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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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直の事情 2


 一文字の家は、古くから魔法使いの家系であった。

 家系図を遡れば、その始まりは明治の頃。開国とともに訪れた諸々の品の中には魔法に関わりある物もあり、元は商家の家系であった一文字家にも、そうした物が流れ着いたのだという。そこから一文字家は細々と魔法の技術を受け継ぎ、魔法が世に明らかになる黎明戦争までは影ながら世の平穏のため、それ以降は国の求めに応じ地区の魔法使い代表として、地元では尊敬を集める存在となっていたのだ。


 しかし、それもあるとき途絶える。


 直の祖父に当たる人物は魔法の才能に乏しく、しかも天性の浪費家であり、彼の代で魔法使いとしての一文字家は終わりを告げた。祖父は祖母に直の父を生ませた直後に死亡、その後隠していた借金が明らかになり、一家は屋敷を売り払い別の土地へ。祖母の手一つで直の父は健康に育ったものの、金の掛かる魔法教育など受けさせる余裕があるはずもなく、父は一般人として成長して同じく一般人の母と結婚し、子をなした。


 それでも、父には憧れがあったのだという。祖母が幼い頃から語って聞かせてくれた、魔法使いとしての一文字家の栄光。祖母自身ほとんどそれを見ることは叶わなかったのだが、だからこそ美化された昔話は、父の心を惹きつけたのだという。


 その話を聞いて育った直が、魔法というものに憧れたのは、当然のことと言えるだろう。

 幸か不幸か、直には魔法の才能があった。しかしそれはとても偏った才能であり、率直に言ってしまえば幼子が持つには危険過ぎる才能だった。



 彼女が小学二年生のころ、当時通っていた一般の小学校には、その学校の象徴とも言える樹齢百年を超える桜の木があった。その幹は大の大人二人でようやく抱えられるほどで、当時から活発だった彼女はよくその木に登っては教師に怒られていた。

 ある日、校庭で友達と遊んでいた直は、その木の枝にボールを引っ掛けてしまう。登るには高い位置で、しかし少しばかり揺らせば落ちてきそうな引っ掛かり方だった。


 ちょっとだけ揺らせばいい。


 何気なく、直は木の前で手を構えていた。勿論決められた訓練施設以外で魔法を使うことは固く禁じられていたが、ほんの少しぐらいならばバレないだろうと思っていた。


 ――結果として、幸い怪我人は出なかった。

 しかしその学校からは象徴と呼べるようなものは無くなり、また倒木による二次被害として近くの倉庫やブロック塀が倒壊し、警察や消防が学校に押し寄せることとなった。


 一家は街を去らざるを得なくなり、直はただ一人三つ葵の初等部へと身を寄せることになった。

 それは、周囲が思うほど辛いことではなかった。勿論十にも届かぬ幼子が親元離れて一人寮生活をする、というのは最初こそ負担の大きいものだったが、それもやがて慣れた。むしろ、持て余していた力の使い方を学べる環境が与えられ、憧れていた魔法使いへの第一歩を踏み出せたことは、幸運だったとすら直は思っていた。


 だが。

 日本一の魔法教育都市である裏東京にあっても尚、彼女の魔法は異質なものであった。どれほどの訓練を重ねても制御は利かず、危険度ばかりが増していく。校舎や学外の公共物を破壊したことは数知れず、それが常態化すると保険も利かなくなった。自ら壊したものの弁償のために仕事を受け、その仕事で更に物を壊す――そんな悪循環にはまり、非常に荒れた時期もあった。


 その破壊力はごく限られた状況であればたしかに有用であり、中学二年の段階で異名持ち(ネームドクラス)に名を連ねることにはなったものの、それは彼女の優秀さではなく異常さの証であったのだ。


 故に、ついた異名(ニックネーム)はダブルミーニングだった。

 行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)であり――役立たず(ノーウェアー)の鉛玉(・バレット)


 裏東京で求められるのは成果のみ。役立たずはいらない。それは異名持ち(ネームドクラス)であっても同じことであった。

 学生の身における成果とは、つまり成績だ。よほど際立った仕事の実績があれば話は別だが、基本は学校の試験の結果でその価値を判断される。そして裏東京は常に非情だ。一定の価値を示せないものに居場所は無い。


