姫原美花の場合。
昔書いていた作品を発掘してきたので投稿してみます。
放課後の学校と言うのは、様々なところで青春の音が出ている。まだ授業を受けているクラスもあれば、学友と並んで帰っている生徒や運動の部活に精を出している生徒、委員会など、青春を謳歌している高校生たちが数多いる。
その中で俺は別に何もすることはなく、ただ家に帰っている帰宅部。この後夜にまた学校に帰ってくるが、その間何もすることがないから家に帰る。俺と青春を謳歌している彼らとの差は何か、そんなものは俺が生粋の陰キャだからだ。陰キャ陽キャの話をしている時点で陰キャと相場が決まっているが。
誰とも関わらず、話もしない。そんな陰キャが青春を謳歌しているわけがない。自覚しているからなお質が悪いが、俺はこの場所に満足しているからこれを変えるつもりはない。
どうせ俺の将来は決まっているし、ここで交友関係を広げても、その努力とその結果が見合っていない。だから俺はこのままで満足している。
「あっ」
そんな陰キャな俺は、教室に暇つぶし用のラノベを机の中に入れて忘れていることに気が付いた。あれがなければ家でも暇つぶしができないから、俺はため息を吐きながら来た道を引き返す。
教室が開いていればラッキーだが、その場合は誰かがいることになる。しかも少人数。それもそれで嫌だから、誰もいなくて教室が開いていないだろうか。最善の場合は最後の奴がカギをかけ忘れているが、そこはそいつの責任ということで俺は鍵を開けたまま出て行く。
そんなことを考えながら俺は毎日通っている一年三組の教室の前にたどり着いた。そして教室の中には誰かいることに教室を見なくても気が付いた。しかも二人。誰がいるのか、俺はこっそりと教室の扉を少し開けて中を覗いた。
「あ、あのね」
「あぁ」
教室の中には、教室に差し込んだ夕焼けで顔が赤く見えているのかそれとも緊張で赤くしているのか定かではない茶髪を肩までのばしている可愛らしい女子生徒、姫原美花と、黒髪に眼鏡をかけたイケメン男子生徒の、天山大海が向き合ってそこにいた。
二人は俺のクラスメイトにして、スクールカーストトップに君臨している。姫原は誰でも声をかけ分け隔てなく接しているため勘違いする奴が多い。ちなみに俺は声をかけられたことはない。
天山は頭脳明晰でそのすかした顔や冷たい視線から冷徹王子と言われている。俺もすかした顔とか、冷めた視線を送っているが、普通に気持ち悪がられる。やはり顔か。これはもはや世界の真理にたどり着いたと言える。
「わ、私、カイくんのことが・・・・・・」
俺、こんなところにいたくないんだけど。今すぐにでも帰りたいんだけど、ここまで来たんだからラノベは回収しておきたい。そうじゃなければここまで来た行動が無駄になる。
大人しくこの光景を見続けながら、できることならば隕石が落ちてきて好き合っているけど生き別れないかと願うことしかできない。あー、人の幸運話はまずくて仕方がないなぁー。
「カイくん、天山大海くん、好きです、私と付き合ってください!」
しばらくモジモジとしていた姫原はついに天山に告白した。俺はうへぇと嫌な顔を全力でしながらも、事の顛末を見届けることをやめない。
「すまないが、それはできない」
「・・・・・・へぇ」
頭の中でこの告白は通るものだと思っていたため、俺は感心の声を少しあげてしまった。この二人は学校でいつも一緒にいるし、何ならお似合いだと思っていたまである。付き合っていなかったと言われる方が不思議に思っていた。
「そ、そっか、何か、ごめんね、時間を取らせっちゃって」
そう言っている姫原の目には涙が浮かんでいる。それほどまでに本気なんだったんだなぁ。俺にはできないことだ。そこは尊敬できるが、少し天山の好感度が低かったんじゃないのか? あのすかした顔をときめかせた顔にしないと、俺がギャップで笑えないじゃないか。
「では、僕はこれで帰らせてもらう」
えっ? 告白を断っておいてすぐに帰るとか薄情すぎるだろうッ! 俺が告白される可能性はゼロでどうすれば良いか分からないから、とりあえず心の中で非難しておく。それにしてもあの姫原の告白を断るやつがいるとは思わなかった。俺ならすぐにオッケーするぞ、されないからこの仮定は無意味で、むなしいだけだ。
「ま、待って!」
