第10話 シルベ
森の中は暗くてジメジメしている。背の高い木々の合間、ふわふわした土に覆われた、木の根が隆起した緩い傾斜面を進んでいく。
「音も近い……もうすぐ見えてきそうですね」
先頭を行くジョスが足元に伸びてきたマキマキツルルンをメイスで払いのけた。脱力感のある名前だが、これも魔物らしい。
曰く、
【マキマキツルルン】日陰の水場を好む巨大化した湿性植物。匂いに反応するツル状の捕虫器を持つ。
動きも力も弱々しい魔物で、杖で小突くと私でも追い払うことができた。きっと寝ていたり弱ったりした生き物を食べる魔物なんだろう。
ひんやりと湿気のある空気と水が流れる音に、目指していた水場が近付いてきたのを感じる。
怖くはない。怖くはないけど、まるで肝試ししているみたいだ。物陰から何かに見られているようで、なんだか落ち着かない。朝出発した頃は枝葉の隙間に光が瞬いて、長閑に思えたのに。
ミィナはリュックにぶら下げた髪留めのポーチの中で寝ている。妖精ってこういう時は道を探しに先行してくれそうなものだけど、夜行性だからね。仕方ないね。
「ミナ嬢、ほらあれ」
セリーナの手を頼りに大きくせり出した木の根によじ登った。
久しぶりに見る空だった。眩しさに目を細める。細かい水しぶきが霧のように漂い、そこだけ切り取ったように森が途切れ、光がさしていた。音をたてて流れ落ちる滝を小さな虹が彩っている。
「そっちの岩場から下に行けそうっスね!」
カジの明るい声が皆の足を急かすように言った。一時的にも森から抜けてほっとしたのは私だけじゃないらしい。さっさと一人降りて行って飲料用皮袋の口を流れる水に沈めている。
「その水大丈夫そう?」
「そっちにシルベの花も咲いてるっス。へーきへーき」
セリーナとジョスがカジに続く。
「えと……本当に飲んでも大丈夫ですかね?」
一人突っ立っている私にセリーナが不思議そうな顔を向けた。
「煮沸するとか? 上に何かの死骸があったりするかも……」
「それは言わないで……まぁ、これだけ水量があれば大丈夫よ」
「そうそう、元々入ってたのも似たようなもんだし、気にしてたらきりがないっスよ〜」
セリーナの横でカジも頷いている。
サバイバル術かなんかで煮沸とか濾過とかなかったっけ? そのまま飲むのはちょっと抵抗が……
「ミナさん、そちらに白い花が咲いているでしょう?」
カジの言っていたシルベの花?をジョスが指差した。小さな丸っこい花びらが重なった可愛らしい花だ。
「これって……」
「ほら、これですよ」
ジョスが差し出すメイスをよく見ると、鎚頭や柄が小さな花の彫刻で飾られていた。
「ヤスラ様のシンボルです。私のローブの刺繍もこの花ですよ。ほら、教会で皆お供えしていたでしょう?」
祭壇に積まれた白い花を思い出した。
そうなんだけど、この白い花……
「綺麗な水でしか育たないんです。旅人にとっては目印のようなもので、飲んでいいかどうかの判断材料にもなるんですよ」
「そうそう。それにいざとなったらアニキの魔法もあるし」
「伊達に神の寵愛を受けし者だなんて呼ばれてませんよ」
凄そうな二つ名を持つらしい未来の大神官様が豪快に笑った。
魔法……ヤスラ様が授けてるっていう回復魔法のことかな。その寵愛の使い道が腹痛って、ツッコむべきか、旅に水トラブルはつきものだからと納得するべきか……。もういいや。どうせもう飲んでるなら一緒一緒。
並んで水を汲み始めた私にカジが笑った。
「ほんと変なお嬢様っスね。町から出たことなさそうなのに、記憶喪失で、魔物と妖精の言葉がわかるんでしょ。アニキのこと聞いても動じないし」
怪しさ満載の自覚はあるので、なるべくこの話題には触れたくない。これ幸いと振られた話題に乗っかることにした。
「本当に何も思い出せなくて……」
正しく言えば、何も知らない、だ。
「皆さん旅は長いんですか?」
「なになに? 私たちの話が聞きたいの?」
ニコニコ顔のセリーナにこれみよがしに大きな背中を突っつかれ、恥ずかしそうにジョスが顔を背けた。
なんだろう、珍しい反応をしてる。
「あー、アニキの話っスか? 印象最悪でしたねぇ」
印象最悪って、ジョスが? 真面目そうな姿しか知らない私には想像もつかない。時々素っぽい顔が出るけど印象が悪いというほどでもないし。
話について来れていない私に気付いてセリーナが笑った。
「神官ブラウト様が大神官任命前の旅に出るって日ね、私もカジも聖都の冒険者ギルドにいたのよ。見送りの信者も集まってて警護の仕事なんかもあったしね。そしたら外が騒がしくなって」
「開口一番、お前らの1年買うから着いてこい、っスよ?」
「……そんな言い方してません」
「してました〜。一字一句してました〜」
意外過ぎて反応に困る。ジョスに声をかけようにも、縮こまって顔を赤くする様子に言葉が出ない。
「従者は泣いて縋ってるし、この人はこの人でどいつが来るんだってイキってるし、ベテランのおっちゃん勢は何様だって怒ってるし、見てた信者はドン引きだし……」
「後にも先にもあんなアニキ見たことないっス」
荒ぶるジョスを想像してみた。どう頑張っても脳内で像を結ばなかった。
「あ、荒れてらっしゃったんですね……」
「その頃は……信仰に疑念があったり、悩んでいた時期だったんです。それなのに周りは大神官だの旅に出ろだの……私の意向なんてお構いなしですよ。従者なんて見張りみたいなものだし、金で動く相手の方が割り切れていいと……」
聞けば聞くほど、人前で堂々と演説していたのと同じ人物とは思えない。よっぽど嫌々送り出されたんだろうと思うと、歯切れの悪い様子もあって少し可哀想になってきた。
「それをそのまま言っちゃうんだもの。そんな人と一緒の旅なんて誰も名乗り出ないから、結局身元がわかってる私たちがおともすることになったわけよ」
「それがもう5年ですもんね〜。わからないもんスね」
そんなに荒れて、よくここまで丸くなったもんだ。
「意外です。あの、いつも落ち着いているから」
「だってもう23よ? いつまでも子供じゃないってことよ」
んん?
んんんんんんん?
「に……にじゅうさんですか……」
「そ! 私も同い年」
「オレは来月22になるっス。まだまだ二人より若いんで」
た、旅に出たの高校生とかそのくらいってこと? やばくない? 早熟すぎない? なんでそんなに落ち着いてるの。
「女性に年のことは言いたくないっスけど、お嬢は年齢不詳っスね〜。年下でもなさそうだし、年上って感じもしないし……。おぼえてないっスか?」
その3人を前にして24ですとも言えず……。
「あまり無理をさせてはいけませんよ。そのうち思い出せたら教えてくださいね」
私が子供っぽいんじゃない、この人たちが大人びてるんだ。
そういうことにしよう。うん。




