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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
15/36

初めての仕事 1


 翌日。

 まだ夜も明けやらぬ午前三時四十五分、裏東京駅の前に三人の少年少女の姿があった。

 中肉中背、容姿もとりたてて特徴の無い、平凡を人の形にしたような少年が一人。

 鋭い双眸に高く結い上げたポニーテール、そして抜群のスタイルが目を引く美少女が一人。

 カチューシャ付きのオールドスタイルのメイド服を身に纏う、氷のような無表情の少女が一人。

 三人は指定されたロータリーの一角に固まって立っていた。始発前の駅に人気は無く、ごくたまに駅関係者の出入りがあったり、犬を連れて早朝のランニングをする人が通り過ぎる程度。メイド服が人目を惹く心配もなかった。


(っていうか、まさか護衛依頼にその服装で来るとは……)


 もしかして本当に毎日着ているんだろうか。礼治は軽く戦慄を覚えるものの、それを問う勇気は無かった。

 にしても、と口を開いたのは直だ。


「そろそろ時間なのに、勇の奴遅いわね……あいつにとっても初めての大仕事だろうし、緊張して寝られなくて寝坊とかじゃないでしょうね」

「? 特殊な運び屋様とお聞きしていますが、大きな仕事はしてこられなかった方なのですか?」


 不思議そうに小首を傾げるサレン。


「そもそも知名度が無かったからね。あいつ自身、魔法使いとして上昇志向が強い方じゃなかったし、成績の点数稼ぎと小遣い稼ぎの仕事ぐらいしかしてこなかったんだけど、この前能力の方だけやたら有名になったから」

「能力の方だけ……ああ、成程」


 そういうことですか、とサレンはちらりと礼治に目をやる。しかし、とうの礼治はいまいち分かってないらしく、「どゆこと?」と直に問う。


「馬鹿、あんた達と暴君の決闘よ。あのとき、氷雨が『何が出るかな(パーティーハウス)』使ったでしょうが。今回勇が呼ばれたのだって、そのときに暴君があの魔法を見て、これは使えるって思ったからよ」


 存在自体は前から知ってたらしいけど、と直は付け加える。

 実際、勇以外にもあの決闘によって間接的に名を挙げたものはいる。特に霧煙る時計塔の都(ロンドン・スモッグ)の使い手などは、隠密系や強襲系の仕事に引っ張りだこになっていた。


 そんな話をしている間に、時刻は午前三時五十分を回る。ついに予定時刻となったが、それでも勇は現れない。

 なにかあったのだろうか。三人の中に軽い緊張が生じたそのとき、口を開こうとした礼治の機先を制すように、サイレンの音が遠くから響く。何事か、とそちらを見れば、救急車がローターリーの中まで入ってくる。それは丁度三人の前に停車すると、即座に後部のドアから二人の救急隊員が飛び出し、ストレッチャーを走らせ裏東京駅の中に消えていった。


(急患か……? こんな時間に、早番の駅員さんでも倒れたのかな)


 ともあれ邪魔にならないように、と三人は少し離れた位置に固まる。そして幾らも経たないうちに、今度は有人のストレッチャーが全速力で戻ってきた。

 ――腹を押さえて苦しむ勇を乗せて。


「な、なにィー!? おま、なにやって!?」

「うぅ! 苦しい! みんな、助けてくれえ! 一緒に乗ってくれえ!」


 鬼気迫る表情で手を伸ばしてくる勇に、三人は唖然として固まるしかない。そんな彼らに、救急隊員は追いうちのように声をかける。


「君たち、この子の知り合いですか!? なら早く乗り込んで!」

「うぇ!? いやその――」

「礼治、乗るわよ! サレンも! 早く!」

「ッ! 了解いたしました!」

「え、ちょ、え」


 あれよあれよという間に三人は救急車の中に押し込められる。全員が乗り込むなり、救急車は問答無用でドアを閉じ、そのままサイレンは鳴らさずに発進した。


 一体なにが起こったのか。おろおろと戸惑いを隠せない礼治の横、ストレッチャー上で悶え苦しんでいた勇が不意に上半身を起こす。一瞬前までの必死の形相はどこへやら、完全にいつもの様子である。


「――チャラ男流仮病術いぇーい。びっくりした? マジびっくりしたっしょ? ねえ」

「は!? え、どういうこと!?」


 元気アピールなのか全方位にピースを振りまく勇にチョップを入れ、呆れ交じりに直は言う。


「もう仕事は始まってるってことよ。――勇、あんただけ集合場所と時間が違ったのね?」

「そゆこと。オレは先に駅の中で大英雄の遺体と御対面、アーンド棺丸ごと『何が出るかな(パーティーハウス)』に収納。でもって、このストレッチャーに乗せられてごく自然に護送車に乗り込んだってわけ」

「ごく自然に……? っていうか、護送車って、この救急車が?」

「こちら、見た目こそ普通の救急車ですが、恐らく性能は装甲車の類でしょう。重要物品の護送の際、パトカーや救急車にカモフラージュした車両で運ぶことは、そう珍しいことではありません」


 と、サレンの言葉を補足するように、彼女の顔横に仮想画面が現れる。


『そういうことですね。白日君も良い物を出してくれました。おまけに、そちらの救急隊員のお二方は、周囲の敵性反応を探知してくださるレーダー役だそうです』


 にこやかにそう告げたのは、画面の向こうで金の巻き髪を揺らすイヴであった。


「今回のガイド役ってあんただったのね、イヴ。自ら出張ってくるなんて珍しいじゃない」

『それだけの案件、ということですよ直さん。礼治君と鳶足君も、本日はよろしくお願いいたしますわね」』


 イヴからの挨拶に、男二人はなんとなく畏まって頭を下げる。生徒会長という立場もあるが、それ以上に身に纏う雰囲気で恐縮してしまうのだった。


(なんせ金髪巨乳のお嬢様だもんなあ……)


