第17話 団体客様御一行
“人がいる、笑顔がある、第2の故郷オイデマセー!”
門に立つ見張りがポカンと口をあけて、武器にかけた手が戸惑うように柄を掴んだり離したりを繰り返した。
「笑顔と活気あふれる町、オイデマセーへようこ……??」
ウェルカム広場に集まった青年団の拍手をしそこなった手が、ろくろを回すポーズで固まっている。
堂々と先頭を歩くジョスの緑色のローブが、昼の光を受けて金色の刺繍を煌めかせた。セリーナとカジが抜身の武器を手に続く。グクルタの持つロープに手を縛られた19名と台車の1名が行列をなし、物見遊山でついてきたチェチェナが珍しそうに町を見渡した。
リュックに下げたポーチを落としてないか確認して皆の後ろに続く。通り過ぎざまおじぎをしてみるも、青年団は全く気づいていないようだった。
閑散とした旅人通りに入ると目を丸くしたゴージンが表に立っていた。
「は? あんたら、その…… は?」
「ゴージンさん、議長に連絡を。議会を招集していただきたい」
ゴージンの視線が、先頭の三人、緑色の小人、拘束された集団、鹿の妖精と流れ、最後の私からジョスへと戻っていった。
「お、おう。とりあえず、なんだ。店で待ってろ。好きなもん飲んでいいから」
メインストリートに消えていったゴージンを見送り修理されたスイングドアを抜けると、壁際にモップとバケツが置かれていた。掃除をしていたらしい。
『わぁ、お酒の匂いがしますね!』
「お酒好きなの? 好きなの飲んでいいって」
目を輝かせてボトルを眺めるチェチェナの横でジョスが足をとめ、一本のボトルをとりチェチェナに手渡した。
「これはどうです? クセがありますけど。私は好きですよ」
通じないなりに頷いたチェチェナに笑いかけ、カウンター裏へ回った大きな体がかがみ込んだ。コルク抜きを探しているらしい。
「ねえ、ミナ嬢! お願いがあるんだけど!」
呼ばれて表に出るとセリーナから革の包みを手渡された。
「観光マップ、まだ持ってる?」
「リュックに入ってます」
「良かった! グクルタさんに服を買ってあげて欲しいの。高くてもいいから、とにかく立派な服がいい」
自分の名前に気付いたグクルタがセリーナを見上げた。
「服ですか?」
「そ! まずは見た目からって言うでしょ? ブラウト様のおつかいだって言えば悪いようにはされないから。ミナ嬢も欲しいものがあったら一緒に買っていいわよ」
「おつかいって、私が行っても大丈夫ですかね?」
横で聞いていたカジが笑った。
「大丈夫大丈夫! 汚れてるけど、どう見てもお嬢様っス。アニキのイイ人のフリでもすりゃ疑われることもないでしょうよ」
なんだそれ。でも確かにグクルタの服はボロボロで、議会に同席してもろくな扱いをしてもらえないかもしれない。
欲しいもの……何かあるかな。
ふと思い出して、カジに借りていたナイフを差し出した。
「これ。ありがとう。持ってるだけで心強かった」
「あげるっスよ。小さいし、軽いから使いやすいでしょ」
冒険者ギルドの壁際に並んで座り込む一団の前で、カジがニヤニヤしながらナイフの手入れを始めた。二日酔いなのか、鷺の嘴団の面々は項垂れて抵抗する気も起きないようだ。
『……服なんて買ってもらってもいいのかよ?』
観光マップを頼りにウェルカム広場近くの”ファビュラス通り”へ向かう途中、町に入ってから黙りがちだったグクルタが小声で言った。
「いいんじゃない? 私も何を買おっかな〜」
グクルタと並んで町を歩くのは不思議な気分だった。すれ違う誰もが驚いたように足を止め、ゴブリンの丸い目と張り合うように目を見開いていた。
「ブラウト様のご依頼ですか?! お、お待ちくださいっ」
服屋の店員が慌てた様子で奥から引っ張ってきた男が、グクルタを見てぎょっとするように後退った。でもそこはプロ根性か、一度だけ咳払いすると営業スマイルで近寄ってきた。
