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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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直の事情 1


 目を覚ますと、見覚えのある天井が目に入る。と言っても礼治の自室のものではない、一度寝たことがある場所という程度の見覚えだ。

 三つ葵の保健室であった。

 窓の方に目をやれば、カーテンの向こうから寝起きには眩しい日差しが入ってくる。おそらく時刻は昼頃だろうか。逆方向に顔を向けると、隣のベッドに上半身を起こして仮想画面を弄る直の姿があった。


「ん? あぁ、起きた? おはよう、調子はどう?」

「すげえだるい。超疲れてる」

「でしょうね。あたしも今回結構無茶したけど、あんたの方はそれ以上だろうし。まだ寝てていいわよ? 今日は仕事で公欠って扱いだから、一息ついたらお昼でも食べに行きましょ」


 帰る前に職員室に顔出せって言われてるけど、と直は付け加える。彼女は言わないが、その様子を見るに礼治の目覚めを待っていてくれたようだ。

 礼治はその言葉に甘えることにして、そのままベッドに身をゆだねる。サイドテーブルにはいつぞやと同じく剥いた林檎が置いてあったので、寝っ転がったままそれを頂いたりもした。


「それ暴君から。あたしも寝てる間に氷雨と勇も見舞いに来てくれたみたいよ」

「そっか。結局、仕事は無事終わったんだよね?」

「ええ。でもねえ、はぁ……ちょっと酷いオチがついたらしいのよ」


 心底疲れ果てたように溜息をもらす直に、礼治は首を傾げる。


「? どゆこと?」

「あたしらが運んできたあの遺体、っていうか棺――中身が別人だったらしいわ。当然取り違えとかじゃなくて、最初っからこういう計画だったのよ」

「………………は?」

「つまり、あたしらは囮だったってこと。それも、大英雄の遺体を狙う不穏分子を炙り出すための、ね。同時進行で他のチームが運んできたとかじゃなくて、本物はもう一週間以上前に運び込まれてたらしいわよ」

「……マジか」


 唖然とする礼治に、直は「生徒会長たちも知らなかったらしいけど」と補足する。だとすれば、仕込みは更に上――それこそ日本政府レベルになるわけだが、礼治にとってそんなことはなんのフォローにもなっていなかった。


(あれだけ命張って、囮役だったのか……)


 翼竜の群れ、巨大な地竜、それぞれとの戦闘が礼治の脳裏に蘇る。どちらも下手すれば誰か、あるいは全員死んでいたような戦闘だ、それが全て囮でしかなかったというのは、なるほどたしかに酷いオチだ。


「――あれ? でも、今回の襲撃って、予知とか予言頼りに突っ込んできたんじゃないの?」


 ふと礼治は気付く。仮に今回のが囮で、本物が別だったとしたら、予知や予言は本物の方を言い当てるのではないのか。なのに今回に襲撃があったということは、どこかで情報が漏れていたということになるのではないのか、と。

 礼治の言葉に、直も神妙に頷く。


「そこなのよね。あたし達も気になって話し合ったんだけど、今のところは『その可能性がある』程度しか言えない。今回犯人達は『予言』を信じて襲撃してきたらしいんだけど、不自然な点も結構あるのよ」

「あ、もう犯人捕まったの?」

名を呼ぶことなかれ(アンネームド)が根こそぎ捕まえて情報吐かせたわ。その点は犯人に同情するわよ、ほんと。

 で、犯人は最近犯人グループに加入した『予言者』とやらの『予言』を頼りにしてたらしいんだけど、『予言者』とはネット上でしか繋がりが無くて、そもそも『予言』が魔法かどうかも知らないって」

「よくそんなもん信じたな……切羽詰まってたってことなんだろうけど。でも、『予言』が魔法じゃなかったとしたら、確実に情報漏洩してるよね」

「そうね、だからその『予言者』とやらを捕まえられれば一番良かったんだけど、案の定現場にはいなかったわ。通信記録から割り出そうとしてるらしいけど、そっちもかなり巧妙で厳しそうだって。情報漏洩の線からも探るから、後で一応今回のメンバーに事情聴取するかもって話よ」


 直は面倒臭そうに言うが、礼治はその言葉を聞くとさっと顔を青ざめさせる。


「……俺、昨日の会議中思いっきりLINKで外とやりとりしてたんだけど、やばいかな」

「は? あぁ、あれ……あんたは大丈夫よ。そもそもその『予言』とやらが出たのって、三日前らしいし。でもとなると、知ってるのって会長達ぐらいなのよね……あの化け物どもがうっかり情報漏らすなんてのも考えづらいし、その辺もおかしいのよ」

