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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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初日の決闘 1


 翌日。学生服を身に纏った礼治は、期待と不安を胸に登校初日を迎えていた。

 新居のマンションから学校へは直通のバスがあり、徒歩の時間も含めて片道約三十分。今日は入学前の書類手続きがるため、少し早めに部屋を出る。


 職員室にて担任と共に諸々の手続きを済ませ、それが済む頃は丁度朝のホームルールの時間になっていた。礼治は担任と共に教室へ、そしてそのまま自己紹介という流れになった。


 教壇横、無遠慮に向けられる好奇の視線の中に、礼治は二つ見知った顔が手を振っているのを見つける。直と氷雨だ。それだけでも随分と気が楽になり、礼治は用意しておいた言葉を口にする。


「初めまして、阿部礼治です。地元では普通に礼治って呼ばれてました。今までずっと一般校で、魔法学校のやり方は全然分からないので、色々と教えてもらえるとありがたいです。よろしくお願いします」


 二人のおかげか、考えていたそのままに淀みなく挨拶ができた。礼治は内心ほっとしながら、反応を窺うように顔を上げる。すると。


「お、おい、すげえぞ、超普通だ……」

「まともに挨拶できる奴が来たぞ。マジか」

「裏東京じゃ千人に一人の貴重な常識人枠ね……」


 おいどうなってんだその反応。礼治は笑みがひきつるのを自覚するが、拍手は暖かかったのでまあよしとする。

 配慮があってかたまたまか、礼治には直の隣の座席が用意された。そしてホームルームが終わるなり、彼の周囲にはクラスメイトがわらわらと集まってくる。中でも真っ先に声を掛けてきたのは、金髪のオールバックにピアスという、如何にも不良という感じの少年であった。


「よぉルーキー、昨日は初っ端から派手にかましたんだって? 朝来てみたらマジで時計ぶっ壊れてんの、マジウケたわ。やるじゃんいぇーい」

「い、いえーい? ええと、あんたは?」


 勢いに押されてハイタッチを交わしつつ、礼治は問う。


「茶裸チャラ男でしょ」

「うっせーぞそこの破壊魔! 学校壊すの何度目だてめー! っと、悪い悪い、オレは鳶足 勇(とびあし ゆう)、お近付きのしるしにってな」


 勇は愛想良く笑いつつ、右手を肩越しに背後の空間に伸ばす。すると、その指先が背より後ろに回った地点から、空間に溶けるように消失するではないか。慌てる礼治を左手で窘め、勇はそのまま探るように右手を揺らし、何事も無かったかのように引き抜く。その手には、先ほどまでは確実に無かった一本のペットボトルが握られていた。


「おぉ……! なにこれ、四次元ポケット!?」

「良ぃ反応してくれるねえ。まぁあれほど便利じゃねえけど、似たようなもん。なんか物入りならとりあえずオレに聞いてみな、オレの『何が出るかな(パーティーハウス)』には結構色々入ってるからよ」


 あとリンクID交換しようぜ、と勇はペットボトルと共に仮想画面を寄越してくる。そこからは勇の促しで「みんなも交換しちゃえよ」という流れになり、礼治はほとんど全てのクラスメイトと一気に連絡先を交換することになった。


(昨日のうちに直から仮想画面の使い方教わっといて良かったな……)


 そしてこの流れを作ってくれた勇にも感謝しかない。最初はその容姿に思わず身構えたが、彼はこのクラスのムードメーカーなのだろう。クラスに馴染めるように気を使ってもらえるのは、礼治としても実にありがたいことだった。


