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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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初めての仕事 2


 二人のレーダー役が悲鳴のような報告を寄越す。礼治の目にも、先程の一匹が開けた穴の向こう、上空で羽ばたいてこちらを睨む姿が何匹も見えていた。


(嘘だろ……!? こんなん、車一台なんか一たまりも――)


 が、と。いきなり視界が横倒しになり、礼治は一瞬遅れて自分が腕一本で抱えられたのだと気付く。

 なんだ、と声を上げる間もなく、身体の内側で何かが噛み合う感覚が走る。自分と、自分を抱える者に身体強化の魔法が掛かったのだ。

 誰だ。そんなこと考えるまでもなく、人間をこんなにも雑に荷物扱いする者など一人しかいない。


「直!?」

「礼治、サレン、上に行くわよ。迎撃する」

「了解です。礼治様、舌にお気を付けを」


 言ったが早いか、サレンは勢いよく後部ドアを開け放つと、そこから飛び出して即座に救急車の上部に飛び乗る。そして当然のように、直も礼治を小脇に抱えたまま全く同じ動作をする。


(舌ってこういうことか!)


 危うく自分で自分の舌を噛み切るところだった。激しく頭が揺れたことで一瞬眩暈を覚えたものの、おかげで怪我も無くすぐ復帰する。直に降ろされ、救急車の上部に立ち、礼治は改めて上空のある高度を覆うような黒い影の群れを目にする。全て二メートル以上はあろうかという翼竜型の破滅因子(ワールド・エンド)が、一匹の例外もなくこちらに殺意を向けていた。


『――こちらイヴ。破滅因子(ワールド・エンド)は人為的な召喚によるものですが、その召喚者は目下捜索中。現状、周辺への被害を考慮するとルート変更はできません。車両を停めるのも相手の思う壺です。最低限鳶足君の退路は確保しつつ、脅威を排除してください』

「無茶言うわね……サレン、あたしあんたの魔法をよく知らないんだけど、これどうにかできる?」

「私一人では不可能です。良くて二・三匹でしょう」


 高速で流れていくまだ明けやらぬ街の中、ロングスカートを風にはためかせながら、平然とサレンは答える。

 二・三匹。仮に言葉通りに仕留められたとしても、残りは二十匹。救急車をハチの巣にしてなお余りある数である。

 ですが。

 考え込みそうになった直を呼び戻すように、サレンはそう続けて右手を差し出す。


「ですが、貴女の散弾と、阿部様のお力を貸して頂ければ、希望はあります。賭けにはなりますが」

「あたしの方は、はなから使うなら散弾のつもりだったけど……礼治を、あんたが使うわけ?」

「ええ。貴女の火力なら、そもそも散弾の一発でもあのサイズの翼竜は墜とせましょう。詳しく説明する時間はありませんが、私の能力が強化できれば、最小限の被害で留められる可能性があります」


 あくまで表情を変えず、しかし強い意志を放つ瞳でサレンは言う。直も彼女は信頼に足ると判断したのか、問うような視線を礼治に寄越した。

 全身で風を切る屋根の上、今にも降り注ぎそうな殺気を身に受けながら、礼治は迷いなくサレンの差し出した手を握る。


「――やろう。やるしかない」

「ありがとうございます。直様、どうぞお好きなタイミングで放ってくださいませ。こちらが合わせますので」


 礼を一つ。サレンは礼治の手を握り返し、僅かに己の方に引き寄せる。それは己に近寄らせるため、というよりは、直の方から距離を取らせるため、という動きだった。


「いいわ、ちゃんと離れてなさい。ついでに踏ん張りなさいよ。――下の連中! あんたらも耐衝撃姿勢! 多分派手に揺れるから!」


 直は車内の人間に怒鳴りながら場所を移動し、車両のなるべく中央に立つようにする。礼治達はその後方、後部の縁近くに手を繋いで立つ。


(サレンさんは爆発魔法の使い手。ご奉仕は爆発です《メイド・イン・ボム》だっけか……いや、もう何をするかは聞くまい。時間も無い、信じるだけだ)


 覚悟を決めてサレンの右手をもう一段強く握る。サレンの方も、一瞬間があったものの、同じように握り返してきた。

 三人が空を睨む。破滅因子(ワールド・エンド)らは今こそ翼に力を込め、一斉に突撃せんと構えを見せる。

 構いはしない。二人分の詠唱が、輪唱のように重なって響いた。


「――我が行く先に道は無く 我が行く後に続く者無し」

灰は(ashes to )灰に( ashes), ちりは(dust to)ちりに(dust)


 直は右腕を高々と直上へ向ける。その腕の先には花弁のように広く口を開けた四枚の魔力障壁が、仮想の砲身であり砲口として付き従う。

 サレンは左手を軽く前に、虚空を抱えるように差し出すと、その手の平の上には光でできた半球が浮かぶ。半球は周囲の空間を模しており、その頂点付近は黒い影たちによって覆われている。


「――疾走れ、一文字の弾丸よ!」

そして全ての(clean up)お片付けを(all)


 詠唱が完了した瞬間、空一面に赤い散弾が舞う。

 そして同時に来たのは、救急車を襲った上下のバウンドだ。直が放った散弾の反動が車体を一瞬潰して歪ませ、跳ね返るように飛び上がらせる。直の両足が、救急車の上部に五センチ沈み込むほどの衝撃であった。


