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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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二人目の異名持ち


 礼治達が解放されたのは、午後二時半を回った頃であった。

 訓練終了後、二人は即座に職員室に連行され、事情聴取とお説教を食らった。特に直の方は「書類上まだ入学もしてない一般人を危険な訓練に連れ込むとは何事か」とこっぴどく叱られ、礼治の方も「よく分からないまま力を使うな」との厳命を受けた。


「ったく、捕まってたらもうこんな時間。あー、おなか減ったー」

「直、全然反省してないね……?」


 左肩を回しながら暢気に呟く直に、礼治は呆れ混じりの声を掛ける。ちなみに強打した直の肩については、既に保健室で簡単な治療魔法と応急処置がなされており、三日もすれば痛みも消えるとのこと。


 二人は今学校を出て、直の行きつけの『キトゥン』という食堂に向かって移動していた。本来はマンションに先に行く予定だったが、二人とも空腹のピークに達していたのだ。


 歩くこと十分ほど。テナントビルの間に挟まれるようにある半地下の入り口に、直は慣れた様子で進んでいく。通りに出ていた看板には『学割有り! 定食三五〇円から!』と、実に学生街の飲食店らしい文句が踊っていた。


 店内はシックなインテリアで統一され、絶妙な薄暗さもあって隠れ家的な雰囲気を醸し出している。直は店に入るなり、顔見知りらしいウエイトレスに「今日は二人で」と告げ、勝手知ったる様子で窓際の席に進む。半地下になっている立地上、席に座ると窓は肩口から上に位置し、礼治は下からの街の風景を物珍しげに見ていた。


「あんまキョロキョロしてんじゃないわよ。パンツ覗いてるみたいよ」

「ちょ、ちが! 単にこういう構造の店初めてだから!」

「はいはい。ま、この店の横をスカートで油断して歩くのなんて、よっぽどの無頓着か観光客ぐらいだけどね。

 あたしはAセット。あんたはどうする?」

「おすすめは? ふうん、じゃあ俺も同じので」


 注文を済ませ、礼治は軽く息をつく。イスに座って水を口にすると、なんだか一気に疲労感が押し寄せてきた。


(初日から色々ありすぎだ……空中散歩に討伐訓練。俺のキャパを超えてる)


 しかし目の前の少女は余裕綽々と言った様子で、「なに溜息吐いてんのよ」と勝ち気な笑みを見せる。


「学校始まったらもっとハードよ。覚悟してなさい」

「だろうね……いやあ、覚悟してたつもりだったけど、想像以上だ」

「みんなそう言う。特に高等部から入ってきた連中にとっては、慣れるまでは毎日キッツいみたいね。既に耐えきれなくて転校したのも結構いるし」

「まだ六月なんだけど……まあ、頑張るよ。折角のチャンスだしさ」


 力なく笑う礼治に、直も満足げな笑みを返す。


「あんた、普通の学校からいきなり魔法学校でしょ? 無茶するわよねえ。昔から魔法使いに憧れてたってタイプ?」

「その通り。だけど才能が無くってね。色々自分で試したり、親に無理言って『魔法能力開花教室』とかも行ったりしたけど、駄目だったんだ。んで中学上がる頃にようやく諦めて、普通に生活してたんだけど、高校入ってすぐに地元で事件に巻き込まれて、そのときにこの体質が見つかったってわけ」


 もしあの事件がなければ、自分は一生魔法と無縁の暮らしだったかも知れない、と礼治は思う。だからこそ、この機会を無駄にしたくはないと強く思うのだ。


「で、それを聞きつけたうちの学校が、速攻スカウトに来た、と……はは、いいじゃない。その体質、きっとあんたが思ってる以上に貴重で、色々と使い道があるわ。少なくともそんなのあたしは聞いたこと無いしね。

 異名持ち(ネームドクラス)になるのも夢じゃないわ。っていうか、かなり有望株だと思うわよ」

「え、えぇー? それはおだてすぎだよー。ほら俺素人だしー。えー、ほんとにそう思うー?」

「すんごく分かりやすく浮かれるわねあんた……言ったでしょ? 異名持ち(ネームドクラス)に選ばれるのは『優秀な奴』じゃなくて、『特別な奴』だって。あんたは完全に後者、それもとびっきりよ。あとは実績さえあれば条件クリアね」

