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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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試験対策 2


 直から送られてきた報告を確認し終えると、氷雨は目を閉じてゆっくりと長い息を吐く。


 ばらばらに散らばっていたピースをかき集め、一つの絵画を作り上げるイメージ。今まではピースが少なすぎてどうにもならなかったが、ここまで出揃えば氷雨には少しずつ全体像が見えつつあった。


 大英雄の遺体、十年前のクローン騒動、『夜な夜な徘徊する森の巨人』、出来損ないの土人形、消えた調査隊唯一の異名持ち(ネームドクラス)


 想像による飛躍で、全てを繋げることは可能だろう。しかし氷雨は探偵ではなく研究者だ。頭に浮かんだことは、今は一つの仮説としてとどめていくことにした。

 今はまだ断定すべき時ではない。そしてなにより――今はそんな場合でもなかった。


 ゆっくりと目を開ける。視界に飛び込んでくるのは薄暗く汚れた地下の風景で、より具体的に言うならば裏田町駅の地下管理区画であった。


「ああもう、なんでたまの休日にボクはこんなところに駆り出されなきゃならないんだ……! 今日は一日クーラーの効いた部屋で優雅に論文を読んで過ごすつもりだったのに!」

「まあそう言わんでくださいお嬢さん。それ、そろそろこっちの用意ができますよっと」


 氷雨の嘆きを苦笑して受け流すのは、裏田町駅の駅員と思しき中年の男だ。男は手にした工具で壁面の一部を外し、その内側を露出させる。そこには電子回路に似た幾何学模様の刻まれたプレートが収まっており、その一部は焦げたように黒く塗りつぶされていた。

 ビンゴ、と男は声を弾ませるが、氷雨の方はやれやれと溜息をもらす。


「あの名を呼ぶことなかれ(アンネームド)が暴れたのは災難だと思うけどね、奴の泥って結局魔力で出来てるものだから、放っておけば三十分ぐらいで消えるんだよ。駅としては致命的な時間だと思うけど、それでもそのぐらい閉鎖しておけばよかったんだ。それを下手に掃除なんかして、排水管に流し込んだりするから、こうやって変なところで影響が起きるんだ」

「あの泥が近くの配管を通っただけで、こんなことに?」

「そうとも。奴の泥は超高純度の負の感情を含んでる。そんなものを魔力機器のそばを流すとか、パソコンに超強力な磁石を投げつけるようなもんだよ! 普通の魔力機器ならある程度は対策されてるけど、こういう内部の機構なんかはデリケートなんだから、その辺よく考えて行動してほしいものだね!」


 氷雨はプレートを確認しつつぷりぷり怒るが、男の方はよく分からずに適当に頷くだけだ。裏東京にいる者全てが魔法使いというわけではない、彼も一般人なのだろう。

 見分を終えると、氷雨は壁から一歩離れて左手を自分の顔の前に掲げるように構える。


「知は力 力は巡る 巡るは血 血は綴る

 綴る血文字は神秘を伝え 神秘はこの身に力を与える

 出でよ魔本(グリモワール) この身こそ人型の知性であることを示せ!」


 呪文と共に召喚されるのは一冊の古びた本だ。装丁は革張りに金細工、頁は羊皮紙、淡い魔力光を帯びてふわふわと宙に浮く。

 それこそは数多の魔法を収めた魔導書、彼女は迷うことなく一つの頁を開く。


「複製魔法第六章 『よろず屋の秘密道具(リペアツール)』」


 氷雨の呪文に応じて頁が千切れ、プレートの焦げた部分にぺたりと張り付き光に消える。すると黒い焦げ痕は端からじわじわと消えてゆき、やがてその部分だけ入れ替えたように新品同様になった。


「おぉ! 他の駅の連中から噂には聞いてたけど、すげえもんだな嬢ちゃん! こりゃ修理屋要らずだな!」

「馬鹿言わないでおくれよ。この魔法でボクが直せるものなんて、ある程度構造が分かってる単純な作りの物だけさ。最大範囲も五センチぐらいだしね。

 じゃあボクはもう失礼するよ。次からは魔法で出来た物体には迂闊に手出ししないように」


 魔導書をぱたんと閉じてそのまま消すと、氷雨は適当に手を振ってその場を去る。


(しっかし、排水管に流すだけでこれか……相変わらず恐ろしいというか、厄介な魔法だよ。これ、悪用したらとんでもないことできそうだな……)


 氷雨は一瞬だけ『涙積泥土』をコピーできないものかと考えるが、まず黒魔法は適性ある者にしか使えないし、そもそもあの名を呼ぶことなかれ(アンネームド)に協力してもらうことは不可能だろう、とすぐに思いなおす。下手にコピーさせてくれなんて言った日には、「じゃあ身体で覚えよっか」と笑顔で泥を飲まされるのがオチだろう。


