第18話 声よ、響け
「いくらなんでも急すぎじゃあないかね。普通、告示も無しの今日の今日で、はい今から集まって、とはいかんだろ?」
【テクル・バラー】オイデマセー議会で議長を務める花の65歳。年々枯れ細る頂の荒野に今日も恵みの水を撒く。花よ咲け、と。
妙に詩的なテキストが頭上に浮かぶテクルが、汗のにじむ頭皮に優しい手つきでハンカチをあてがった。よほど急いで駆け付けたのか、息もあがって、脱力するように椅子にもたれている。
「緊急の案件でしたので」
「緊急ねぇ」
テクルの視線が、豪華に着飾ったゴブリン、鹿の妖精、拘束された集団、落ち着いた様子でソファに座るジョス、と行ったり来たりで落ち着かない。
「私が話を聞くだけでは駄目かね? まあ、書面には次期大神官様からの呼び出しだと書いておいたから、面子は揃うと思うが」
「ありがとうございます。オイデマセーの今後にも関わってくるお話ですから、ぜひ議会でとりあげていただきたかったのです」
穏やかに話すジョスとぐったりした鷺の嘴団の対比にテクルも戸惑っているようだった。
決して小さくはない議長室も押しかけた総勢26名(+ポーチの爆睡妖精)の熱気を抱え込むには狭すぎる。息苦しさを感じて勝手に窓を開けると、ほっとしたような溜め息があちこちから聞こえてきた。
程なく響いたノックの音に全員の視線が集中し、入口から職員が顔をのぞかせた。室内の光景に怖気づいたのか、話し出そうとした口を閉じてキョロキョロと視線を泳がせている。
「何かな?」
「あの、えー……欠席の連絡が2名、他の皆さまは到着されましたが、もう始められますか?」
テクルが頭皮をひと拭きしてハンカチをしまった。
「お手やわらかにお願いしますよ、次期大神官様」
「悪いようにはしませんから。ねぇ、ミナさん?」
「はいっ?! 私ですか?」
いまいち状況を飲み込めていないって言うのに。突然振られても困るんだけど……
驚いて裏返った声がおかしかったのか、ジョスが笑うのを誤魔化すように口元を隠している。
こいつ……。
議長の後にぞろぞろと続いて大きな扉を通ると、ざわめいていた議場が一瞬で静まり返った。演壇を囲むように配置された雛壇で、席についた議員たちが一様に口を開けている。異様な御一行に驚きの声すら出ないらしい。
「突然の招集となりましたことをお詫び申し上げるとともに、ご参加いただき深く感謝いたしております。本日お集まりいただいたのは、こちらの神官ブラウト様からのご要請であります」
議長席についたテクルがこちらへ向け促すように眉をあげた。それに応じ頷いたジョスが悠々とした足取りで演壇へと向かう。
「あの……何の打ち合わせもしてませんけど、大丈夫でしょうか」
「大丈夫よ。あの人説得力だけはあるもの」
顔を寄せたセリーナの言葉に礼拝堂での説教を思い出した。演壇で背筋を伸ばした姿は堂々として、迷いがない。
「ご紹介に与りましたジョス・ブラウトと申します。皆さまにはご足労いただき、また、この場を設けてくださったことに、心よりお礼を申し上げたい」
一人ひとりを見つめるように議員席を見渡したジョスの声が議場に響き渡る。
議員席の誰もがジョスに注視するなか、こちらに顔を向けた者がいた。鷺の嘴団の面々が視線を反らすように俯いている。
【ルジオ・バルノ】オイデマセー商工業の行き詰まった現状への打開策として南東に広がる森の開拓を長年主張してきたベテラン議員。
こいつが雇い主だ。
睨みつける私に気付いてわざとらしく小首をかしげ、何食わぬ顔で演壇に視線を戻す男に怒りが湧いた。
殺そうとしたくせに、何様だこいつ。
「早速ですが、魔物の領域とされ手付かずだった南東の森のことはご存知でしょう。勝手ながら調査しましたところ、噂されたような金鉱の存在は確認できませんでした。冒険者ギルドへの依頼を取り下げるよう青年団へ働きかけていただきたいというのが、ひとつ目の要望です」