そそくさと荷物を持って帰ろうとしている天山の袖をつかんで引き留める姫原に、天山は振り返っていつもの冷たい目を向けた。
「まだ何か用があるのか?」
おぉっ、今さっき振った相手に向ける視線とは思えないぜ。これはドSのにおいがする、どんなにおいか分からんが。
「あの、その、えっと、・・・・・・あれ? ぜ、全然頭が回らないや。その、あのね」
涙を浮かべながら無理やり笑みを作っている健気な姫原に、少しばかり涙腺が緩んでしまった。まぁ、告白を断られたシーンは面白くて涙が吹き飛んだんだけど。うける。
「その、カイくんは、どんな女の子がタイプなの? わ、わたしが、できることなら、何でもするから」
ダメだよ、それは。男に何でもするって言ったら、エロいことしか返ってこないのはエロ本情報だ。ちなみに俺は寝取られは嫌いだ。
「私ね、男の人をこんなに好きになったのが、ううん、人をこんなにも好きになったのが初めてで、こんな情けないことを言っちゃうくらいに好きなの。・・・・・・だから、カイくんに認めてくれるくらいの女の子になるから・・・・・・」
健気! 健気すぎやろーッ! 俺は声を大にしてこの感情を外へと向けたいが、そうはせずに心のうちに抑え込むッ。
「君は一つ、根本的なことを間違えている」
「えっ?」
どこが間違っているって言うんだぁ! こんな健気な娘を振っておいて、言い訳をする気か! 男らしくないぞ!
「僕は男しか愛さない」
天山のその言葉に、天山以外のすべての時間が止まった。かくいう俺も何を言っているのか分からずに固まってしまった。
・・・・・・ボクハオトコシカアイサナイ。これはどこの言葉だろうか。日本語では、ないな。これを日本語で聞こえた感じだと、『僕は男しか愛さない』となる。空耳とか、あれだろう。男しか愛さないとか、そんなふざけたことを言うわけがない。俺の願いが叶ったとしか思えない。
「・・・・・・えっ? ご、ごめんね、も、もう一回言ってくれるかな?」
どうやら日本語ではなかったみたいで、姫原も何を言っているのか分からずに聞き返していた。
「聞こえなかったのならもう一度言おう。僕は男しか愛さない。つまり、君は恋愛対象からすでに外れている」
「・・・・・・ッ!」
ようやく天山の言っている意味に気が付いた俺は、ついに叫びそうになったが口を手でおさえて寸前のところで止めることができた。
・・・・・・えっ? 何だよ、それ。何かのジョークなら悪質にも程があるな、ウケる。いや、だが姫原を諦めさせるための嘘かもしれない。それにしてもだ、あんな顔でホモだと言われても俺は冗談にしか聞こえない。
「う、うそだよね? わ、私を諦めさせるうそだよね? そんなうそをつくくらいなら、何も言われない方が良いよ」
あのすかした顔の裏に、男しか愛せない顔があったとか、天変地異がひっくり返るくらいの事実だ。姫原が言うように、それならば黙って出て行った方が姫原も惨めではないだろう、嘘ならば。
「嘘? なぜ僕が嘘をつかなければならないんだ? もしこの事実が嘘だと仮定しても君を諦めさせる方法など、いくらでもある。誰か好きな人がいる、今は誰とも付き合う気はない、君を恋愛対象として見たことがない、など。まぁ、この仮定は無意味で、僕が男しか愛さないという事実は変わらない」
真顔で男しか愛さないということを言っている天山のことを見て、俺は腹がよじれそうになっていた。そして笑い声を抑えるのにも必死になっていた。
「ひぃ・・・・・・くくっ・・・・・・」
おいおいおい、こんなにも笑わせないでくれよ! はぁぁぁぁっ! 面白過ぎてよだれが出てきた。あぶねぇ。
「もう良いかな? これで僕は帰らせてもらう」
そう言って天山は教室から出ようとしたため、俺は笑いをこらえながら周りに姿を溶け込んで出てくる天山をやり過ごした。
それにしても、天山はそんな気があると学校では感じさせなかった。俺的には面白かったから全然いいんだけど、中にいる姫原にとって寝耳に水とはまさにこのこと。はぁぁっ、最初はつまらないものを見せられるかと思ったが、存外面白いものが見れた。
俺は姫原が出るまでの間、廊下の端で座って暗くなりつつある空を見る。ふぅ、笑わせてもらったけど、あの二人って、青春を謳歌しているって言うんだろうな。それをバカにするとか、俺はどんだけ惨めなんだろうか。
