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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
23/36

強くなるために――白日の決闘 2


 礼治と直の二人がまずしたのは、手を繋ぎ合わせて身体強化の魔法を更新することだった。

 カチ、と体内の歯車がかみ合う感覚があって、直の身体から流れてきた強化魔法が、増幅されて二人の体を覆う。訓練用のセーブを掛けたものではない、直ができる最大出力の身体強化だ。


「あんたは左から、あたしは右から行くわ。全力で突っ込みなさい!」


 言ったが早いか、直は白日(バイリー)までの五メートルの距離を一息で詰めて襲い掛かる。礼治も一瞬遅れたものの、指示通りに左から、二人で挟撃するように白日へと迫った。

 対する白日は両側から繰り出される拳や蹴りを、心底愉快そうに笑い声をあげながら受け止め、いなし、躱し、ときには跳ね返す。両手両足滑らかなること演武の如く、三つ編みの髪を揺らしながら明らかに余裕をもった動作で猛攻を受けきり、しかも戦闘開始からただの一歩も後退しない。


(分かっちゃいたけど、化け物かよ……!)


 完全に遊ばれている。ならばと二人はアイコンタクトでタイミングを合わせ、礼治は下段蹴り、直は上段蹴りを同時に放つ。しかし下段蹴りは軽く突き出した右足で、上段蹴りは気軽く伸ばした左手で、それぞれ蹴りの威力が乗る前に受け止められ、そのままひょいと押されることによって二人はコマのように逆回転させられる。予想外の反撃に、軸足でバランスをとることもできず、二人はそのまま尻もちをついた。


「うがぁあ! このチビ腹立つゥ!」

「直! 直! それは女の子が上げていい雄叫びじゃないぞ!」


 うがぁあ言ったぞこの女。しかし中身までゴリラになっていたわけではないらしく、直は顔に青筋を浮かべながらも立ち上がり、白日を指差して言う。


「悔しいでしょうが! っていうか、今のよ今の! 相手が攻撃『しようとする』動きを見て、どこになにが来るのか読む! それが完璧にできると、今みたいなことになんの!」

「そうだゾ。お前ら特に素直だからナ、簡単簡単。ほれほレ、もうちょっと受けてやるかラ、さっさと打ち込んで来イ」

「ッ、言われずとも……!」


 礼治は立ち上がった勢いのまま殴り掛かる。しかしその拳が届くより先に右腕を下から膝でカチ上げられ、腹から白日に突っ込む形になる。ガラ空きの腹を殴られる、かと思えばそんなことはなく、白日は礼治の腰をダンスパートナーのように抱きかかえると、その場でくりると回転して強制的に方向転換。礼治は突進の勢いをそのままに、向かう先だけ直へと変えられたのだ。


「ちょ、ばかー!」

「ごめーん!」


 激突。本人達は割とシャレにならない勢いで地面に転がるが、観客たちはこのパフォーマンスに大盛り上がりだ。


「いっつぅ……挑発乗ってんじゃないわよ! 無計画に突っ込んで勝てるわけないでしょ!」

「な、直だって同じだろ! 今のは悪かったけど!」

「こっちはちゃんと考えてるわよ! いいからもっかい突っ込む! 大振りになりすぎないように!」


 直は無理矢理礼治を立たせ、二人でまたも左右からの挟撃を試みる。

 このままでは先程と同じだろう。だが――




     ■




「――浅知恵だね」


 待ちぼうけの大会議室、帝がスクリーン大に拡大表示した仮想画面を、役員達も揃って見守る。画面の中では最初と同じように、二人の両側からの攻撃を、白日が涼しい顔で受けきっている。


「? 会長は、直の狙いが分かっているのですか?」


 そう問いかけるのは、いつも運転手役を任される女子生徒だ。彼女は直とLINKでやりとりする仲だ、当然直達に肩入れして観戦しているのだろう。


「まあね。残念ながら、受け止めてる白日はもっとよく分かってると思うよ。ほら、もうすぐ来るよ」


 と、帝がそう言ってから三秒もしないうちだった。

 礼治の右ストレートを真正面から握りしめて止めた白日に、直が顎狙いの蹴りを放つ。白日はその足首を下から左手でつかみ取り、弾くようにして軌道を外に逸らさせる。また直が転ばされる、とおそらく見ていた多くの人間がそう思っただろうが――しかし、その状況こそが彼女の狙いだった。

 右手は礼治の拳を抑え、左手は外に払った。つまり白日の上半身は今ほぼ無防備だ。


『喰らいなさい!』


 身体のバランスを崩しながらも、直は右手を白日へと突き出す。狙うのは打撃攻撃ではない、呪文無しで放つ至近距離の魔力弾だ。本命である『一文字の弾丸』とは比べようもないが、それでも彼女の放つ魔力弾は人間相手ならば十分な威力を持っている。

 右手から白日の胸まで約十センチ。常人ならば不可避の距離であろう。

 直撃。着弾で弾けた魔力の余波は足元のグラウンドにまで及び、映像は舞い上がった砂煙で覆い隠される。


 役員達は思わず息をのむが、帝の視線は冷ややかだ。彼はよくよく分かっていたのだ。今の攻撃を、白日は避けられなかったわけではない。単に避けなかった(・・・・・・)だけなのだと(・・・・・・)


 そして砂煙が風に吹き散らされる。画面の中にあったのは、揃って尻もちをついた二人と、先程から五メートルほど後ずさった、しかしその姿勢は一切崩していない白日の姿であった。


「む、無傷……!? あれの直撃を受けて!?」

「あいつは裏東京で最強の格闘家だよ? 両腕が塞がってても、真正面から胸で受けられれば、体重移動だけでも衝撃はかなり殺せるさ。ましてや直君の攻撃は点じゃなくて面の打撃だからね、ああやって敢えて踏ん張らずに後ろへと滑ることで、ぶつかるっていうより押されたぐらいには軽減できる」