「店長のオバーリンです。どのようなご用件で?」
「こちらのゴブリンさんに服を合わせていただけませんか? 見栄えのするもので、予算は……」
革の包みを覗き込むと、きれいに仕分けされた硬貨と紙幣が入っていた。紙幣が束で入っているのを見る限り、かなりの高額のように感じるものの、物価や相場がさっぱりわからない。
中をチラ見せさせると、店長が抜け目なく視線を寄越した。
「そうですね……当店の子供服から数点選んでみましょう。決まりましたら採寸してお仕立ていたします」
「それってすぐにできますか? 時間がなくて……」
予算を考えるフリで紙幣をめくると店長の咳払いが聞こえた。
「お急ぎでしたら既製のものからお直しもできますよ。採寸しながら服を見ましょう。針子を呼んできます」
緊張した顔で定規や巻き尺をあてられるグクルタを見ながら、店長がとっかえひっかえ服を組み合わせていく。大きなフリルの襟がついた白いシャツと、大きなボタンのついた黄色のローブを並べて悩んでいるようだった。
「ローブからこの襟を出すのはどうでしょう。髪がない分、襟のフリルがどの角度からでも綺麗に見えます。スカーフを巻くより見栄えはするかと。丈も合いそうですし、お直しも肩を少し詰めるくらいで終わります」
「グクルタはどう? この服でいいかな」
『もう疲れてきたしな。ねーさんがいいと思うのでいいからよ』
椅子に座り込んだグクルタが解すように肩を回した。
「じゃその服で。それと、私ナイフを持っているんですけど、腰に下げられるようなベルトってありませんか?」
「装飾用のものならございます。大きなものは入りませんが……。見せていただけますか?」
カジがくれたナイフと私を二度見したオバーリンが何度目かの咳払いをして細長い箱を取り出した。
「そのナイフに見劣りしないものとなると、当店で用意できるのはこのベルトでしょうか」
宝石が散りばめられた金色のベルトに吹き出しそうになった。何これ、ふっかけられてるの? いくら入ってんのこの財布……
「あの、もっと地味なベルトでいいので……」
「そうですか? せっかくのナイフなのにもったいない……」
次に出てきた箱入りのベルトも断ると、オバーリンがため息をつきながら剥き出しのベルトを持ってきた。鞘を固定するホルスターに小さな装飾があるだけのシンプルな革ベルトだ。
「これにします! 以上で! 全部でお幾らですか?」
「お直し代も含めますと……まとめて6000ゴールドで結構です」
フォーマル的な子供服とベルトで6000ゴールド……6万円くらい?
いくつかある紙幣の束の中で1000と書かれた6枚を抜き出して渡すと、慌てたように突き返された。
「え、あれ? 足りませんか? 買い物って初めてで……」
「そちらの、あー……手前の束から1枚と、次の束から1枚いただければ十分です」
1000G、5000Gと書かれた紙幣を1枚ずつ渡すと、見せつけるように大きく頷いて店の奥へ行ってしまった。戻って来たオバーリンが開けっ放しの包みを持つ私を見て呆れたように首を振った。
「しまったほうがよろしいのでは? くれぐれも外で開けたりなさいませんよう。わたしも見なかったことにしておきます」
真面目な顔で言われて急いでリュックにしまい込んだ。
この財布何怖い。もっと言えばそんな財布をポンと渡してくる三人が怖い。さっきの会計6万円くらいだよね? 60万……600……なんてことないよね? だいたい1000の紙幣なんなのこれ。単位が違うの?
グクルタの服が仕上がるのを待つ間、引っ張り出してきた衣類やベルトをオバーリンが片付けるのを眺めていると、なんとなく、ため息が出た。
この世界は向こうと随分かってが違う。慣れるまで、まだまだかかりそうだ。




