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9-1 少女は憩い、竜は発つ

「行こうぜ。可愛い後輩が待ってる」



 狼王の脅威は去った。テレザとシェラと合流するべく、オーガスタス達は集落の中へ入る。既に人気(ひとけ)の一切ない締め切られた家々の中に、1つだけ半開きになっているのを見つけた。



「ここにいたか! 大丈――」



 中に踏み入ったオーガスタスは固まる。テレザとシェラは何故か床で横になり、身をぴったりと寄せ合っていた。後ろから覗いたカミラはあからさまに咳ばらいをし、(クラレンス)を通せんぼする。彼(34歳男性)にこういうのはまだ早い。


 オーガスタスとカミラは視線をさまよわせる。いや、何と言うか……



「その……悪かったな」


「お邪魔して、しまいましたね」


「待って……出て行かないで、お願いだから」


「ち、違うんですよ?」



 テレザとシェラによる、弱々しい弁解が始まった。








 背後に狼王の唸り声と、硬質なものがぶつかり合う音を聞きつつ。テレザは、シェラが銃を借り受けたという家へ入った。完全に不法侵入だが、今だけは勘弁してもらいたい。居間に座り込み、2人して顔を見合わせる。……どちらも元の魅力が台無しの、血色のない顔つきをしていた。



「大変だったわね、シェラ」


「い、いえ! 私、守ってもらうばっかりで……」


「何言ってるのよ。あなたのおかげで私は助かった」



 そう言われてもシェラは、テレザの笑顔を正面から見られなかった。



「私がいなければ。テレザさんももっと楽に……っ」


「違うわよ? シェラがいたから、私は1人で暴走せずに戦えた。あなたがいなかったら今頃、犬コロのご飯になってるわ」



 シェラの気持ちを見透かしたようなテレザの声。守るべき者がいたから、苛立ちを抑えて慎重に戦えた。



「卑屈にならないで。あなたは、もう立派な幻導士(エレメンター)――っと」


「きゃっ」



 顔を乗り出した拍子にテレザがバランスを失う。身を預けられたシェラはそのまま床に押し倒される格好になり、温かい吐息がかかるほど近くにテレザの顔が迫る。



「あっ、と。ごめんなさい。……ボロボロね、私」



 自嘲気味の笑いが降ってくる。その淀んだ目、カサカサに乾ききった声、上体を持ち上げようと震える腕。全てがテレザの消耗度合いを物語っていた。



「私なら大丈夫ですから。このまま、横になっててください」


「何よそんな。悲しい声しないで、心配ないから」



 腕に力を込め、立ち上がろうとするテレザ。こんなになっても、まだ弱みを見せようとしない。強情な彼女に、シェラは実力行使に出る。



「……えいっ」



 テレザの背中に手を回し、抱きしめる。いつもなら難なく振り解かれただろうが、今のテレザはあっさりとシェラの腕力に屈した。



「ちょっと。私、今汚いから――」


「いいんですっ」



 テレザにこびりついた血の臭いも気にせず、シェラは腕に力を込めた。

 辛い戦いでは、いつもテレザが前に立ってくれた。決して大柄ではない彼女の背中に、シェラはいつも隠してもらっていた。


 だから、



「こんな時くらい、私に甘えてください。パーティメンバーなんですから」


「――」



 温もりが触れる。テレザがシェラに身を任せるようにすっかり力を抜き、顔を首筋にくっつけていた。



「ぐへへ……シェラ、いい匂い……」


「元気じゃないですか」


「え? だって、嬉しいものよ。後輩の成長って」


「それっぽいこと言われても誤魔化されませんよ?」



 匂いを嗅ぐことと成長に一体何の関係があるのか……。とにかく、テレザの呼吸は先ほどまでの苦しげなものではなくなっていた。いやにスーハーと深い気もするが。



「ありがと、シェラ。あんまり、甘える経験ってなかったから」


「私は、テレザさんに散々甘えてきましたから。このくらいどうってことないです」



 互いに笑みがこぼれる。疲労と安堵から、緊張が一気に緩んでいく。だから2人は、外から聞こえてきた足音に気づかなかった。



「ここにいたか!」



 野太い声が、決して広くない屋内に響く。








 事情を聞いたオーガスタスは曖昧に頷き、とりあえずテレザをシェラから引きはがした。



「な、何するのよ」


「お前さんが何してんだよ。もう十分だろ」



 オーガスタスは死闘の直後とは思えない腕力を発揮し、あっさりとテレザを持ち上げた。いかに天性の戦闘センスを持っていても、テレザはまだ18歳。連戦をこなす持久力(スタミナ)はオーガスタスの方が1枚も2枚も上手である。猫のように首根っこを掴まれて手足をブラブラさせながら、テレザは今後の行動方針を聞いた。



「これから、どうする? と言っても私とシェラは休むしかないけど」


「お前さんの想像通りさ。今夜はここに留まる。消耗した今森に入っても、魔物の餌にしかならん。少しでも体力を回復させる方がいいだろう」


「それが無難よね」



 狼王(ジェヴォーダン)を倒したとはいえ、魔物が消えたわけではない。焦って攻めに出るのは危険だ。



「そうなると、魔竜の動向が気になるところだが……」


「そっちはもう、ジークフリートに任せるしかねえ。黄金級――王国直属とやらのお手並み拝見といこうじゃねえか」



 クラレンスの懸念はもっともだが、生憎そちらまで手は回せない。オーガスタスの言葉で、6人は集落の中で朝を迎えることにする。




 そして迎えた翌未明、凄まじい轟音とともに押し寄せた怖気に、6人は飛び起きる。



「何事――だ……」



 真っ先に外へと飛び出したカミラの目が捉えたのは黒煙を噴く森と、飛び去って行く魔竜の姿だった。


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