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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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氷雨の頭脳労働


「――そっか、直、ようやく話せたんだね」


 送られてきたLINKのメッセージを読み、氷雨は小さく安堵の息を漏らした。

 親友としてずっと心配してきたことだった。直が礼治に事情を打ち明けた時、どうなるのか。

 その責任の重さに耐えかねて、礼治が降りてしまうかも――とは、最初から心配していなかった。共に帝と戦ったあの時から、礼治はそういう人間ではないと氷雨は信じていた。


 問題は直の方だろう、と彼女は思っていた。あの不器用で変に生真面目な直のことだ、礼治に責任を負わせたくなくて、いざその時になったらコンビ解消を言い出すのではないか――そんな懸念があったのである。


「ま、その辺り、阿部君がうまく受け止めてくれた、ってことだろうね」


 直からの短い文面ではどんなやりとりがあったのかは分からないが、きっと礼治が甲斐性を見せたのだろう。

 なんであれ、一つケリが付いたのはたしかだ。あとは当日良い結果を残せることを祈るだけである。


(ボクの方も、自分のことやらないとね)


 氷雨はそう心中で独白し、止めていた歩みを再開する。今歩いているのは第一特別棟へと続く渡り廊下で、彼女の目的地は生徒会室だった。

 時計は午後一時半を指し示し、外からはどこからともなく訓練の声が響いてくる。期末試験まで時間は無い、必死なのは誰でも同じであった。


 と、その道中、氷雨は見知った顔が向こうから来るのに気付く。眼鏡の位置を直して見てみれば、それは担任の安奈であった。彼女は重たげな段ボールを二段重ねて持ち、ほとんど前も見えない危なっかしい歩みで渡り廊下を進んでいく。


「あの、古富先生、大丈夫かい?」

「え? あ、そこにいるのは、冷泉院さん? 大丈夫大丈夫、身体強化も掛けてますから」

「それならいいけど……って、珍しい物を連れてるね」


 安奈と並ぶ位置まで来ると、彼女の後ろに小さな影があるのに気付く。全長十五センチほど、土で出来た人型のそれは、ミニゴーレムと呼ばれる使い魔であった。それも一体や二体ではなく、数えて十二体。四体一組で一つの段ボールを持ち上げ、安奈の後ろに列をなしているのだ。

 カルガモの親子みたい、と氷雨はその可愛らしさに頬を緩ませるが、しかしよくよく考えると小型とはいえ使い魔を十二体同時に使役するというのは相当な実力である。


「先生、ゴーレムが専門だったんだっけ?」

「元々はね。ちょっと事情があって、途中から違う魔法を専門にしましたけど。ふふ、興味あるのなら後で人型の知性グリモワール・ビブリオテックへの登録に協力しますよ?」

「それは是非お願いしたいね、ゴーレム系の使い魔に関してはまだ仕入れていないんだ」


 自分が再現した場合、同時に動かせるのは精々二体までだろう。阿部君の能力と併用すれば六体ぐらいは――と、氷雨はそこまで考えて、はっと我に返る。

 目の前には重たげな荷物を持ったまま、浮かべた笑みを若干引きつらせている安奈の姿が。身体強化があるとはいえ、腕力が無限になるわけではない。


「あ、ああ、すまない先生、そんな状態で引き留めてしまって。その、手伝おうか?」

「だ、大丈夫ですよ。冷泉院さんも用事あるんですよね。この位置だと生徒会ですか? 異名持ち(ネームドクラス)は大変ですもんね」


 では行きますね、と安奈は再び危なっかしく歩み始める。心配にはなるものの、氷雨も用事があるのは事実だ。後ろ髪を引かれつつ、彼女も己の目的地へと向かうことにした。


(たしかに、こんな時期に厄介なことだよ、全く)


 少しぼやきながらも階段を上って四階へ。生徒会室のドアをノックすると、爽やかな声で「どうぞ」と返ってくる。いつも通りの物が多すぎて窮屈な生徒会室の奥には、デスクワークに忙殺される帝の姿があった。


