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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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会議の後で


 会議はつつがなく進行していった。


 三つ葵の警備については、放課後人の居なくなる午後六時から十二時までと、十二時から午前六時までの二交代制をとることに。そのうち片方は三つ葵側が毎日担当し、もう片方をアヴァロンと新明星が交代で担当する、という手筈になった。


 先日の護送車両襲撃の件については、案の定というべきか各校ほぼ進展無し。MAGAに情報と技術を与えたであろう『予言者』の尻尾も掴めないままで、会議ではその危険性の再周知、及び有事の際の対応マニュアルの再確認にとどまった。

 そして最後に話題になったのは、運び込まれた大英雄の遺体そのものについてであった。


「――結局、大英雄の遺体は本物だったのカ? もうそこそこ時間経ってるシ、結果出てもおかしくないと思うんだガ」


 手を上げて問うたのは白日(バイリー)だ。言えなければ答えなくてもいいガ、と彼は付け加えるが、他の面々も気になっている様子であった。


「あー、それなんだけど、実は僕もまだ知らされてない。担当研究者にも聞いてみたんだけど、どうにも魔法由来のクローンの場合、識別はかなり面倒らしくてね……そうだな、その辺りは詳しい人に聞いてみようか」


 言ったが早いか、帝は仮想画面を呼び出して映像通話を掛ける。数コールの後相手が出て、帝は事情を説明、そして仮想画面を会議場全体に見えるようにスクリーンサイズに拡大して部屋の中央へと配置する。

 画面の中に映っているのは、片手にマグカップを持った白衣の少女――氷雨である。


「あら、氷雨さん。研究室にいらっしゃいますの? 会議に参加してくださればよかったのに」

『生憎だが人の多い会議は苦手でね、今回はサボらせてもらった。で、遺体の真偽についてだったね。だが、その説明には少々遠回りが必要だ。

 そもそも、クローンを作る目的とは何だと思う?』

「目的って、それはクローン元と同じように優秀な人物が欲しいから、でしょう?」


 軽く首を傾げながらイヴは言う。こと大英雄のクローンに関しては、一般的にこの理由だと知られているのだ。


『勿論それもあるだろうね。でも、それだけかな?』

「ンー……呪術やら仙術の方面になるガ、クローン元の肉体の予備、とかカ?」


 本国の金持ち共がたまにやってル、と白日は眉を寄せながら言う。


『いいね、それもある。魂の乗り換えってやつだ。成功率は低いけどね。大きくはあと一つあるんだけど、分かるかい?』

「となると――記録媒体として(・・・・・・・)、かな?」


 帝の言葉に、氷雨は我が意を得たりとばかりに笑みを見せる。


『そう、その通り。魔法っていうものは気難しくてね、保存することがとても難しい。理論を紙に書いて残すことはできても、その紙の通りにやってもまず再現できない。でも、魔法をそのまま保存できる容器が一つだけあってね、それこそが人体なんだ』


 彼女の言葉に対する反応はまちまちだ。お国柄なのか、三つ葵陣営は平然と頷き、アヴァロン陣営ではへえと感心する者が多く、新明星陣営は露骨に眉をひそめる者が多かった。

 氷雨は咳払いを一つして、説明を続ける。


『これは三つ葵が魔法使いの死体を集めてることを思い出してくれれば分かりやすいかな。で、この三つのどれだとしても、魔法でクローンを作る方法は大きくは変わらない。まずクローン元の遺伝子情報をもとに胎児を作り、次にクローン元の成長後の姿を「型」として与え、「型」に合うように成長させる――極めて大雑把に言えば、同じ材料を使ってパンをこね、同じ型に入れて膨らませるようなものさ』

「それはハード面は、ってことだろう? 中身のソフト面は、それぞれ目的に合わせて作り方を変える、と」


 帝の補足に頷き、氷雨は立ち上がってホワイトボードの前に移動する。そしてそこからは簡単な図示を交えて説明する。


『そういうことだね。人材目的なら一から魔法の基礎を教え込んでいくだろうし、スペアボディや記録媒体としてなら手っ取り早く培養槽の中で急速成長させるだろう。使いこなせるかどうかを度外視すれば、魔法をそのまま相手の身体に書き写すことは可能だしね。書き込まれる側に大きな負荷はあるけれど。