 溜息を一つ。彼女は白衣についた汚れを気にしつつ、地上へと続く階段を上るのであった。




     ■




 期末試験の試験会場候補地を幾つか回り、途中ファーストフード店で昼食を挟んでから、礼治と直が最後に訪れたのは裏東京駅であった。

 先日の護送の際待ち合わせしたロータリーに立ち、礼治はぐるりと辺りを見回す。現在土曜日の午後二時半、平日の早朝とは違い辺りに観光客が途切れることは無い。


「ここでやる可能性もあるの? すっげえ賑わってるけど」

「過去に何度かあったらしいのよ。ぶっちゃけて言えば半分パフォーマンスとしてね。かなり優秀な生徒に、見た目が派手な地竜型破滅因子(ワールドエンド)をあてがって、観光客達にその討伐を見せつける――ま、期末試験に三つ葵の宣伝も兼ねさせたってところよ。正直言って、あたしらがここでそんなことをやらされることはないでしょうね」


 失敗したら大事だし、と直は苦笑する。


「? じゃあ、なんでわざわざここに? 念のため?」

「それは、その、あれよ。念のためって言うのも勿論あるけど……い、一時間だけ!」

「?」


 唐突に怒鳴る直に、礼治は首をかしげる。一時間だけ、とは一体なんの時間制限なのか。


「ああもう察しが悪いわね……! 折角の休日なんだし、一時間だけ付き合ってやるって言ってんの! あんた、どうせ今日滅茶苦茶浮かれて来たんでしょ!? その服装見れば丸分かりなんだから!」

「それは、まあ、おっしゃる通りで……でも、いいの?」


 遊びではないと出会い頭に念を押したのは直の方だ。それが一体どういう心境の変化なのか。

 しかし、礼治はふと直の足元を見て遅ばせながら気付く。お洒落な少し底の厚いサンダル。それは当然ながら、雑木林にまで分け入る下見にも、組手をする訓練にも適さないものだ。わざわざ後で履き替える手間を受け入れたうえで、彼女はそれを履いてきたのである。


(そっか。最初から、そのつもりで……)


 全く、本当に素直じゃない。思わず湧き上がってくる笑いを、礼治は喉の奥で押しとどめる。


「――ありがと、直。じゃあ早速行こうか。つっても、俺そんなに詳しくないけど」

「……この辺は結構見る場所あるわよ。駅地下はショッピングモールになってるし、すぐそこに百貨店とかもあるし。お腹にまだ余裕あるなら、駅の中で食べ歩きもできるしね」


 素っ気なくそっぽを向きつつ、しかし直はすらすらと並べる。よく遊びに来るのか、あるいは昨日のうちに調べておいたのか――その辺りはつつかない方が身のためだ、と礼治は判断し、そっかと頷くにとどめる。


「じゃあなんか食べたいかな。そろそろ夏限定の奴とか出てる時期だよね」

「あんた、そういう限定とか好きよね……ホント平凡っていうか。んじゃ並ばない程度の人気店でも探すわよ。あと、ちゃんと一時間だけだからね! その後は学校戻って訓練するから! 食べ過ぎて吐くんじゃないわよ!」


 顔を真っ赤にして強調する直に、礼治ははいはいと苦笑してついていく。

 短い休日の、更に短い休息を、なんだかんだと二人は楽しむのであった。




     ■




 「しっかし、この地下街広いねえ……俺もう一人じゃ最初のロータリー戻れる気がしないんだけど」


 初夏限定のシークワーサーアイスを頬張りながら礼治は呟く。まだ裏東京駅についてから二十分だが、既に結構な距離を歩いていた。


「ま、ここは世界有数の地下空間を抱えてる場所だしね。知ってる? 一般開放されてる商業エリアも相当だけど、それより更に地下もあるらしいわよ」


 こちらは定番のバニラアイスを舐めながら直は言う。今のところ特に目的地は無い。適当にぶらつきながら考えよう、となっていた。


「更に地下って、なにそれ都市伝説?」

「違うわよ。ほら、裏東京自体、いざとなったら表から切り離せる仕組みになってるでしょ? でも流石に即見捨てるってわけにもいかないから、ある程度独立して生存できるようになってんの。裏東京内で非常事態をなんとかできる可能性だってあるわけだしね。んで、そのための避難施設の一つが、この裏東京駅の地下にあんのよ」


 直はそう言いつつ、ぱっと仮想画面を開いて音声認識で検索。ものの十数秒で裏東京駅の公式ホームページが出している構内模式図を表示して見せる。

 そこにはたしかに、広大な一般開放区画の更に下、それと同等程度の空間が『緊急時避難エリア』として描かれていた。


「へー。じゃあいざとなったらここに来ればいいんだ」

「馬鹿、あたしらの避難所は普通に三つ葵よ。そっちの方が近いでしょうが。……まあ、うちが非常事態の発生源になる可能性もあるから、その辺は臨機応変にだけど」


 ここは地獄のように大混雑でしょうしね、と直はちらりと辺りを見回す。土曜日の良い時間帯ということもあり、何事もない今現在ですら周囲はごった返している。ここに避難民が押し寄せたとしたら、それはもう想像を絶する地獄絵図になるだろう。


