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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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突破口


「まず目的を明確にしよう」


 目の前の各部門の責任者と、仮想画面越しに聞いている現場の皆に向かって、氷雨は物怖じすることなく宣言した。


 場所は変わらず緊急対策本部中央。彼女はぶかぶかのジャージの袖に『総指揮代理』の腕章という出で立ちで、意識して凛々しい表情を作る。


 ――彼女が戻ってくるまではイヴが臨時のリーダーを務めていたが、今その権限は氷雨にある。これは本来であれば帝の役割だが、彼は現在最前線に身を置いている。ならば副会長の千景に引き継がれるのが普通だが、こちらは情報の伝達と収集に専念。そうやってまわりまわって氷雨が総指揮を執ることになったのだ。


 ガラじゃないんだけどなあ、と内心では思いつつ、氷雨は若干大袈裟な口調で続ける。現場の士気を維持するためにも情けない姿を晒すわけにはいかなかった。


「なによりもまず、裏東京と表東京の分離を阻止しよう。これがなされてしまえばボクらは全員異空間で永遠の迷子だ。それだけは絶対に避けなきゃならない。

 そのためにどうするか。三つ葵の地下深くにいる今回の主犯を無力化し、破滅因子(ワールドエンド)の発生を止める。それしかない」

「攻勢に出る、ということですね」


 微笑みと共にそう口にしたのは、サレンと共に横に立つイヴだ。氷雨はスムーズな相槌に内心で感謝しつつ続ける。


「そうだ、我々は今攻勢に――いや、反撃に出よう。

 作戦の第一段階として、三つ葵を覆う魔力障壁をぶち抜く。これは異名持ち(ネームドクラス)行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)が担当する。彼女達ならば、必ずやこれを成し遂げてくれるはずさ」

「彼女達? 他にも、誰かいるのか?」


 警察幹部が首を傾げる。当然のことではあるが、大人達は生徒達ほど学校の事情に詳しくはない。行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)のことは知っていても、彼女に相棒ができたことまでは知らないのだ。


「ああ、もう一人いる。彼女らはもう現場に向かって出発してもらっているから顔見せはできないが、その二人を第一段階の核として進めていくよ。事前に通達していたが、彼女らの補助として二つの部隊が必要になる。要は陽動役だね。千景先輩、手配の方は?」

「すみません、黒門方面の方は確保できたんですが、不忍池方面ですぐに動ける人員がいません」

「そうか……東西両方から陽動があるのが望ましいんだが――」


 と、考え込みそうになった氷雨の顔横に、仮想画面が現れる。誰だ、と問うよりも早く相手は言う。


『俺が行こウ。十分あれば現着できル』


 仮想画面に映っていたのは白日(バイリー)であった。彼の足元では、全長七、八メートルはあろうかという巨大な狼型の破滅因子(ワールドエンド)が今まさに消え去ろうというところで、白日の方も決して無傷ではない。

 息は荒く、太極拳服を模した制服は薄汚れて破け、身体の各所には大小様々な傷が残り、しかしその眼光は力強い。


「大丈夫かい? 破滅因子(ワールドエンド)の巣の中に突っ込んで行ってもらうことになるんだが」

『やれるとモ。今俺絶不調ではあるけどナ!』

「ああ、君常時元気玉みたいなタイプの魔法使いだしなあ……」


 白日の魔法は要は支持者がいればいるほど再生能力が増すというものだ。ホームの新明星のある裏新宿が切り離されかかっている今、彼はほとんど基本的な魔法と体術のみで戦っているのだ。


(っていうか、それなのに単独であのサイズの破滅因子(ワールドエンド)を撃破するとか、本当に生徒会長クラスは化け物だな……)


 帝の方も珍しく本気モードらしく、普段の十五メートル制限を解除して半径三百メートル近くまで叩き潰している、という報告を受けている。あの二人は文字通り一騎当千クラスの魔法使いなのだ。


「ともあれ、白日先輩が出てくれるなら問題は無い、彼一人で一部隊分の活躍はしてくれるだろう。合図を出したら、それぞれ黒門方面と不忍池方面から二重障壁の内側に入り、なるべく派手に暴れて破滅因子(ワールドエンド)達を引きつけてくれ」