 で、だ。ここでようやく最初の問いに戻るわけだが、こういう方法で作られたクローンは見分けるのに大変苦労する。腕の良い魔法使いが作れば、物理的には「型」とほぼ完全に同一の存在になるし、教育方法次第では中身まで同じ魔法が入ってるんだからね』

「成程ナ。それで、専門家の目をもってしても判別が難しいト」

『そういうこと。ま、あと考えられる理由としては……研究者たちが口では「まだ解析終わってないから」と言いつつ、邪魔されないこの機会に好き勝手研究してる、とかかな』


 氷雨は冗談半分という口調で付け加えるが、皆は「あぁ……」と呆れ顔で息を漏らす。実際、それがかなり真実味を帯びた話であることは誰もが知っていた。

 三つ葵の研究者に限らず、裏東京の魔法研究者など九割九分どこかしら狂ってて、残りの一分は完全にイカレてるというのが常識なのである。

 咳払いをもう一つ。氷雨はまとめに入る。


『結論として、判別に時間が掛かるのは事実だし、今は公式発表を待つしかない、というのが現状だ。仮に偽物だと判明しても、結局のところ世間にその発表がなされるまで警備は必要だしね』

「あぁ、僕の方から補足しておくと、学校側の事情も鑑みて、結果の公表は期末テスト後になるらしい。つまり、それまでは各校警備の協力を頼むよ」

「テスト最終日まで、深夜の仕事ですか……まあ、仕方ありませんね。お互い日程などの面で融通を利かせ、テストに影響が出ないように努力しましょうか」


 ぱん、と手を打ってイヴがまとめると、皆それに頷いてその話題も終わりとなる。

 その後は挨拶もそこそこに会議は終了。帝はすぐに白日のもとへ「うちのルーキーにやってくれたじゃないか」と皮肉を飛ばしに行く。白日の方は素知らぬ顔で「ちょいと後輩指導しただけだゼ」なんて返すが、そこからは「ずるいぞこの野郎!」とじゃれ合いだ。帝は先程の決闘を観てから身体を動かしたくて仕方なかったらしく、身体強化無しで軽く組手を始める始末。


 片付けも済んでいない室内で、無駄に高度な格闘戦を繰り広げるはた迷惑な生徒会長達を横目に、サレンは呆れ交じりに呟く。


「どうして男性というのはこう、立場ある方でも野蛮なのでしょうね……」

「ふふ、血気盛んで良いではないですか。この歳で老いて枯れるよりはずっとマシですとも。ええ、でもここで震脚はやめていただきたいですけど――って、あら?」


 と。不意にイヴの顔横に仮想画面が立ち上がる。確認してみれば、それは氷雨からの映像通話の着信であった。


『やあ、会議終わったばかりなのにすまないね。今話せるかい?』

「ええ。でもどうしましたの? 先程の話に補足があるなら、皆さんまだ部屋にいますけれど、集めます?」

『いや、その件じゃなくて、君に個人的な用事なんだ。この後可能ならボクの研究室に来てくれないか? 場所は――』


 氷雨はそう言いながら、ちらりとイヴの横のサレンに目をやる。するとサレンは小さく頷き「案内できます」と告げる。


「ええ、そういうことなら構いませんわよ。今から向かわせていただきますわね。他のメイドの皆さんは、席を外した方がよろしいかしら」

『あー、そうだね。単純に部屋に入りきらないだろうし』

「分かりました。では後ほど」


 イヴは通話を切ると、付き添いで来ていたサレン以外のメイド達に先に学校へ戻るように指示を出す。

 そして、一応帝と白日にももう一度別れの挨拶を、と目を向けたのだが。


「……お嬢様、もう放っておくのがよろしいかと」

「……ええ、邪魔立ては無粋でしょうね」


 いつの間にやら軽くでは済まなくなっている二人に、一応のお辞儀を残し、二人は会議室を出ていくのであった。




     ■




 場所は変わって第一研究棟の二階、『Chilly Rain Labo』という表札の掛かった小さな研究室。氷雨は最低限のもてなしとしてアイスコーヒーの入ったコップを二つテーブルに置いてから、自分の椅子に座った。