 丸一年間、学校成績が基準を下回り続けた場合、その者を退学処分とする――それが三つ葵のルールであった。


 これはしかし三つ葵に限った話ではない。アヴァロンでも新明星でも、裏東京に構える他幾多の魔法学校でも同じこと。そして、一校で退学処分を下された生徒を、他の学校が引き取ることはまず無い。格付けが済んでいるのだから当然であり、ましてや直のような在籍しているだけでリスクがあるような生徒ならばなおさらであった。




     ■




「――そして、あたしにとってこの高等部一年一学期の成績評価は、ラストチャンス。中等部三年二学期から基準を下回り続けてるから、ここで基準を超えないと即退学。泣こうが喚こうがそれは揺るがないわ」


 過剰に悲壮感を出すでもなく、ただ淡々と事実を並べるように、直はそう告げた。


「……一学期中間テストの結果は?」

「正直芳しくなかったわね。だから、後が無いし、余裕も無い。この期末テストで絶対に必要なのは、そこそこの結果じゃなくて、できうる限りの最高点。それでようやく、この首は繋がるの」

「プレッシャーになるって、こういうことか……」


 礼治は思わず頭を抱える。

 聞かなければよかった、とは決して思わない。むしろ勇気を出して聞いておいてよかったと思うが、それでも思った以上に重量級な返答で、受け止めるのには少々時間が必要だった。


(今回の結果次第で奨学金が大幅に減額される、ぐらいだと思ってたんだけどな……)


 だがそんなこと言っていても仕方がない。礼治はコップの水を一気に飲み干し、長い息を吐く。身体の内の熱がすっと冷めていくような感覚があって、気分は十分に切り替えられた。


「――最高点が必要だってんなら、二人で取りに行こうよ。降りるつもりなんてないよ」


 直を真っ直ぐ見据え、覚悟を込めて礼治は言う。それは虚勢混じりではあったが、間違いなく本気の言葉だった。


「……あんたも大概、馬鹿な奴よねえ。期末試験になにやるか、分かってんの?」

「初日と同じだろ? 破滅因子(ワールド・エンド)討伐だ。戦う相手の危険度で、討伐できた場合の成績が変わるって冷泉院さんから聞いてるよ。んでもって、最高得点狙うっていうなら、あのときより強い奴を倒さなくちゃならない」


 礼治の答えに、直は諦めたように頷く。


「そ。具体的に言うなら、丁度今日最後に相手にした地竜クラス――あれを、今度は真正面から討伐しなくちゃならないわ」

「あれを、か……」


 しかも、今度は二人だけでだ。マーキング弾もなければ装甲車も無い。改めて具体的に示されると、その難易度が如何ほどか礼治にもよく分かる。

 でも。


「それでも、やらなくちゃならないんだろ。いいよ、付き合うよ」

「言っとくけど、毎年無茶な難易度の討伐試験に挑んで死ぬ奴がいるのよ」

「勝てばいいんだろ。今日だってなんとかなった、次もきっとなんとかなる」

「……あんたは、ここで無理する意味無いでしょ。氷雨あたりと無難な難易度でこなせば、それで十分そこそこ良い成績とれるわ」

「直」


 礼治は真っ直ぐ呼び掛ける。対して、直は頬杖を突き、顔を横に向けて目を逸らす。


(ったく、ほんと、不器用な奴。散々付き合えって言ってたくせに、いざとなるとこれだ)


 ここで自分が席を立てば、きっと直は追わないだろう。そういうものだと己に言い聞かせ、全部一人で何とかしようとするに違いない。短い付き合いではあるが、そのぐらいは分かる。

 そんな不器用な相棒だからこそ、放っておけないのだ。

 呆れと苦笑の混じった溜息を一つ、礼治は直の鼻を掴んで、無理矢理己と向き合わせる。


「あにすんのよ」

「直。俺は降りないよ。言っただろ、相棒だと思ってるって。相棒のピンチは見過ごせない」

「なによ、その格好付け。後で後悔するわよ」

「かもね。でもここで降りた方が、きっと百倍後悔する」


 真顔でそんなことを言う礼治に、直はついに根負けした。

 直は自分のコップの水を一気に飲み干し、長い息を吐く。そして礼治を見つめ返すと、こう言い放つのだった。


「――頼りにしてるわよ、相棒」

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