『了解ダ。それデ、陽動は請け負うとしテ、本命の二人はどこから行く気なんダ?』

『――そりゃ、東西から陽動してるんだから、空いた南北のどちらかだろう。だけど東京駅方面から出るならわざわざ大回りする必要も無いから、当然南からだよね』


 不意に話に割り込んできたのは別の仮想画面だ。そのやたら爽やかで胡散臭い喋り方を聞けば、誰かと問うまでもない。

 新たに現れた画面に映るのは帝だ。彼は広々とした公園のど真ん中で仁王立ちし、いつもの笑みをその顔に浮かべている。


『そっちは余裕そうだナ、帝。代わるカ?』

『突っ立ってるだけに見えるかもしれないけど、これ超大変なんだからね!? 今も嘲る暴君(タイラント)を限界ギリギリまで発動させてるんだから! っていうか下手に動くと味方まで潰しちゃうから動けないんだよ!』

「ああ、生徒会長の魔法は敵味方区別無しだもんなあ……」


 負の感情がある存在ならば一切の区別なく叩き潰す魔法なのだ。普段十五メートルという範囲に制限しているのも、それが理由の一つであろう。

 そんな話をしている間も、帝を映した仮想画面からは銃声や遠距離魔法の着弾音が響いてくる。彼が足止めをして外部から狙撃手が仕留める、という形で今このときも帝は最前線を守り続けているのだ。


『で? 本命は結局どこから向かわせるつもり? 南? 北?』

『いヤ、陽動部隊を盾にして一緒に突っ込むってのもありだろウ。俺は戦いながらでも二人ぐらいなら守れるゾ』

「余裕だな君達……障壁の破壊は一発勝負だ。失敗は許されない。だからここは万全を期して、二人には――」







 三つ葵の敷地から直線距離で約五百メートル。近隣でも最も高いマンションの屋上に、四人の少年少女の姿があった。


 うち二人は礼治と直。残る二人は、両方とも三つ葵の制服を黒尽くめに改造した女子生徒で、共に頭には黒の三角帽をかぶり、そして二メートル以上はあろうかという巨大な箒を手にしていた。


「いやあ、こんな形でもう一度君を乗せることになるとはねえ」


 そう言って礼治に快活に笑いかけるのは、彼が初めて裏東京に来たあの日、空中散歩をさせてくれた女生徒である。


「俺もまさかこんなことになるとは……ええと、今回は二人乗りが二組、でいいんですよね?」

「前に使った三人乗り用の箒は、あくまでも観光用だからねー。スピード出すならこっち。前のが人力車だとしたら、こっちはスポーツカーって感じかな」

「スポーツカー……」


 そう言われて、礼治は改めて女生徒が抱える箒を見る。


 箒の柄の部分は合成樹脂で平滑に加工され、白地に流れ星のイラストが印刷されていて、どことなくスキー板やスノーボードを思わせる。座席部分は申し訳程度に股関節を乗せられるだけ、という最低限のもの。箒の穂先に当たる部分には、細い竹の枝ではなく、十字に組まれた細長い板が魚の尾びれのようにはめ込まれていた。


(箒、ではないよな……)


 どちらかと言えば、ファンタジー系のゲームで僧侶が持っているようなメイスのような見た目だ。しかしあくまでもこれは箒。箒飛行の世界大会なんかでも公式に認められている以上、これは箒だということになっているのである。

 余計な装飾は無く、ただただ速度を追い求めたストイックな形状は、しかし一種の機能美として完成されていた。


「にしても、箒飛行部のエース二人を回してもらえるとは思わなかったわ。礼治、感謝しときなさいよ、裏東京の空では最速の二人よ」

「え、そんなに凄いの」


 言われた二人は満更でもないという様子ではにかむ。


「いやあ、これでも春の裏東京大会ではトップ独占させてもらってんのよ」

「て言っても、先輩がぶっちぎりで、私と三位は団子でしたけどね……三位のアヴァロンの生徒もこの辺住んでるんじゃありませんでした?」

「あぁ、あの旧式箒の子? たしかそうだっけ。だったら今頃忙しいんじゃないかな」


 うちの他の部員も修羅場だし、と先輩格の女生徒は呟く。


 彼女たち二人以外の箒飛行部は、今現在主に人命救助に奔走していた。救急ヘリのように大掛かりな設備は携帯できないものの、その速度とフットワークの軽さを武器に、取り残された一般人の緊急避難から負傷した戦闘要員の回収まで、まさに八面六臂の活躍を見せていたのだ。


