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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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行方知れずの弾丸《ノーウェアー・バレット》 2


 戦いは続いていた。槍を構えた男子生徒が咆哮を上げながら突撃し、その頭上すれすれを後衛役の放った氷柱が追い越して蛇型破滅因子(ワールド・エンド)に迫る。槍は当たったが氷柱は外れ、遥か後方の魔力障壁に直撃して高音と共に弾けて消えた。

 参加者はまず蛇型に狙いを定めたらしく、文字通りの一番槍が刺さって怯んだところへと殺到していく。

 そしてそんな中、二人だけ攻撃に参加していない者の姿があった。


「――スピーカー? って、あの、音おっきくする奴?」


 不思議そうに聞き返しつつ、直は左手を主戦場となったグラウンド中央へと向ける。その手の先に半透明の魔力障壁が立ち上がった直後、中央から吹っ飛んできた鉄パイプがそれに当たって彼方へと吹っ飛ぶ。


「すまーん! すっぽ抜けたー!」

「危ないわよ! 気を付けてよね!」

「お前が言うなよ行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)!」


 魔力障壁を消した左手が、そのまま無言で赤い光弾を三発放つ。光弾は滅茶苦茶にブレた軌道でグラウンド中央へ走り、敵味方両方を掠めて戦場を大混乱させる。


「で、スピーカーってどういうこと?」

「いや、あの、今ので戦場が……」

「いいから」


 いいらしい。たぶん良くない、と礼治は思いつつ、言っても仕方なさそうなので応じる。


「あ、うん。要は、『触った他人の魔法を強化する』っていう特異体質らしいんだ。相性もあるけど、能力・射程・効果範囲・作用時間――大体なんらかの面で強化できる。それと、ええとそうだな、もうやる方が早いか。手、握っていい?」

「実演ね? 良いわよ」


 直は躊躇い無く礼治の右手を握る。


「じゃ、このまま身体強化の魔法使ってくれる? それで感覚も掴めると思う」

「分かった、行くわよ」


 今度も直は即座に魔法を発動させる。身体強化の魔法は魔法使いにとって基本中の基本、呪文など必要無く、彼女の身の内からわき上がる魔力が一気に全身に行き渡る。

 が、そこからが違った。


 ――カチ、と。


 礼治は自分の中で何かが噛み合う感覚を得る。そしてその直後、直の体を覆っていた強化魔法が、繋いだ右手を通して礼治にまで行き渡り、更にはその力を一段階強くしたのだ。


「これは……」

「こんな感じで、個人用の強化魔法なんかは強化と同時に共有できる。つっても、ただ乗りってわけじゃなくて、俺の方からも魔力が引っ張られるんだけどね」


 予想外の結果と感覚だったのだろう、戸惑う直に対し、礼治は解説する。と言っても礼治に言えるのは本当にこのくらいで、それ以上のことは彼自身よく分かっていないのだ。


(なんせ、一ヶ月前に急にこの体質のことが判明して、それから急に魔法学校へ転入だもんな……)


 この体質を発動した回数すら、まだそう多くはない。気付いていないメリットやデメリットもおそらくはあるだろう、と礼治は聞かされていた。


「成る程ね……これはたしかに凄いわ。この変な時期に強引に転入ってのも分かる。でもあんた、この体質で一芸入試をパスしたっていうなら、魔法はなにも使えないのね」

「ご明察」


 そう。礼治は自発的に魔法を発動させることはできない。手を触れた他人が魔法を発動させない限り、完全に一般人と同じである。

 だから、一人じゃ本当に何もできない、なのだ。


 直は少しの間黙考していたものの、やがて吹っ切れたように勝ち気な笑みを浮かべて言う。


「ふん、それならそれでシンプルで良いわ。あたしも似たようなもんだしね」

「直も?」

「誤解があるようだから言っておくけど、異名持ち(ネームドクラス)ってのは『優秀な奴』が選ばれるんじゃなくて、『特別な奴』が選ばれるの。良くも、悪くもね。

 あたしの異名(ニックネーム)は、文字通りよ。さっき見た通り、どこへ飛ぶかはあたしにだって行方知れず。ただ本気でぶっ放せば威力だけは誰にも負けない。だから行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)よ」


