第4話 オイデマセー!
【地方都市オイデマセー】選出された市民や各種職業の代表者らによる議会制都市。地元青年団による町おこしのキャッチコピーは
“人がいる、笑顔がある、第2の故郷オイデマセー!”
「笑顔と活気あふれる町、オイデマセーへようこそ!」
「「「ようこそ〜!!!」」」
大歓迎である。
見張りが立っているだけの門を抜けた途端、道の両側に列をなした男女から一斉に拍手で迎えられ、私たちは呆然と立ち尽くした。門から真っ直ぐ伸びる通りに掲げられた横断幕に書かれているのは先程のキャッチコピーだ。
「町の観光マップをどうぞ! ぜひご活用ください!」
「宿泊先やお買い物にお悩みでしたら、ここウェルカム広場にある案内所へどうぞ!」
「よい1日を!」
「「「よい1日を〜!!!」」」
にこやかに手を振って青年団の面々は散っていった。さながら訓練されたルート66の寂れた田舎町である。
「びっくりした……私こんな町はじめて」
「ここ、町おこしに力を入れてるらしいっス」
いつの間にかそれぞれの手には観光マップが握らされている。圧倒されて全く気付かなかった。
「とりあえず昼食ですかね。ほら、いくつか食堂も載ってますよ。シェフの個性が光る老舗レストラン、地元陶芸作家による器を楽しめるアトリエ兼カフェ、掘りごたつで寛ぐ大人の隠れ家的レストラン……」
観光マップを広げながらジョスが読み上げた。あれで動じた素振りもないとか……神官の精神力すんごい。
「ミナさんはどうです? 気になる店はありますか?」
「私ですか?」
マップを広げると、門を中心にした半円状の場所に現在地の赤丸を見つけた。ここがウェルカム広場らしい。
左から読むアラビア語?のような文字列がすっと頭に入ってくるのに感動しながらジョスが読み上げなかったいくつかの店に目を通すと、タウン誌で見たことのあるような謳い文句が並んでいた。
「……名物を出すようなお店ってないんですかね」
「半日歩けば大きな農業都市がありますし、その向こうは港湾都市で魚介が食べられますからねぇ」
「オレたちそっちから来たんスよ。昼は何でもいいや」
こ、これは確かに若者逃げるやつ。さっきの青年団もほぼ40代……30代もいるかな?くらい。しかも凄く気になる店を見つけてしまった。端の方に小さく小さく書かれたスポンサー広告。
"冒険者ギルド 簡易宿泊施設・食堂(日暮れよりダイニングバー)"
この店を選ぶのは青年団には申し訳ない。きっと地元の店に入って欲しいはずなんだから。でも、でも気になる! ファンタジー! ロープレ!
「あの、もしよければここが気になります」
自分のマップで場所を確認したカジが顔を上げた。
「冒険者ギルド? どこにでもある安い店っスよ?」
「行ったことがないので、ちょっと気になっちゃって」
「へぇ、ほんとお嬢様っスね〜」
カジは新たなお嬢様ポイントを見つけて嬉しそうだ。カジ、ごめん。普通に本当の一般庶民だから……。
「じゃあ俺は先に盗賊ギルド行ってくるっス。途中に買い食いできる屋台あるみたいだし」
「セリーナは?」
「気になる店もないし、私も冒険者ギルドでいいかな」
おそらくこれまでの訪問客がそうであったように、私たちもまた、全国チェーン的な店に流れていくのであった。
広場から南北に走るメインストリートや東西に伸びる各通りがノボリや垂れ幕で飾られているのに対し、冒険者ギルドへ続く『旅人通り』は、あまりの地味さにマップが無ければ見落としてしまいそうだった。盗賊ギルドのある通りに至っては名前すらないらしい。
旅人通りに入って奥へ進むと、光景に目を奪われた。
土埃に透けた光に照らされる靴とジョッキの看板。キーキーと音をたてるスイングドア。談笑する野太い声。酒場であり、宿であり、冒険者のための店。
中に入ると、カウンターの向こうで皿を磨いていたマスターらしき髭がジロリと睨んできた。
「さっさと入んな」
恐る恐る足を踏み入れると、店内では大所帯の冒険者グループが笑いながら食事をとっていた。笑い声のソースは彼ららしい。
「仕事が欲しければそっちの掲示板、食事なら適当に声をかけな。あーそうだ、うちが酒を出せるのはでぃなーたいむ以降なんだと。宿泊はぶらいとさにー通りならどこでもお安くなるってよ。議会から助成金がおりてるんでね!」
町おこしでやり玉にでもあげられたのか、吐き捨てるような声に怒気がこもっている。髭面と相まってかなり怖い。
【ゴージン】冒険者ギルド・オイデマセー店マスター。町おこし企画で遠のいた常連客が恋しいさみしんぼさん。
想像していた冒険者ギルドとちょっと違う? もっとこう、にこやかな受付嬢がランクに応じて仕事の斡旋をしてくれるイメージなんだけど……。
隅っこのテーブルに落ち着いたところでそう聞いてみると、ジョスとセリーナが顔を見合わせて苦笑いした。
「そこまで大きい店舗となると王都店か聖都店かしら」
「ランクというのはよくわかりませんが、名の知れた冒険者なら指名されることもありますねぇ」
「え? でもセリーナさんはG級では……」
脱がなくても凄いG級冒険者とかなんとか?
セリーナが真っ赤な顔で明後日の方角を向き、ジョスが可笑しそうに厚い胸を張った。
「サイズの話なら私はJ級ですかね」
豪快に笑うジョスをセリーナの平手が張り倒した。イケメン形無しである。セクハラ案件じゃん。何この調べるコマンド、大丈夫なの。
セリーナに謝っているとテーブルにグラスが並んだ。少し落ち着いたような表情のゴージンがそこにいた。
「すまんな、あたっちまって。でもそのメイス、ブラウト様かい? 旅の神官様御一行となれば本気で断っとかないといけねぇ。町おこしの連中、大神官様お立ち寄りの箔がつくって今頃うかれてるだろうからな」
「そうですか……思い至らず申し訳ありません」
「あんたのせいじゃない。連中も悪いやつらじゃないんだが……」
空回りなんだよ、と、ゴージンが溜息をついた。
地元愛が高まり過ぎた結果なんだろう。心中お察しします……。
「では他の店をあたることにしましょう。ところで、最近行方不明者の噂等ありませんでしたか?」
「人探しの依頼なんかは?」
ジョスとセリーナが問う。私のことだ。
「こんな有様だ。他所の噂一つ入ってこねぇ」
「では何か仕事があれば紹介していただけますか」
「旅の神官様が冒険者の真似事ねぇ」
「いえいえ、ちゃんとした冒険者のつもりですよ」
……もしかしてジョスってえらい人なの?
【神官ジョス・ブラウト】次期大神官に内定し各地巡礼中の神官筆頭。鍛えあげた肉体がはなつメイスの一撃は神をも怯ませる。
……はい? なんで最初にこれ出さないの? 偉い人っぽくない? 棒でぽーんで怪我させたよ? 表示テキストの優先順位がおかしい。だいたい神官が神様怖がらせてるってどこ情報よ。霊神ヤスラ様のありがたみ薄れるわ。
「今ある仕事は青年団からの一件だけだ。たしか……」
私の内心の葛藤をよそに話は進む。気乗りしないのだろう、ゴージンの足取りは重い。掲示板からひっぺがした依頼書をテーブルに広げ、髭は言った。
「ゴブリンの一掃と南東山間部の鉱山の奪還」