 と。

 直の顔横に仮想画面が立ち上がり、四人の表情が一気に引き締まる。


『こちら氷雨。障壁破壊班、準備はどうだい?』

「万全よ。陽動の二班は?」


 直の呼び掛けに、さらに追加で二つの仮想画面が立ち上がる。


『黒門方面担当石上班、総員準備完了だ』

『不忍池方面担当白日(バイリー)、いつでも出られるゾ』

『結構。外側の障壁班は? ……了解。合図を出せばいつでも入り口を開けられるそうだ。

 さて諸君、先程の会議でも言ったが、これは一発勝負だ。これをしくじれば相手は更に強固な防御を固めるだろうし――なにより、ここで時間を食えば、時間切れでこちらの負けだ』


 脅すようでもなく、淡々と氷雨は言う。そこに先程の会議で見せた大袈裟な物言いは無く、しかしそれ以上の深刻さがあった。


「実際のとこ、あんたはどのあたりがタイムリミットだと想定してんの?」

『ん、これは口外しないでくれよ? ボクの見立てだと、午前九時を過ぎればもう手遅れだと思っている』


 その言葉に、礼治は思わず自分のスマホで現在時刻を確認する。画面が示すのは午前七時四十五分。


「もう全然余裕無いんだ……」

「根拠は? あの暴君が珍しく本気出してるんだから、裏皇居はあと三・四時間は余裕でもつんじゃない?」

『現状のままならね。ただ、今アナ・オールドリッチが大人しく引きこもっているのは、例のゴーレムの再起動に専念しているからだ。これが完全に再起動してしまった場合、おそらくボクらに勝ち目は無いだろう。劣化コピーの劣化コピーみたいなものとはいえ、潤沢な魔力があれば単身で裏皇居まで制圧できるはずだ』


 製造者もそう言ってた、と呆れ交じりに氷雨は付け加える。


「その再起動作業が完了するのが、九時頃ってことか……改めて確認しておくけど、あたしらは行けるとこまで突っ込めば良いのよね? 障壁をぶち破って、そのまま流れで地下まで。可能ならアナ・オールドリッチの無力化までする」

『そうだ。正直言ってこの反撃作戦に割ける戦力が本当に少なくてね……いざとなれば市街地で破滅因子(ワールドエンド)に対応している部隊を呼び寄せるけど、それは必然的に被害の拡大につながる。可能ならばそれは避けたいんだ』

『そもそモ、この攻城戦において行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)以上の適役もいるまイ? 疲弊した遊撃部隊を呼び戻すぐらいなら俺が突っ込むゾ』

「あんたこそ相当ガタきてんでしょ。心配しなくても、あたしに――あたし達に任せときなさい」


 勝気に強気に、笑い飛ばすように直は言い放つ。そして礼治の首根っこを掴んで強引に引き寄せ、相手の仮想画面に映るようにする。


「お、おう!? ま、任せて!」

『かはハ、相棒の方は頼りねえなア。だがまァ――頼んだゼ、二人とモ』

『ふふ、頼りにしているよ。では、総員配置につけ!』


 凛とした氷雨の号令に、全員が声を揃えて応じる。そして箒飛行部のエース二人は箒に跨り、礼治は先輩格の、直は後輩の方の後部座席にそれぞれ乗り込んだ。


 操縦者の指示に従い、二人は跨るというより抱きしめるようにして身を縮める。すると箒は後部の尾びれのような十字板から僅かに震動し始め、甲高い唸りを唸りを上げながら屋上から一メートルほど中空に浮かび上がる。


「う、うわ……」


 床から足が離れた心許なさに、礼治は思わず声を漏らす。以前は座る形で乗ったが、今回はしがみつくような姿勢だ。空に慣れていない礼治にとっては、ほんの一メートルでも恐怖を感じる高さだった。


「礼治君、リラックス。下手にバランスとろうとかしなくていいから。合図はするから、目ぇつぶっててもいいよ」

「み、見えない方が怖いし――あと、裏東京最速の景色が見たいです……!」

「意外と余裕あるな君……」


 方や直の方は慣れたものらしく、横目で礼治達のやりとりを見て噴き出していた。


 ともあれ、この場の四人の準備は整った。二本の箒は引き絞られた矢のように、号令一つあれば一直線に目的地へと疾走するであろう。


 そして、それぞれの顔横に立ち上がった仮想画面で、総指揮代理の声が響く。


『――皆準備は出来たね!? この裏東京は多くの学生にとって第二の故郷だ! 夢を追って辿り着いた者もいれば、過ぎた力を持て余して追いやられた者もいるだろう! 君たちがどのような理由でもってここに立っているかなど問うまい! 今はただ、昨日までの日常が、明日からも当たり前に続いていくために! 持てる力を尽くしてくれ!