依頼の内容を知っているのだろう、何人かの議員がルジオの様子を窺っているようだった。当のルジオは落ち着いた様子で発言を求め手を上げた。
「そもそも金鉱の件は発端の鉱石を調査した結果金鉱石ではないと判明しております。次期大神官様直々の調査の結果とあれば青年団も納得するでしょう。皆さまがよろしければ、青年団へは私から掛け合います。議長、いかがですか?」
賛同の声が上がり、テクルが頷いた。青年団の依頼には鉱山の奪還とあったはずだが、ゴブリン狩りのくだりには触れる気がないらしい。
速記者のペンが会話を追うように踊っている。慎重な話しぶりがもどかしい。全部ぶちまけてしまえたらいいのに。
「しかしブラウト様、調査とおっしゃいますが、町を出たのは二日前では? たった二日で隈なく調べて回ったと? 魔物のいる森を? 疑うわけではありませんが、現実的ではないのでは?」
ルジオの発言が続く。
「議長、何度でも申し上げるが、我々も森の調査はするべきです。鉱山はなくとも何かしら益となるものがあるかもしれません。それも調べてみないことにはわからないでしょう」
「議長、森の調査の件でしたら私からも提案があります」
演壇のジョスが遮るように議長席へ振り向いた。
「山間部で千年以上前のものと思われる遺跡を見つけたのです。歴史的にも貴重なもので調査の価値はあるものと考えています」
「議長! だから常々申していたのです!」
それまで飄々としていたルジオが睨みつけるように演壇を見つめ、怒りのまま机を打ち付けた。
「それほど貴重なら利用する価値はあるのでは? 兵さえかき集めれば魔物などどうとでもなるでしょう! 森の領有権を主張するためにも直ちに手を――」
「議長、つきましては、ふたつ目の要望として大神殿より調査団を派遣する際の受け皿を整備していただきたい。神学者、魔物学者、妖精学者、あらゆる分野の専門家が集まる大規模なものとなるでしょう。宿、食料、物資、大人数を受け入れるには今のオイデマセーでは心許ないのです」
興味を惹かれた議員たちが身を乗り出した。ルジオを窺っていた数人も例外なく演壇を注視している。ルジオとは対照的な落ち着いた声そのものが、一歩も引かぬと主張しているようだった。
(まずは見た目からって言うでしょ?)
背丈があり体格もいいジョスは旅装束でも威圧感があった。そこに説教の時と同じ緑色のローブで威厳が増している。
見た目? 違う、そんなもんじゃない。
メイスを握る手は揺るがず、演台に置かれた手は語りに合わせて聴衆の視線を掴もうとする。まるで一対一の演説を聞いているかのように惹き付けられる。
「もちろん直ぐにとは言いません。調査団を組織する準備期間も必要となります。おそらく少人数から段階的に人数を増やすことになるでしょう。聖地として認定されれば巡礼者も集まります。人が動けば経済も回る。悪い話ではないのでは?」
忘れられたように静かだったルジオが議長を呼んだ。
「景気のいいお話ですが、今のブラウト様はあくまで旅の神官。調査団を組織するような権限はありません。だいたい森は魔物の巣、魔物学者がいたところでうまく調査が進むとは思えません」
「話がまとまれば直ぐにでも聖都へ戻るつもりです。審議など形だけのもの。大神官を拝任しだい動きましょう」
ジョスがやっと言葉をとめた。皆が次の言葉を待ち構えている。テクル、ルジオ、議員の面々だけじゃない。セリーナも、カジも、鷺の嘴団の連中も。言葉がわからないはずのグクルタやチェチェナでさえ。
独擅場と化した議場で聴衆の視線を一身に浴び、ジョスがこちらに振り返った。横を向いて隠れた側の口角がほんの少し上がっている……ような気がする。