 言葉もなく頷き合う礼治と勇。直はそんな馬鹿二人の頭にそれぞれチョップをくれてやり、イヴの方に向き直る。


「にしても随分手が込んでるわね……基本、情報は漏れてないって話だったと思うんだけど。三つ葵へのルートは?」

『そちらは素直に行きます。裏日比谷通りを真っ直ぐ北上、裏湯島聖堂前を左折、それからは裏国道十七号線沿いに。直線が多いルートですし、この時間帯ですから、三十分も掛からないはずです。――無論、何事もなければ、ですが』

「……お嬢様、なにかお心当たりが? 昨日のブリーフィングでは、基本的に情報は漏れていないという前提だったと思いますが」


 訝しげに問うサレンに、礼治も内心で頷く。現段階でも世間一般には大英雄が死亡したというニュースは流れていないし(無事三つ葵に着き次第情報解禁となるらしい)、ならばその遺体を狙う襲撃者がいるはずもないのではないか。若干の希望的観測も含むが、礼治もそう思っていた。

 仮想画面の中で、イヴは金の巻き髪を横に揺らす。だがその表情は険しかった。


『心当たりがあるわけではありません。しかし大英雄の動向となれば、世界各国が常に注目しています。我々は隠蔽に全力を尽くしましたが、それでも確実とは言い切れません。

 それに、たとえどこからも情報が漏れていなくても、それらを飛び越えて事実に行き当たる方法も魔法にはありますから』

「情報が漏れてなくても……?」


 礼治はその言葉に疑問する。

 救急車は裏日比谷通りに入っていく。予想通り車通りはまばらで、ここからはしばらく快適な直線だ。勇は、今のところ特に異常は無い、というのを救急隊員姿のレーダー役とアイコンタクトで確認してから口を開く。


「――予言、予知とかのことだろ。その辺の魔法に対する対抗手段ってのは、正直なところあんま多くねえ。どんなに隠しても飛び越えてくるのは、ぶっちゃけどうしようもないんだよな」

「かわりに、確実性は無いけどね。魔法って言っても所詮は占いの延長線上にあるものよ、どんな達人でも外れることもある。予言やら予知やらを完全に信じて襲撃を仕掛けてくるとしたら、そいつらはよっぽどまともじゃないか、あるいは切羽詰まってるってことでしょうね」


 と。

 そんな話をした、その時だった。



 びちゅん!



 水気を含んだ破裂音が、救急車の後部ドア外側で生まれる。場の全員が一瞬にして戦闘態勢に切り替えて睨む先、後部ドアの窓ガラスには、蛍光ピンクの液体がぶちまけられていた。


「なにこれ、ペイントボール……?」


 警戒を解かないままに、直は眉をひそめて言う。それはたしかに、金融機関の窓口なんかで置いてある、防犯用のペイントボールがぶつけられた痕に見えた。

 悪質な悪戯か、などとのんきに考える者はいない。どうやらこれ自体に害は無い様子だが、ならばこれは下準備なのだろう。

 レーダー役の二人はそれぞれ左右方向に意識を集中させ、仮想画面内のイヴもなにやら多方面に連絡を入れて情報を探る。実働の礼治ら三人は後部ドアの向こうを睨んで戦闘態勢を崩さず、勇はたとえなにが起ころうとも目的地へと辿り着く算段を立てていた。


 着弾から数秒後。それぞれ左右を向いていたレーダー役が、突如揃って天を仰ぐ。


「「上だッ!」」


 次の瞬間。

 装甲車並みの硬度を持つ護送車両の天井に、巨大な漆黒の刃が突き刺さる。

 否。刃ではなかった。それは嘴。一メートルはあろうかという巨大なつるはしの如き嘴が、上空から一直線に天井を貫き、ストレッチャーの一部を抉ったのだ。

 嘴の根本、半ばまで車内に入り込んだその顔は、鳥ではなくどちらかというと爬虫類に近い。瞳ばかりが不気味に赤く、その他は全身影をこねてまとめたような黒。その正体は。


破滅因子(ワールド・エンド)、それも翼竜型ですか!」


 サレンの叫びに呼応するように、目の前の化け物は甲高い奇声を上げて暴れようとする。しかし、機先を制してその横っ面を鉄バットのフルスイングが叩き潰す。

 勇だ。それも一発ではない。彼は得物を右肩背後の異空間から振り抜いた勢いのままにぶち込み、その回転のままに左肩背後の異空間にしまう。それを息が切れるまで何度繰り返しただろうか。鉄バット、ゴルフクラブ、バール、レンチ――次々と繰り出される打撃によって、気付けば破滅因子(ワールド・エンド)はその姿を霧のように消していた。


「はぁ、はぁ……! み、見たか、チャラ男流抜刀術を!」

「技名それでいいのあんた。でも、これで分かったわね――さっきのペイントボールは、マーキングよ」

「マーキングって、この場合、『ここを狙え』っていう……」


 と。

 先程の一匹が上げたものと同種の奇声が、上空から重なり合って響いてくる。一匹や二匹という単位ではない。十や二十という大音声だ。


「――上空、破滅因子(ワールド・エンド)反応二十三! ランクC相当と推定!」

「先程と同型、全てこちらを狙っています!」


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