 暑苦しいのはやだなあ、なんて呑気に思う礼治の目に、壁に貼られた映画のポスターが飛び込んでくる。『ゾンビパンデミック』というおどろおどろしい表題の下に、墓から飛び出す大量のゾンビが映っている。


「三つ葵が発生源か……地下の死体が一斉に動き出すとか?」

「ぶっちゃけ無くは無いかもね。腕の良い死霊術師(ネクロマンサー)が百人ぐらい集まって、地下の検体保管庫に忍び込んで――って、無理か。あそこセキュリティ厳重だしね。中学の頃氷雨が同じ地下にある他の魔具を超欲しがっててさあ、かなり本気で侵入計画立ててたんだけど、結局『絶対無理だからやめた』って諦めたのよ」

「常識人っぽい顔してるけど、冷泉院さんも結構頭のネジ飛んでるよね」


 成功してもまずいだろうに。


「たしか、あたしらと勇が仲良くなったのもそれがきっかけよ。あいつの『何が出るかな(パーティーハウス)』が使えれば盗んだ物隠せるし、逃げ出すこともできるからって、氷雨が声掛けたのよ」

「勝手に片棒担がされそうになってる……っていうか、隠すのはともかく、逃げ出せるってなに。そんな機能あったっけ?」

「ああ、勇の『何が出るかな(パーティーハウス)』と、氷雨のコピーした『何が出るかな(パーティーハウス)』って、やろうと思えば繋げられるらしいのよ。普段はプライベートな物入れてるし、当然分けてるけど、疑似的な異空間トンネル? とやらにできるらしいわ」

「おお、一気に魔法スパイ映画っぽくなったな! 犯罪に使うのは良くないと思うけどね!」


 マジで片棒担がせるつもりだったのか、と礼治は笑うしかない。

 あてどなく歩くうち、今度は先程とは違うポスターが目に入ってくる。『オペレーション・インポッシブル3』、凄腕の魔法使いスパイが、毎度なんやかんやと妻やら娘やらを人質に取られたり取り返したりするアクションものだ。ベタでワンパターンとの声もあるが、礼治は好きなシリーズであった。


(あー、七月に三作目が公開かあ。観に行かなくちゃ)


 礼治はネタバレは嫌いだ。今時シャベッターを開くとすぐに無遠慮なネタバレが流れて来るし、できれば公開初日に観ておきたいところである。


 ちらりと横を見る。アイスをコーンまで食べ終えた直が、ぺろりと口元を舌で拭う。頭のネジ飛んでる女筆頭ではあるが、礼治にとってこうして共にいて楽しい相手だ。

 よし、と小さく気合を込める。そして勇気を振り絞って礼治は言った。


「――もし、今度の期末試験、うまく行ったらさ」

「なによ。もしじゃなくて絶対うまく行かせんのよ」


 凛と言い放つ直に苦笑しつつ、礼治はまあまあと続ける。


「分かってるよ。分かってっから、ちょっと言わせてくれ。試験を絶対うまく行かせて、直も俺も無事夏休みに入ったら――あの映画、付き合ってよ。チケット代は俺が出すから」


 そう言って、礼治は壁に貼られた巨大ポスターを指差した。

 自然と二人は立ち止まる。流れていく人波の中、直も礼治も壁の方に顔を向け、お互いのことは視界の端にとらえるだけだ。


「――なにそれ、デートの誘いのつもり?」

「今度は時間制限無しがいい」

「……食事はファーストフード店以外で」

「もしかして、今日のあそこ気に入らなかった?」

「デートには嫌っつってんの。あとチケット以外は全部割り勘で。あたし、無理して奢られるのとか気持ち悪くて嫌だから」

「ぶっちゃけありがたい」

「あと変なことしたらへし折るから」

「どこを!?」

「鼻っ柱よ」

「グーで殴る気だな!? そっちも怖えよ!」


 絶対身体強化して殴る気だろう。確実に鼻血じゃ済まない一撃だ。


 礼治はさりげなく直の横顔をうかがう。が、直はそれを鋭く察知してそっぽを向く。回り込んででもその顔を見たいとも思ったが、そんなことすればこの場で鼻っ柱をへし折られること請け合いだ。


(ま、拒否されなかっただけ御の字かな)


 楽しみだなあ、とわざとらしく口にしながら歩き出す礼治。直はその背を無言でがしがし殴りながら追う。

 時刻は丁度三時を回った。残り時間は三十分、心なしか早足で、二人は再び人波に紛れていくのであった。

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