「あ、やっぱり実績も必要なんだ」

「そりゃね。いくら特別でも、それがなんらかの形で使えないと意味無いし。まあ、いろんなことに自分から首突っ込んでいけば、実績なんてそのうちついてくるわよ」


 直は自慢げでもなくそう言う。彼女自身、当然のようにそうしてきて、その結果が行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)という称号なのだ。


 と、そんな会話をしていると、ウエイトレスが二人分のセットメニューを持ってくる。大盛りのカレーライスに小振りなサラダ、という実に学生向けな内容であった。


 二人で手を合わせ、早速食べ始める。中辛で野菜多めの具沢山、空腹の腹には実に染みるシンプルな味で、これでお値段四百円。ここは俺も行きつけになりそうだなあ、なんて思いつつ、礼治はサラダにも手を伸ばす。


 と。そんなタイミングで、頭の上からコンコンと控えめなノックが響く。なんだ、と二人揃ってそちらを見れば、そこには一人の少女がしゃがみ込んでこちらを見下ろしていた。


 高等部の女子制服の上に白衣を羽織る、小柄な少女であった。ショートカットに薄い縁の眼鏡、身体にも顔にも幼さを残すが、不思議と知的な印象もある。彼女はどうやら直の知り合いらしく、微笑んで小さく手を振ってくる。

 が、礼治の視線は、否応なしに一点に集中していた。

 女子制服でしゃがみ込めば当然だが、ほぼ目の前にスカートの中身が露わになっているのだ。肉付きの薄い華奢な太股も、その奥の幼い身体にはアンバランスな縁にレース飾りが付いた黒下着も、ガラス一枚越しに丸見えなのである。


(お、おぉおお!? な、なんかこれ、マニアックなお店のシチュエーションでは……!? マジックミラーで下から覗く的な!)


 思わずガン見。しかしそれも長くは許されない。はっと気付いた直が、礼治の鼻をへし折らんばかりの力で握り、強制的に視線を逸らさせる。


「――見・る・な!」

「ハイッ! ごめんなさいごめんなさい! 見ないから許して! 潰れるう! 鼻潰れるぅ!」

「ふん、潰れればいいんだわ、このスケベ」


 そんなやりとりは聞こえていないらしく、眼鏡の少女は不思議そうに首を傾げた後、己を一度指さして、次に直の方を同じく指さす。そしてそのハンドサインの通り、少しして入り口から眼鏡の少女は入店し、やあやあと手を振りながら直の隣に腰掛けた。


「奇遇だね、直。見かけたからつい来てしまったよ。――ああ、じゃあアイスコーヒーを一つ。うん、それから君とは初めましてだね。ボクは冷泉院 氷雨。よろしく」

「う、うん、初めまして。俺は阿部礼治、よろしくね」


 礼治がそう答えると、氷雨は「君が例の」と納得顔になる。


「はは、二人とも、もう話題になってるよ? 学校の大時計を破壊したんだって?」

「え、なんでもう知られてんだ……?」

「裏東京はなんだかんだ狭いコミュニティーだからねー、噂が広まるのは早いのよ。大方、シャベッターで話題になってたとかでしょ?」


 直は面倒臭そうに言いつつ、スマホを取り出し『シャベッター』という短文SNSアプリを立ち上げる。このアプリは全世界で人気のアプリだが、検索範囲を都市ごとにまで絞ることもできる。当然裏東京という括りもあり、直はその範囲の話題ランキングを表示させ、ついでに空中に仮想画面を出して礼治にも見えるようにする。


(おぉ、便利だな仮想画面……)


 ともあれ今見るべきは中身だ、と礼治はランキングを目で追う。


「#大時計破壊、#行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)、#破壊魔いつもの、#転入生半泣き、#転入生かわいそう、#転入生弱そう、#地下鉄工事中……」

「そうそう、その話題でもちきりって感じだったよ。写真とか動画もあがってるしね」

「誰が破壊魔よ。相変わらずどいつもこいつも口さがない」

「俺なんか入学前からボロクソに言われてるんだけど!? って、うわ、あがってる動画のリプで俺の体質ほとんど言い当てられてる……なにこの推理力、こわ……」

「あ、ごめん、そのリプ送ったのボクだ」


 え、と軽くひく礼治に対し、直はあっさりと言い放つ。


「言ってなかったけど、この子も異名持ち(ネームドクラス)よ。|人型の知性グリモワール・ビブリオテック、魔法の知識に関して言えば、裏東京の学生中でトップでしょうね」

