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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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初日の決闘 3


 鼻血は止まった。

 身体強化の魔法を治癒力に回し、無理矢理止血したというのが実情だが、帝としてはまあどちらでもいい。彼としては、生中継されている場面であまり無様な顔を晒したくなかったというだけだ。


(さてと、こっちもちょっと時間掛かっちゃったけど、丁度良いくらいかもね)


 そろそろあの元気な転入生も、己の魔力切れに気付く頃だろう。帝は血の付いたハンカチをポケットにしまいながら、土壁を避けて歩み出る。前を見れば、仲良く手を繋いだ相手が気丈にこちらを睨んでいた。


 見たいものは大体見られた、と帝は思う。

 身体能力は平均的、とりたて良くもないが悪くもない。これから真面目に磨けば、魔法使いとして求められるラインには十分到達できるだろう。

 魔法の方は実に興味深い。貧弱な劣化コピーしかできなかった氷雨が、彼のおかげで十分に戦えている、というのは驚異的だろう。昨日の行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)との共闘を考えても、その価値はまだ計り知れないほど。魔力量に関しても、ずぶの素人がよくもまあここまで頑張ったものだと感心するぐらいだ。


(なにより――良い度胸をしている)


 帝は他のなにより、その点に深く感心していた。

 即断で決闘を受けたこと。初めての決闘だというのに、過度に怯えるでもなく、激情や興奮に身を任せるでもなく、努めて冷静に対処していること。そして、かと思えば今は強い意志でもってこちらを睨んでいること。


 あの冷静な人型の知性グリモワール・ビブリオテックのことだ、礼治の身体を思いやって棄権を勧めただろうに、彼はそれを拒否して決闘の正しい決着を望んでいる。


 いいだろう。こちらから仕掛けた勝負だ、最後まで付き合おうじゃないか。


 勿論怪我をさせるつもりはない。どちらも大切な後輩だ。今回の決闘で二人ともとても良いところを見せてくれた。素晴らしい、と我知らず口から零れるのを止められないほどだ。

 氷雨がこちらに左手をかざし、鋭く呪文を放った。


「複製魔法第九章 『霧煙る時計塔の都(ロンドン・スモッグ)』」


 破れた頁が宙に舞い、光と消えて霧に変じる。

 突然の濃霧であった。霧は爆発的にグラウンドに広がり、手の届く範囲以上は見渡せないほどに視界を遮る。


(最初の意趣返しかい!?)


 帝は反射的に息を止め、制服の内ポケットからビニールでラッピングされた付箋のような物を取り出す。これは大気の有害物質や悪意のある魔力に反応して変色するチェッカーで、帝は手早く封を切って霧に晒した。

 変化は無い。帝は安堵の息をつく。ロンドン・スモッグという名前で警戒してしまったが、どうやら純粋な煙幕らしい。

 だとすれば、と帝は耳を澄ませる。


「……回り込む気かな?」


 これもまた意趣返しか。全力で走る足音が、大回りでこちらの背後に回ろうとしているのが聞こえる。二人とも肉体的に特殊な訓練をこなしてはいない、足音を消すなんていう器用な芸当はできないのだろう。


(しかし、厄介だな……僕だって足音だけで正確な位置が分かるほど肉体派じゃないし、なによりさっきの土壁がある。この濃霧とランダムな遮蔽物、うかつには動けない)


 と。

 不意に足音とは別の音が耳に入る。風切り音だ。結構な勢いだったようだが、方向までは分からない。


「魔力弾ではない。でも飛び道具なんて持ってなかったよね? ……あぁ、そうか、『何が出るかな(パーティーハウス)』だっけか」


 帝はふと思い至る。たしか氷雨と比較的仲良くしている者の中に、便利そうな魔法を持つ男子生徒がいた。彼の能力をコピーし、その異空間になんらかの遠距離武器を入れていたのだろう。

 しかし、銃でも弓でも、簡単そうに見えてそんなことはない。どちらが撃ったのかは知らないが、普段から訓練もしていない者がこの濃霧の中で当てられるはずもないのだ。

 ならば遠距離武器は脅威ではない。あと警戒すべきは、不意打ちの突進ぐらいだが――


(そっちか)


