第11話 声
弦が弓を叩く甲高い音がして、斜めに入射した矢が水面に迷いなく突き刺さった。
「「おおーっ」」
ぷかっと浮いた矢に刺さっているのは魚だ。カジと並んで二人でセリーナに拍手をおくる。
「そろそろ焼けますよ〜」
火加減を見ていたジョスに呼ばれて追加分の魚をセリーナと一緒に持ち帰った。てっきり昼は携帯食で済ませて探検を続けるのかと思ったら、この通り、すっかり腰を落ち着けてアウトドアクッキングに勤しんでいる。
真上に見えていた太陽も落ち始め、もうすぐ森のかげに隠れてしまいそうだ。
渡された魚の串焼きは美味しかった。美味しいけど、じっくり味わうことに罪悪感もある。なにせ、探検2日目なのに何の進展もないんだから。
でも、そもそもどんな日程を想定しているのか聞いていない。それに私は冒険の素人で、向こうは5年間の経験者だ。少しずつ移動して体力温存するとか、何かしら理由があるのかもしれない。
「不満そうですねぇ」
ナイフで器用に内蔵の処理をしていたジョスが唐突に言った。
「え? 美味しいですよ? 採りたての魚をこんな風に食べるのは初めてです。こんがり焼けて香ばしくて、凄く美味しいです」
あっという間に平らげて骨だけにした魚を掲げてみせた。
「それにこの蒸してあるの、味付けも何も無いのに塩っ気があるのは元からそういう味なんですか?」
葉っぱをお皿にしたエノキステーキもどきも美味しい。こんな美味しい食事はいつでも大歓迎だ。携帯食は硬くて味のないカロリーメイトって感じだったから。
今の答えに満足したらしいカジがニコニコしている。一緒にいる内にだいぶわかってきた。あれは記憶が戻ったお嬢様を送り届けたら謝礼ガッポリ的なことを考えている顔だわ。
「そうではなくて……ほら、今日はあまり進んでないでしょう?」
あっさり心を読まれてエノキステーキもどきを落としそうになった。ホントこの人油断ならない。
「だってミナさん、口数が減るタイプでしょう? わかりやすいです」
「もう言っちゃうの?」
「何かしらアクションがあるかと思ったんですけどねぇ。このままだと夜になってしまいそうですし」
アクション? 夜?
「大声をだしたり急に動いたりしないって約束できますか?」
何の話かわからないまま頷く。3人が顔を見合わせた。
「お嬢、シルベの花が咲いてるでしょ。あれ普通はもっと群生して咲くんスよ。間引いた跡っスね」
「間引く……」
「そこの魚も。スレててなかなか水面に上がってこないの」
「このマキマキツルルンのツルも切った痕があったんです」
はい?
さり気なくぶっ込んできたジョスが、いたって真面目な顔で周囲を見回した。
「見られてますねぇ」
そっちも気になるけど手元のエノキステーキもどきも気になるんだけど? 維管束? 皮剥いたらこうなるの? 反応に困るからやめて欲しい。
「暗くなるまで待つつもりなのかもしれません。それなら明るい内にこちらの方から動こうかと」
周りの森を見渡すと、耳に馴染んで気にもしていなかった滝の音がまた聞こえ始めた。ホワイトノイズに似た一定の音が森の窪みに注ぎ込まれているような、全身がその中に沈み込んでしまいそうな、そんな思いに身震いがする。
何かいる? 全然わかんない。
3人がまた顔を見合わせた。
「この水場を使っている知性ある集団がいるということです」
「お待ちかねのゴブリンの群れっスよ」
私の思考に答えるように2人が言った。
グクルタ!
立ち上がりかけた私の手をセリーナが掴んだ。
「驚かせちゃ駄目よ。私たちの方が侵入者、忘れないで」
「……滝の上にもいる、かな。囲まれてるっスね」
「敵意をみせず、あくまで友好的に、ね」
出番ですよ、とジョスの手が肩を叩いた。
今?!
とりあえずエノキステーキもどきを置いた。
シミュレーションしてた状況とかなり違う。ゴブリンの里があって、挨拶して、事情を話して、長老的なゴブリンに森のことを聞いて、みたいな? そんな単純なことしか考えてなかった。
そこにいるんだと思って見ると、確かに気配を感じる。カジの言っていた滝の上の岩場で何かが微かに動いた。
【グラフタ】ゴブリンの里防衛隊リーダー。
彼に交渉するべき? 周りにあと何人いる?
滝……滝の音に分断されてる。滝の音に負けない声……
リュックを引き寄せ、縛りつけていたダンボールの紐をとく。巻かれて敷かれて湿気にあてられ、散々な扱いに柔くなったダンボールの幅面をちぎり取る。
丸めたいびつなメガホンを手に立ち上がった。手を上げて見渡すと、反応するように気配がざわついた。
いる。
視界に浮かび上がる沢山の文字、どれもゴブリンのものだ。沢山の名前、置かれた立場、人となり、同じものは一つもない。
大きく息を吸ってメガホンを口にあてた。
「こんにちわーーー! おじゃましてまーーーーす!!」
目立った動きが無い。
「先日そちらの里の方に助けていただいた、ミナ、といいます! オッキナスパイダーの卵がかえったようですが、被害はありませんかーーーー!!」
呼びかけに応えるように数人分のテキストが書きかわった。
「そちらのグランダさん! 転んだお爺さんの足の具合はどうですかーー!! グルウチさーーーん! 噛じられた足は大丈夫ですかーー! ちょっとそっち! グウククさん! 蜘蛛の爪が刺さった腕、痛むんならお薬塗らないと! 奥さんが心配してるじゃないですか!! 何やってるんですかっ!!!」
森が、面白いくらいざわつき始めた。名指しされた人かげの方からは話し声すら聞こえてくる。ニヤつきそうになる口元を引き締めた。
駄目だ。駄目だ、まだ笑っちゃ。
「こちらにいらっしゃるのは、人間族の守護神、霊神ヤスラ様の寵愛を受けし方、大神官ジョス・ブラウト様です!! ヤスラ様の代理としてこの地にいらっしゃいましたっ!!!」
「はいっ?!」
ジョスが弾かれたように顔を上げた。
ダメ、まだダメ。笑っちゃダメ。
「ちょっ、待ってください、大神官なんて私はまだ……」
目を見開くマッチョの脇を抱えて引っ張り起こした。ポカンとしたカジとセリーナの目がジョスを追う。
「ヤスラ様の恩寵により癒やしの力を持つ方です! 助け合う精神こそヤスラ様の教え! グラフタさん!!」
滝の上に向けて手を振り上げた。
「ご案内いただければ傷付いた方々を癒やしましょう! 私を助けてくださったゴブリン族のグクルタさんへの、せめてものお礼ですっ!!」
振った手の先に注目が集まる。
一転静かになった森の様子に冷や汗が流れる。
滝は音をたてて滝壺に流れ込んでいく。
岩場の上に一匹のゴブリンが姿を見せた。
『武器を置き、お立ちくだすれば!』
茂みから、木陰から、一匹また一匹とゴブリン達が姿を現した。
笑いそうになるのを堪えきり、ジョスの背中をひっぱたいた。