 作戦、開始!』



 矢は放たれた。


 十字板の放つ甲高い唸りは高音の絶叫と化し、圧縮し蓄えた魔力と大気を吐き出すことで、二メートルを超える長大な機体を上空へと弾き飛ばす。箒の先端に(やじり)状に展開された魔力障壁で極力空気抵抗は削いでいるものの、それでも搭乗者に掛かる負荷は並大抵のものではない。不慣れな礼治が初速に何とか堪え切れたのは、ひとえに大英雄から直々に受けた身体強化が強力であったためであろう。


(こ、これ、景色見るどころじゃ……!)


 操縦者の背を風防にしていても、とてもじゃないが顔を上げられるような状況ではない。礼治はただ眼下を流れていく街並みから、己が今高速で三つ葵の敷地上空へと目指して突き進んでいる、ということだけは分かった。


 風切り音と箒の排気音の狭間で、遠く前方から爆発音が聞こえてくる。陽動役の戦闘が始まったのだ、と気付いた礼治は、我知らず箒を握る手に力を込める。


「――あと二分もしないうちに到達するよ! 合図出すからビビらず行ってね!」

「は、はい!」


 先輩魔女の張り上げた声に、礼治も叫ぶように答える。


 鼓動が速い。緊張と恐怖で掌に嫌な汗が染みて、呼吸が浅くなるのを自覚する。


「落ち着け、落ち着けよ、俺ぇ……!」


 礼治は必死で己に言い聞かせ、なんとか息を整えて、無理矢理に顔を上げる。気付けば三つ葵はもう随分と迫っていて、今まさに二重障壁の内側に侵入しようというところだった。


 出迎えたのは暴力的な轟音の連打。眼下を確かめるまでもなく、陽動の二部隊は現在進行形で激闘を繰り広げているのだろう。その甲斐あって、南側上空から侵入した二本の箒はほとんど破滅因子(ワールドエンド)に気付かれることもなかった。


(あれが、俺達が壊すべき魔力障壁……!)


 そして礼治は、初めてその目で三つ葵を覆うドームを視認する。決闘の際に周囲を覆ったものと比べても遥かに分厚く強固であることは、彼の目ですらよく分かる。しかし不思議と、それが礼治に絶望感を与えるようなことは無かった。


 並走する二本の箒は速度を落とすことなく三つ葵を覆うドームの曲線に沿うように上昇する。だが中央へと近付くほどに、以前も見た翼竜型の破滅因子(ワールドエンド)の数は増し、今や十に届かんとする数が礼治達を背後から追走してきている。


 ――だが、これも織り込み済みだ。

 二本の箒はドームの頂点で一気に直上へと加速する。翼竜型破滅因子(ワールドエンド)もそれを追う。先行する二本の箒は、二重障壁の天井にぶつかる寸前で強引にターンを仕掛け、今度は真下へと急加速する――当然、翼竜たちの真っ只中を突っ切って、だ。


「耐えてよね! 一瞬で抜けるからッ!」

「ぐぅうううう!」


 迎え撃つ形になった翼竜たちが突き立ててくるくちばしを、鉤爪を、体当たりを、しかし箒飛行部のエース二人は踊るように身をひねって躱していく。礼治と直も必死で箒にしがみつき、宣言通り一瞬で超危険地帯を抜けていく。


