表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
29/36

試験中のあれこれ


 ――氷雨が行方不明になった、ということに周囲が気付いたのは、火曜日の放課後になってからであった。


 彼女は朝から無断欠席していたのだが、日頃から研究に熱中しているときはそれも珍しくなかったため、発覚が遅れたのだ。


 最初に気付いたのは、礼治との訓練を終えて、帰り際に一応確認に行った直だった。彼女は氷雨のマンションを訪れ、一階のオートロックドア前からチャイムを鳴らしたものの反応は無し。マンションの管理人とも顔見知りだったため、事情を説明して部屋まで行って直接呼び掛けても返事が無い。ここでようやく異変に気付き、マスターキーを借りて室内に入ってみたところ、そこに氷雨の姿はなかったのである。


 氷雨失踪の知らせはすぐに広まり、動きの鈍い警察を横目に三つ葵生徒会を中心としたメンバーによる捜索が始まった。とはいえ時期が時期だ、期末試験に加えて大英雄の遺体の警備もある。必然的に片手間での作業にならざるを得ず、結局丸一週間過ぎたテスト二日目に至っても氷雨の行方は分からずじまいであった。


 最終的に判明した事実は、氷雨は校外に出てから行方不明になった、ということだけ。監視カメラに残された映像からは、白衣の少女が学校から徒歩で離れていくという情報しか得られなかった。


 ――そんなこんなで三つ葵では二日目が座学試験の最終日。礼治は魔法理論や魔法関連法などの科目はボロボロだったものの、その他の一般科目はそれなりの手応えを得てテストを終える。試験期間中は自主練も原則禁止なので、ホームルームが終了し次第生徒は真っ直ぐ帰っていく。


「――冷泉院さん、大丈夫かなあ」


 荷物を片付けながら、礼治は誰に言うでもなく呟く。最初こそ「冷泉院さんも異名持ち(ネームドクラス)の一人だし」と自分を納得させていたものの、失踪して一週間にもなれば不安も募る。

 そんな呟きに、顔もむけずに答えたのは直だった。


「大丈夫よ。どこでなにしてるのかは知らないけど、あいつはそう簡単にくたばる奴じゃないわ」

「でも……」

「心配すんなって。へーきへーき」


 不安を口にしようとした礼治を遮ったのは、既に荷物をまとめた勇だった。

 彼はいつも通りの軽薄な笑みで、礼治の肩をぽんぽんと叩く。


人型の知性グリモワール・ビブリオテックは伊達じゃねえよ。絶対ダイジョーブ。ダチを信じろよ」

「……うん、そうだね。冷泉院さん、なんでもできたもんね」


 風や雷を操り、空も飛んでみせたし、自動筆記までやってみせた。戦闘能力はともかく、窮地を生き残る術はいくらでも持っているはずだろう。

 礼治は改めて己に言い聞かせ、気持ちを切り替える。


(なんせ明日は討伐試験当日だ。直が退学になるかどうかの瀬戸際だし、それ以前に間違いなく命懸けになるはずだ。正直、他人の心配をしている余裕は無いよな)


 薄情にも思えるが、それも裏東京の流儀なのだろうと礼治にも分かってきた。

 こちらの事情なんて顧みられない。求められたときに、求められただけの力が発揮できるかどうか――この街の基本理念は極めて単純で残酷だ。


「じゃ、あたしは先に帰るわ。礼治、しっかり食べてしっかり寝て。万全のコンディションで明日を迎えて。ここまできたら、あたしが求めるのはそれだけよ」

「うん、肝に銘じておく。明日、勝とう」


 礼治が突き出した拳に、直は勝気な笑みで己の拳をぶつけ、振り向きもせずに教室を出ていく。ことここに至っては、余計な言葉を重ねる方が無粋であった。

 勇も「頑張れよ」とだけ残して去っていく。教室に残ったのは礼治ただ一人、いつもは賑やかなはずの校内はしんと静まり返っていて、彼は意味も無くぼうっとしてしまう。


(なんか、裏東京に来てから今まで、あっという間だったな)


 彼がそんなことを思ってしまったのは、放課後の静寂がかつて通っていた普通高校を思い出させたからだろうか。


 幼い日に憧れていた魔法を諦め、いずれどこかでサラリーマンにでもなるのだろう、なんて穏やかな諦観を抱きながら過ごしていた日常。あの日々にも小さいながらドラマがあり、悩みがあり、まだ見ぬ夢もあったのかもしれない。


