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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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大英雄の遺体 1


「――は? 阿部君が三国連合の会議に行った? 確かなのかい?」

『乗せてった運転手から聞いたんだから本当でしょ。あたしらにお呼びがかかってないってことは、トップ級プラス護衛一人っていうパターンよね? 最近そんな機密案件あったっけ?』


 仮想画面の向こう、おそらく射撃場の休憩所を背景に、直は首をかしげる。

 三国連合の会議は、普通は各校生徒会長と他二名ほどの付き添いで行われる。誰を付き添いに選ぶかは各会長の自由だが、その付き添い枠とは別に異名持ち(ネームドクラス)には主催者側から声がかかることが通例だ。それが無い場合、トップとその腹心以外には明かせないような内容の会議であることが多かった。


(そんな会議にド素人の阿部君を連れていくとか、生徒会長はなにを考えているんだか……)


 否、実は事情はある程度察せられているのだが。

 三つ葵魔法学園高等部の一角、第一研究棟の二階、異名持ち(ネームドクラス)の特権として与えられた小さな研究室で、コーヒーを片手に氷雨は小さな息をつく。


「例の決闘の日、会長は三国連合の緊急招集を受けていた。それからここ一週間随分忙しそうにしてたし、多分その件だろう。大方、もう世間に公表できる段になったから、経験を積ませるために阿部君を連れて行ったんだと思うよ」

『なにそれ、あたし聞いてない。で、結局どんな案件なの?』

「さあ。具体的な内容はボクも知らない。どうせいずれ知れることだから、特に探ってもいなかったからね。

 ――それより、そんな場に急に連れていかれた阿部君が心配だな。彼、まだ他の学校の会長たちのことすら知らないんじゃないか?」


 まだ彼は裏東京に来てから一週間程度だ。世間知らずは当然のなのだが、三国連合の会議の場ではそうも言っていられないだろう。


『でしょうね。ま、どうせ突っ立ってるだけだろうし、特に問題無いと思うけど、心配なら軽く情報まとめてLINKで送ってやれば?』

「そうだね……万一下手な受け答えして、他校の会長から悪印象も持れたりしたら可哀想だ」


 氷雨はそう呟いて、机の上の端末を立ち上げる。呼び出すのは裏東京の公式生徒名鑑と、有名人のゴシップ的な人物情報までまとめられた非公式情報サイト『障子・イン・メアリー』だ。裏東京の生徒に関する簡単な情報なら、この二つを使えば大体集められるという代物である。


(なんせ、もう阿部君の情報までまとめられてるくらいだしなあ……)


 しかもそれなりに精度が高いのが恐ろしい。ユーザー側としては便利なのだが、自分のページを確認するとかなりぞっとするほどであった。


 ともあれ、今は礼治に送る情報をまとめるのが先決だ。アヴァロンと新明星の会長に加え、おそらく二人が連れてきている腹心の情報を探し、氷雨は簡単にまとめる。別に求められたわけでもないし、余計なお節介だろうか、と今更ながらに頭をよぎるが、結局はまあいいかと彼女はその情報を送信した。


「しかし、よりにもよってアヴァロンか……阿部君、()と遭遇しないといいけれど」

『あぁ、あの化け物? あいつわざわざ会議に出てくるような奴じゃないし、平気でしょ』

「だといいんだけどさ。でもほら、阿部君ってなんかそういうの寄せ付けやすい感じしないかい? 裏東京に来て二日で異名持ち(ネームドクラス)三人と知り合いになった子だよ?」

『そう言われると……ま、まあ暴君もいるし、いざとなったら守ってもらえるでしょ』


 直の言葉に、氷雨は「だといいけど」と不安げにもらす。


(なんというか、阿部君ってほっとけないんだよね……)


 あまりにも素人丸出しで危なっかしいというか。自分だけではなく、直も帝もそう思っていることだろう。

 彼にとっては大事な三国連合デビューだ。イレギュラーはともかくとして、今頃、場の空気に飲まれて動揺していなければいいのだけれど――氷雨はそう思いつつ、ぬるくなったコーヒーを啜る。





     ■




 礼治は動揺していた。

 場の空気に飲まれて、ということではない。金髪の少女が平然と放った言葉に、だ。


(今、大英雄の『遺体』って言ったのか……?)


 どういうことだ。大英雄はたしかに年齢で言えば既に高齢の域に入っている。しかし、彼は魔法によってほぼ不老の身体を手に入れたと言われているし、ニュースでも彼の不調を報じるようなものは無かった。ましてや、彼が死亡したなんてニュースが出れば気付かないはずがない。そんなことが報じられれば、確実に国中大騒ぎになるからだ。


 一体どういうことなのか――思わずそう問いかけようとした瞬間、礼治の顔横に仮想画面が現れる。その起動音に、三人のトップはおやと視線を寄越し、二人の従者は剥き出しの殺気を放ってくる。


(やべ、非表示設定にするの忘れてた……!)