 相手の椅子は一応二脚用意したが、サレンはいつも通りイヴの背後に立ったままだ。警戒されている、というわけではないだろう。学年は一つ違うが氷雨と二人は中等部の頃から付き合いがあり、友人と言って差し支えない。単に、サレンにとってはそれが従者としての基本姿勢なのである。


「さて、まずはご足労いただき感謝するよ。ああ、すまない、砂糖やミルクは無い。そもそも人を招くことがなくてね」

「構いませんわ。それで、個人的なお話というのは?」


 単刀直入にイヴは問う。これも、氷雨が無駄な駆け引きなどを好まないと知ってのことである。


「この前の『夜な夜な徘徊する森の巨人』についてだ。可能ならもう少し、情報を集めてほしい。当時の調査隊メンバーに直接話が聞ければベストだ」

「それはまた……私も気にしていた件ではありますけれど、そこまで引っ掛かるものがおありでしたか?」


 イヴは不思議そうに問う。前回帝経由で頼まれた時も、片手間とはいえ一応形になる程度には調べたのだ。それ以上を求めるられるとなると、イヴとしてもそれなりに腰を据えなければならない。十年前の事件に、それだけの労力を求める意味はあるのかどうか。

 対して氷雨は、もどかしげに唸ってから、言葉を選びながら答える。


「阿部君と直が出会った謎の店員ってのが、どうにも気になるんだよね……正直、なにか確信があるのかって言われると、全く無いんだ。ただ、誰も知らないはずの『夜な夜な徘徊する森の巨人』の話を、どうしてこのタイミングで知らせて来たのか。そもそも一体何者なのか」

「もしかしたら、その店員が調査隊のメンバーにゆかりある人物かもしれない、と?」

「人間かどうかも判別付かないところだけどね。少なくとも年齢的には合う。十年前に高等部だったなら、今は二十代半ばから後半のはずだしね。で、これが二人が出会ったっていう人物の似顔絵だ」


 氷雨はそう言うと、机の引き出しからA4の紙に鉛筆で書かれた似顔絵を取り出す。それは写真もかくやという写実的な絵であった。


「あら、お上手。これはどなたが?」

「阿部君だよ。といっても、彼の絵心では無いけどね。複製魔法第三十三章 『自動筆記(オートマティスム)』、本来は捜査用モンタージュを作成するための魔法だけど、それを使って彼の記憶にある謎の店員の顔を描いてもらった。描くというより出力する魔法だから、かなり精度は高いはずだよ」


 ましてや彼の強化も入ってるしね、と氷雨は付け加える。


「相変わらず便利な魔法ですわね、貴女の人型の知性グリモワール・ビブリオテック。分かりました、当時の調査隊についてもう一度調べてみますわ。といっても、そもそもその名簿すら抹消されてますので、あまり期待はしないでくださいませ。お互い忙しい時期ですし」

「ああ、無茶を言ってすまないね。実際のところ、仮に店員の正体がつかめたとしても、大英雄の遺体やらなにやらとはまるで無関係って可能性も高いし……ぶっちゃけこれはボクの趣味に近い。我ながら、学者肌の人間ってのは厄介なもんさ。気になったら止まらないんだから」

「それが貴女の美点でもありましょう。なんでも、大英雄の遺体の検査チームについても調べてるとか」


 コーヒーを上品に一口飲んで、にっこりとイヴは言う。その辺りのことは帝から世間話ついでに聞いていた。


(今年の三国連合は結び付きが強くて、なにしても全部筒抜けだなあ……まあ、敵対し合うよりかは幾分マシだけど)


 若干の厄介を感じつつ、氷雨は苦笑する。実際代によっては連合とは名ばかりの険悪な関係であることも珍しくなく、今の三国連合は近年稀にみるほど正常かつ穏健であると評判であった。