 と、そんなことをしている間に予鈴が鳴る。こうしてひとまずは快調な滑り出しで、礼治の魔法学校生活は開始したのであった。




      ■




「——ハァ? お前マジで一人じゃ魔法なんも使えねえの? それで高一の六月から裏東京に突っ込んできたの!? マジかよ漢だな!」

「あはは……」


 大笑いして背中を叩く勇に対し、礼治は苦笑を苦笑するしかなかった。

 午前中の授業を終え、今は昼休みの時間。礼治、勇、直、氷雨の四人は、教室棟の屋上へと昼食をとりに来ていた。

 背後の虚空から菓子パンと牛乳を取り出した勇は、それらを豪快に詰め込みながら「度胸あるなあ」と感心しきりだ。


「これがラストチャンスだと思ってたからね。無茶は百も承知だよ」

「にしても、度胸があるのはたしかよね。昨日いきなり討伐訓練にぶち込んでも、なんだかんだ身体は動いてたし」

「あれは動かないと死にかねない状況だったからだけどね!?」

「死ななかったんだからいいでしょ。勇、醤油頂戴」


 礼治の恨み言などどこ吹く風、直は勇が虚空から取り出した醤油を弁当に少したらし、平然と返す。


「特異体質の一芸入試で入ってくる人は、実は結構いるんだけど、魔法が一切使えないってのは流石に珍しいよね。ま、阿部君の体質の特徴上、そのうち不意に使えるようになってもおかしくないと思うけど」

「そうなの? 冷泉院さん」

「うん。なんせ、触れた相手を起点にしているとはいえ、君自身も魔力を供出して魔法を強化してるわけだろう? 人並みに魔力はあるってことだし、自動的に魔力が使われているってことは、身体に魔力の使い方を覚えさせているようなものだ。補助輪付きで自転車の練習をしていれば、いつか一人でも走れるようになる。そういうものだと思うよ」


 氷雨はそう言って、軽くメガネの位置を直す。彼女の言葉は希望的観測でもあったが、それでも礼治を勇気付けるには十分であった。


(俺もいつか自分の魔法かぁ……! 格好良くて強いのがいいな!)


 そんな夢見る少年を横目に、直と勇は呆れた様子で顔を見合わせる。


「……単純馬鹿が顔に出てるわね」

「いやまあ、男はそういうもんっしょ。オレだってこの『何が出るかな(パーティーハウス)』に決めるまでは、格好良くて強いやつがいいって思ってたし」

「え? え? なんで分かるの!? エスパー!?」

「顔に出てるっての。勇、ドレッシング」

「お前、オレから調味料もらう前提で弁当作ってくるのやめない? 家でかけてこいよなー」


 そう言いつつも素直にドレッシングを寄越す勇。こちらも慣れ切っているらしい。

 と、不意に遠くから風音が聞こえてくる。礼治がつられて空を見やると、改造制服に三角帽の魔女達が、箒に乗って屋上上空をあっという間に飛び去って行った。それも二人や三人という数ではない、一列四人が三列、計十二人の一糸乱れぬ高速編隊飛行である。

 おぉ、と思わず声を漏らす礼治に、氷雨は聞かれるまでもなく解説する。


「あれは箒飛行部の昼練だね。期末試験も近いし、その次には夏祭りもある。彼女たちにとっては稼ぎ時だ、練習にも精が出てるよ」

「へえ。あの人たちなんかは、飛行特化型の魔法使いなんでしょ? そういう進路って、普通はいつ頃決めるもんなの?」

「うーん、個人差もあるけど、大体は中等部の二年頃までじゃないかな。ボクなんかはかなり早くて、初等部の高学年の頃にはもう決めてたけど、二人はいつ頃だっけ?」

「オレは中二の一学期だったかな。色々試して、これが一番しっくりきたし、便利だったしなー。運び屋は食いっぱぐれないっしょ」

「あたしも早くて氷雨と同時期だったわね。あたしの場合、これしかできないから消去法だったけど」


 なるほどなー、と礼治は何度も頷く。まだ基礎的な魔法も使えないのだから、「どんな魔法を目指すか」なんて思案は完全に捕らぬ狸の皮算用なのだが。

 再びの風音。先ほど通り過ぎて行った魔女たちが、変わらず見事な陣形で来た空を引き返していく。子供のような目でそれを見送る礼治に、直は声を掛ける。


「ま、あんたはとりあえず、自分の体質使いこなせるようになりなさいよ。さしあたって、とにかくいろんな相手といろんな魔法を試すこと。午後の実習、どうするか決まってるの?」