あの飛んでいる鳥のようになりたい。そーらをじゆーに、とびたいなー、てか。はい、タケコプター、てか。いや、飛んでいる鳥のようになりたいなら、いまー、わたしのー、ねがーいごとはーだな。しょうもな。惨めだ。
そんなことを思いながらしばらく時間が経過したが、一向に姫原が教室から出てくることはなかった。こっそりと教室の中を覗いた。
「ぐすっ・・・・・・」
うわっ、泣いてるし。いやまぁ、泣くのは良いし当たり前のことなんだけども、せめて家に帰ってから泣いてほしかったなと鬼畜のように思ったが、これだとしばらくは帰りそうにないと見た。
「ハァ、仕方がない」
姿を消して向かうのにも限度があるため、俺は大人しく何もせずに教室の中に入ることにした。何食わぬ顔で扉を開けようとするが、何食わぬ顔ってどうやってするんだ? 何も喰わない顔? 何を食わない顔? まぁすかした顔だな、たぶん。
「か、カイく――」
俺が教室に入ると、パッと顔を上げてもしかして的な顔をしているが、残念ながらカイくんではなくサクヤくんだ。何かごめんね。でもそこから辛そうな顔をするのは違うと思う。こっちが辛くなってくるよね?
「ご、ごめんね。別の人と勘違いしちゃった」
「気にするな」
俺はそう言ってそそくさと俺の机の場所に向かい、机の中にあるラノベを取り出した。これでようやくこの気まずい空間から抜け出すことができる。俺はあのすかしたイケメンの後始末何てごめんだ。
「うぅっ・・・・・・、ぐすっ」
うわっ、これって何? この聞こえる感じで泣いているの。他意はないんだろうが、それでも俺のほんの少しの良心に語り掛けてくる。〝泣いている女の子を放って帰るの?〟とか、〝心が痛まないの?〟とか、ふざけたことを俺の良心がそれを受けて訴えかけてくる。
「あー、その、大丈夫か?」
とりあえず話しかけておくことにした。ここで無視して帰ったら数日間くらい快眠ができない後悔になりそうだったからだ。二日快眠ができなければ、俺は死に直結してしまうから、話しかけるしか道はない。
「ご、ごめんね、大丈夫・・・・・・大丈夫だから」
いや、震える声で大丈夫を言われても普通の人なら大丈夫だとは思わんぞ。そしてここで、大丈夫って言うんなら大丈夫だなじゃあ俺は帰るから、なんて普通はならんぞ。
「あー、まぁ、その、えー、なんだ」
人との関りを極端に持たなかった俺が、この状況をどうにかしろと言う方が無理な話なんだ。その証拠に俺はこれからどう言えば良いか分からない。この俺の状況に憐れんでもらう作戦をしているのか、俺。
「男なんて他にも腐るほどいるんだから、気にしなくて良いんじゃないか?」
ひねり出した言葉がそれだった。確かにあいつは腐ってしまっていたが、今の俺にはこれしかかけられないし、かけられる言葉があるのなら教えてほしい。
「は、ははっ、見られてたんだね。・・・・・・ごめんね、こんなところで泣いちゃうなんてみっともないよね」
口が滑って見ていたことがバレ、そして姫原はまた振られたことを思い出したのか涙が滝のように流れてきている。
あぁ、どうしろって言うんだよ。どうして俺が赤の他人を気にかけなきゃならないんだよ。俺、別に何も悪いことしてないよな? いや、何かの罰を受けていた方がよっぽどいい。こんなどうしたらいいか分からない状況に放り出されるよりかはな。
「まぁ・・・・・・、遅いから早く帰った方が良いぞ」
どうしたらいいか分からなくなった俺は、そう言って教室から出る。つまり逃げた。これは戦略的撤退だ、何と戦っているのか分からんが。
教室から出て近くの壁に寄りかかり、姫原がキチンと帰るかだけを確認することにした。どうせ時間になれば強制的に帰らされるが、俺みたいな無害な奴ではなく有害な奴に目を付けられたら寝つきが悪くなる。
「ふぅー・・・・・・」
人と関わらずに生きてきた俺が、どうしてこんなに気を遣わないといけないんだろうと思った。俺に関して言えば、人とのつながりがない方が生きやすいことなんて、分かっているのに。
ラノベを読む気分にもなれず、目を閉じて姫原が出てくるのを待つが、三十分待っても一向に出てくることはなかった。デジャブ! あぁ、そんなところで何をしているんだよ! 泣くんなら早く帰って泣けよ! ここまで待ってたら帰れないだろうが!
