第16話 目覚めの朝
大勢のゴブリンが丸い目で私たちを見ている。
突然変わった光景に目を瞬かせた。
壁や天井の裂け目から入る光の筋が、何本もの柱になって洞窟内を照らしている。どこかで水滴が落ちたのか、水たまりに落ちた音が反響して重なった。
「……ここは? 何がどうなったんですか?」
手首を握ったままのジョスが呆気にとられた様子で周囲を見渡した。来た場所を確認するように天井を見上げ、空も滝も見えないことを確認しているようだった。
「ゴブリン達が避難している洞窟ですね。転移したみたいです」
「転移……ミナさんが?」
「わ、私じゃないですよ! たぶんミィナがフォリボラ様に頼んでくれて……あの、フォリボラ様っていうのは妖精王のことでっ」
『ね? ね? 私ったら大活躍でしょ?』
しどろもどろな説明をジョスが呆然と聞いている。ミィナは私の肩に止まって得意げに笑っていた。
心配そうな顔をしたゴブリンが、遠巻きに集まっていた群集の間を縫うように歩み寄ってきた。
『あの、何故こごに? 里で何かありましだか?』
【ググリア】避難先での仕切り役を務めるゴブリン。新婚グラフタの目に入れても痛くない愛妻。
ゴブリンの避難を見届けてそのままジョス達に合流してしまったので、セリーナや防衛隊がどうなったのか、私にもわからない。何と答えたものか思いあぐねていると、ググリアの表情が見る見るうちに曇っていった。
「ええと……グクルタさんを追っていた4名は私たちの仲間が確保しているはずです。私が遭遇したうち1名は拘束、もう一人は……ミィナ、どうなったの?」
『あいつですか? オネムリソウの花粉ぶっかけてやったので3日くらいは起きないと思います』
「オネムリソウ?」
『蜜がおいしいらしいですね〜。私は吸ったことないですけど。あ、あと、チエちゃん情報によると防衛隊の方では14人捕まえてるそうですよ! これで全員じゃないですかね?』
チエちゃん? 妖精? いや、そんなことは後だ。みんな不安がってる。そういうことなら安心させてあげないと!
ググリアに笑ってみせた。
「心配しなくても大丈夫ですよ! オネムリソウで寝てるヤツを探さなきゃですね。それで襲撃者は全員生け捕り完了です!」
ググリアの後ろで聞いていたゴブリン達から歓声が上がった。
ありがとう、ありがとう、と言いながら押し寄せるゴブリンたちにもみくちゃにされながら、ハグに応じ、握手に応じ、笑顔を返した。何をしても拍手してもらえるらしくミィナは調子に乗って飛び回っている。
「ミナさん! あれは? あれは何ですか?」
されるがまま感謝攻めにされていたジョスが突然声を上げた。
「どうかしたんですか?」
「奥にほら、壁が……」
指差す方を見ると、光の柱が斜めに掛かる壁が反射してキラキラ輝いていた。
ひとしきり騒いで落ち着いてきたゴブリン達をかき分けてたどり着くと、小さな池の上にある湾曲した壁面にシンプルな模様が三つ並んでいた。
大きな一つ目。花びらが5枚ある丸い花。もう一つは……動物の顔? 潰れた円の真ん中に塗りつぶした丸と、両側に斜めの楕円形……デフォルメしたタレ目のナマケモノの顔が描かれていた。
ナマケモノ? なんでナマケモノ?
『これフォリボラ様ですね! 似てる似てる!』
は? フォリボラ様? ナマケモノが妖精王?
笑い転げるカブトムシ?の妖精を釈然としない思いで眺める私の横で、ジョスが脱力するように座り込んだ。
「これだから……これだから冒険者でいたかったんです」
口角の上がった横顔が首を振った。
「ヤスラ様のお言葉は、本来とてもシンプルなものなんですよ?」
ジョスの視線を追うと、光のあたる小さな池に沢山の白い花が浮かんでいた。傷んでいる様子のない、まだ新しい切り花だ。
「友を大切に。それだけです。たった一言なんです。書物を遡れば遡るほど、ヤスラ様の教えとされているものが時とともに変化するのが見てとれるんです」
濡れたシルベの花が大きな手の指先でくるくる回っている。
「今の教義はどうして対象が人に限られているんでしょう。こんなに変わってしまったのに、なぜ誰も途中で指摘しなかったんでしょう。信仰ってなんですか。ゴブリンは教義なんて知らないはずなのに、同じように花を捧げているじゃないですか」
そうか、この三つの模様。魔物と、人間と、妖精なんだ。
撤収の準備を進めるゴブリン達の明るい声が洞窟内に響いている。ミィナはフォリボラ様の顔の前でケラケラ笑っている。ジョスは……首の角度が変わって表情がわからなかった。
人と魔物と妖精が、衝突があったりしながらも、それなりに平和に暮らしていた千年前のタヨーセ。この洞窟はそんな時代からある遺跡には見えない。きっと日常的に人の出入りがあって、手入れされてきたんだ。
『ミィナちゃ〜ん!』
『あっ! チエちゃ〜ん!』
ミィナを呼ぶ声につられて振り向くと、洞窟の入口にいくつかの人影があった。数人のゴブリンを先導しているのは、背格好から察するにグクルカ爺の家にいた守衛さんだろう。ミィナが飛んでいく先には子どもがいる。
子ども、なのかな? 子ども体型ではある。彩度低めの黄色い体に、同じ色の白い水玉模様の布を巻いている。目を引くのは二 本の角が生えた髪の無い頭……これ、鹿の角?
似た生物?を見たことがある。遷都がどうとかいうあの童子に似てる気がする。
『手伝ってくれてありがと〜! 大丈夫だった?』
『全然オッケ! ちょっと抵抗されたけど』
鹿の妖精?を連れてきたミィナが促すように手を向けた。
『チェチェナです。巫女様?のことはミィナちゃんから聞いています。お努めご苦労さまです!』
両手を合わせて拝むように頭を下げられ、落ち着かない気持ちで首を振った。朗らかな笑顔と入口を背にした姿に、目の錯覚か、後光がさしている……ような気がしないでもない。
「そ、そんな、こちらこそ急に呼び出して……。防衛隊を手伝ってくれたんですか?」
『ほら、戦力になりそうな子がいい!って言ってたじゃないですか〜。チエちゃんは凄いですよ!』
ミィナがモジモジするチエちゃんの角にとまった。
『なんと相手を酔っ払わせることができるんです! 果物も樹液も発酵いらず! お酒が無くても気持ちよく酔っ払うことができるなんて、これもう一家に一人レベルですよ? 超便利!』
いいけど……便利、かなぁ? 便利なのかな? 血中アルコール量の操作? 脳を麻痺させる的な? 使い方間違えたら酔うどころじゃなくない? 妖精の特殊魔法の方向性がいまいちわかんない……
『学者様〜!』
ググリアの声が洞窟内に響いた。
『里に戻りますので、お連れの方々にもお伝えくだざい!』
足元に座り込んでいるジョスを見ると、私たちのことは気にもせず静かに壁画を見つめている。考え込んでいるように動かない肩をつっつくと、やっと気付いたマッチョが顔を向けた。
「行きますよ! 帰りましょう、みんなで!」