「いや、まだ決めてない。誰かに声掛けようとは思ってたんだけど」


 この三つ葵魔法学園では、基本的に午前中の四時間は一般校と同じ授業を、午後は各自の魔法訓練にあてられている。午後の訓練は学年も学級も関係無く、生徒本人が師となる教師を選び、教えを乞うというのが一般的なスタイルだ。当然ながら、礼治はまだどの教師を師とするかを決めていない。担任からも「君は少し特殊だから、しばらくは色々なところに参加してみて、それから好きに選ぶといいですよ」と無責任一歩手前なアドバイスを受けていた。


「じゃあ、今日はとりあえず氷雨と組んでみたら?」

「え? いいのかい?」


 直の言葉に、氷雨は意外そうに首をかしげる。氷雨としては、直が連れていきたがるのではと思っていたのだ。


「別に、決定権はあたしじゃなくて礼治にあるし。なにより――色々試すなら、あんたが最適でしょ」

「それはそうだと思うけど……じゃあ、阿部君、どうだろう? 午後はボクと来てみないかい?」

「うん、冷泉院さんがそれでいいのなら。大丈夫? 邪魔じゃない?」

「まさか! 本音を言えば、君の特異体質はボクとしてもとても気になっていたんだよ! 早速色々実験――失礼、一緒に訓練ができるなんて、感激だね!」

「あれ? 実験って言った? 実験って言ったよね?」


 モルモット、と勇が小さく呟いたのは気のせいだろうか。気のせいということにしておこう。

 ともあれ、こうして礼治の午後の予定は決まる。その後は四人で他愛ない話を続けるうちに、昼休みは平和に過ぎ去っていくのであった。




     ■




 昼休みが終わると、学内はにわかに騒がしくなる。別教室に向かう者、着替えてグラウンドに向かう者、はたまたバスやら箒やらに乗って校外に出ていく者もいる。

 魔法訓練は師となる教師につく、というのが一般的ではあるが、皆が皆そうであるわけでもない。中には教えられる教師が校内にいないため他の学校にまで出向くようなパターンもあるし、そもそも実戦訓練の一環としてこの時間に魔法関係の仕事をこなす場合もある。


「ちょっと特殊なのは、この時間って出席取らないんだよ。だから実際のところ、何をするかは本当に生徒の自由なんだ」


 昇降口で外履に履き替えつつ、氷雨は言う。


「え、出席無いの? じゃあサボる人もいるんじゃないの?」

「いるよ。それも自由。魔法実技の成績判定は、中間と期末テストで八割、その他の実績で二割だ。実績部分で多少の加点は望めるけど、実質二回のテストで全てが決まると言って過言ではない。要はその時に結果を出せれば、極端な話毎日サボっても誰にも咎められないよ」

「そうなんだ……」


 それは甘いのか厳しいのか。礼治は少し考え込み、かなり厳しいのだろうと結論する。一般校ではあり得ない極端な成果主義、それはつまりどれだけ『頑張った』かなどまるで考慮されないということなのだから。

 礼治も靴に履き替えて氷雨に並ぶ。二人して体操着姿、身長差は頭一つ分。じゃあ行こうかと歩き出す氷雨に、礼治は歩幅を合わせて横に並ぶ。


「今日はとりあえず、空いてるグラウンドで色々な魔法を試してみようと思う。ええと……お、第一グラウンドが空いてるね。予約するよ」


 氷雨は仮想画面を呼び出してグラウンドの使用状況を確認し、使用申請を出す。この学校では施設利用などはほぼ全てネット上で管理されているため、このように仮想画面ですぐに確認や申請が行えるのだ。