「魔物に関しては、こちらに長年遺跡を管理されてきたゴブリン族の代表者であるグクルタさんをお連れしております。魔物のことは同じ魔物である彼らにお任せしましょう。調査についてもゴブリン族と打ち合わせの上、調整しながら進めます。我々の勝手にはできません。森は彼ら魔物たちのものなのですから」
自分の名前に気付いたグクルタが前に出て一礼した。その対応で合っているか確認するように寄こした視線に頷いて見せた。
静まり返った議場にペンを走らせる音が響く。テクルの指先が思考を整えるようにゆっくりと机を叩いた。
「緊急の案件にしては随分と用意周到。神学者、魔物学者、妖精学者……魔物に妖精、ねぇ」
グクルタとチェチェナを見てテクルが首を傾げる。
「魔物の件は今の話で納得できるとして、その妖精は?」
「昨晩私たちが滞在していたゴブリンの村を襲撃しようとした者がいましてね。先程からよく発言していらっしゃるあなた――」
ジョスの含みのある視線にルジオがたじろいだ。
「依頼取り下げの件、青年団と掛け合ってくださるのならお伝えください。襲撃者のほとんどはこちらの妖精チェチェナさんがお一人で捕らえたと」
名前を呼ばれ微笑みながら合掌するチェチェナに、数名が口を覆って小さくえずいた。昨晩のことを思い出したらしい。
突然響いた物音に全員の視線がルジオに注がれた。椅子を蹴って立ち上がったルジオの机を叩いた手が、勢いのまま手元のペンを弾き飛ばした。
「……たった二日森にいただけで? 貴重な遺跡を見つけ、ゴブリンを味方につけ、妖精の助力を得た? あまりにも都合が良すぎる! 次期大神官? 若造が! 作り話もたいがいにしろ!!」
「ミナさん! こちらへ!」
はいぃっ?!
急に呼ばれて飛び上がった。ルジオに集まっていた視線が一斉に向けられ、津波のように押し寄せる。
演壇のジョスが大仰な仕草で振り上げた手先が私を指し、聴衆の視線から解放された口元が震えている。
呼ばれるままに駆け寄ると演台に押し込められた。
「この方は人の身から妖精となり、言語に頼らぬ種族を越えた意思伝達の魔法を操る妖精族の巫女、ミナさんです! 妖精王フォリボラ様の遣いとして、この度の調査に同行されました!」
はいっ?
見上げたジョスが真面目な顔でハッタリをかましている。
知ってる。知ってる、この口上、シチュエーション。
「発見された遺跡はかつて人と魔物と妖精が友として言葉を交わし合っていた頃のものです! ヤスラ様のお言葉の原点、友と手を取り合うことこそ我らの進むべき道!」
これ仕返しだ。しっぺ返しだ。
見上げる私に気付いたジョスが眉を上げた。
「さあ、ミナさん! 魔物と妖精の代弁者としてお言葉を!」
面食らい言葉を無くした聴衆の瞬きが風を起こしそうだ。そう思うと笑えてきた。
何それ。あんなひとり舞台の後に話をしろって? 私が? 意思伝達の魔法? 妖精族の巫女? そんな話、今までしたことないのに。急に振らないでよ。
ハッタリだけなら私、得意なんだから。
笑いそうになるのを堪え、演台に手を付き身を乗り出した。
「妖精王フォリボラ様の使者として、魔物と妖精、双方を代弁して述べさせていただきます! かつて、このオイデマセーの地では三種族が共に暮らしておりました。千年以上前の時代です。しかし千年前を境に交流は途絶え、妖精は姿を隠し、魔物は距離を置き、人は彼らと交流があったことすら忘れてしまいました――」
気が付くと、いつの間にか背後にいたジョスがカジたちと並んで多種族集団に紛れ込んでいた。誰にも気付かれず、誰も気付かず、口元を綻ばせて私の話を聞いている。
私のハッタリが聞きたいなんて。変な人。
溢れ出る言葉が止まらない。
今一度聴衆を見据え、私は肺いっぱい、大きく息を吸った。




