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テレザとシェラと龍と御馳走 ~エレメンターズ冒険記~  作者: テルー
【4.5】三人に迫る王【完結済み外伝】
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綱渡り、繋ぐは勝ち

「がっ……! ぁぐ、~~!」


 膝から下が吹っ飛んだ。

 そう錯覚するほどの衝撃と痛みが、カインの右足を貫いた。体が傾いていくのを止められない。反射的に地面で丸まってしまい、そこで初めて膝がきちんとくっついていることを認識する。

 戦いが始まった時点で冠持ち(クラウン)は既に虫の息だった、左足はもう使い物にならないはず。優位状況でカインに生まれた僅かな油断と思い込みが、その執念、タフネスと最悪の噛み合いをしてしまった。


「ギャーッギャッギャ!!」


 崩れ落ちたカインに、冠持ち(クラウン)が逆転を確信して斧を振りかぶる。邪悪に歪んだ口から、濃密な死臭が立ちのぼっていた。

 間近に迫る死のせいか、気温が一段下がったような感覚がカインを――否。比喩ではなく本当に冷気が迫ってきている。


「澄みきった清流よ。厳冬の水面、凍てつく雫を育みたまえ──『《アイシクルパイク》』!」


 巨大な氷の三日月が地を滑り、冠持ち(クラウン)の左脇腹に直撃した。そこには、一昨日カインによって刻まれた裂傷がある。


「アギャッ!?」


 まだ致命傷にはならないが、カインへの攻撃を中断させるには十分。さらにカインの元へ、ピジムが駆け寄ってきた。


「センパイ、歩ける!?」

「ごめん、油断した……ぐっ!」


 助け起こされたカインだが、上体を起こしただけで痛みに顔をしかめる。歩くどころか、立つことすらままならない。

 もたつく内、冠持ち(クラウン)が体勢を立て直す。グラシェスは再度三日月を放つものの、今度のそれは先ほどより幾分小さく薄く、かざされた斧に当たって容易く砕かれるほど脆い。青ざめた彼の顔色は、典型的な幻素欠乏(イグゾースト)の初期症状だった。

 昨日の大技による消耗に加え、今日も連戦。無理からぬ話ではある。


「まずい、まずい……!」


 カインの脳内を焦りが浸食していく。作戦が、手札が、ここから生きて帰れる可能性が一つ一つ潰えていく。

 本来の作戦ではカインが囮となり、ピジムとグラシェスが作った落とし穴に誘導する予定だった。さらにカインが移動と共に仕込んだ術式で穴に落ちた冠持ち(クラウン)を拘束し、グラシェスの大技で確実に仕留める。

 しかし既にカインが行動不能、グラシェスの大技はカインを助けるために使ってしまった。作戦は完全に崩壊したに等しい。

 もう動ける人間は──


「センパイ、これ!」


 縋るような目でカインがピジムを見たのと、彼の眼前に氷の破片が差し出されたのはほぼ同時だった。凍り付きかけた頭でそれを受け取ると、ピジムは冠持ち(クラウン)に相対する。

 冠持ち(クラウン)もゴブリンらしく、もう戦えない二人よりも目の前に出てきた雌を優先したようだ。


「それで足冷やして、ちょっとでも歩けるようになって!」

「ピジム!? 無茶だ!」

「無茶じゃない!!」


 どこか怒りも混じっているような、ピジムの返答だった。


「自分の心配してよ! それにオーガスタスさんは、コイツよりずっと強いんだから! あの人とずーっと特訓してた私を、信じて」

「──」


 言うが早いかピジムは駆ける。一息に飛び込んで拳を振り切る、と見せかけて急ブレーキ。迎撃で振り下ろされた斧をしっかり見て右側に避けた。籠手(ガントレット)の身軽さを活かして冠持ち(クラウン)の左足を狙いに行く。