「第一って、昨日俺達が戦ったところか。あそこ大丈夫なのか? 昨日結界とかもぶっ壊しちゃったけど」

「ああ、その点は大丈夫。大時計の方はまだ修理中だけど、結界のシステムは昨日の段階で修理と調整が済んでるよ。

 そもそも、あの結界普通壊れるようなものじゃないんだけどね……今うちの学校の結界関係は『直の魔法で壊れない』っていうのが最低基準になってるから、相当の硬度だったはずなんだ。でも、君の強化でそれすらぶち抜いてみせた。いやはや、実に興味深いよ」

「……もしかして、学校中の結界システムの見直しが必要になったりしてる?」

「勿論。最低基準が一段上がったからね。でも君が責任感じることじゃないよ? 主犯は直だし、そもそも規格外の生徒がいれば規格の方を変えるのがうちの校風だ。ま、それでもすぐに全対応とはいかないから、君と直が一緒に使える施設っていうのはしばらく制限されると思うけどね」


 流石にこれ以上壊されるのは困る、と氷雨は冗談交じりに苦笑する。


(昨日のあれ、思ったより大事になってるなあ……)


 散々ネット上にも画像や映像が出回ってしまったので、校内を歩いているだけでも「あいつが転入生……」「例の時計ブレイカー……」「やっぱ弱そうな顔だな……」と噂されることもあった。顔のことはほっといてほしい。

 ともあれ、昨日の件は直とのコンビだったからだろう、と礼治は思いなおす。氷雨の魔法はまだ聞いていないが、まさか直より無茶苦茶ということはあるまい。同じ異名持ち(ネームドクラス)ではあるものの、氷雨は見るからに武闘派ではない。今日の訓練も、とりあえず色々試すのが目的だし、戦闘にはならないだろう。


 第一グラウンドにつくと、そこは昨日来た時と同じくよく整備された状態に戻っていた。破滅因子(ワールド・エンド)との戦闘でそれなりに荒れていたはずだが、その辺は魔法でどうにでもなるのかもしれない。


「そういえば、今日は二人だけど、冷泉院さんは普段はどの先生についてるの?」

「ん? ボクはちょっと特殊でね、定期的につく先生を変えてるんだ。そのあたりの事情は、魔法を見せた方が分かりやすいかな」


 そんな会話をしつつ、二人は軽い準備運動で身体をほぐす。


 と。

 さて始めようかというタイミングで、階段を下りてグラウンドに入ってくる人影がある。先ほど使用申請は済ませたのではなかっただろうか、と礼治は訝しがりながらもそちらに顔を向ける。

 男子制服をお手本のようにしっかり着こなす、スタイルのいい少年だった。少し長めの髪も清潔感ある形で整えられており、たれ目が特徴的な顔の造形は同性の目をも引くほど華がある。物語に出てくる王子様もかくや、というその顔に親しげな笑みを浮かべ、その少年は焦ることもなくごく自然な足取りで二人のもとにやってきた。


「生徒会長……?」


 怪訝そうな氷雨の声を横に聞き、気圧されていた礼治はようやく我に返る。


「や。突然すまないね。今日はどこに行こっかなーって利用状況見てたらさ、君と噂の転入生君が連名でここ借りてるじゃないか。つい気になっちゃって、来ちゃった」


 親しげな笑みをそのままに、生徒会長と呼ばれた少年は悪戯っぽく言い放つ。


「えと、冷泉院さん……?」

「ああ、そうだね。生徒会長、彼も戸惑っている。まずは自己紹介でもしたらどうだろうか」

「うん、それもそうだ――初めまして、僕は白鷺 帝(しらさぎ みかど)、この三つ葵魔法学校高等部の生徒会長をやっている者だ。よろしくね」

「阿部礼司です。よろしくお願いします」


 礼治の挨拶に、帝は満足げに頷く。笑みは相変わらずだが、その色は親しげというよりも面白がるようなものになりつつあった。


(生徒会長が、いきなりどうしたんだ? そりゃ転入生は珍しいのかもしれないけど、学年も違うのに)