「不自然なことだらけだね」

「ぶっちゃけ、『予言者』とやらがヘボで、既に本物が届いてるのに気付かず囮に引っ掛かった、ってのが一番分かりやすいくらいよ。あり得ない話じゃないしね」


 これ以上は考えるだけ無駄よ、と直はあっさり言う。そもそもそこまでは仕事に含まれていない、というのが彼女の本音でもあった。


 そんな話をしているうちに、礼治もいくらか回復する。思いきって身体を起こしてみれば、若干のふらつきはあるものの立って歩けないほどではない。気付けば空腹感も顔を出している、彼はいい加減ベッドから出ることにした。

 直と共に職員室へ。その道中、直から犯人グループの正体や目的などの情報共有、というか説明を受ける。MAGAという組織なんかは、礼治は全く聞き覚えの無かったのだが、魔法使いとしては比較的よく耳にするテログループなのだそうだ。


「お国の魔法技術発展のため、よそから研究成果やらを強奪する――なんてのは連中のよくやることなんだけど、今回はやり方が特殊だったのよね」

「? あれは常套手段じゃないんだ?」

「まさか。破滅因子(ワールド・エンド)をけしかけてくるなんて、連中のやり方じゃないわ。そもそもそんな魔法技術、本来連中はもってないはず。あのマーキング弾にしたって、現状裏東京でしか流通してない持ち出し禁止品だし、例の『予言者』とやらの入れ知恵じゃないかってイヴは言ってたわね」

「どうにも『予言者』ってのが正体不明のラスボスっぽく思えてきたな……ちなみに、MAGAのいつものやり方って?」

「銃火器やら爆弾やらで周辺ごと派手にどっかーん。相手が慌ててる隙にお目当てのもん盗んで逃走。成功率五パーセント、って感じ」

「うわぁ、昔のハリウッド映画みたいだあ……」


 なんともアメリカ的。彼ら的にはそれでいいのかもしれないけど。


 職員室に到着する。あたしはもう話してあるから、とのことで中に入るのは礼治だけ。丁度昼休みの時間で、教員らも自席で弁当を広げており、安奈もそのうちの一人であった。

 礼治が声をかけると、安奈は安心したように笑みを漏らす。


「目が覚めたんですね。体調どうですか?」

「かなり疲れてますけど、まあなんとか」

「ですか。初めての大仕事、お疲れさまでした。こんな重要案件に参加できるなんてなかなか無いことですよ」


 安奈は両手を合わせ、まるで我が事のように喜んでみせた。礼治もそう言われると悪い気はせず、「そ、そうですかね」なんて頬を緩める。


「にしても先生、仕事の内容知ってるんですね」

「え? あ――すみません、こんなところで口に出すべきじゃなかったですね。世間的には、まだ『アレ』って表東京の英国大使館にあることになってますもんね。

 私、生徒会の副顧問なんですよ。それでその辺りのことはなんとなく聞いてるんです」

「そういうことですか」


 急に小声になる安奈につられ、礼治も思わず小声で頷く。


(そっか、そもそもそういうことになってるんだっけ……)


 ふと顔を上げれば、隣の席の教員が難しい顔で仮想画面を眺めている。そこには昼のニュースが流れており、丁度政府報道官が大英雄の死について発表しているところだった。その中でも政府報道官は「まだ本当に大英雄が死亡したのか定かではない」と強調していた。


「これからうちで本物かどうか調べるんでしたよね……でも、逆に本物じゃないってどういうことなんですかね?」

「知りませんか? 大英雄のクローンって、世界中で結構作られてるんですよ。科学的方法でも、魔法的方法でも。ま、勿論倫理的に問題ありますし、そもそも製作者の狙い通りに本物並みの魔法の才能を持ってる個体は無かったようですけど。でも遺伝子的には同一なので、見た目は瓜二つなんです」

「あ、それ聞いたことあります。十年ぐらい前に結構問題になったとか。結局そういう人達ってどうなったんでしたっけ」

「……その多くは不可解な死を遂げていますよ。大英雄自ら各国に要請して処分させた、なんて話もありますが、真偽のほどは誰も知りません。酷い話ですが、クローンの扱いなんてそんなものです。その処分を逃れていた個体が今更になって発見された、としても別段おかしいことじゃないですよ」