「やあ氷雨君、悪いね急に呼び出しちゃって」

「構わないよ。それで、わざわざ呼び出すってことは仮想画面じゃ済まない要件なんだろう? 今朝のことかい?」

「御明察。この生徒会室なら盗聴の心配も無いし、ちょっと色々と人型の知性グリモワール・ビブリオテックの知恵を借りたくてね。今回の件については大体聞いてるかな?」


 帝はそう言いながら、デスクワークを一旦横に置いて立ち上がり、湯呑と急須の用意を始める。

 これは思ったより長くなるかもな、と内心で覚悟を決め、氷雨は近場の椅子を会長用デスクに横付けして座る。


「大体のところは直から。たしかに奇妙な点は多かったね。まず差し当たって――」


 と、彼女が目をやったのは、先程帝が横に避けた書類の束だ。見ても? と問えば、どうぞ、と返ってくる。手を伸ばして内容を確認すれば、氷雨の予想通りのものであった。


「今回大英雄の遺体の検査に当たってる研究者の名簿だよ。どのみち異名持ち(ネームドクラス)には共有するつもりだったものだ」

「情報漏洩の問題が一番だからね。生徒会や三国連合から漏れていないとしたら、次に怪しいのはこの連中だろう――って、おや?」

「どうかしたのかい?」


 帝は首を傾げながらも緑茶を乗せた盆を持ってくる。とはいってもアヴァロンの高級紅茶とは違い、市販品のティーパックだったが。


「いや、見知った名前があったものでね。ほら、この主任研究員、ボク達の担任だよ」


 そう言って彼女が指さす先、プロフィールに付いている小さな顔写真には、つい先程会ったばかりの担任の顔が映っていた。


(彼女がそうだとは知らなかったけど、裏東京じゃ研究者と教師を兼任してるっていうのも結構珍しくないからな……)


 裏東京独自の事情として、純粋な研究者として就職を目指すより、教員を兼ねたり経由したりした方が研究者になりやすいというものがある。それは単に研究者枠の絶対数が足りないということでもあったし、同時に教員数の方が足りないという事情もあった。加えて言えば、裏東京の一般授業は午前中のみ、午後以降は比較的融通が利くからという理由もある。


 彼女もそういった一人なのだろう、と納得しつつ、他の研究者の資料にも目を通していく。かなりの少数精鋭で、ほぼ全員がクローン技術関係か死体処理の専門家。この場合の死体処理というのは、死体からあらゆる情報を引き出すことも含めたものだ。


「知らない教員だな。専門は?」

「ここには死体修復って書いてあるね。っていうか、生徒会長でも全教員と面識あるわけじゃないんだ?」

「三つ葵だけで何人教師がいると思ってるのさ。流石に接点の無い教員まで覚えきれないよ」

「そういうものか。ま、それは置いておくとして、この研究者達の人選、まずどう見る?」


 氷雨の問いかけに、帝は数秒考えたうえで答えを返す。


「依頼元の日本政府としては、『十中八九偽物だろうけど、そこから得られる情報もあると思うからしっかり研究してね』ってところかな。

 どうかな、この連中は一週間前から大英雄の遺体と御対面を済ませてて、おそらく偽の遺体が後々来ることも知らされていた。ここから情報が漏れたって線は考えられないかな」

「うーん、可能性は無くは無いけど、動機だよね……彼らは送られてくるものが偽物だって知ってたわけでしょ? それなのに、わざわざ情報を流す動機っていうのが、ちょっと意味不明だよね。本物だったら私欲で奪おうとするっていうのは分かるけど、偽物にそこまでの価値は無い。情報を売って金儲け、っていうのも、最終的に偽物だってことはバレるんだからリスキーすぎて割に合わない。今回みたいにテロリストに適当な情報なんか売ろうものなら、報復になにされるか分からないしね」


 氷雨はそこまで自分で言って、渋い顔で緑茶に口をつける。帝も困り顔で腕を組み、唸りながら天を仰ぐ。


「うー、この後四時から、情報漏洩の件で三国連合対魔法省のお役人で協議があるんだよ……漏洩元は現時点では分かりませんとしか言えないんだけどさあ、向こうを手ぶらで返すわけにもいかないから、『この辺ちょっと怪しいですよ』って言えるぐらいの何かが必要なんだよ……」

「あー、面倒臭い政治の話だね……んー、こちらの身の潔白も主張しなくちゃだしねえ。でもそれなら、やっぱりこの研究者達を差し出せばいいんじゃないかな。他の気になることもあるし」

「他?」


 ぐいと顔を戻し、帝は不思議そうに問い返す。

 そう、他だ。第一の問題が情報漏洩疑惑――そして第二の問題は破滅因子(ワールド・エンド)である。


「今回大量の破滅因子(ワールド・エンド)が召喚されただろう? 複数犯だったとはいえ、あれだけの召喚をするなら普通はそれなりの黒魔法使いが要る。普通の魔法使いには破滅因子(ワールド・エンド)の召喚はできないからね」