 相手の目的が読めないのは氷雨も同じらしく、彼女も若干の警戒を解かないままに問う。


「生徒会長、挨拶に来ただけなのかい? それと、自己紹介にしても一つ抜けていないだろうか」

「ふふ、言っておいた方がいいかな? ちょっと自慢みたいで、自分から名乗るのは気が引けるんだけどねえ。

 僕の異名(ニックネーム)は、嘲る暴君(タイラント)。と言っても、生徒会長としては民主的にやってるつもりだよ? 暴君なんてまさかまさか」


 あんまりだよねえ、と帝は苦笑するが、礼治にとってその点はどうでもよかった。それよりなによりも。


異名持ち(ネームドクラス)……!」

「そ。この学校では三人いる異名持ち(ネームドクラス)の一人だ。よかったね礼治君、学校生活一日目にして早々にコンプリートだ。なかなか無いぜ、そんなの。

 で、だ。『挨拶に来ただけなのか』だっけ――ふふ、そんなわけないよね。


 礼治君、君のその力、見せてもらおうか。少しばかり付き合ってくれないか」



 帝がそう言い放った瞬間、向かい合う三人の前それぞれに、仮想画面が立ち上がる。


『決闘申請:白鷺帝 対 阿部礼司・冷泉院氷雨  決闘への参加を了承しますか  YES/NO』


 その画面を見て、礼治も氷雨も思わず息をのむ。

 決闘――裏東京に幾多ある特殊制度のうち、最も有名なものと言って過言ではないだろう。簡単に言ってしまえば、生徒同士での魔法を用いた戦闘訓練であり、相手を殺害してはならないという点以外はほとんど何でもありだ。生徒に魔法使い同士の戦闘を実戦形式で学ばせる、という建前で裏東京はこの私闘を認めており、どころか申請が通ると自動的に撮影用の妖精が召喚されて生中継が始まるシステムになっている。


(挙句の果てに、一部では賭け事にもなってるんだっけか……)


 それは当然表向きには違法だが、事実上黙認されているのだとか。礼治が事前に読み込んでいた裏東京ガイドブックによると、決闘は裏東京の住人にとっても観光客にとっても、最も手に汗握る娯楽であるとまで書かれていた。礼治自身、昔から決闘の動画をネットで見て楽しんでいた口だ、その是非に関しては文句はないが、まさか自分がする側になるとは思ってもみなかったのだ。


「はは、そんなに身構えないでくれよ。なにも君たちを痛めつける気は無い、安全安心な模擬戦だとも。そちらとしても、どうせ色々試すのなら実戦形式の訓練は悪くないと思うけど?」

「……阿部君、どうする? 生徒会長は、あの通り若干胡散臭いけど、無意味にこちらを害するようなタイプじゃない。裏表無く、言葉通り君を試したいだけだと思うけど」

「俺が決めていいの?」

「あっちの目当ては君さ。君がやる気ならボクは付き合うよ。たしかに、実戦形式で試すのも面白い」


 そう言って氷雨は不敵な笑みを浮かべる。

 決闘には危険が伴うことを、礼治はよく知っていた。見ていた動画でもショッキングな場面は幾らでもあったし、死亡事故もたまにニュースになっている。そして帝と氷雨の態度から、たとえ二対一でもこちらの方がかなり劣勢、胸を借りるぐらいの力量差であることも察せられた。

 でも、と彼は思う。

 そして彼は氷雨に頷きを一つ送ると、仮想画面のYESの文字に指を触れた。


「――やろう。こんなことになるなんて微塵も思ってなかったけどさ、俺はずっとこうなりたいって憧れてたんだ。一般人の観客じゃなくて、画面の向こうの魔法使いになりたかったんだ!」

