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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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ルーキー、裏東京に立つ


 魔法が世に明らかになって、今年で五十年になる。


 二〇二〇年、今では黎明戦争と呼ばれる史上初の魔法戦争が世界規模で巻き起こり、それまで秘されていた魔法というものが白日の下にさらされた。

 多くの被害と混乱ともたらしつつも、世界は魔法を受け入れた。政治、経済、文化、その他諸々――魔法の存在によって世界の形は大きく様変わりして、今や無くてはならないものとなっている。


 となれば、当然魔法使いを育てるための教育機関というのも必要となる。

 初期こそ、既存の校舎や制度を流用して魔法教育をなしていたものの、それはあまりにも無謀であった。幾つかの事件や事故の反省として、魔法教育にはソフト・ハードの両面で専用のものが必要になる、と日本は学んだ。


 そして様々な試行錯誤の果て、一つの結論として行き着いたのが、この裏東京という土地であった。


「――完全異界化がなされた、東京の複製都市、か」


 もう何度も見返したパンフレットを眺めつつ、少年――阿部 礼治(あべ れいじ)は呟いた。


 正式名称としては『超大型異界空間術式・マヨイガ 東京複製型』だったか。簡単に言えば、現実とは違う異空間に東京の複製を作り上げ、そこに都市機能と複数の魔法教育機関を押し込めた、というわけだ。


 そのメリットはなにか、と言うと、これもまた幾らでも列挙は出来るのだが、一番は「いざというとき簡単に切り捨てられる」という点であろう。出入り口である異界の門を閉ざしてしまえばいい。

 魔法教育の場に於いては何が起こるかは現在でも未知数だ。それこそ下手をすれば都市一つ吹き飛ぶ危険すらある。最低限の安全策として、魔法教育機関を丸ごと異界に持って行くというのは、今や世界の新常識となりつつあった。


(よし、予習はばっちりだな)


 最低限の知識は詰め込んできた。礼治は満足げに頷き、窓の外に目を遣る。

 日本の牧歌的な田園風景が、高速で流れては消えてゆく。礼治は今、裏東京行きの新幹線に乗っているのであった。


「この風景も、たしか幻想みたいなもんなんだよな……」


 そもそも裏東京と本物の東京との間に、物理的な距離は無い。この新幹線は、これが走ると言うこと自体が儀式であり、それによって異界へと通じることができるのだ。


 彼がそんなことを考えているうちに、新幹線はトンネルに突入し、到着間近であることを車内アナウンスが告げる。

 荷物は大体先に送ってあるので、今の手持ちはショルダーバッグ一つと身軽なもの。礼治はがら空きの車内を停車前から歩き出す。そのぐらい彼の心は期待に踊っていたのだ。


 と。

 ドアへと向かう道中、彼は同じ車両に他の人が乗っていたことに初めて気付く。スーツ姿の男性が大型のスーツケースと共に、車両前方の座席に乗り合わせていたのだ。


(ひ、人がいたのか……あぶねえ、てっきり貸し切り状態だと思って、鼻歌とか歌いそうになってた)


 浮かれすぎである。

 相手にとっても礼治の存在は意外だったらしく、一度目を見開いて、反射的にスーツケースを抱き寄せる。礼治は謎の申し訳なさに軽く会釈をして、そのままドアへと向かった。


 停車する。礼治がドアから出るのと同様、他の車両からも多くの人々が雪崩出る。裏東京は学園都市であると同時に、一種の観光地にもなっているのだ。


(あれ? じゃあ、なんであの車両はほぼ貸し切りだったんだ……?)


 礼治は少しばかり首を傾げるが、すぐにまあいいかと疑問を放棄する。今はそんなことよりも一刻も早く裏東京の地に出たい。ついでに言えば案内役の人も待たせているらしい、なおのこと早く行かねば、と彼は足を早める。


 人の波に乗って改札へ。自動改札は空港の金属探知機のようにトンネル状になっていて、中々に物々しい。それもそのはず、この地は日本魔法教育において最重要拠点なのだから。


 改札を抜けた先、感慨に浸る暇もなく、礼治はすぐに声を掛けられる。


「――そこのあんた! アベ、レージだっけ? あんたでしょ?」

「え、あ、はい。ええと」


 声の方に振り向けば、そこには制服姿の少女が立っていた。

 高く結い上げたポニーテールに、はっきりとした切れ長の眼。可愛らしいと言うより、端正な美人という印象の少女で、少し大人びてみえるが高校生ぐらいであろう。凹凸の激しいモデル体型で、姿勢の良さも相まって身長も高く見える。並べば礼治の方が頭半個分長身なのだが、それでも若干気圧されるほどの迫力のある少女であった。


「聞いてるわよね? あたしがその案内役。『行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)』、一文字 直(いちもんじ なお)よ」

「の、のーうぇあー?」

行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)異名持ち(ネームドクラス)って聞いたことない?」

「あ、ああ……!」


 覚えがある。というか、礼治にとってはとてもよく印象に残っている事柄だった。


 異名持ち(ネームドクラス)――幾つもの学園が存在するこの裏東京において、特に際立った能力を持つ生徒にのみ学園側から異名(ニックネーム)が与えられるという。それは裏東京においては称号に等しく、与えられた者は尊敬と畏怖を込めて異名持ち(ネームドクラス)と呼ばれるのだ。


(裏東京中で通じる異名とか、くっそ格好良いと思ってたんだよな……!)


