50以上の問題
「頼むから普通の人。……普通の人を採用してよ」
職場の人は、この人手不足の中でこう言った。
猫の手なんて要らない。
とにかく、”普通の人”を採用してと。
その内訳は……。
「車の免許を持ってて、体力があって、仕事に真面目で、あんまりミスをしないで、仕事を覚える気持ちがあって、暑さ寒さに強くて、怪我に強くて、周りに確認がとれるコミュニケーションができる程度のこと。普通でしょ?」
それぞれの項目に妥協は多少するが、……。
「8月に入ってきた新人、もう7人全員辞めてるんですよ!」
8月はまだ1週間はあると言うのに……。
◇ ◇
「え、新人が来るんですか!!」
人手不足の会社に新人が来る。ヒャッホーって喜んでいたのは、まだ仕事に慣れていない人間だけだ。仕事に慣れている人間はあまり、良い顔をしない。
そして、人事の方は言う。
「50代の方、2人です」
「えぇっ……」
配達員の数はどんどん減っている。現場にいる人間はそれを分かっている。
だから、配る人間が増えるというのはいいが……。来るのはおっさん2人らしい。若い奴が良いとか、贅沢は言うなと企業は言う。それでいて、そいつ等を雇ったんだからなんとかしろとも言う。だから、現場としては
「その人達、まともなんですか?」
「口ではそう言っている」
まだ正式に決まったわけではないから。こんな言葉も吐くものだ。
現場を仕切る人間が若造だと、「要らない」とか。ストレートに言う。実はそこらへんは分かっている中堅どころ。
頭を抱えつつも、
「……分かりました。ただ、その……文句はなしですよ」
「うむ。こちらも分かっている」
新人をいきなり配達地域にぶちこむ(仕事をやらせる)わけにもいかない。
まずは仕事を教える奴が必要であり、そのために勤務を弄るわけだが
「ええーーー、俺。休み飛ばさなきゃいけないんすか!?」
「山口くん、頼むから出てくれ……埋め合わせはするから……」
人手不足=休日不足。残業日和の中で、休みを飛ばされるというのはエグイ事だ。
そりゃあ、モノになれば良い事だろうけど。すでに多くの新人さん達がすぐに辞めていく会社の仕事だ。年齢も高くて、人の見る目がない人事が連れて来るというだけあって(人事だってな、こんな人間採用したくねぇんだよ)。現場の士気は下がる。
未知数どころか不安でしかないおっさんの新人を教育しろって、……。
「木下さん以外、年下になりますからね」
「おいおい……」
若手とは違ったデリケートな年代の指導。向こうもそれを分かっているか、不安でしかないし。
やっぱり断りたいと、こんな人手不足の中で思ってしまう現場事情がヤバイ。ミスの一つは、致命傷ってのがお仕事にはあるものだ。
「じゃ、じゃー。頑張りましょうね」
「おー……」
やる気のねぇ声……。みんなみんなすでに分かっている。そう、優勝もクライマックスもすでに希望がなくなったBクラスのプロ野球球団みたいな空気。
そして、4日後。その新人二人がやってくる。
「よろしくお願いします」
「お願いします……」
挨拶を一通りし、まだ着慣れていない現場で使うユニフォームを着たおっさん2人。新人が感じる緊張もあるだろうが、顔を見た瞬間。現場の人間は一同に思った、こいつ等目が死んでいて、覇気がねぇ!!
人は見かけではないけれど、ヤバイ。すでに目が泳いでいる……。
「じゃあ、2人で1つの配達地域を覚えましょうね。2人で”1つ”ですから!」
現場も少しは考える。自分達がやるならば、1人で済む配達地域を新人ながら2人で任せる案。少しは持ってくれという願い。
実は荷物の取り扱い方、積み込み方など。とにかく基礎から教えるわけだが
「こ、こんな量を捌くんですか」
「荷物ってこんなにあるの……地域の事なんか分からないです」
いや、これでも他の地域より20%ぐらいは少ないし、初日でそんな言葉がもう出ちゃうの~?