 けれど、礼治はここに来た。


 初日から人類の敵である破滅因子(ワールドエンド)と戦い、翌日には裏東京でも最強の一角である嘲る暴君(タイラント)との決闘もした。そこからの日々も、外にいた頃からは考えられないほど濃いもので、それはたしかに自分が幼い日に憧れた魔法使いの世界であった。


 そして、明日は今日までの集大成だ。


 たった一か月。されど、人生で一番本気で生きた一か月だ。討伐試験を成功させたいのは、なにも直のためだけではない。


「――俺も勝つよ、直。それが第一歩だ」


 その言葉は自分に対する誓いだ。

 夢に見た『魔法使い』を、今の自分と地続きの『未来』にするために、礼治はそう呟いて立ち上がった。


 荷物を背に教室を出る。そして真っ直ぐ昇降口へと向かうと、そこで礼治は意外な人物に出会う。


「――あ、礼治君。良かった、すれ違いにならなくて」

「え、古富先生? どうしたんですか?」


 自分のクラスの下駄箱で待っていたのは、小柄な黒髪の担任であった。彼女は礼治の姿を見ると、ほっと胸を撫でおろす。


「あのね、ちょっと冷泉院さんのことでお話がありまして」

「冷泉院さんのこと……? もしかして、見付かったんですか!?」

「んー、それがなんとも言いづらくて……礼治君、まず最初に、この話をひとまずは二人の秘密にできますか?」

「秘密って、直や勇にも?」


 礼治が問い返すと、安奈はこくりと頷く。


「ええ。生徒会長さんなんかにも、です。とにかく、正直下手に動かれちゃうとまずいっていうか」

「危険な、状況なんですか?」

「そうなりかねない、ということです。君にだけこうして伝えたのは、君がその辺自制心があると信頼したからです。それと、状況次第では手伝ってもらうこともあるかもしれないので」


 声をひそめて安奈は言う。帰りのホームルームで礼治を呼び出さず、わざわざこうして二人きりになる機会を窺っていたのも、そういうことだろうか――礼治はそんな風に考え、神妙に頷く。


(俺の手伝い、っていうと、まず間違いなくこの体質を使うことだよな……それで冷泉院さんの助けになるっていうなら、なんでもするけれど)


 なんだってこんなタイミングに、という気持ちもほんの少しはあったが、それでも氷雨が現在は無事だという安堵の方が遥かに大きかった。


「それで、なにをどうすれば?」

「今日はとりあえず、このまま真っ直ぐ帰ってください。そして、明日の朝六時、三つ葵の『森』に来てください。討伐試験は基本的に十時以降のスタートになりますから、そちらに間に合わないということは無いはずです。会場が遠かった場合は前みたいに私が車で送りますから」

「明日、ですか……分かりました。なにか、準備とかは?」

「大丈夫です。とにかく、他の人には秘密で、明日遅れずに来ていただければ。

 その、巻き込んでしまってすみません……本来こんなのは警察の仕事だとは思うんですが、この街ではそれもあまり当てにならなので。せめて教師として、自分の生徒ぐらいは守りたいんです」


 既に君を巻き込んでしまってますけどね、と安奈は自嘲する。


「先生……いえ、大丈夫です。俺にできることならなんでもしますから」

「ありがとうございます、礼治君。こんなことを頼んでおいてですけど、私は本当は君の身も危険には晒したくありません。詳しくは明日説明しますけど、自分の身を最優先にしてくださいね」


 安奈は念を押すようにそう言って、小さく一礼してその場を去る。礼治には、その小さな背中が頼もしく思えた。


(よりにもよってなタイミングだけど、冷泉院さんが無事ならそれが一番だよな)


 明日一体どういうことになるのかは分からないが、少なくとも礼治には氷雨の件を無視して試験に備える、という選択肢はありえない。己の特異体質を使うのならば魔力も使うことになるだろうが、それもこうなっては仕方の無いことだろう。


 結局のところ今自分にできることは、しっかり食べてしっかり寝て、せめて万全を整えることだけ。

 礼治は改めて己にそう言い聞かせ、靴を履き替えるのであった。

ストックが大体尽きたので、この先毎日投稿が途切れるかもしれないです。

詳しくは活動報告に書きます。

ブックマーク入れずに追ってくださってる方がいましたら、この機にブックマークお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