「ふふ、熱いね阿部君。そういうの、嫌いじゃないよ」


 少女のか細い指が、同じく了承の文字に触れる。そしてその瞬間、礼治達と帝の中間地点に花が咲くように光が生まれる。光はすぐに四体の羽を持つ妖精の姿に変わり、それらはすぐに四方へと飛んで不可視になった。決闘の開始に伴い自動召喚される撮影用の妖精だったのだろう。

 続いて、昨日の討伐訓練のときと同じように、グラウンドを魔力障壁の結界が覆う。昨日より若干分厚くなった壁が内外を隔て終えると、機械音声がどこからともなく響く。


『これより、「嘲笑う暴君(タイラント)」白鷺帝 対 「人型の知性グリモワール・ビブリオテック」冷泉院氷雨・阿部礼司による決闘を開始します。本訓練は実戦形式となっており、身体に重大な損傷、もしくは死亡する危険性があります。十分ご注意ください』


 そのアナウンスに、いつのまにか集まっていた観客たちがわっと歓声を上げる。一応授業中だろ、と礼治は若干呆れるが、注意すべき教師もマグカップ片手に観に来ていた。裏東京において、決闘とはそういうイベントらしい。


「はは、大注目だね。さて二人とも、準備はいいかい?」

「ええ、大丈夫です。よろしくお願いします」

「良い返事だ。じゃ――遠慮無く」


 その言葉とともに、二人の目の前で決闘の始まりを告げる爆発が生まれるのだった。




     ■




 直は、仮想画面と遠い頭上の二か所から爆発音を聞いた。

 彼女がいるのは学校の地下にある第三射撃練習場だ。ブース分けされた射撃ポイントから人型の的までの距離は五十メートル、コンクリートと防音壁で囲われた室内は、十分な空調管理があっても尚どこか寒々しい。普段は遠距離系の生徒たちが黙々と訓練に勤しむその場所だが、しかし今は発砲音もその他の射出音も無い。その場にいる十名ほどの生徒たちは、射撃ブース後方の休憩所に集まり、そのうちの一人がスクリーンサイズに展開した仮想画面を眺めていた。


「あの馬鹿……大人しく先制攻撃受けてんじゃないわよ。格下なんだからこっちから不意打ち仕掛けなさいよ!」

「いきなりそれは無理じゃないかなー……っていうか直、あんたこの勝負どう見るのよ? 勝てると思う?」


 楽しげに問いかけるのは、改造制服に魔女服を着た女子生徒――昨日礼治と直を箒に乗せて飛んだその人だ。


「そんなの決まってますよ――勝てるわけがない。この勝負は実質氷雨とあのいけ好かない暴君の戦いですよ。礼治が足手まといになっても、逆に強力な武器になったとしても、実力差が大きすぎる。あの暴君は礼治の動きが見たいから、積極的には攻めてこないだろうけど、それでもいいように遊ばれて飽きられたらお終いです。勝ち目なんてあるわけない」

「んー、やっぱそっか。ブックメーカーのオッズも酷いことになってんね、これ。賭け不成立で流れるでしょこれ」


 魔女服の女子は自分の仮想画面で、この決闘の勝敗に関する賭けのページを見る。その極端なオッズも、礼治達の圧倒的不利を如実に表していた。

 直は同じページを開き、その表記に不愉快そうに眉をひそめる。


「――でも」

「え?」

「それでも、あいつは度胸だけはありますよ。昨日だってなんだかんだあたしに付き合ったし、普通の奴だったらきっとこの決闘自体受けるわけない。だから、絶対勝てるわけないにしても、二人が噛み合えばあのにやけ面に冷や汗掻かせるぐらいはできますよ」


 直は自分に言い聞かせるようにそう言って、礼治と氷雨の勝利に一口賭ける。


「あは、結構気に入ってんだ、あの子のこと」

「それぐらいじゃなきゃ困るってだけです! あたしが!」


 ムキになって言い返して、彼女はスクリーンに目を戻す。負けんじゃないわよ、と我知らず呟きながら。

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