「おいぃっ!」
「ひっ!」
苛立った俺は、教室の扉を乱暴に開け放ち、姫原に声をかけた。姫原は俺の言葉と音に驚いてひどく怯えた顔でこちらを見てきた。悪いと思うが、怒りがそれを上回っているんだ、甘んじて受け止めてくれ。
「な、なにか――」
「いつまでここにいるんだよ! 早く帰れよ! こんなところで泣くより家で帰って泣けよ! こっちまで帰れなくなるんだよ! いつまで泣いても何も変わらないんだよ! 泣いてもあいつは腐ったままなんだよ! いい加減泣き止めよお前の涙腺は異空間にでも繋がって無限に涙を流すことができるのかよ! どんだけ服の袖を濡らせば気が済むんだよ! いい加減泣き止まないと目が傷つくだろうが! 涙の意味がないだろう! どうして今まであいつが腐っていることを気が付かなかったんだよ! 俺も気が付かなかったけど一番近くにいたお前が気づかないってどういうことだよ! それって好きじゃないっていう証拠じゃないのか⁉ それなのに何で泣いてんだよ! あぁっ⁉ お前らは青春を謳歌しているだけ謳歌して人のことを何も見ていないんじゃないのか⁉ 知らんけど適当に言った! とにかくお前は失恋したんだから、友達にでも慰めてもらっていろぉぉぉっ!」
姫原の元に近づきながら、もはや逆ギレの域に到達している俺であるが、勢いで言いたいことをすべて言った。失恋とか、青春っぽくていいと思うが、いつまでもうじうじとしているのは違うだろ。それもこの場所で。頼むから帰ってくれ。
「ハァ・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・」
言いたいことを言って、俺は呼吸を整えている。俺は姫原の目の前にいて、姫原の可愛い顔が俺の目に映っている。そして俺の逆ギレを受けた姫原は、涙が収まっており目を点にして俺の顔を見ていた。
あぁ、俺は何を言っているんだろう。呼吸が整ってくるにしたがって、俺は俺の行動を客観的に理解し始めて、とんでもないことを言ったことに気が付いた。まぁ、言ってしまったものは仕方がない。
「ふぅ、そういうことだ」
そう一言言って俺は何事もなかったかのように教室から出ようとする。俺は一日で何回教室から出る行為をすればいいのだろうかと思いながらも、これで誤魔化せただろうとも思った。
「ふふっ・・・・・・ふふふふふっ」
姫原から何か言われると身構えていたが、何を言われるでもなく姫原の笑い声だけが教室に響き渡っている。頭がおかしくなったのかと思って姫原の方を見ると、姫原は目を赤くしているがさっきまでの泣き顔はなく我慢しきれずに笑っていた。やはり笑顔が似合っている。
「ぷっ・・・・・・ふふふふっ」
「おい、いつまで笑ってんだよ」
無視して教室を出るつもりだったが、笑いを止めないため振り返って突っ込んだ。何よりどの部分がツボに入ったのか全く分からない。俺はキレたのに笑うって、バカにしているんだろうな。
「いや、バカにしているのか、心配してくれているのか、どっちなのかなって・・・・・・ふふっ」
「そうかよ。それじゃあいつまでもここにいないで帰れ」
泣いていたから変なツボが入ったのだろうと思い、俺から教室に出ようとするが、このパターンはまたこいつはここに居続けるのではないのかと頭によぎる。
「やっぱり姫原から帰れ。また教室にいられても面倒だ」
「うん、ありがとう。でも君は先に帰ってて。私は後から帰るから」
「いや、それはもう信用できない。今すぐに帰れ。待たされるこっちの身にもなれ」
「えっ、どうして待ってくれているの?」
本人からしてみれば、俺のこの待つという行為は意味が分からないだろう。実際俺も夜のことを除けばこいつを心配している理由は分からない。
「どうしてって、もう日が暮れ始めているから学校の中が暗くなってきているんだよ。いつまでも学校の中にいたら、真っ暗な中で帰らないといけないだろう。いつまでも泣き続けているという前科があるから、姫原はもう信用できない。俺がいる間にすぐに帰れ」