 今眼下には分厚いドームがあるだけ。邪魔者は振り切り、壊すべき壁が残るのみだ。


「今だよ! 行って! ぶち抜いてきて!」

「はいッ!」


 合図が響く。礼治と直は同時に箒から手を放し――空中へと身を投げるのであった。







「――南から侵入ってのは正解だったけど、ぶち抜くのは上空、それも直上からか……氷雨君、ここまでする必要あったのかい?」


 裏皇居にある公園の一角、仁王立ちして三つ葵の方向を見つめながら、呆れ交じりの口調で帝は問う。


『万全を尽くしたのさ。何度も言うようだけど、ここで失敗したら後が無いからね。地上よりも上空の方が破滅因子(ワールドエンド)の警備は緩いだろうし、箒飛行部のエース二人なら追っ手を完全に()ける可能性が高かった。撒いた後の追撃を引きつける必要もあったし』

「わざわざかなり遠くのビル屋上から出発させたのも、相手に気取られないためかい」

『ああ。陽動部隊と時間差をつける必要があったってのと、箒を最高速にのせるための助走が必要だった、っていう理由もあるけどね。相手は昨日までボクたちの担任だったんだ、あの分厚い障壁を張れば、直が出て来るってのは絶対に分かってるし警戒してる。それを潜り抜けるためには、このぐらいの無茶は必要さ』


 悪びれもせずに言ってのける氷雨に、帝は感心しない様子で言う。


「だからって、ほぼ素人の礼治君に、いきなりノーパラシュートスカイダイビングは鬼畜だと思うけどね……実際問題、そこが一番の肝だし鬼門でしょ」

『そこはほら、相棒の直はこういうの他の仕事で経験してるし――なにより、彼のいざってときの強さはよく知っているだろう? きっと格好良く決めてくれるさ』

「だといいけどねえ……」







「――うわぁあああああああああ! な、直! たす、たすけ、助けて! だずげでぇええ!」

「喚いてないで手を伸ばせ! 飛び込んで来い!」

「直ぉぉおおおおおおお!」


 頭から落下していく中で、二人は必死に互いに手を伸ばす。飛び降りる際も、二本の箒が接触寸前まで接近していたのだが、飛び降り直後に乱れた気流で礼治が飛ばされてしまったのだ。


(そりゃまあ、高速の箒二本が生み出す気流同士がぶつかれば、こうもなるわよね……!)


 箒一本でスカイダイビングの経験はあったが、二本で、しかも飛び降りて空中で一緒になる、なんて曲芸は直にとっても当然初めてだったのでそこまで頭が回らなかった。


 よく考えれば分かっただろうに、と十分前の己を呪いながら、直は必死に手を伸ばす。目の前で半泣きの礼治も、情けなく喚きながらもどうにか手を届かせようとしてくる。


 迫る地上は見ない。いくら直でもそれを見てしまえば恐ろしくなる。だから見るのは前だけ、情けない相棒の顔だけだ。


(あぁもう、こんなときだってのに)


 直の口の端に不釣り合いな笑みが浮かぶ。変な顔。写真撮ってシャベッターに上げたらバズるかも。そんなことが頭をよぎるのは現実逃避だろうか。


 いや、と直は心中で否定する。こんなところで終わるわけないって、そう信じているからこそ、無事に降りた先のことが考えられるのだ。


「ッ、礼治!」

「直!」


 指先が触れて、かすって離れて、また触れて、絡んで繋いで、互いに力任せに抱き寄せて。


 安堵の息を漏らす暇など無い。壊すべき分厚い魔力障壁のドームはもう目前だ。直は己の右手を真っ直ぐ頭上へ、真下へと向けて伸ばし、短い呪文を詠唱する。



「――我が行く先に道は無く 我が行く後に続く者無し」



 身体の内側で炎が猛々しく燃える感覚。そして今は、抱き合った礼治の炎まで交じり合って、ひとかたまりの巨大な劫火となる。


 いける。

 この炎が、熱が、力がある限り、なんだってぶち抜いてみせる。



「――疾走れ、一文字の弾丸よ!」



 詠唱しきって、障壁との距離五センチメートル。掌に生まれた暴力の塊は、(あやま)つことなく壊すべき壁に激突する。


 音は最早痛みを伴う強度で二人の皮膚を打ち、暴力の反動は二人の身体を空へと高々と送り返す。翼竜たちを引きつけていた先輩格の魔女が、放物線の途中で二人をなんとか拾う。


 そして。

 二人は見る。己たちの成果を。分厚い魔力障壁のドームの頂点に穿たれた、荒々しい大穴を。


 作戦の第一段階が、成功したのである。


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