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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
24/36

強くなるために――白日の決闘 3


 第一グラウンドを囲う階段、今は決闘を観戦する者たちの客席となっているその一角に、一際目立つ集団がいた。

 数人のメイド服と、ドレスのような華美な制服――アヴァロン生徒会長のイヴを中心とする一団であった。


 サレンが差すフリル付きの日傘の下、イヴは他のメイドが差し出す水筒のコップに口をつけ、一息。汗で張り付く金の縦ロールを軽く外に払ってから、口を開く。


「――なかなか、厳しい様子ですわね」


 彼女の言葉に、横のサレンも無言でうなずく。彼女らの前で繰り広げられる決闘は、最早そう呼ぶことが難しいほど一方的なものであった。


 平坦であったはずのグラウンドは既に穴だらけになっており、その中で礼治と直の二人は既に満身創痍だ。息は乱れ、滝のように汗を流し、生傷も多い。特に礼治の方は、先程から左腕をだらんと力無く垂らしており、あれはおそらく掠った際に折れたか脱臼したかのどちらかだろう。


「あの状況でも戦意を失わないのは、流石と言うべきでしょうが……」


 サレンはそこまで言って口ごもる。無理もない、それだけの負傷を抱えながら、二人はいまだに白日に対して一撃も有効打を与えられていないのだから。


「お二人とも、お互い庇い合って、まだあの場に立っているだけで賞賛に値しますけれど――あまりにも手が少なすぎますわね。下手な削りは通用しないと見せつけられたばかりですし、そうなると時間の掛かる大技しかない。ですけど、そんな暇なんてあるわけもないですし」

「阿部様の方で時間稼ぎができない、というのが痛いですね。むしろ直様は阿部様を庇うために動かざるを得ない場面も多いです」

「サレン、貴女相変わらず容赦ありませんのね……」


 イヴは流石に鼻白むが、しかし事実だ。


(素人なのにあそこまでできている、という時点で大したものなのですけれど……それでも、魔法の世界では結果のみが価値です)


 たとえどんな特異体質があったとしても、あの場で有効活用できていないのならば、それは無いも同然だ。現状、礼治が足手まといになっている、というのは誰が見ても明らかであった。


 そう、それは彼自身にとっても。


 直へと攻撃を仕掛ける白日を見て、礼治は歯を剥いて悔しがる。礼治の左腕が使い物にならなくなってから、白日が礼治に攻撃を仕掛ける頻度は目に見えて下がった。これはあくまで訓練としての決闘だから、という理由もあるだろうが、それ以上にこの場で礼治の価値がなくなったからというのが大きい。彼はそれが悔しくてたまらないのだろう。


「感情のまま飛び出さないだけ、阿部様は賢明です」

「それを先程やってダンスさせられてましたからね……ええ、現状を知るという意味で、彼らにとって十分に実りある決闘だったでしょう」


 フォローするようにそう言って、イヴは腰を上げる。階段に敷いていたハンカチを軽く払い、丁寧に折りたたんでポケットへと戻す。


「もう、よろしいので?」

「残り時間も僅かです。もう見るべきものも――」


 と。

 イヴが背を向けかけた、その時だった。


 足元を揺らす振動が一帯を襲う。不意のことに軽くよろめくイヴを、サレンが日傘を投げ捨て即座に抱き寄せた。

 何事か、と問うまでもない。再びグラウンドへ目を向ければ、無理矢理に突っ込んでいった礼治が、白日の震脚で吹き飛ばされているところだった。


(無茶な……! 勝負を焦りましたか……!)


 吹っ飛ばした張本人の白日も、怪訝そうに眉根を寄せているのが分かる。白日の前では直が魔力弾を放つ準備をしているが、時間稼ぎというにもあまりに短い。

 が、しかし。

 吹っ飛ばされて地面に転がりながら、それでも無理矢理地割れの縁を掴んで留まって、礼治は力の限り声を上げる。


「直! 下だっ(・・・)!」

「ッ、あぁあああ!」


 直の反応は早かった。彼女は不十分な溜めのまま、真っ直ぐ白日に向けていた腕を真下に向け、即座に魔力弾を放ったのだ。

 巻き起こるのは派手な土煙――だけではなかった。


 震動がもう一度響く。

 しかし今度の原因は白日ではない。直の一撃を引き金に、グラウンドの一部がクレーター状に地崩れを起こしたのだ。

 直も、礼治も、そして白日も――その小さな地崩れに諸共に巻き込まれていく。


「まさか、白日が幾つも作った大穴のせいですか……!?」

「それだけではありません! 直前に白日様の放った震脚が、周辺地形に致命傷を与えていました……! そこに直様がとどめを刺したんです!」


 その結果が、眼前の惨状だ。

 生まれたクレーターの中央、あの白日がこの決闘で初めて尻もちをついている。そしてその前では、同じく土砂に足を取られて倒れかけの直と、いつの間にか直の腰に縋りつくように右腕を回した礼治が、不格好な砲撃姿勢を取っていた。