どうせ時間が来れば学校から追い出されるが、それでも明るいうちに家に帰っていた方が良いだろう。夜は俺のような奴が活動的になる時間だからな。
「心配してくれてありがとう。・・・・・・でも、もう少しだけここにいさせて。少しだけ心の整理がしたいから」
姫原は少しだけ寂しそうな顔をしてそう言ってくる。そんな顔で言われると、何も言えなくなるため、俺は自分の席に座った。
「分かった、じゃあ俺も待つことにする。こんな時間まで待っているんだから、どうせなら最後まで付き合う」
「ありがとう、優しんだね」
「どこがだ。俺が優しかったら全人類優しさの塊でできているぞ」
「だって、今まで待ってくれていたんでしょ? 違うクラスで知らない人にそんなことできないよ」
「さぁな。だがもしかしたら泣いているところに付け込んで悪いことをする人間かもしれないぞ」
「でも、そうしなかったから悪い人じゃないよ」
「あー、まぁ、そうだな。違うクラスで知らない人だという前提が正しければの話だけど」
「・・・・・・えっ?」
「悪いな、影が薄くて」
姫原は俺のことを本当に違うクラスの人間だと思っていたらしく、俺が同じクラスだということを言うと固まってしまった。
「ほ、本当に?」
「ほんとほんと。だってこの席俺のだし。そうじゃないと誰の机の中を漁っていたんだよ」
「・・・・・・えっ?」
本日二度目のえっを頂きました。まぁ、これは姫原が悪いではなく普通に俺が悪いんだけどな。俺が影を意図的に薄くしているからそうなっているだけだ。
「ごめんなさい! 私、クラスメイトのことを全員知っているって思っていたのに君のことは全く知らなくて・・・・・・」
「気にするな。みんなでカラオケに行こうって言われても誘われなかったり、連絡先を交換する時だって何も言われなかったり、名前を知られてなくても全然気にしてないから」
「本当にごめんね!」
少しだけ意地悪をしてみたら、姫原はものすごく申し訳なさそうな顔で謝ってきた。その顔を見て俺に罪悪感がふつふつと湧き出てきたため、もう意地悪をするのをやめることにした。
「本当に気にしていないから気にするな。俺もそっちの方が気が楽だったからこれからもそうしてもらった方が俺的には嬉しい」
影を薄くすると言っても、使える力には限界があるため俺を見ようと思えば見えてしまう。だから俺と会話して俺のことを見つけようとすれば、簡単に見つけれることができるため、こうして俺に話しかけないように言っておく。
「そ、そっか。分かった。気を付けるね」
「そうしてくれ」
そう言って俺は姫原の気が済むまで、落ちて行く夕陽の方に目を向けた。あの太陽が俺が表の顔を出していい合図。あれが沈めば俺は裏の顔にならなければならない。そう思ったらあの太陽が沈むことに対して憂鬱に思う時がたまにある。
「ねぇ」
「何だ?」
俺が黄昏ていると、姫原が俺の近くに来て声をかけてきた。
「名前、聞いても良いかな?」
「どうしてだ?」
「えっ・・・・・・その、クラスメイトだし、名前を知らないと不便かなって思って」
「俺の名前を知らない方が、俺のことを気にかけずに済むだろう」
「で、でも、名前を知らないと君のことを呼べないよ」
「だから呼ばなくていいんだって。俺のことは陰キャとでも呼んでくれ」
俺と姫原は根本的な違いがある。交友関係があるかどうかだ。これはコミュ力があるとか陰キャ陽キャとかではなく、それを人生に必要かどうかだろう。姫原はたぶん必要と言うか、なければならないものだが、俺はあったら困るものだ。言わば俺と姫原は対極の存在と言える。
「どうしてもダメなの?」
「いや、そんな泣きそうな顔をすんなよ」
名前まで教えることはないと思っているところで、姫原は少しだけ涙を浮かべて俺にもう一度問いかけてくる。それはずる過ぎだろ。
「・・・・・・牛鬼朔弥。これで良いだろう」
「ぎゅうきくん・・・・・・、ぎゅうきってどうやって書くの?」
「牛の鬼だ」
「それで牛鬼か。聞いたことがない苗字だね」
「そうだと思うぞ。家族以外にこの苗字を名乗っている奴を聞いたことがない」
俺に関して言えば全然名乗られたことがないんだけどね。
