超ブラック企業だけど、上司がいい人過ぎて辞めれない。
朝、4時起床。
ちなみに寝たのは二時間前。
昨日も終電なんて文字通り終わってて、帰ってきたのは午前一時。そこから一時間で寝付いた私凄い。
朝起きて歯を磨いて、最低限の化粧だけして即出社。
このマンションはマジで寝るだけ用。
駅もコンビニも近いし、無駄に家賃は高い……と思われがちだが、私の部屋は事故物件らしく格安。
寝るだけならそれで十分だ。
電車に揺られ、三回乗り換えて、超ド田舎な無人駅で降りる。
そこから徒歩で二十分程歩き、私の勤める会社に到着。
その会社は“一応”IT企業。
といっても下請けの下請けの、更に下請けの下請けの……
まあ要は雑用係だ。IT企業と銘打ってるくせにパソコンは未だにWin95使ってるし。
数時間かけて続けた作業がフリーズしてパアなんてザラだ。
「おはようございまーす」
出社してタイムカードを。
ほぼほぼ無意味なタイムカードだ。昨日私は定時で帰ってる事になってるし。
「おはよう」
そしてオフィスには既に係長は出社していて、私と同じく目の下にクマを作っている。
ちなみに社員は私と係長(実質社長)の二人だけだ。
「昨日のアレ、出来た?」
「ぁ、今から細部見なおして出します」
「おねがいね、深山さん」
今更だが私は深山茜。二十六歳。現在独身。ブラック企業で給料安いけど、そもそも金の使い道が無いから貯金だけ溜まっていく人生送ってます。
幾度も幾度もこんな会社辞めようと思った。
他にいくらでもまともな所はある。
何もこんな所で大切な二十代を潰す事は無い。
でも……
「ぁ、深山さん、良かったらこれ飲んで」
栄養ドリンクを手渡してくる上司。
そして今にも過労死しそうな、とてもいい笑顔で
「今日も一日よろしくね。こんな会社に居てくれて……本当にありがとうね」
あーうー! お前のせいで辞めれないんだよぉぉおぉぉぉ!
☆お昼どき!☆
この会社の昼飯は弁当制。勿論私は家で作る暇も無いので、コンビニでオニギリだけ買って、食いながら仕事を続ける。
「深山さん、いつもコンビニのオニギリだね。よかったらコレ食べて」
「え? いや、でもこれ係長の奥さんが作った愛妻弁当……」
「いいから、食べて。僕はオニギリ貰うね」
そのまま私のオニギリを奪っていく係長。
しかもさりげなく私の机には千円札が。いや、千円もしないし……でも突き返すわけにも……
まあいい、たまには手作り弁当っていうのも……
そのままパカっと弁当箱をあけると
「…………」
思わず泣きそうになった。
高校の頃、毎日弁当を作ってくれた母を思い出すような、賑やかで見るだけで楽しくなりそうなお弁当。
そして極めつけに、ご飯にはそぼろで……
『おしごと、ガンバレ!』
いや、食えるかーい!!!!
※食いました。
☆たまには休んで!☆
「深山さん、今日はもう上がっていいよ」
「え、でもまだ……定時ですけど」
「うん、定時だからね」
なんてこった、定時で帰れるなんて。
まあ、今日はお言葉に甘えよう。
「じゃあ失礼します」
「ぁ、良かったらコレで美味しい物食べて」
当然のように一万円を差し出してくる上司。
なんだ、ソロ飯で何処に食いに行かせる気だ。
「い、いや、いいですよ、そんな」
「いいからいいから。深山さんには本当に感謝してるんだから」
無理やりに一万円を手渡され、仕方なしに受け取る私。
むむ、それなら……
「あの、じゃあ飲みにでも行きません? 軽く……」
「お、いいねぇ。じゃあ明日にでも……」
いや、明日て。
お前今、私にいくら渡したか言ってみろや。
「今日はちょっと徹夜してやらないと……」
お前こそ定時で帰らんかい! 奥さん待ってるぞ!
※残業しました
☆飲み会!☆
「かんぱーい」
「かんぱーいッス」
駅前の居酒屋で上司と二人で飲み。
私は梅酒、上司はビール。
「ひさしぶりだねぇ、深山さんと飲むの。一昨年の忘年会以来かな……」
「そうですねぇ……」
ぉ、メニューに餃子が……食お食お。
「すみませーん、餃子二人前と、漬け盛りと……あとぶり大根一つ。係長も何か……」
「ぁ、じゃあ冷奴ください」
冷奴て。
なんかうちのオトン思い出すな……。
店員さんに注文を済ませ、上司と雑談。
そういえば今日、奥さんは家で一人なのかな……。
「あの、今更ですけど奥さん大丈夫ですか?」
「何が?」
「いや、家に一人なのかなって……」
「あぁ、さっきの店員、僕の奥さん」
…………
早く言え!! お弁当凄く美味しかったです!!!