 そう語る直の口調は、どこか開き直ったようでもあり、自嘲するようでもある。

 が、対する礼治の口調は、あっけらかんとしたものだった。


「へえ、そうなんだ。格好良いじゃん」

「……は?」

「威力特化の命中度外視ってことでしょ? 浪漫じゃん。俺もゲームでそういう武器ばっか使ってたよ」

「あんたね……はあ、まあいいわ。この浪漫が分かるって言うなら、どう使えばいいかも分かってるんでしょうね!?」

「んなもん――ギリギリまで近付いてぶっ放せばいいじゃん」

「大正解! 行くわよ!」


 繋いだ手をそのままに、直は主戦場へと走り出し、礼治も手を引かれてその背を追う。

 見れば既に二匹の破滅因子(ワールド・エンド)は退治されていて、残る一匹の四つ足も手負いなのか若干動きが鈍い。しかし手負いなのは参加者の方も同じで、全体的に遠巻きの包囲から牽制しつつ機を窺うという様子だ。

 そんな中、直は接近のスピードを緩める様子が無い。身体強化のおかげで走ること自体は苦でもないが、若干の不安を覚えた礼治は遠慮気味に問いかけた。


「あの、直? 直サン? 直サンの言うギリギリって、ちなみにどれくらいなんですかね……? その、これくらい?」


 空いた左手の五指を見せて、五メートルくらいだろうかと礼治は確認する。現在の包囲もそのくらいだし、彼の素人考えでもそれなら適切に思える。


「うん、このぐらいよ」


 直もにっこりと微笑み、同じように左手で五本の指を示す。


「そ、そっか、良かった。じゃあそろそろスピードゆる――」

「うん、上げるわよ。一気に行くから、ついてきなさい!」


 言った通り速度が上がり、包囲網を抜き去っていった。


「なんで!? なんで!? ちょ、五メートルでしょ!?」

「は? 五センチよ馬鹿! スライディングで胴体くぐって、下からぶち込むわよ!」

「やだー! この人頭のネジ五本ぐらい吹っ飛んでるー!」


 半泣きの礼治が通り過ぎていくのを、他の参加者は南無と拝んで見送る。がんばれー、と無責任な応援の声もあった。


(っていうかこの勢い、本気で滑り込む気だ……! 手ぇ離してくれそうにもないし、ええいままよ……!)


 こうなれば一蓮托生。礼治も半泣きのまま覚悟を決める。そしてそんな右手の先では、頭のネジが吹っ飛んだ武闘派魔女が呪文の詠唱を開始する。


「――我が行く先に道は無く 我が行く後に続く者無し」


 カチ、と。礼治の中で何かが噛み合う音がして、同時に身体の内からごっそりと熱量を持ってかれるような感覚に襲われる。

 それに反比例するように、直が胸の前に握りしめた左手には、素人の礼治ですら分かるほどに凄まじい魔力が溜まるのが分かる。最早手首から先が淡く赤い光を放つほどであった。


 破滅因子(ワールド・エンド)が二人の接近に気付く。

 直がほんの僅かに振り向いて合図。礼治もそれを理解し、敵が向き直るより早く、身体の勢いそのままに二人同時にスライディング。いきなり視界から消えた二人に戸惑い固まっている隙に、直は左腕をその腹部のど真ん中に振り上げる。

 その距離、実に三・五センチ。


「――疾走れ、一文字の弾丸よ!」


 詠唱と共に、四つ足の胴体がくの字に折れて吹っ飛んだ。

 赤の弾丸は間違いなく敵の巨体に直撃し、その威力で十メートル近く跳ね上げる。完全に必殺の一撃だ、黒の身体はそのまま地に落ちることなく霧散した。

 当然ながら、その威力では撃った方も無事ではない。ましてやスライディングをしながらという滅茶苦茶な砲撃姿勢だ、反動をまともに逃がせるはずもなく、直は跳ね返った力により左肩を地面に強打。手を繋いだ礼治ごと、そのまま何度か跳ねて絡み合うように転げてようやく静止した。


 そして、一番驚くべきは、弾丸の行く先だった。

 破滅因子(ワールド・エンド)を穿った弾丸は、その勢いを失うことなく、しかし大きく軌道を曲げて斜め上へと吹っ飛んでいく。そしてそのまま、グラウンドの周りに張られた魔力障壁の結界を容易く食い破り、更には軌道上にあった第一教室棟最上階の大時計を上半分破壊し、遂に空へと消えていったのである。


 あまりのことに、参加者も、見学者も、撃った本人すら唖然として沈黙する。

 気まずい静寂の中、十から三までの文字盤を削られた大時計が、それでも健気に時を刻もうと長針を進め、そのままその長針を落下させる。

 金属の鈍い破砕音が、実戦訓練終了のチャイムのように響くのであった。

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