実の心の中が泣きそうになる。追い討ちをかけるよう
「こ、腰に効く!重い荷物は、ちょっと……」
「全部にエレベーターはありますよね!?」
2人でやってもできなそう。
結局は実がほぼほぼ、荷物を扱って準備をしっかりとやってしまう。まだ出発していないのにこの疲れ方が、教育係のサダメ。
実が運転手となって、出発。
ブロロロロロロ
「配達ルートは私が組みました。しばらくは……」
「あち~~~、エアコン入ってるの?この車ー」
「暑い。運動もしたし……重いの持ったし……」
おっさん新人が日常ではまったく使わないであろう腰や腕の運動に加え、猛暑の過酷さ。汗と体温の異常は、慣れていない時はホントに苦しいものだ。熱中症には気を付けて、水分補給は怠らないように。なるべく、スポーツドリンクが良い。お茶では身体から汗が出る量が違うからだ。
そして、まずは最初の配達個所。ここでやることは
「あのー。休んでていいですか。暑くて気分悪いです」
おい。まだ一軒も配達してねぇぞ。
怒鳴りたいのに、……我慢我慢。暑さはキツイよねって事で1人は車の中で休ませてあげる。
「まずは会社から、挨拶はしっかりとね」
「はぁ……」
「こんにちはー」
「こんにちはー」
「…………(首で頷く)」
不安。これくらいでクレームは来ないだろうが、不安を感じる。
「この配達証の、ココの部分にハンコを貰ってね」
「はい」
「始めの内はこーいう荷物から始めるから!お客様と向き合って、受領印をもらって、荷物を渡す。基本の基本から始めるから」
「はー……」
何度も何度も言ってしまうが。この繰り返しなのだ。
1人は熱中症っぽい症状を訴えて、車の中。もう1人は何を考えているのか分からない感じの人。事件が起こったのは、4件目……というよりかは、マンション配達でのこと。
「じゃー、2人共。手分けして、このマンションの荷物を配達しに行って!全部で4個。2つずつね。不在票をしっかり書いてね」
「はい」
「うー」
号室を間違えないという単純なミスさえなければいい。そう、しなければいい。
だが、
ガコォンッ
「おいいいい!!なんで集合ポストに不在票を入れてるんだーーー!?しかも、いきなり!!」
「えっ……」
「なにが」
なんで疑問に思わないんだ。現場以前に誰もがそう思ってしまうものなのだが、
「受領印もらうもの!ポストに入らないサイズの荷物!!ちゃんと自宅を訪ねて、いない事を確認して不在票をドアポストに入れなきゃ!!」
「……え、だって。上に行くの大変じゃ」
「俺の配達地域、勝手に不在票が集合ポストに入るし……」
「いやいや!そーじゃないでしょ!!もー!早く、上に行って!荷物を届けに行って!」
「でも、居なかったら意味ないんじゃ……」
「そーいう事を今言う必要はないです!!俺、みなさんが集合ポストに入れちゃった不在票をとるんで!しっかり仕事してください!」
もうどこから教えりゃいいんだと、……嘆きばかり。
なんとか不在票をとれたが、2人の帰りが遅い。こんなマンションの2つくらいの荷物、走ってさっさと終わらせろって言ってやりたい。
1人は5分で帰ってきたが、もう1人は10分経っても帰ってこない。
「なにをしているんだ……」
「遅いなー」
置いて行こうかなーって、思っていたら実行するべきだと教訓に刻もう。
エレベーターからようやく降りて来たかと思ったら、このマンションの管理さんも一緒にやってきた。
「ちょっと!!実さん!!このおじさん、ウチのマンションでタバコ吸ってたんですけど!!ウチは廊下やベランダでの喫煙は禁止してるんですよ!!」
「えええぇっ!!」
怒鳴ってくる管理さん。実はそれをやらかした奴を睨むのだが
「俺、この人からそんなこと教えてもらってませーん」
「…………」
謝罪。始末書。そして、おじさん新人2人は1日どころか昼まで持たずに辞めてしまった。
寝込みたくなるけど、仕事があるからそうもいかない実。
◇ ◇
「あの”人手不足”ですから、……せめて、せめて……人を雇ってくれませんか……」
「……しかしね、その。そーいう人が来ないんだよ」
ボロボロになって、帰って来た実は人事さんに言ってもムダでも、その本心を伝えた。
半日一緒に行動したが、教える事があんなにも多い大人は初めてだった。自分より歳が上なのに、どーしてそーいうところまで教えなきゃならないのか、……ムダなのが分かっているのに、教えるって。なんて苦痛なのだろうか。
「実さん」
「……山口くん」
そんな精神的にボロボロの実に、休みを返上して出て来た山口は。
「約束通り、実さんの金曜日の非番はもらいますからね。12連投してくださいよ、実さん」
それは当然の権利だな。
嫌だとは言えなかった、実である。