「ふぅ、~っ」


 熱を持つ患部に氷を押し当てながら、カインは呻き交じりの吐息を漏らす。少しだけ機能を取り戻した頭脳で、ピジムが繰り広げる立ち回りを分析する。

 大柄な冠持ち(クラウン)に対しピジムは焦って自分から距離を詰めようとせず、相手の大振りを誘っていた。あえてゆっくり歩いて近づいたり、斧の間合いギリギリで前後にステップして揺さぶりをかける。さらに相手の左足が軸になるよう、反時計回りで動いて思うように武器を振らせない。

 確かに、彼女が訓練所でオーガスタスに指導されていた内容ではあるが……手負いとはいえ一人で冠持ち(クラウン)と渡り合うまで腕を磨いていたことに、カインは驚きを隠せなかった。


「……これからは、もっとピジムを前に出すべきかな」


 気が付くと、未来のことを考えられるようになっている。ピジムの成長に大きな勇気を貰ったカインは、木剣を杖代わりに立ち上がった。膝関節が重力によって引っ張られ、脳髄まで焼け付くような痛みに苛まれる。が、ピジムが命懸けで稼いでくれる時間を無駄にはできない。

 一歩ずつ、一歩ずつ。斧が風を切る音に、いつ水音が混じるか怯えながら歩く。あえて背後は見ない。振り向いてバランスを崩せば、痛みと絶望で立ち上がれないから。

 平時なら十秒足らずでたどり着けそうな距離に、どれほどかかっただろうか。柔らかな土の感触が杖を通して伝わる。ようやく落とし穴の場所に着いた。


「カ、カインさん!」

「っと。ピジムは?」

「ぶ、無事です! で、でも仕留めるのは、厳しそうですね……」


 グラシェスが肩を貸してくれた。落とし穴を迂回してピジムの方へと振り返ると、彼女は未だ冠持ち(クラウン)を足止めしてくれている。が、先ほどより明らかに旗色は悪い。動きのパターンが読まれ始めているのか、ピジムの行く手を冠持ちの(クラウン)の右足が阻むことが増えていた。

 さらに言えば、ピジムの攻撃は当たったところで致命傷となっていない。戦闘経験値と、生まれ持ったフィジカル。このまま膠着状態を続けても、ピジムの方が先に力尽きるのは明白だった。


「グラシェス。今から僕は、また君に無茶を言う」

「え」

「この落とし穴の水、()()()()()()かい?」

「……こ、凍らせる、だけですか?」

「うん。落とした後にね」


 落とし穴に満たした水を凍らせ、落ちた冠持ち(クラウン)を氷の中に閉じ込める。これがカインの描ける最後の勝ち筋だった。グラシェスの幻素欠乏(イグゾースト)はより深刻になるだろうが、まだ絞りだせる物があるならやってもらう。


「こ、攻撃じゃないなら……何とかして見せます」

「ありがとう。──ピジム! こっちだ!」


 カインが精一杯声を張る。それを聞いたピジムは露骨に後ろ荷重になり、一歩二歩と後ずさる。さらにこれまで見切ってきた斧を大げさなバックステップで避け、一気に踵を返して加速。全力で逃走する構えを見せた。

 一連の動きを弱気と取った冠持ち(クラウン)は、ずんずんと前に踏み出してくる。


「ギャジェー!」

「よし、かかった!」


 冠持ち(クラウン)とて、決して余裕のある状況ではない。目の前に突如転がってきた有利に、目が眩んだ。

 落とし穴まで、息を止めてピジムは走る。向かいで見ることしかできない幼馴染二人の息まで詰まる、命懸けの鬼ごっこ。僅か五秒ほどではあるが、三人はこの緊迫感を生涯忘れることはないだろう。

 最後の一歩は大きく跳躍し、ピジムは自分が掘った落とし穴を跳び越える。背後で盛大な水音と、冠持ち(クラウン)の悲鳴が聞こえた。

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