 ごく一般的な男子高校生の反応である。普通こうなる。


「うわ、いきなりそんな凄い人に案内してもらえるとか……! え、ええと、俺は阿部礼治、よろしく」

「ふふん、どんと任せておきなさい。とりあえず今日の所は学校と、あんたのマンションね」


 その他は道中で紹介してあげる、と直は言い、早速外へ向かって歩き出す。

 裏東京駅構内を出て、初めて礼治が感じたのは、ほんの僅かな違和感だった。


「空気が……なんか、違う?」

「あら、結構敏感ね。表ほど大気汚染が無いっていうのもあるし、なにより空気中の魔力濃度が高いのよ。誤差レベルではあるけど、裏東京はそもそも異界だしね」


 でもすぐ慣れるわ、と言って直は先に進む。

 ここからはバスでの移動だろうか、と礼治は考えていたのだが、直はバス停を通り過ぎていく。ならばどこへ、と思った矢先、彼の視線の先にそれはあった。


 二メートルはあろうかという、大型の竹箒。それも、同じサイズのものが横並びに二本、間を合金のフレームによって連結されたものが、往来に突っ立っていたのである。

 ぱっと見ノボリか、あるいは建築用の足場にでも見える巨大連結箒の後ろから、黒尽くめの少女が現れて直に手を振る。黒の三角帽に、直と同様の制服を白地から黒地に変更した改造制服と、こちらは見るからに魔女という感じの装いであった。


「直ー、こっちこっち。その子が例の転入生?」

「そうです。それじゃ、よろしくお願いしますね」


 魔女服の少女は気軽く頷いて、礼治の方にもよろしくと笑みを寄越す。


「よろしくお願いします。えっと……もしかして、これ?」

「そ、知ってる? 表の浅草に人力車あり、裏の空には魔女箒あり――ってね。裏東京の名物の一つ、魔女による空中散歩よ。特別に先輩に来てもらったんだから感謝しなさいよ」

「あはは、折角の裏東京初体験だもん、ここは一つ素敵な魔女さんが空の旅にご招待ーってね」


 横倒しにされた箒が、辺りに風を巻き起こしながら一メートル弱浮き上がる。そして魔女服の少女に乗って乗ってと促されるままに、礼治は右に、直は左の箒に跨がった。と言っても、箒の座席部分には馬の鞍のような堅めのクッションが用意されていて、礼治が覚悟したよりも遙かに快適な乗り心地であった。


 運転手はどちらに乗るのだろう、と礼治が眺めていると、魔女服の少女は左右どちらでもなく連結部の合金フレームに立ち乗りする。


「そうやって乗るんだ!?」

「あはは、よく言われる。この二人乗り箒って、実は『空飛ぶ箒』じゃなくて『小型の空船』扱いなんだよね。だからこんな感じで船頭乗り。

 なんて裏話はここまでにして、早速飛ぶよ! 一気に行くから、掴まっててね!」


 言ったが早いか、二人が跨がる後ろ、箒部分に力が溜まる気配と風音がする。そして礼治が覚悟をする暇もなく、箒部分から魔力と大気が勢いよく放出され、大型箒は斜め上空へと反り返るような軌道で駆け上っていった。


 往来の人々の驚きの声が、一瞬にして遠ざかって消えて行く。

 信号機の高さを超え、駅ビルの窓を揺らし、飛ぶ鳥とすれ違い、大型箒はあっという間に快晴の空へと躍り出る。


「すっげぇ……!」


 それしか言葉が出ない。最早遙か遠くに見える地上に目を遣り、礼治は全身総毛立つのを感じた。恐怖ではない、高揚だ。

 ――いつか夢見た魔法使い達の世界に、自分は今足を踏み入れた。

 そんな感慨が、彼を奮い立たせたのである。


 と。

 前に立つ魔女服の少女が、わざとらしく咳払いを一つ。礼治がそちらを向いたのを確認すると、悪戯っぽいウインクと共に大仰に両手を広げ、こう言い放つのであった。


「ここは魔法の街。明けること無きワルプルギスが君を歓迎しよう、新しき魔法使いよ。


 ――裏東京へ、ようこそ」

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