「あ、その点はイヴ君が気にかけていたよ。実際犯人達を全員泥で沈めてきた涙が言うには、黒魔法使い自体一人もいなかったらしいんだ」

「だろうね。そもそもMAGAはそういう技術を持つ集団じゃない。ならどうやったのか――ボクらには、馴染みがあるんじゃないかな?」


 氷雨が試すようにそう問うと、帝はしばらく考え込む。そしてはっと気付き、思わず声をひそめて答えを言う。


「――討伐訓練だ。裏東京自体の都市機能として、表の世界から破滅因子(ワールド・エンド)を集めて、訓練用に召喚するシステムがある……! それを利用したのか!」

「その通り。おそらくそれしか方法は無い。元々システムが確立されているのだから、あとはどうにかしてそれをハッキングすればいい。と言っても、勿論そう簡単なはずもないんだけど」

「職業柄それを利用する教員や研究者だったら、可能かもしれない……うわぁ、そっちの方がでかい問題だぞ! そのシステム、期末試験でフル活用するじゃないか! 今から脆弱性洗い出して全部調整するとか絶対無理だって!」


 っていうかそれもう生徒会長の仕事じゃないー! と帝は再び天を仰ぐ。たしかにそれ自体は彼の仕事ではないのだろうが、それに伴う生徒会の仕事は膨大なものになるだろう。

 数秒天を呪った後、帝は真顔で氷雨に向き直る。


「――今の他言無用で。学園側と、裏東京都庁と、魔法省にも内々に話通して調査してもらうけど、今すぐ直すのは無理。裏東京全体で同じシステム使ってるわけだから、規模がデカすぎる」

「勿論そのつもりだよ。でも、このことの危険性だけは認識しておいてくれ。今は特に、期末試験に向けて破滅因子(ワールド・エンド)を集めている最中だ。もしこの推測の通りなら、現状犯人は裏東京のどこにでも破滅因子(ワールド・エンド)を召喚できる状態だから」

「犯人……要は、まだ捕まってない『予言者』とやらだよね。MAGAに情報と技術を提供した黒幕で、それはこの研究者達の中の誰かかもしれない」

「あくまで推測だけどね。結局動機については不明なままだし。でもま、魔法省のお役人への手土産には十分だろう」

「うん、逆に懸念事項が増えた気もするけど、とにかくありがとう」


 ひとまずこの後四時からの協議については見通しが立ったのだろう、帝は湯呑の中身を飲み干してゆっくりと一息吐く。大体常に余裕を持った笑みを浮かべている帝だが、生徒会長という立場にある以上、色々と抱えているものは多いのだろう。

 帝が新しく出してきた饅頭で小休止を挟みつつ、今度は氷雨の方が問いかける。


「――そういえば、前頼んでおいた件、調べてみてくれたかい?」

「ああ、例の『夜な夜な徘徊する森の巨人』の話か。うん、イヴ君に頼んで概要は調べてもらったよ。LINKで送るね」


 言ったが早いか、帝は仮想画面を出してイヴから受け取った情報をまとめ、それをそのまま氷雨へと送る。氷雨の方はそれにざっと目を通し、そしてある一部分に目をとめた。


 行方不明になったという、唯一の異名持ち(ネームドクラス)について。


 ――名前はアナ・オールドリッチ。英国と日本のハーフ。使い魔の使役魔法を専門とし、人形劇場(パペットショウ)異名(ニックネーム)を得ていた。決闘の履歴はなく、こなした仕事もほぼ戦闘系以外で、完全に頭脳派の人物。


「……思ったより少ないな。顔写真とか無いのかい?」

「アヴァロンで存在を抹消されてる人だからねえ、イヴ君も片手間なりに頑張ってその程度だってさ。決闘とかもしてないから動画も無い。っていうか、そもそもなんで今そんなものを?」

「イヴさんの言っていた奇妙な符合がちょっと気になったんだよね。今回の大英雄の遺体に関するあれこれって、結構不可解な点が多いだろう? なにか手掛かりにでもなるかと思ったんだけど、まあ案の定考えすぎだったらしい」

「ああ、君も大英雄には思うところがあるんだったね」


 帝のその言葉に、しかし氷雨は明確には頷かない。言った帝の方もそれは承知だったらしく、苦笑するだけにとどめる。

 不意の沈黙を破るように、氷雨は少々わざとらしく「さて」と言って立ち上がる。


「――ま、とりあえずボクの方でもできることはしよう。とりあえずこの研究者名簿借りていっていいかい? うん、ありがとう。人数も少ないし、この人達についてちょっと調べてみるよ。そちらも新しい情報が入り次第伝えてくれるとありがたい」

「分かった。いやあ、この忙しい時期に巻き込んで済まないね。君がいてくれて助かるよ、ほんと」


 構わないよ、と氷雨は最後に笑って言い残し、そのまま生徒会室を出る。

 後ろ手にドアを閉めて、一息。


(ボクの方も、自分のことやらないとね)


 改めて心中で呟いて、氷雨は歩き出すのであった。


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