだけでも少しは忘れられるんよ。気を紛らわすとかしないと、本当に泣いちゃうから」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
そして再び俺と平林の間には沈黙が流れた。俺は昨日と同じように夕陽を見て、昨日と全く同じだなと思いながらも、平林の方を向いた。
「もう暗くなるから送って行くぞ」
「別にいい。子供じゃないんだから。それに昨日とは違って暗くないからね」
「聞いたのかよ、あの口軽女から」
「ほとんどね。気持ちだけ受け取っとく」
そう言った平林は自身の席にあるカバンを手に取って、俺を見た。
「今日はあんがとね。少しだけ気が軽くなった」
「あれだけで気が軽くなったのなら良かったよ」
「それじゃ、また明日ね」
「じゃあな」
平林は教室から出て行き、教室の中は俺一人だけとなった。さっきのことが嘘みたいな静けさだが、俺はこの静けさが嫌いじゃないと黄昏ながら、手に持っているラノベに視線を向けた。
次回は三月十二日にノルニル・セレクション第二話を投稿します。