※奥さんと仲良くなりました。
☆お会計!☆
さて、たまには私がお会計を持とう。
いつもいつも……マジでいつもお世話になってるし。昨日一万円貰ったし。
「すみませーん、おあいそお願いしますー」
ちなみに“おあいそ”とは、お金を頂く時はニコニコしなさい! という意味らしい。
その意味を知ってから微妙に使いずらくなってる私が居るが、クセで言ってしまう。
「はーい」
対応してくれた店員さんは奥さん。
「あら、あの人は?」
「ぁ、トイレです」
「あらそうなの。お金は貰った?」
「え? いえ、たまには私もお返ししたくて……」
「そんなのダメよ! あの人に払わせて!」
いや、何言ってんのこの人!
普段私が係長のポケットマネーからいくら貰ってると……
「そんな事いわずに……払わせてくださいよ」
「駄目よ、受け取らないもん」
もんって……。
なんか見た目も若いけど可愛い奥さんだな。一家に一人欲しい。
「わ、私だって係長に恩返ししたいんです! お願いします!」
「ふむぅ。じゃあ今回だけよ。はい、十六万」
高っ。でも払う。
「……ちょっと! あんた!(旦那) 普段この子にパワハラとかしてないでしょうね!」
トイレに向かって怒鳴る奥さん。
いや、他の客ビビってるから声のボリューム下げて!
「されてませんから! むしろ凄くよくしてもらってて……」
「本当? もし変な事されたらすぐに連絡してね。いつでも飛んでくから」
あんたは何目線で私の事見てるん。
「えーっと、じゃあ本当のお会計は……ぁ、もうあの人払ってたわ」
おーいー! かっこよすぎか!
私にも払わせよ!!
※むりやり次の店連れ込んで奢りました。
☆出社!☆
朝、鏡を見るたびに思ってしまう。
このままじゃあ、私の人生……あの会社に食いつぶされてしまうと。
気が付いたらソロのまま三十路越えてて、恋人はおろか結婚も出来ずに……。
辞めよう、もう辞めよう。
今の給料より安くてもいいから、もっとちゃんとした会社を……
ん? なんか携帯にメールが……係長から?
『おはようございます。朝早くからごめんね。深山さん、レクセクォーツって会社に移籍するとしたら行く気ある?』
ん?! レクセクォーツって……超有名IT企業……
『深山さんの実力なら問題ないって言われたから。実はもう結構話通っちゃってて……』
いやいや、あんたどうすんの。
私がいくなら係長も……
『君なんて居なくても大丈夫だから。むしろ行ってくれた方がせいせいするよ』
係長の、初めてのパワハラ。
酷い事言われてる筈なのに、優しい顔しか思い浮かばない。
何度も思った。
こんな会社辞めようって。
辞めた方がいい、辞めて……一流企業に行けるなら万々歳じゃないか。
でも……釈然としない。
私は即、係長に電話をかけた。
パワハラに対する文句を言うために。
『はい、もしもし、深山さん? メール見てくれた?』
「辞めませんから」
『……ん?! いや、ちょ……』
「もう、係長無しじゃあ……生きていけない体になってしまったんです……。だから……責任取ってください。手始めに私の未来の旦那見つけてきて」
※レクセクォーツから拉致ってきました。
☆結婚!☆
色々あって、レクセクォーツの若手エースと結婚する事になった。
なんやかんやあって、うちの会社はレクセクォーツに買収されることに。
私と係長はブラック企業で鍛え上げられた生粋の社畜。
その能力を買われ、二人纏めてレクセクォーツへ移籍する事になった。
「では続きましてー、新郎新婦の愛のキューッピット、係長さんからお祝いのお言葉を頂きます」
色々端折りすぎて、尚且つ強引すぎる展開。
苦情は作者に願う。
「え、えー……茜さんはとても真面目で優しい方で……仕事もテキパキと……」
めっちゃ緊張してるな、係長。
奥さん爆笑してるやん。
「えっと……この度は本当におめでとうございます。茜さん、君は僕に感謝してると言ってくれたけど、僕はもっと感謝してるからね。君があの時、会社を辞めていたら……」
おいおい、泣くなよ。
あんたはウチのオトンか?
でもなんか盛大な拍手されてるし……
「本当にありがとう……うちの会社に八年も勤めてくれて……ありがとう……これからは自分の幸せだけを考えて……下さい……」
あんたもな。
※このあと係長と肩組んでカラオケ熱唱しました
【この小説はブラック企業を推奨する物ではありません】
【本当に辛い時は誰かに相談しましょう】
【ちなみに作者の勤める会社はブラック企業ではありません、たぶん】