「一応ボクも異名持ち(ネームドクラス)だからね、直が今忙しくて協力できない分も、手伝っておこうと思っただけさ」

「ふふ、お優しいこと。それで、なにか成果はありました? 先日の魔法省との会議では、その名簿の中に『予言者』がいる可能性も言及されてましたわよね」


 その後捜査は進んでいないらしいですけど、とイヴは言い、まあそうだろうと氷雨も頷く。そもそもなんの証拠も残していないのだ、捜査が進むはずもない。


「ボクはシャーロックホームズでもなんでもないからね、調べると言ってもボクなりのやり方さ。具体的に言うと、これだね」


 氷雨がそう言って指差したのは、彼女の机の上に山と積まれた書類の束だ。彼女は上から数束取って、イヴとサレンにそれぞれ手渡す。

 二人はそれをぺらぺらとめくり、揃って怪訝そうな顔を浮かべる。それはおおよそ調査とは結び付かないようなものであったのだ。

 つまり。


「――論文、ですよね、これ。氷雨様、これは一体?」

「正確に言えば、今検査チームの面々が過去に発表した論文さ。ボクはね、研究者の本性を知るにはこれが一番だと思うんだよ。論文の書き方には勿論フォーマットはあるけど、細かい部分に出る人間性は隠しようが無いし、なによりテーマ選択は著者の趣味嗜好目的人生観等々が如実に出るんだよ! ボクとしても読んでて面白いしね!」


 きらんと眼鏡を輝かせ、興奮気味に早口で言い放つ氷雨に、イヴとサレンは真顔で顔を見合わせる。

 さっきまでの氷雨は理知的な才女の顔をしていたが、今は頭に「マッド」が付くタイプの研究者の顔になっていた。


「……あの、一つお聞きしたいのですけれど、先程の会議で『邪魔されないこの機会に好き勝手研究してる』って言ったのって」

「うん、ボクだったら確実にそうするからね! 研究者ってそういう生き物だから!」

「ですわよね……え、ええ、それも貴女の美点だと思いますわよ、ええ。それで、なにか気になる論文はありまして?」


 そんな迂闊な問いかけに、氷雨は目の色を変えて一冊の紙束を手に取り胸に抱く。まずい、とイヴは気付くも後の祭り、既に完全にスイッチが入っていた。


「お、聞いちゃうかい? 聞いちゃうのかい!? それがねえ、色々と面白いのがあったんだよ! 死体の基本的な防腐処理に対する科学・魔法の両面からのアプローチについてだとか、死後死体に残った魔法の経年劣化とその対処法とか! 複数の死体を使って対照実験とかもしててさ、明らかにそのためにホムンクルスの死体用意しただろって見え見えで、その倫理観ぶっ壊れっぷりなんかまさに裏東京ならではって感じで最高だよね! 中でも気になったのはうちの担任が発表してた奴で、一人だけ異質でさあ――」

「お嬢様! これ間違いなく長くなる奴です! 今すぐおなか痛くなってください! 体調不良を理由にここを抜け出しましょう!」

「ええ、そうですわね! あいたたた! ごめんあそばせ氷雨さん! 私唐突に腹痛でおなかが痛いのでお暇させていただきますわ! 頼まれた件は何か掴め次第連絡差し上げますので! それではごきげんよう!」

「ちょ、逃げ方が雑じゃないかい!? これから面白くなるのに! ちょっとー!?」


 氷雨の呼び掛けもむなしく、メイドとお嬢様の二人組は揃ってスカートの裾を持ち上げて走り去っていく。高速のお嬢様走りで廊下を爆走する背中を見送り、氷雨はつまらなそうに口を尖らせて研究室へと戻った。


(折角珍しく論文について語れると思ったのになー……)


 何故こんなに素晴らしいのに皆興味を持ってくれないんだろう、と首をかしげる氷雨。完全にマッドな類の研究者の思考である。

 溜息を一つ、彼女は胸に抱えた論文を机に置き、コップをシンクへと運んでいく。論文の表紙には『ゴーレムの疑似人格のサルベージ法について』という文字が書かれていた。

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