「はは、頭でっかちなだけさ。異名持ち(ネームドクラス)の中では、戦闘能力で言えば間違いなく最弱だよ。

 ――にしても、阿部君。君の能力は実に魅力的だ。ボクの魔法とはとてもとても相性が良さそうだしね。期待しているよ」


 童顔には似付かわしくない妖艶な笑みが、氷雨の顔に浮かぶ。それはまるで、珍しい標本を前にした蒐集家のような、期待と喜悦の混じった笑みであった。


異名持ち(ネームドクラス)は伊達じゃないってことか……)


 その静かな迫力に、礼治はひきつった笑みを返すことしかできない。害意は無いにせよ、それでも気圧される凄みがあった。


「あんま脅かすんじゃないわよ、氷雨。っていうかあんた、どうしてこんなところに? 休日に出歩いてるなんて珍しいじゃない」

「引きこもりみたいに言わないでくれるかな? 事実でも。なに、ちょっとしたアルバイトさ。霊脈の定期確認のために、今日はちょっと寺社仏閣巡りだよ。

 ――おや、不思議そうな顔をしてるね阿部君。ならば教えてあげよう。そもそもこの裏東京が人工的に作られた異界であることは知っているだろう? その状態を維持し、なおかつ表の東京に繋げておくには、この裏東京各地にある魔力の流れを適切に管理し、巨大な魔法術式が機能し続けるようにする必要があるのさ。霊脈とはその魔力の流れの集まる場所、そしてこれは寺社仏閣などの宗教施設に重なることが多いんだ。これは――」

「長いわ。五秒でまとめて」


 ばっさり。容赦の無い直のぶった切りに、氷雨は流石に鼻白む。しかし喋りすぎた自覚はあったのか、わざとらしく咳払いを一つ、今度はシンプルに言い放つ。


「裏東京と表東京を繋ぐ魔法のロープの点検をするんだ」

「うん、それなら俺でも分かる」


 なら良かった、と氷雨は微笑み、いつの間にか三分の一まで減っていたアイスコーヒーを一気に飲み干す。

 そしてその分の代金をテーブルの上に置くと、それじゃあと彼女は席を立つ。


「直、阿部君にあんまり無茶させないように。じゃ、次は学校で会おう」

「はいはい、お仕事頑張んなさいよ」

「また学校でよろしくね」


 そんなやりとりを最後に、氷雨は店を出ていった。


(にしても、初日から二人も異名持ち(ネームドクラス)に出会うなんて、やっぱり今日は色々ありすぎだな……)


 直よりは穏やかだったけど、それでも違う面でぶっ飛んでそうな迫力だったし、と礼治は内心で独白した。

 その後、残りの食事を終えた二人は、思い出したように仮想画面の設定をする。


「スマホは裏東京用に買い換えてあるわよね? 契約もちゃんと裏東京用に乗り換えてある?」

「うん、表のだと仮想画面とか使えないって聞いてたから。これも魔法の一種なんだよね?」

「魔法と科学のハイブリッドね。うん、これなら大丈夫。全部のアプリ一括で裏東京対応仕様に変更しちゃうけど大丈夫? 設定で後から個別で変えられるけど、ちょっと電力消費とか増えるわよ」

「うん、頼むわ」

「それじゃあ、はいっと。あとは細かい使い方だけど――その前に、ほら」


 直は自分のスマホを操作し、一枚の仮想画面を中空に表示する。それはメッセージアプリ『リンク』のIDで、礼治へ「友達登録しますか?」という選択画面が向けられていた。


「ええと、これ俺が押せば登録されるの?」

「そ。必要でしょ」

「うん、ありがと」


 はい、の選択肢を押すと、礼治のスマホが一度鳴動する。登録完了の合図だ。

 裏東京での友達登録一人目、ということに礼治はなんとなく感慨を覚える。


(ついでに言えば、貴重な女子のリンクIDだし……!)


 頭のネジ五本ぐらい吹っ飛んでる系女子だけど。見た目は超がつく美人だし、仕事とはいえ面倒見が良くて話しやすい。おまけに異名持ち(ネームドクラス)だ、彼女とこうして知り合えたのは相当な幸運だろう――礼治は己の巡り会いに感謝する。


「改めて、よろしくね、直」

「こっちこそ、よろしく。長い付き合いになるといいわね」


 二人はなんとなく気恥ずかしさを覚えつつ、そう言って笑い合うのであった。



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