 呪文を唱える暇は無い。

 しかし、礼治の強化さえあれば、溜めも呪文もなくとも、竜にも及ぶ一撃となる。



「「行っけぇえええええええッ!」」



 轟音。

 そしてそれと重なるように、決闘終了を告げる電子音が鳴り響くのであった。




     ■




 浅いクレーターの中、土煙が晴れていく。


 発砲の衝撃で折り重なるようになった礼治と直の視線の先、まず見えたのは小さな右の掌だ。突き出されたそれは、表皮を焦がして細い煙を立ち昇らせ、また広げた五指の内人差し指から薬指までの三本はあらぬ方向にへしゃげている。そして更に視界が戻ると、その手の主、満足げとも呆れ交じりともとれるような笑みを浮かべた白日の姿が明らかになった。

 突き出した右手以外、ほぼ無傷である。


『「千年為央竜(シャオロン)王白日(ワン・バイリー) 対 「行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)」一文字直・阿部礼司

 勝者:無し  引き分け』


 決闘終了の電子音が鳴り響き、同時に三人の顔横に結果を知らせる仮想画面が現れた。

 それを見て、礼治と直は一気に脱力して倒れ伏す。地面、礼治、直というサンドイッチだ。


「あの距離あの姿勢で、なんで腕一本で受けきれんのよぉ……この化け物めえ」

「今回こそ勝ったと思ったんだけどなあ! 俺今のところ決闘の勝率ゼロパーセントなんだけど!」

「まだ二戦しかやってないくせになに言ってんの馬鹿。つーかこんなの決闘形式の訓練でしょうが」

「でも勝ちたいじゃん! 異名持ち(ネームドクラス)に勝ったって自慢したいじゃん!」


 そのままの姿勢で言い合いを始める二人に、白日は思わず噴き出して大いに笑い声をあげる。


「はっはっはっはッ! いやア、お前ら本当に面白いナ! まさかここまでしてやられるとは思わなかったゾ!」 


 そして、白日は折れたはずの右手の指を無理矢理握りしめ、開いて握ってを数回繰り返す。すると明らかに骨折していた指が、見た目までも健康な状態に回復するではないか。


「え、ちょ、え? どうなって……?」

「あれあんた、氷雨から聞いてたんじゃないの? こいつの超再生能力」

「超、再生?」

「言うほど便利なものでもないがナ。俺の千年為央竜(シャオロン)ハ、俺を信じる者がいる限リ、何度でも身体を再生するっていう魔法ダ。つっても馬鹿みたいに魔力消費がするから実際不死身ってわけでもないシ、なにより相当多くの人間の支持が無いと発動もできないしナ」


 白日はそう言いながら起き上がり、礼治と直をひょいと持ち上げそれぞれ両肩に担ぐ。直よりも小さい身体でそれをなすだけでも驚異的だが、彼はそのままひょいひょいとクレーターを駆け上がって、縁で既に待機していた保健室控えの救護班に二人を預ける。

 担架に乗せられながら、礼治は声を張り上げた。


「あの! 稽古つけてくれて、ありがとうございました!」

「あたしも礼を言うわ。色々勉強になった」


 そんな二人に、白日は振り向きもせずに、しかし笑って後ろ手を振る。


「ははハ、後輩指導は先輩の務めサ。頑張れヨ――直、礼治」


 そして白日は三つ編みの髪を揺らして去っていく。礼治達も、二人揃って担架に乗って保健室へ。

 決闘は終わった。時間にして僅か十分、しかし二人にとっては得るものの多い、実りある十分であった。

 仰向けに空を見上げたまま、呟くように直は言う。


「あんた、大したもんよ」

「え、なに、急に」

「認められたでしょうが、白日に。あいつ、どんな形であれ認めた相手しか、下の名前で呼ばないのよ」

「……!」


 そういえば、最後は「少年」ではなく「礼治」と呼ばれた。

 ただそれだけのことで、左腕の痛みも忘れて笑みがこぼれてしまうのは、既に白日のカリスマにやられているということだろうか。礼治はそんなことを思いながらも、今は誇らしい気分に浸るのであった。


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