 サレンに右手を引かれ、なんとか振り落とされることなく見上げた礼治の視界の先、赤い光の群れはお互いに弾き合いながら無茶苦茶な軌道を描き、そのうちのいくつかは破滅因子(ワールド・エンド)に激突して消し飛ばす。だがそれも数としては十にも満たない。いくら空を覆うほどの群れとはいえ、制御度外視で放たれた弾丸ではそうそう当たりはしないのだ。

 しかし。ただ一人冷静に、空ではなく己の手元を見ていた者がいた。

 サレンだ。

 彼女の手元、魔力によって作られた半球のジオラマの中でも、赤い光点がばらばらに空へと散っていく。そしてその赤色が、黒い影の横を通り過ぎようとしたその瞬間、彼女は広げていた左手をきゅっと握りしめた。


 それと同時。

 未だ朝日を見せぬ濃紺の空。そしてその下に群れる緞帳のような黒い影。それらをまるごと全て吹き飛ばすように、大輪の爆炎が空に咲いた。


 大爆発、である。

 否、よくよく見ればその一つ一つは中規模の爆発であったが、それが連鎖的に発生し、空一面を覆うほどの爆炎をばらまいたのだ。

 当然、いかに二メートルを超える巨大な翼竜とはいえ、至近で炸裂したそれに耐えうるはずもない。あるものは翼を捥がれて墜ち、またあるものは落ちるまでもなくその場で消滅した。


「な、な、な……!?」

「ちょ、サレン、これあんたの仕業!? 今、あたしの散弾が爆発したわよね!?」


 そう。爆発の元となったのは、破滅因子(ワールド・エンド)に当たらず、彼方へと消えようとしていた赤の散弾だ。それらが全て、破滅因子(ワールド・エンド)の横を通り過ぎようとした瞬間破裂し、無防備なほぼ真横から爆圧を叩き込んだのだ。

 ふう、とサレンは安堵の一息を漏らし、しかし変わらない無表情で驚愕する二人へと向き直る。


「――まずはご協力感謝いたします、お二人とも。私の魔法、ご奉仕は爆発です(メイド・イン・ボム)ですが、これは『あらゆるエネルギーを爆発に置換する』というものでございます。今回の場合、おっしゃる通り直様の散弾の威力を、そのまま爆発に置換したわけでありますね」

「エネルギーの置換って……実質、どんな攻撃だって無力化できるってことじゃない……!」


 平然と言ってのけるサレンに、直は信じられないものを見るような視線を向ける。


「お嬢様をあらゆる脅威からお護りするための力ですから。とはいえ、本来は銃による狙撃などを対象とした魔法であり、効果半径も精々二十メートル程度です。今回上空まで範囲を広げ、ましてや直様の破壊力を置換しきれたのは、ひとえに阿部様のお力によるものかと」

「い、いや俺はなにも――」


 そう言いかけたところで、がくりと。不意の脱力が礼治を襲い、危うく屋根上から転げ落ちそうになるのを、直が慌てて掴み寄せる。


「ちょ、あんた、なにしてんのよ!? 危ないわよ?」

「ご、ごめん、なんか、力が……」


 身体の内にあるはずの熱が、ごっそりと消え去ったかのような寒気が走る。礼治にはこの感覚に覚えがあった。


(これ、会長との決闘のときと同じだ……魔力切れ、って奴か)


 見れば、サレンの方も無表情で分かりづらいが顔から若干血の気が引いているように見える。礼治による強化と魔力の供出があったとはいえ、あれだけの大爆発を起こすのは彼女としても無理があることだったのだろう。

 とにかく、このまま車の上に居続けることは危険だと判断し、三人は滑り込むようにして(礼治は直に投げ入れられたが)車内へと戻る。三人が興奮気味の勇からねぎらいを受ける中、サレンの顔横に仮想画面が現れる。


『――翼竜型破滅因子(ワールド・エンド)、残数無し。皆お疲れさまでした。サレン、無事ですか?』

「ええ。ですが申し訳ございません、魔力は尽きました。以降なにかあった場合、対処は直様お一人にお任せすることになると思います」

『貴女は十分に役目を果たしましたよ。今はゆっくり休みなさい。直さん、そちらは大丈夫ですか?』

「あたしはまだあと二発ぐらいなら撃てるわよ。礼治もあと一回ぐらいなら付き合えるでしょ?」

「む、無茶言うなあ……まあ、多分やれる。でも、もう流石に来ない、よね……?」


 礼治としては既におなかいっぱいである。魔力量のことではなく、彼のキャパシティとして。

 救急車も既に裏国道十七号線に乗っており、あとは道なりに行くだけだ。これ以上はなにも無い、車内の全員がそうであることを願っていた。


 が、しかし。

 三つ葵ももう見えようかというその時、大きな交差点を前にした車内に、二人のレーダー役の声が重なる。


「「前方交差点中央に破滅因子(ワールド・エンド)反応!」」


 その声が響くと同時、誰より早くその存在の発生に気付いていた運転手は、全力のブレーキングドリフトをきっていた。

 車内の全員が遠心力に振り回され、急制動を掛けられた四輪はタイヤのゴムを焦がしながらもアスファルトを噛み、車体はなんとか停止する。そしてその次の瞬間、車体の真横に巨大な前足が叩きつけられ、その衝撃で救急車が軽くバウンドする。


「よく揺れる車だなホント! マジどうなってんのこれ!? チャラ男はもう学校まで突っ走った方がいい!?」

『まだ危険です! 三つ葵にも救援要請を出しますが、それまで現場での対処を! 対象、地竜型破滅因子(ワールド・エンド)、六メートル級、ランクB相当です!』

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