 足音が近付いてくる。正確に帝の背後だ。距離が詰まれば流石に大体の位置も掴めてくる。あえて今振り向かないのは、カウンターを警戒させないためだ。


「……ん?」


 なにか、一瞬違和感が帝の脳裏に走る。なんだろうか。相手の手の内は大体読めたように思えるのだが。

 しかしそんなことを考えているうちにも足音は近付いてくる。霧も僅かに晴れてきて、数メートル先までならば影ぐらいは見えるようにもなってきた。


 まあいい。そろそろ頃合いだろう。


 帝は勢いよく振り向き、土壁の陰に隠れる二人の影を捉える。見失わないためかえらく密着しているようだが、それならばそれで諸共狙えて好都合だ。次に飛び出してきたときに魔力弾を叩き込めるように、帝は右手を前に突き出して構える。


(どこぞの威力特化とは違って、僕のは狙いも正確だ。霧の中でもこの距離なら外さない。ちゃんと手加減もできるしね)


 二人とも軽く吹っ飛ばして、一気に組み伏せて決闘終了だ。健闘をたたえて放課後に何か奢ってあげるのもいいだろう。金なら結構持ってるんだ、じゃんじゃん好きなものを頼むといいよ!


 と。

 身構える帝の前に影が飛び出してくる。胸を突き出して一気にこちらに飛び込んでくる動きだ。彼は反射的に魔力弾を叩き込んでやった。


「――なにッ!?」


 が。

 魔力弾を放ってから彼は気付く。飛び込んできた影が一人分でしかないことに。

 そして――その形が、酷く不自然であることに。


「変わり身だと!?」


 そう。魔力弾を身に受けたその影は、着弾した途端破裂するように上下に分かれて散る。それは体操着の上と下をクリップで繋ぎとめて人型にしただけの、極めて単純な変わり身だったのだ。

 中に棒状のものを通して肩に見せかけ、シルエットだけはかろうじて人型を保っていたが、この濃霧の外では案山子にもならないような出来だっただろう。胸を突き出して飛び込んできたように見えたのは、単に中に重しとなる石を入れて投げ込んだだけだ。


 そして、囮の後は、当然本命が飛び込んでくる。


「うっがあああああぁああ!」

「ッこの――!」


 宙を舞う体操服の後ろから、礼治が咆哮を上げて突っ込んでくる。魔力弾を再装填する暇などあるはずもなく、帝はその突進を真正面から受け止めることになった。

 いくら素人でも、渾身捨て身の一撃だ。完全に予想外だったこともあり、帝もよろめき後ずさる。胸に肩を叩き込まれたせいで、肺の空気を一気に吐き出させられた。視界も乱れ、ダメージも決して軽くない。この上に氷雨の追撃を食らうのは――


 と。

 帝は気付く。突撃が一人分であること。二人に見えていた影は、礼治と変わり身であったこと。そして、先程感じた違和感の正体を。


(足音が、一人分しかなかったんだ……!)


 ――囮の後は、当然本命が飛び込んでくる。

 礼治の渾身のタックルですら、囮だったとしたら。


 帝は迷わなかった。見るべきは前でも横でも後ろでもない。足音が無いのならば、その姿があるのは当然――


「上からか……!」


 晴れてきた霧の向こう、斜め前の上空から猛スピードで黒い影が突っ込んでくる。影はすぐに形をあらわし、その形は箒に跨った少女の姿をしていた。

 激突覚悟、相打ち上等のノンブレーキ。直撃すればお互い無事では済まないが、最早魔力障壁すら間に合わないタイミングだ。

 完全にしてやられた。帝に冷や汗を掻かせたのは驚愕だったのか、恐怖だったのか、あるいは悔しさだったのかもしれない。



「――ッ、跪けェええ!」



 使わない、と誓ったはずの魔法を発動させながら、帝はその顔を思いきり歪めるのであった。




     ■




 決闘終了のアナウンスとともに、スクリーンサイズの仮想画面にその結果が表示される。


『「嘲笑う暴君(タイラント)」白鷺帝 対 「人型の知性グリモワール・ビブリオテック」冷泉院氷雨・阿部礼司

 勝者:「嘲笑う暴君(タイラント)」白鷺帝』


 そしてその文字の向こうに映るのは、まとめてクラッシュした結果重なって団子のように丸まった三人の姿だ。氷雨と礼治は気絶している様子だが、その二人を抱えるように寝転ぶ帝は、鼻から盛大に流血しつつもどこか満足げな苦笑を浮かべていた。