「牛鬼くんは用事とかなかったの?」
「ないな。用事があっても普通は泣いている人を置いてはいけないだろう」
「そうだよね、うん、ありがとう」
「何回も聞いたからもういい」
さっきまで泣いていた姫原はすでに顔色を良くしているから、もう大丈夫だろう。ていうかどうして俺はこんなことをしているんだよ、カウンセラーかよ。
「ハァ・・・・・・私、振られちゃったんだね」
「そうだな」
姫原は俺の隣の席に俺の方を向いて座って、夕陽を見ながら少しだけ悲しそうな顔をしているがそれでももう大丈夫だ。これから泣くなんてことはないだろう。
「初恋だったのになぁ」
「初恋が成就すれば良いことではあるが、人生そんなもんじゃないのか? 俺も姫原もまだ十五年くらいしか生きていないんだから、初恋くらいでうじうじしていたらこれからやっていけないだろうよ、知らんけど」
「そう、かな」
「そう思っとけばいいんじゃねぇの。それにそういう人間関係は姫原の方が得意だろ。言っておくが俺はそういう話が得意ではない」
「得意じゃないよ! 私は初恋だったんだから」
「いや、そうじゃなくて友達とかでそういう話は聞かないのか?」
「あっ、そういうことか。・・・・・・でも、うーん、どうだろう。そういう話を友達としないから、友達から聞かないかな」
「へぇ、姫原がいつもいる、えっと、ギャルっぽい金髪の・・・・・・」
「もしかして桜?」
「そうそう、その人は恋愛経験とか豊富そうで話をするのかと思った」
「そんなことないよ。桜もそんな経験はないはずだよ」
「ふーん、人は見かけによらないんだな」
「桜はあれでも中身は乙女な女の子だから」
あんなギャルを前面に押している奴が乙女な、女の子? 冗談を言うなよ、っと言いたくなりそうだったのをやめた。これは間違いなく怒られる。
「まぁ、なんだ」
「なに?」
「落ち込むなとは言わないが、適当に頑張れ」
これでは普通に話し続けてしまいそうなため、俺は慰めの言葉ともとれる言葉を姫原にかけた。陽キャの話の長さは普通にすごすぎだろ。
「そこは適当なんだ」
「色恋沙汰に本気で挑むのも良いが、適当にしていないと疲れるだろ。知らんけど」
俺の仕事と色恋沙汰を一緒にするのは良くないが、入れ込むのも頑張るのもすべてが結果に反映されるとは限らない。それなら適当が一番だ。
「ははっ、適当かぁ・・・・・・。でも、恋は全力で行きたいよ。だって、その恋が一生で一番の恋かもしれないから」
「・・・・・・まぁ、それを決めるのは姫原だ。これ以上俺から何も言うことはない。ただずっと泣き続けるっていうことだけはやめてくれ」
「うっ、それは善処するけど、全力なんだからそこは許してほしいな」
「二度目がないことを祈っているよ」
俺が立ち上がると、姫原も立ち上がった。
「牛鬼くん、ありがとう。牛鬼くんと話していると気分が楽になった」
「それは何よりだ。それよりも暗くなっているから、近くまで送る」
「こんな時間まで一緒にいてもらったから悪いよ。走って帰れば大丈夫だから!」
「ここまで一緒にいたんだから、最後まで面倒は見る。まぁ、家がバレたくないとかそういうことなら俺は引き下がらせてもらうが」
「そんなことは全くないよ! ・・・・・・本当に迷惑じゃないの?」
「あぁ」
「・・・・・・それじゃあお願いしようかな」
「了解」
俺と姫原は教室の鍵を職員室に返しに行き、そのまま姫原と並んで姫原の家の近くまで送って行った。今まで生きてきた中で、こんなに青春をしていると思った瞬間はないが、これが最初で最後だろう。これだけで十分だろう。
「家はあそこだから。ここで十分だよ」
「そうか。じゃあな」
「うん、また明日ね、牛鬼くん」
俺はここまで来た道のりを引き返すために後ろを向いて歩き出す。
「本当にありがとうねッ!」
「あぁ」
後ろから聞こえてくる姫原に少し振り返って手を軽く上げて一度家へと向かった。
一つだけ言わせてください。どうして章に割り込めないのですか。おかげで三つに作品を分けないといけなくなりました。
次回は三月九日にノルニル・セレクション第一話を投稿します。