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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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行方知れずの弾丸《ノーウェアー・バレット》 1


 裏東京の空を案内がてら三十分ほどぐるりと巡り、大型箒は目的地へと舞い降りる。

 私立三つ葵魔法学園高等部――礼治がこれから通うことになる、日本有数の魔法教育機関である。私立とついているものの、実質的には半官半民といった運営体制であり、下手な国公立の魔法学校よりも日本の魔法学校代表としての権威は強い。この裏東京には初等部から高等部まであり、高等部の校舎は表東京で言う東京大学の位置に構えられていた。


 赤門ならぬ黒門の前、魔女服の少女は二人を降ろして別れの挨拶をすると、そのままいずこへか飛び去っていく。なんでもこのまま観光地に向かい、空中散歩のバイトをするのだとか。


「ちなみに、今の普通に依頼したら二人で一万五千円ってところだから。折角だからって用意してやったんだから、感謝しなさいよー?」

「け、結構するなあ……うん、ありがとう。超楽しかった」


 自慢げに言う直に対し、礼治は素直に頭を下げる。実際彼にとって、それだけの値段を払ってもいいぐらいの経験だったのだ。


 直は満足げに頷き、じゃあと校舎の方を顎で指す。門構えこそ表の東京大学を模して色違いに作られているものの、敷地内はまるで別物である。全体的に建物の密度は減らされ、代わりに高層化・地下階層化しており、その分空いた面積はグラウンドや体育館となっている。魔法の実技面で必要とされているからだ。


「校舎案内するんなら、本当は黒門じゃなくて正門から入った方がいいんだろうけど、まあ、ごらんの通りバカみたいに広いのよ。いちいち解説してたらそれだけで一日終わるし、そんなのは面倒だから転入してから教員に頼んでちょうだい。とりあえず、第一グラウンドだけ紹介するから」

「え、ちょ、校舎の中入らないの?」

「どうせ校舎案内とか散々読み込んであるんでしょ? 最低限職員室と教室棟の位置を知ってれば、あとはどうにでもなるわよ」


 そりゃそうかも知れないけど、と礼治は鼻白む。まさかここまで来て、中に一歩も入らないとは思っていなかったのである。


(ま、たしかにあとで幾らでも来ることにはなるけどさあ……)


 しかし、そんな礼治の思いなど歯牙にも掛けず、直はポニーテールを揺らしてずんずん進む。彼もその後を追い、感慨も何もないままに敷地内へと入っていく。


「ちょ、待って待って、だったらなんでグラウンドなんかに?」

「ちょっとしたイベントがあるのよ。あんたも参加できるわよ」

「俺も? なあんだ、そういうことか」


 オリエンテーションかなにかだろうか。ちょっと強引だと思ってたけど、空中散歩を用意してくれたり、オリエンテーションに参加させてくれたり、一文字さんってなんだかんだで優しいんだな――礼治は内心ほっと一息つきつつ、大人しく直につき従う。


 黒門をくぐって幾らもしないうちに第一グラウンドに到着する。通路から一段低い位置にあるグラウンドには、既に十数人の生徒が集まっていて、各々杖やら剣やら得物を携えたジャージ姿。なにやら本格的というか、物々しい雰囲気である。

 グラウンドへと駆け下りていく直を追いつつ、礼治は恐る恐る声を掛ける。


「……あの、一文字さん?」

「直でいいわよ。あたしもあんたのこと礼治って呼ぶし」

「あ、うん。分かった。――じゃなくて! あれ、これ、オリエンテーションかなにか、なんだよね……?」

「? あたし、そんなこと言ったっけ?」


 え。

 という礼治の声は、突如として鳴り響いたサイレンの音に掻き消された。


 瞬間、グラウンドに蓋をするように、透明なガラスのようなものが四方と上部に隙間無く発生する。


「け、結界!? ちょ、これ、出られないんじゃないの!?」

「そりゃそうでしょ。討伐訓練だし」

「討伐訓練!? 聞いてないけど!?」

「言ってないし」


 悪びれもしない。

 そんなやりとりをしているうちに、鳴り響いていたサイレンが止まる。気付けばサイレンに呼び寄せられたのか、グラウンドの周りには結構な数の観客が集まっており、中には暢気に弁当を広げている者すらいた。

