第19話 タヨーセにオイデマセー!
「寝ませんよ! 寝ませんからね! 面白そうなことをするのは私が寝てるときばかり! お別れの時くらい、私だってさよなら言いたいですっ!」
そう息巻いていたミィナはポーチの中で爆睡している。夜行性だからね。仕方ないね。
用意された馬車に荷物を詰め込んで挨拶回りにでかけたジョスたちを、私は今、冒険者ギルドで一人で待っている。ゴージンもいないから、表に停まっている馬車と店のお守りの両方を同時にしているようなものだ。
責任重大、大役だ。
次期大神官の荷物を狙うような泥棒も、妖精の巫女が番をする店に突撃するような強盗もいそうにないけど、そんなのわからない。次期大神官の馬車の車輪を盗むような怖い物知らずな子供だっているかもしれない。
そんな根性ある子ならスカウトしなきゃだし。
掃除の終わったモップとバケツは出しっぱなしにしてある。だって、汚れた水をどこに捨てればいいのかわからないし、道具をどこに片付けるかも知らないもん。
ようするに、暇してる。
「あぁ、もう! もう嫌です! ただの挨拶ですよ? 行く先行く先で茶なんて出されても毎度毎度飲めるわけないでしょう?! 断る方の身にもなって欲しいです!」
「今からそんなこと言ってたらこれから先余計辛くなるっスよ」
「口を付けたフリでもすればいいのよ。そしたらどっちも幸せ」
「そういうことはもっと早く言ってくれません?」
賑やかな声に顔を上げると同時にスイングドアが音をたてた。
午前の柔らかい光が一瞬煌めかせた金糸の刺繍が、室内で黄金色に落ち着いた。ジョスは昨日からずっとこの緑色のローブを着ている。似合っているからいいけど、旅をするには暑そうだ。
あれ? そっか、馬車だからいいのか。
気が付くと、何が面白いのか入口に突っ立った三人がカウンターに頬づえをつく私を眺めていた。
「暇そうですねぇ」
「暇ですよ? だってここ本当に誰も来ないんだもん。まあ、来られても何もできないですけど……」
棚から適当に出してきたグラスに水を注ぎカウンターに並べると、三人とも手に持ちはしても口をつけようとはしなかった。水分は散々とってきたらしい。
「ねぇ、ミナ嬢。本当に一緒に来ないの?」
グラスを手にセリーナが優しく笑いながら首を傾げた。
「森のことも心配ですし、学者さんたちが来るまではここにいようかなって。ゴージンさんも店の手伝いをするなら置いてくれるって言ってくれましたから」
ゴブリンの里はジョスの案でルジオ出資のもと鷺の嘴団が警備を受け持つことになった。襲ってきた連中に任せるのも危なっかしいような気もするけど、ルジオを表に出して噛ませることで議会も監視しやすい?とかなんとか?
よくわからないけど、里にはチェチェナもいてくれるらしいので大丈夫だろう。
私自身、この世界に慣れるまで大都会に出るのは不安がある。だって、騙されて売られて〜なんてことになったら怖いじゃん。そんな状況になることがあるような世界なのかも知らないし。
というわけで、しばらくここで社会勉強?するつもりでいる。
「でもいつかは聖都にも行ってみたいです。そこの大神殿とか、冒険者ギルドの聖都店?に行けば会えますかね?」
「オレは聖都と王都を行ったり来たりって感じっスね〜」
「私はしばらくは王都、かな。ジョスは……」
座ってカウンターに突っ伏していたジョスが、カウンター下をトントンと足先で蹴った。
「しばらく聖都から出して貰えません……。大神官になったその日から、大神殿の爺様方からあれやこれやと叩き込まれるんです。いっそ、私もここで働かせてもらえたりしません?」
子供か、この壁。
「遺跡調査の視察とか、何かしら名目つけて出てくればいいじゃないですか。ほら、聖地になるかもしれないんでしょ?」
「それはそうですけど……その頃にはいないじゃないですか」
「私ですか? どっちにしろそのうち聖都には行きますよ?」
ぶつぶつ文句を言うジョスに違和感を感じた。
この人こんなに子供っぽかったっけ? 前はもっと……んん? ちょっと待って? 昨日、議会に殴り込んだでしょ? 一昨日、ゴブリンの里に行って、その前の日は一日森にいて……この世界に来たのってその前の日? は? 4日? まだ4日しか経ってないの??
「ちょっと、ねえ。二人して何やってんの。大丈夫?」
いつの間にかカウンターに突っ伏していた。
「……大丈夫です。ちょっと途方に暮れてるだけなんで……」
燃え尽き症候群かな? ゴージンが帰ってきたら今日はもう寝よ……。
突っ伏していたお向かいさんのジョスがニヤついていたので、鼻っ面を指で弾いてやった。起き上がって鼻を擦る様子にちょっと気が晴れた。
このカウンターは私のものだ。ざまぁ。
「アニキ、腑抜けてないで腹くくってくださいよ。往生際が悪い。みっともないっスよ」
飲み干したグラスをカウンターに置いてカジが立ち上がった。セリーナもそれに続く。未練がましく椅子に座っていたジョスもやっと立ち上がった。
「ミナさん、その……」
小さな呼びかけにカウンターから体を起こす。
「……当面は何かあったら教会のトウマさんを頼ってくださいね。力になってくれます。しばらくかかりますが、他の都市の教会や各地の神殿にも話は通しておきますから」
「そんなに心配しないでくださいよ。子供じゃないんだから」
カジが溜め息をついて肩をすくませた。
ほら、呆れられてる。
「まあ、そういうことなら冒険者ギルドの方も力になれるかも。王都店の方から各支店に通達してもらうわ」
「盗賊ギルドは会員しか入れないから……。あ、お嬢の噂が回ってきたらオレたちに連絡するよう頼んでみるっス」
じゃあねと手を振る二人の後にジョスが続いた。入口に向かって数歩進んで、振り返る。
「ありがとうございました。いろいろ」
「私は何もしてませんよ。だってジョスさんたちなら、私がいなくても森を調べに行ったでしよ?」
森へ行くと決めたのは私が寝ていた時。
議会で大演説したのは私じゃない。
これから町に来るのは本物の学者さんたちだ。
私なんて、たまたま都合よくそこに居合わせただけ。
「聖都に来るなら会いに来てくださいよ?」
「はいはい。ほら、二人が待ってますよ」
店の出口の手前で、三人がこれで最後と手を振った。
【カジ・サジエン】盗賊ギルド現最高責任者の次男坊。自分の食い扶持は自分で稼ぐ自由気ままな盗賊兼冒険者。
【セリーナ・ノイア】冒険者ギルドグループ代表の長女。持ち込まれる縁談に嫌気がさして旅に出たG級冒険者。
【ジョス・ブラウト】孤児院出身にして霊神ヤスラに未来を約束された当代随一の癒やしの力を持つ新米大神官。
盛り盛りの説明文に今更ツッコむ気力もない。
静かになった店内を見渡すと、棚に畳んだ布が重ねられているのを見つけた。ゴージンがカウンターで使っていたものだ。
店長が帰ってくるまでグラスでも磨こ。
松原美奈改めミナ、24歳。妖精族の巫女。しばらくはこんな感じの生活になりそう。
今度こそ本当にピリオド? たぶん。
◆第一部 地方都市オイデマセーとゴブリン編 完
第一部終了しました。次回おまけ1ページを挟み、まとまりしだい第二部を投稿予定です。
◆第二部 農業都市オイシスとはぐれオーク編 予定
楽しんでもらえていたら嬉しいです。




