02 無手の剣士
僕は今、山道を歩いている。
鎖に繋がれ謎の騎士たちに連行されていた。
僕が引きこもっている10年の月日で、日本の治安はここまで悪化したのか?
騎士の数をざっと数えると、赤毛の女を含めて10名ほど…さすがに逃げるのはムリか…。
彼女に刺された傷は、思いのほか、たいしたこともなく出血は既に止まっていた。
ハァ…、溜め息が漏れる。
その瞬間、赤毛の騎士が鋭い目付きで僕を睨み、声を荒げる。
「構えろ!」
「ちょっ…、溜め息だけで…殺さなないで!」
怯えたのも、つかの間。すぐに彼女が睨んだのは僕では無かったことに気付く。
突然、辺りの茂みの中から手斧を持った恰幅の良い男たちが飛び出してきた。
獣の毛皮のようなものを纏っていて、いかにも山賊ですっていう見た目をしている。
ざっとみて騎士たちの3倍ほどの人数に囲まれていた。
それに臆することなく、周囲の騎士たちは応戦する。
何だよ…これ…。
訳もわからず僕はその場に塞ぎ込む。
周囲に響く金属がぶつかるような音。
鳴り響く怒声。
「ウォォォォ!」
突然、山賊らしき1人の男が、動けない僕に対して斬りかかってくる。
「ギャー!」
僕は死を覚悟して目を瞑った。
その瞬間目の前で金属音が鳴り響く。
驚く事に、僕を庇い赤毛の女が吹きとばされた。
すかさず別の騎士が、目の前の盗賊を切りつける。
僕は急いで、吹き飛ばされた赤毛の女の元へ駆け寄った。
「…どうして…僕を…」
彼女は兜を吹き飛ばされ、頭部からは鮮血が流れ落ちている。
怯える僕を見て、彼女から思いがけない言葉が漏れた。
「…すまない。君を捕らえたのは、どうやら私の勘違いだったようだ。よくよく考えたら、非力な君が“アウトサイド”の輩であるはずがないか…。とにかく、後ろを向いて…」
僕は彼女に促されるまま背を向ける。
後ろ手に僕を縛っている鎖が緩むのがわかった。
すぐさま彼女は、僕の手に何かを握らせる。
「これを持って、王国まで逃げて!北東に10里も走れば付くでしょう」
彼女はそう言うと、立ち上がり剣を握る。
気が付くけば、辺りの騎士たちは、ほとんど全滅している。
そう思ったのもつかの間。
ドスの利いた声がこちらへと向けられる。
「おめぇが頭だな。おい、手を出すなよ!コイツはオレが楽しむ!」
この声の主が、盗賊の親玉か。
他の者よりも一回りも二回りも、でかい!
赤毛の女はフラフラになりながらも、盗賊の親玉に切りかかろうとした。
その時!僕の手から瑠璃色の光が閃く。
「何だ…これ」
僕は赤毛の女から渡された、光輝く何かを見ようとしたが、眩し過ぎて直視できない。
徐々に輝きが衰え、それと同時に僕が手にしていた何かは解けるように消え去った。
「まさか…適合したのか?」
赤毛の女は驚き、目を見開いてこちらを見ている。
「ほう…『天の頂き』か…。小僧、よくも!そいつを売れば一生遊んで暮らせたのに」
心なしか盗賊の親玉の敵意が僕に向けられている気が…。
「逃げろ!」
彼女が僕に向かって叫んだが、その瞬間、彼女は横に薙ぎ倒された。
何だよこれ…膝が震えて動けない…。
目の前まで盗賊の親玉がジリジリと迫る。
「何の“才能”かはわからねぇが、早めに殺しとくか」
盗賊の親玉はそう言うと、その体格に似つかわしくない、白銀の剣を僕の頭上から振り下ろす。
「うわぁぁぁ」
刹那、僕には何が起こったかわからなかった…。
剣を振ったはずの盗賊の親玉の手元には、何も持っておらず空を切る。
代わりに盗賊の親玉が持っていた剣は僕の手に握られていて、返す手で親玉を切り上げていた。
…いったい何が…。
驚きのあまり、その場にいた誰もが言葉を失う。
もちろん、僕自身も…だ。
数瞬の沈黙が流れる…。
「お頭がヤられたぞ!」
1人の盗賊の悲鳴と同時に、奴らは一目散に逃げていった。
僕は慌てて、赤毛の女の元へ駆け寄る。
…どうやら気を失っているようだ。
すぐに、他の騎士たちも確認したが、全員死んでいた。
その時、ようやく現実離れした状況を、少しずつ脳が理解し始める。
クソッ…なんだよ!…なんだよ!
自分の手には、映画でしか見たことのないような多量の血がついていた。
胃の底から何が込み上げてきて、僕はそれを地面にぶちまける。
ゴボッ…ゴホッ…。
ひとしきり吐き出すと僕は急いで彼女の元へ駆け寄った。
北東に10里って言ってたな。
10里って何キロだよ!
僕は考えるのを止め、赤毛の女を抱えようと両脇を持った。
おもっ!
鎧のせいか、予想以上の重さに思わず手を離す。
グッ!
彼女の苦痛の声が漏れる。
ゴメン…。心の中で謝りながら、彼女の金色の鎧を外そうと試みる。
鎧も破損していたのか、外すそうと触っているうちに、砕けてしまった…。
これで大丈夫か…。
鎧を外すと、彼女は薄い布地のシャツとホットパンツのようなものしか着ていなかった。
初めて見る、女性の肌を頭の隅に追いやり、急いで彼女を背負う。
…鎧が無くても…重い…。
しばらく歩くが一向に景色は変わらない。
いったい、いつになったら着くんだ。
とうとう体力の限界を迎えたのか、僕の意識はそこで途切れた。