 そしてサイレンと入れ替わるように、参加者の周囲に仮想画面が立ち上がり、機械的な音声が通達する。


『これより討伐訓練を開始します。対象は破滅因子(ワールド・エンド)、ランクD、数は三体です。本訓練は実戦形式となっており、身体に重大な損傷、もしくは死亡する危険性があります。十分ご注意ください』

「直! 直サン!? 死ぬかもって言われたんだけど!?」

「大丈夫大丈夫、みんな同じだから。それよりあんた、まだ仮想画面の設定してないの? 裏東京じゃこれ無しじゃやってけないわよ、後で教えてあげるわ」

「いやいやいやいや! そんな世間話するところ!? 違うよね!?」


 顔面蒼白で直をがくがく揺する礼治に対し、直はあははと笑うばかり。周囲の参加者は「何やってんだあいつら」とばかりの視線を寄越していたが、それも不意になくなる。


 来る。


 グラウンドの中央、地上二メートルの中空に、三つの黒い歪みのようなものが現れる。


「あれは……」

「来るわよ! まずは退く! 前衛の連中頑張れ!」


 言ったが早いか、礼治はあっという間に直の肩に米俵のように担がれ、中央から一気に退かされる。ほとんど呆然とされるがままだった礼治は、黒い歪みが爆ぜるように広がり、それぞれが全長三メートルほどの肉体を持って地に落ちるのを見ていた。


 四つ足の獣が二体に、蛇のような形のものが一体。どれもこれも黒い炎をこねて作り上げたような姿で、瞳ばかりが燃えるように赤い。そんな化け物に、剣や槍を手にした前衛系の者たちが果敢に挑み掛かっていく。


「あれが、破滅因子(ワールド・エンド)……」


 今までも存在は知っていたが、初めて生で見た人類の天敵に、礼治は思わず声を漏らす。


 破滅因子(ワールド・エンド)――人類の歴史とともに存在してきたという、人類の天敵だ。その正体は、人類の種としての自殺願望。この地上に増えすぎた人類は、それを自ら間引く存在として、無意識のうちにこの化け物を召喚しているのだ。

 魔法という技術自体、この破滅因子(ワールド・エンド)に対抗する手段として開発されたものなのである。


 破滅因子(ワールド・エンド)は、人類の自殺願望を核として、蓄積された負の感情を糧に動く化け物。

 対して魔法使いは、人類存続を使命として、同じく蓄積された正の感情と魔力を糧にして戦う者なのだ。


(そりゃ、魔法使いを目指す以上、いつかは戦う相手だけど……まだ授業すら受けたこと無いんだけど!?)


 礼治はまだほとんど一般人と言ってもいい。その素質を見出され、スカウトを受ける形で裏東京にやってきたが、まだ磨いてもいない原石なのだ。

 戸惑うばかりの彼を肩に乗せたまま、しかし直は強気に言い放つ。


「大丈夫よ、最低限あんたを守ることぐらいはできる。これでも異名持ち(ネームドクラス)の一員だからね。


 ――でも、あんたにも何かができて、その力で何かをしたいからここに来たんでしょう?


 見せなさいよ、それを。お膳立てはしてやるから」

「――――――」


 何かができて、何かをしたいから。

 そうだ、と未だ一般人の少年は唾を飲む。幼い頃魔法使いに憧れて、けれど一度はそれを諦めて、それでも今自分はここにいる。

 まだスタートラインにも立っていないのは事実。

 けれど――ここで一歩、勇み足を踏んで何が悪い。


(俺にも、何かができるって、そう胸を張るために来たんだろうが……!)


 降ろしてくれ、と礼治は言う。その声に今まで無かった覚悟を感じ取り、直も素直に応じる。


「やる気になった?」

「この状況じゃ逃げられねえしな。でも、俺は一人じゃ本当に何もできないから、頼んだ」


 悪戯っぽく笑う直に、礼治は半分呆れ混じりに頷く。


「頼まれた。で、あんた何ができんのよ」

「ん、俺自身完全に把握してるわけじゃないんだけど――俺、スピーカーみたいなもんなんだ」


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