9-2 分けて足取り、重く都へ
魔竜が森を飛び去った後。集落にいた6人は森から出てきたジークフリートたちと合流し、ギルド酒場でつかの間の休息を取っていた。ジークフリート自身は鎧が焦げた程度だが、5人いた部下は2人減り、残った3人も満身創痍と言っていい状態。本人たちが語るまでもなく、森の中で激闘を繰り広げていたことが分かる。
結果として、魔竜の討伐は失敗に終わった。その場の誰もが話のきっかけをつかみ損ねる中、ジークフリートだけは重い事実と率直に向き合う。
「……今回の失敗、俺に全ての責がある。面目ないとしか言いようがない」
「えっ」
真っ先に反応したのはテレザだった。驚いたというか、もはや恐怖にすら見える表情が覗く。
「何よ。そんなに、まっすぐ謝られたら……い、いじりずらいでしょ」
まさか素直な謝罪が来るとは思わなかったが、どうにか軽口を返す。だがジークフリートは構うことなく、淡々と反省を口にする。
「いや、そんな意図はない。魔竜に重傷を負わせはしたが、一緒にいた人間の力量を見誤った。結果部下を失い、魔竜の逃走を許した」
「……別に。鬼の首を取る気はないわ」
テレザにしても、万全の仕事ぶりだったかと聞かれたら首を縦に振りかねる。1人だったら、間違いなく無事に帰ってこられなかった。苛立ち、無駄に疲弊し、いらない危機を招いた。黙りこんだテレザに代わり、オーガスタスが会話を繋ぐ。
「一緒にいた人間ってのは、どんな奴だったんだ?」
「ライン、と魔竜は呼んでいたな。属性は……分からん」
「分からん?」
「少なくとも、俺の知識にはないものだった。そもそも、幻素かどうかも怪しい」
「どうにも、だな……」
答えに頭を掻くオーガスタスだが、酒場で考えていても何も解決しない。ジークフリートが椅子から立ち上がり、今後の行動を固める。
「何にせよ王都へ戻り、王に報告をせねばならん。このギルドからも、報告者がほしいのだが――」
「なら、私が行くわ。ここでできることないし」
テレザが立候補した。カミラが何か言おうとしたが、オーガスタスに制される。テレザの傷自体は決して深くないが、幻素欠乏による体調不良はすぐに治るものではない。仮に活性化した魔物たちが再び襲って来たとき、今のテレザでは戦力になれない。
「分かった。が……そこの娘はどうする? お前について来たがっているようだが」
「シェラのこと? ……ギルドに残しておきたいわね。鉄血都市から戻ってきて、すぐまた移動はしんどいだろうし。それに……」
「それに?」
ジークフリートに答えるかわり、テレザはチラリと酒場の入り口を見る。先ほどから、チラチラと視線が向けられているのを感じていた。
「――何やってんのよ、3人とも。さっさと入って来ればいいじゃない」
「ごめん。何ていうか……空気が重くて、入りづらかったんだ」
「あっ……お久しぶりですカインさん! ピジムさんに、グラシェスさんも!」
テレザの手招きで酒場に現れた顔に、シェラが跳び上がって喜びをあらわにする。シェラとパーティーを組む3人組。彼らもまたギルドの幻導士として、街の警備に駆り出されていた。
「鉄血都市から戻ってきてたのは知ってたけど、僕たちも色々任されてたんだ。2人とも、無事でよかったよ」
ようやく顔を見られた、と3か月ぶりの再会にカインの顔に安堵が広がる。ピジムとグラシェスも、それぞれ再会を喜んでいた。
「おかえり、2人とも! センパイね、2人のことずっと心配してたんだよ」
「お、おかえりなさい。た、大変だったみたいですね」
「ん、ただいま。……あなたたち、結構腕を上げたみたいね?」
テレザは麗銀級としての目で3人を観察し、纏う雰囲気が大分変わっていることに気づく。3か月前は新米だと丸分かりだったピジムとグラシェスも、この緊急事態にすっかり落ち着いて見える。カインは元々聡明だったが、やや物足りなかった幻素の出力が上がったようだ。シェラが鉄血都市にいた3か月で驚くほど伸びたように、彼らも鍛錬を積んでいたらしい。
「せっかく会えたし、シェラもゆっくり話がしたいでしょ」
「……」
テレザの言葉に、シェラは黙って頷いた。彼女にしろ、テレザに付いて行ったところで何もできないことは分かっている。
「決まりだな。すぐに出発するぞ」
やり取りを見て、ジークフリートは短く指示を飛ばす。テレザも立ち上がり、少し寂しげな笑顔を残る者たちへと向けた。
「そういうことだから。シェラをよろしくね」
「……分かった。気を付けてね」
「報告だけとはいえ、無理すんじゃねえぞ」
カインとオーガスタスがそれぞれ声をかけてくれた。カミラもクラレンスも、手を振ってくれる。完全に無反応なのはサイラスだけ。最後にテレザはシェラを向く。
「シェラは、安静にね?」
「テレザさんに言われたくないですね?」
「言うようになったわね、このっ、このっ!」
「きゃぅっ」
生意気な。ぐりぐり、とテレザは小さな頭を拳で撫でまわしてやる。
「悪いが、さっさとしてくれ」
どうやら馬車も準備を終えたらしく、既に外へと出ていたジークフリートが急かす。
「はいはーい」
テレザは繊細な金髪の感触を名残惜しくも、シェラから離れた。ジークフリートの隣に並んで歩き、長身の彼の顔を覗き込んだ。
「王様への報告って、どのくらいかかるもんなの?」
「報告自体は大してかかるまい。が、王都までの道のりが長い。1週間は、戻れないと思ってくれ」
いかに幻導士といえど、魔竜のように目的地へひとっ飛びというわけにはいかないし、遠く離れた人間と即座に連絡が取れるような手段もない。
「はーい」
馬車は、テレザが乗り込むと一息つく間もなく走り出した。
「王都って、どんなところなの?」
「王のいる都だが」
「……」
美味しい食べ物とか、そういう情報が聞きたかったのに。
やっぱりジークフリート好きじゃない。テレザのそんな思いを乗せて、馬車は街の門をくぐり草原を駆けていった。