「最後は暴君が魔法で氷雨を叩き落として、そのクッションとして礼治に激突させて、二人して転がってくるのを無理矢理暴君が受け止めた、か……」


 無茶苦茶をする、と直は呆れ果てたように呟く。だが礼治に腹から墜落させたことで氷雨もだいぶ衝撃が弱まっただろうし、当たられた礼治も肩からだったようだしまだマシ、おまけに最終的な衝撃力は帝が踏ん張って引き受けたのだ、三人とも見た目よりもだいぶ軽傷で済んでいることだろう。


 誰からということもなく、射撃場の休憩所の中に拍手が生まれる。一時はなんとも緊張感の無い決闘に思われたが、この決着の形はおそらく本人たちにとっても、観客全員にとっても納得のいくものであった。


「いやあ、結構なもん見せてくれたねえ……礼治君達は、試合に負けて勝負に勝ったってところかな。あの白鷺帝相手にこの結果なら、百点どころか三百点ぐらいあげても良いでしょ」

「だいぶ危なっかしい形でしたけどね。あれ、最後暴君がうまく受けてくれなかったら、下手すりゃ大怪我ですよ。そりゃうちの保健室なら死なない限り大抵治してくれるけど、それでもあの氷雨があんな無茶苦茶やらかすなんてね……確実に礼治の発案ですよ、あれ」


 乗った方も乗った方だけど、と直は苦笑する。

 画面の中では、早速保健室控えの救護班が到着して三人を担架に乗せようとしている。しかし帝はそれを断り、救護班と共に自分で歩いて保健室に向かうようだった。


(ま、ちゃんと目にもの見せてやったわよね。その点だけでも十分合格だわ)


 むしろここまでやるとは、直にとっても予想外であった。


「あれかな、作戦会議の時に『何が出るかな(パーティーハウス)』のことを聞いてたのは、囮用の体操着があるか確認してたってこと?」

「でしょうね。ま、普通に考えてあるだろうと思ったから聞いたんでしょう。学校生活でなにを忘れて困るって言ったら、多分体操着はトップスリーに入る。便利な魔法ロッカーを手に入れたとしたら、まず一着は突っ込んでおくのが普通だと思います」


 なんせオリジナルの勇は調味料まで突っ込んでいるのだ。そういう使い方をするだろう、というのは礼治もよく分かっていたはずだ。


「つっかえ棒にしてたのは護身用の警棒かなにかかな。で、その中に箒も入っていたと」

「その辺は礼治にとっては予想外だったかもしれないですけどね。でも、礼治の魔力が『何が出るかな(パーティーハウス)』と『霧煙る時計塔の都(ロンドン・スモッグ)』で限界だってなったとき、あの暴君を一撃で倒せる方法なんてあれしかなかったんだと思います」


 勝ちたいんだ、と礼治は口にしていた。一矢報いるでも、引き分けでもなく、完全に勝ちきろうとしたのなら、きっとあれが唯一の手段だったんだろう。


「霧の中で変な風切り音がしたのは、箒が飛び立つ音だったんだね。でも、よくあの霧の中で、正確に突撃できたよねー。空飛ぶのだって所詮コピー魔法だし、そんなに訓練もしてないでしょ?」

「それは多分、声ですね。ほら、礼治が叫びながら突撃したじゃないですか。あれを頼りにして、なんなら礼治ごと巻き込むつもりだったんだと思います。礼治だって、氷雨にだけ危険なことやらせるような奴じゃないと思いますし」


 まだほんの二日の付き合いだが、それでもそのぐらいは分かる。

 あいつは、割とお人好しで、かなり単純で、変な度胸があって、意外と意地っ張りで、結構すけべ。総じて言えば、名前の通り実に平均的(アベレージ)な少年なのだ。

 そしてそんな平凡な少年が、知恵を絞ってやってのけた。直は勝手に誇らしい気持ちになっている自分に苦笑しつつ、己の頬を叩いて立ち上がる。


(あたしも、しっかりしなきゃね)


 自分の方は、もう後が無いのだから。

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