 ついでに言えば、身体強化の練度も段違いだ、と帝は半分呆れた様子で付け加える。身体強化や魔力障壁などの基本魔法は、魔法使いの地力のバロメーターだ。帝はどちらも裏東京でトップクラスの自信があるが、こと身体強化については白日には敵わないと認めていた。

 技量も一流、地力も段違い。だからこそ、白日は敢えて直の攻撃を受けてみせたのだ。


(そうでもなければ、あいつが上半身を完全フリーにするのはありえないよねえ……)


 観戦している帝ですら、直の動きから彼女の狙いが読めたのだ。白日が読めていないわけがなかったのである。


「さて、ここからは攻守逆転って感じかな……」




     ■




「――今の攻撃、バレバレなことに目をつぶれば悪くないゼ? 普通の人間を相手にするって考えれば、十分奇襲になるだろうしナ」


 晴れていく砂煙の向こう、軽く首を回しながら、平然と白日は言う。常人ならば下手すれば一撃で心肺停止もあり得る一撃だったというのに、苦しげにうめく様子すらなかった。


「バレバレで悪かったわね……これしかないのよ、あたしらには」

「そうかァ? お前はともかク、そこの少年は色々と機転が利くようじゃねえカ。知恵を絞ることをやめるんじゃねえゾ。

 っト、それはそれとしてダ。なんで今の攻撃が効かなかったのカ、分かるカ?」

「それは……」


 礼治は言葉に詰まる。白日が桁違いだったから、と言いたいところだが、彼が求めているのはそんな答えではないだろう。

 何故白日に効かなかったのか。

 逆に、どうだったら今の攻撃が効いたのか。そう考えてみると、一つ単純な答えが出てくる。


「――威力が足りなかったから」


 ぼそりと呟くように出た礼治の答えに、直は「あぁ!?」と怒りを隠さない。それも無理はない、威力は彼女の最大にして唯一の長所なのだ、それが足りないと言われれば怒りもする。

 しかし、白日の方は我が意を得たりと満面の笑みだ。


「大正解だ少年。それだヨ、威力が足りないんダ。直、お前の本気の一撃は竜でも殺せル。俺だってさっきみたいに受ければ流石に死ヌ。だがナ、不安定な姿勢で呪文も無しに放つようナ、苦し紛れの一撃じゃあ竜の鱗は貫けないゼ」

「ッ、それは……」


 直が口ごもったのは、それが真実であると悟ったからだ。たしかに今の一撃を地竜に放ったとしても、大したダメージは与えられず魔力を無駄に消耗しただけだっただろう。

 白日が敢えて真正面から受けてみせたのは、それを分からせるため――二人はようやくそのことに気付く。


「直、お前一人ならばある程度長期戦もできるだろうガ、そこの少年は無理だろウ。だったら下手な削りは捨てテ、徹底的に一撃必殺を狙エ。格下が勝とうとするならそれが一番冴えたやり方ダ。少年、お前はそれをよく知っているだろウ?」

「はい。身をもって」


 かつてここで氷雨と組んで帝と戦った時、礼治はそのことを学んだ。あの無茶苦茶な決闘も、気付けばこうして糧になっているのだ。


(この決闘も、きっとそうなる)


 目の前の小柄な少年も、それを望んで胸を貸してくれている。本当にありがたいことだ、と礼治は改めて思う。自分は恵まれている、とも。

 ならばこの機は決して無駄にできない。礼治はそんな覚悟で、不格好ながら構えをとる。そしてその横には、同じく凛然として直も立った。


「はハ、成程、帝の奴が肩入れしたくなるわけダ……興が乗っタ、次はこちらから行くゾ――死ぬなヨ?」


 白日の糸目が見開かれる。それと同時に、礼治ですら分かるほど強烈な魔力が、白日の全身から解き放たれた。

 肌を叩く暴風のような魔力に晒され、二人は思わず息をのむ。それは帝の圧し潰すような圧力とも、(るい)の引きずり込まれるような恐怖とも違う、身の竦むような威圧感であった。


 まさに竜。

 巨大な人外のものと相対したと錯覚させるほどの迫力に、周囲の観客すら皆一様に沈黙する。


 そんな沈黙を裂いて、白日がまず向かったのは直の方であった。右足の踏み込み一つで宙を一直線に飛び、右の拳を上から下へと振り抜く。


「ッ――!」


 紙一重で躱せたのは僥倖(ぎょうこう)という他ないだろう。振り抜かれた拳はそのままグラウンドに突き刺さり、地を大きく抉って砂煙を巻き上げる。


(人間が拳で起こすことかよそれ……!)


 特撮物の映像でしか見たことの無いような光景に、礼治は絶句しながらも一歩退く。

 しかし、いまの一撃で分かったことがある。それは、白日が何をしようとしているのか、ということだ。

 砂煙の向こう、飛んできた砂利で切った頬を拭いながら、直は白日を真正面に見つめて言い放つ。


「――地竜役をやってくれるってわけね。大振りで高威力、ついでにその威圧感……なにが小さな竜(シャオロン)よ、既に十分化け物じゃない」

「ははハ、尻尾が無いのは勘弁しておケ。だがこの両手を地竜の前足と心得ロ。残り時間、俺の攻撃を無事凌いで、勝機を見出して見せろヨ?」


 白日はそう言いながら、右足を高々と振り上げ、真っ直ぐに振り下ろす。

 震脚だ。グラウンド内どころか周囲の観客達の足元まで揺らす一撃を見せつけ、彼は天を仰ぐ。

 そして、千年為央竜(シャオロン)の咆哮が、高々と響き渡るのであった。


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