第12話 ゴブリンの里
滝を登り、連なる山頂の一つにゴブリンの里はあった。
集まったゴブリン達の、顔、顔、顔……。面長で、長い耳と鼻、大きなまん丸の目。体格以外の違いがさっぱりわからない。なんとなく、パーツや目の大きさが違うかな?くらいの微妙な差しかない。
じゃあ名前で見分ければいいじゃんと思ったら、視界のあちこちでグから始まる名前がゲシュタルト崩壊を起こしていた。
私たちを先導するグラフタが唯一特徴のある外見をしているかもしれない。防衛隊リーダーというだけあって、他のゴブリンより二回り大きい。
『人間の学者を助けたことは里の皆が聞いておるますので、まずは確認させていたらきたい。武器はそれまで預かりますがよよしいか?』
ダンボールに巻かれた武器を抱えたグラフタが言った。
メイス、弓矢、形状様々なナイフが9本。ナイフは内6本がカジのものだ。得意げに服のいろんな場所から取り出して見せるものだから、最後はひん剥かれて下着まで調べられていた。
「……だそうです」
そのまま伝えた私に3人が頷いた。
案内されたのは並んだ住居の中で一番大きな小屋だった。戸口に立つ守衛らしきゴブリンをグラフタが呼び止めた。
『長はいらっさるか? 学者と神官を名乗る人間たちを連れてきたのらが』
人間が珍しいのか、頷いた守衛が丸い目をさらに丸くした。
『長〜! グラフタが人間の客を連れて来とると〜!』
『騒がしいと思ったら人間じゃとう?』
玄関の引き戸が音をたてる。顔を出したのは見るからにお年をめしたシワシワのゴブリンだった。
【グクルカ】ゴブリンの里をまとめて早60年。まだまだ現役衰え知らずの80歳。
品定めするような視線が私からセリーナへ、セリーナからカジへ、カジからジョスへと流れて止まった。
『……でっかいのぅ。雌と雄が2組、ツガイか? それにしては色気が無いのが1匹混じっとるが……』
は? 何このセクハラ爺フザケてんの?
『長っ! グクルタの言っていた学者のようれす』
『むっ……』
今更口を押さえても遅いわ。
「グクルタさんに〜、お世話になった〜、ミナです〜」
『う、うむ。確かに言葉が通じるようじゃな』
『武器は預かっとりあす。なんでも助けられた礼に怪我人の手当てをすたいと』
グラフタが爺の前に置いた武器がガチャガチャと音をたてた。
『手当てのう』
爺がしゃがみ、ダンボールから頭を出したメイスを抜き出して調べるように角度を変えると、ふむ、と呟いた。
『儂の爺さんがそのまた爺さんから聞いた話だが、そのもっと前の時代にはこの花を身に着けた人間が里に来ることがあったそうな』
メイスの装飾に手を触れながら爺がジョスを見据え、視線に気付いたジョスが姿勢を正した。
「ミナさん、何の話をされているんですか?」
そうだ、ゴブリン語だ。3人とも口数が少ないと思った。
「シルベの花でしたっけ。大昔にその花を持った人間がここに来ていたそうです」
ジョスが何かを言いかけ、また口を結んだ。
『助けた学者が本当にお嬢さんなのかグクルタに確認させたいところじゃが、生憎外に出ておる。傷を癒せるというのはそっちのデカイやつかの』
「あ、はい。こちら大神官のジョス・ブラウト様です。ジョス様、こちら長老のグクルカさん」
「ジョスといいます。お会いできて光栄です、グクルカさん」
『ジョスか。お言葉に甘えて負傷者はお任せしようかの』
互いの名前を呼び合ったことだけはわかったらしい。ジョスが差し出した手を握り、グクルカがニヤッと笑った。
日が暮れるまでの数時間はグラフタの案内で負傷者を治癒してまわった。終わる頃にはジョスが揉むように腕をさすっていた。さすがに疲れたらしい。
『騒がしいと思ったら……なんですかこれ』
ひょっこりポーチから顔を出したミィナが不思議そうに周囲を見渡した。
やっと起きたよこの妖精。騒がしいも何も一番騒がしかった頃は爆睡してたのに……。夜行性だもんね。もうすぐ日が暮れるもんね。
『な、なんですかっ! そんな目で見ないでくださいよ!』
「べ〜つ〜に〜〜?」
ブツブツ言い訳しながらミィナが向かう先はお気に入りらしいセリーナの肩だ。私の助手的な妖精じゃなかったっけ? 面白みのない洗濯板で悪ぅございましたね。
ゴブリンにとっても妖精は珍しいのか、グラフタが困惑した顔でミィナを見つめている。
『妖精れすか』
「ミィナです。私の知り合いでして」
『妖精は妙な魔法を使うと聞いておるますが、大丈夫でそうか』
そういえば皆そんなことを言っていたっけ。何かをやらかすか寝ているかの印象しかなかったので忘れていた。
ちょいちょいっと手招きすると、ミィナが飛んできて杖の先にとまった。
「ねえ、ミィナの魔法ってどんな感じなの?」
『私ですか? なんですか急に』
「危険は無いってグラフタさんに説明しなきゃいけないの」
『あぁ〜。念話です。妖精族の知ってる相手だけですけど。あ、でも妖精族ならだいたい知っているので、誰でもいつでも連絡がとれるんです! これ超便利ですよ!』
確かに便利だけど想像以上に地味だわ。もっとこう、人の記憶を消すとか、混乱させるとか、特殊な魔法ってそういうのかと……。
そんな私の表情を読み取ったのかミィナが頬を膨らませた。
『私これでも超大活躍の有名人なんですよ? 救った仲間は数知れず、だからこうやってミナさんのことも任されているんです』
「救った仲間ねぇ」
『ちょっと、信じてないでしょ?! 人間に捕まった仲間を助けてるのは誰だと思ってるんですか。私が逐一フォリボラ様に頼んで安全な場所まで転移させてもらってるんですよ?』
ミィナが念話、フォリボラ様が転移ね。これ!というものに特化した魔法を使うのが妖精という種族らしい。異世界から人を呼んだり、かと思えば転移の大盤振る舞いをしたり、妖精王も忙しいヒトなのかもしれない。
グラフタが、それなら、と頷いた。私の説明でミィナに害はないと納得してくれたようだ。
「ミナ嬢〜! こっちのゴブリンさんが呼んでるみたい」
セリーナの声に振り向くと、エプロンをしたゴブリンが3人に何かを伝えようと四苦八苦しているようだった。
「ええと、どうかしましたか?」
『ああ良かったぁ! 長が夕食をご一緒にどうかと。お腹空いてらっしゃるでしょぅ』
太陽が沈みかけている。もうそんな時間らしい。
「あの、グクルカさんが夕食に招待してくださったそうです」
「っしゃ! 飯っスね!」
「助かります。ほら、もう腕がパンパン。くたくたですよ」
『じゃあ私は美味しそうな木でも探してきます〜』
「あら、ミィナちゃんどこに行くの?」
『セリーナさ〜ん、また後で〜〜』
ありがたいような、怖いような……ゴブリンの食事ってどんなやつ?
不安に思っているのは私だけらしい。旅って人の胃袋も強靭にするんだろう。たぶん。