「そう、なんですか……」


 想像以上に闇の深い話を聞かされ、礼治はうまく言葉を返せなかった。

 ――魔法の世界において、倫理というものは往々にして軽視されがちだ。それは、魔法がそもそも『人類を存続させるための技術である』という強固な大義名分を持っており、そのためならば多少のことは無視してもよいという風潮があるからだ。そして現実問題としても、世界は魔法を受け入れてから、その恩恵にあまりに依存しすぎた。


 魔法の発展こそ世界の未来。

 かつて科学で同じことを行い、結果として数々の問題を後の世に残したことなど忘れたように、人々は現在進行形で歴史を繰り返しているのだった。


「っと、変な話をして引き留めちゃいましたね。ごめんなさい。今日作戦に参加した人は公休扱いになっているので、午後の授業は受けなくて大丈夫です。気を付けて帰ってくださいね」

「あ、はい。失礼します」


 礼を残して、礼治は安奈の元から去る。


(遺体が偽物であってほしい、とか思ってたけど、だとしても人が一人死んでるんだよな……)


 たとえそれがクローンだったとしても、それはたしかに人なのだ。その死を無邪気に願ったり、喜んだりできるものではない。

 深呼吸を一つ。

 礼治は廊下に出る前に気分を切り替える。思うところはあるにせよ、それを直に見せるべきではないと思ったのだ。


 よし、と呟いて廊下へ。仮想画面を弄って待っていた直と合流し、昇降口へ向かう。昼食は裏東京に来た初日に入った『キトゥン』に行こう、という話になった。




     ■




 テナントビルの間に挟まれるようにある半地下の入り口に、二人は共に入っていく。シックな家具で統一された洒落た店内では、以前とは違って何組か同じ制服の先客が食事をしていた。

 店員に通されたのは以前と同じ窓際の席だ。なんとなく、そう礼治としては決して何かを期待したわけではないのだが、さりげなく窓の向こうを見上げようとすると、即座に直に鼻を引っ掴まれ顔を正面に固定される。


「ごめんなさいごめんなさい! っていうかまだなんもやってない! 冤罪ですぅ!」

「ふん」


 二匹目のどじょうはいなかった。

 やってきた店員に直はAセットを、礼治は日替わりセットを頼み、二人は改めて向き合う。そしてテーブルに置かれた水入りのグラスを手に取り、どちらからということもなく乾杯をした。


「今日はお疲れ様でした」

「ええ、お疲れ様。お互いよくやったと思うわよ、ほんと」


 疲労感は拭えないものの、二人は満足げに微笑む。結果的に囮だったとはいえ、彼らは依頼された仕事をしっかりとこなしたのである。

 料理が出てくるまで、報酬の支払われ方や成績に対する加算のこと、それから今回に関してはMAGAの逮捕に成功したことで追加報酬が出る可能性もあることなどの話を聞く。当然ながら礼治にとってはどれも初めてのことで、具体的な金銭以上に胸の躍る話であった。


(っていうか、お金の方も昨日提示されたのは結構な額だったしな……命がけの仕事だったしそのぐらいは当然なのかもしれないけれど)


 ふと気になって仮想画面を呼び出し、勇のシャベッターアカウントを覗いてみると、ブランドもののスニーカーを満面の笑みで顔横に掲げた自撮り写真がアップされていた。分かりやすすぎる男である。


「それ、悪い例だから。真似しちゃ駄目、計画的に使いなさいよ」


 にべもなく言い捨てる直に、礼治は大人しく頷くことしかできなかった。


 そんな話をしている間に頼んだ料理がやってくる。直のは前と同じカレーライス、礼治の方はエビフライとコロッケに千切りキャベツ、そしてライスとスープという組み合わせだった。

 二人で手を合わせて食べ始める。そして、直はいつも通りの凛とした口調で語り始めた。


「――あたしの事情が聞きたいとか、言ってたわよね。正直なところ、あたしとしては話したくない。言うの辛いとかじゃなくて、聞いたら確実にあんたのプレッシャーになるから」

「水臭いこと言わないでよ。今日含めて二回も一緒に死線超えてきたんだ、俺は直のこと相棒だと思ってるよ」

「あんた、そういう言い方ずるいわよ……はぁ、分かったわ。でも、聞いた以上は少なくとも今回の期末テストまで付き合ってもらう。途中で降りるのは無しよ」

「もとからそのつもりだって」

「そう。ならいいけどね」


 直は一度スプーンを置いて、深呼吸を一つ。

 真っ直ぐに礼治を見据え、こう言い放つのであった。



「――あたし、今回の結果が悪ければ、退学になるって言われてるの」



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