 おそらく重要な秘密会議であろうこの場で、それはあまりに迂闊だった。外部に情報を漏らしているのではないか、と疑われても文句は言えないだろう。

 しかし、トップのうちの一人、金髪の少女は鷹揚に言う。


「構いませんよ。ここでの内容を外部に漏らさないのであれば、今回は仮想画面の使用も許可しましょう。色々と調べる必要や、お互いの陣営と打ち合わせが必要になるかもしれませんし」

「ま、明日にでも発表されることだしナ。そっちの少年も、例の新顔だろウ? マナーモードにはしとけヨ」


 表演服の少年もそう言って笑い、帝も無言で小さく頷く。礼治は「お、お騒がせしました」と一度頭を下げて、胸を撫でおろしながら言われたとおりにマナーモードに設定する。

 というか、一体誰からだったのか。目立たないように若干位置を下げて確認すると、それは氷雨からのLINKのメッセージで、各校の会長とその護衛の簡単な情報まとめであった。


『アヴァロン生徒会長:イヴ・レイク

二年生。英国人。魔法の名門の家系の長女で、穏やかだがプライドは高い。腹黒。結界型魔法の使用者。誓約者(テスタメント)異名(ニックネーム)を持つ。


     生徒会庶務:岡本 サレン

二年生。日英ハーフ、国籍は英国。イヴの幼い頃からの親友にして従者。万事イヴ最優先。爆発魔法の使用者。ご奉仕は爆発です(メイド・イン・ボム)異名(ニックネーム)を持つ。


   新明星生徒会長:王・白日(ワン・バイリー)

二年生。中国人。人望で成り上がったカリスマ。太極拳の使い手。千年為央竜(シャオロン)異名(ニックネーム)を持つ。


    親衛隊副隊長:安土 麻央

一年生。日本人。白日に心酔する女生徒。巨体で怪力の恋する乙女。大斧使い。異名持ち(ネームドクラス)ではないが、斧玄武のあだ名で知られる』


 それぞれにご丁寧に小さな顔写真付きで、礼治は一通り確認するなりお礼のメッセージを返す。自己紹介も無しで誰が誰だか分からない中、彼にとってこの情報は非常にありがたいものだった。


(なんというナイスアシスト……! どこで聞きつけたのか知らないけど、とにかく助かる!)


 それはそれとして、礼治はここに集まった面々のレベルに改めて驚愕する。なんせほぼ異名持ち(ネームドクラス)、あと関係無いけどほぼ外人さん、日本語は通じそうで良かった。ともあれ、裏東京における有力者の一角が大集合だ。礼治は自分の場違いを強く感じつつ、せめて取り残されないようにしようと会議の動向に意識を集中させることにした。


「――それデ? そちらの本国との手筈は整ったのカ?」


 白日(バイリー)はイヴの方に視線をやる。白日の容貌は、糸目で童顔、髪を三つ編みにして背中に垂らした様子は中性的でもある。座っているので若干分かりづらいが、男子高校生としては結構小柄なようで、情報が無ければとても武道家の類には思えなかっただろう。


 対し、問われたイヴの方はというと、緩やかなウェーブを巻いた腰までの金髪に、彫刻家が丹念に彫り上げたかのような精緻な美貌。ドレスのような華美な制服もあって、さながら中世の騎士物語に出てくる姫君のような出で立ちである。こちらも座っているので完全には分からないが、それでもスタイルも抜群だと言えよう。

 直とどちらが上だろうか、なんてよこしまな比較を始める礼治を引き戻すように、彼女は問いに答える。


「ええ。遺体そのものは既に東京の英国大使館に届いています。三つ葵の方から死体保存専門の魔法使いが二名派遣されているので、状態は万全です」

「ああ、その辺りはうちの専売特許だ、遠慮なく利用してくれ。不名誉ながら『検体蒐集家(モルグ)』の名は伊達じゃないよ」


 帝も自嘲気味に肩を竦める。

 当然のように話は進むが、礼治としては早速ついていけない。なにやら知らない単語が出てきた。というわけで、彼は出しっぱなしの仮想画面で助けを求める。


『ごめん、「検体蒐集家(モルグ)」ってなんのことだか分かる?』

『三つ葵のあだ名、っていうか蔑称だね。そもそも、主要三校は学校であると同時に研究機関であることは知っているかい?』


 氷雨から即座の返答が返ってくる。待機していてくれたのだろうか。


『研究所が併設されてることぐらいしか知らない』

『そうか。まず、裏東京は研究における規制があらゆる意味で緩いんだ。魔法学校がここにあるのと同じ、つまりいざとなれば表からは切り離せるって理由でね。だから、学校教育と並行して魔法研究も盛んなんだ。主要三校はそれぞれ独自のコンセプトで研究を進めている。


 三つ葵は「現在に存在する全ての魔法の蒐集と解析」。

 新明星は「過去に存在しえた伝説級・神話級の魔法の復活」。

 アヴァロンは「既存の魔法の原理を超えた、新たな魔法秩序の開拓」。


 それぞれ、現在・過去・未来って感じだね。そして三つ葵の具体的な研究法は、世界各国から優秀な魔法使いの死体を蒐集し、それを研究材料に解析するというものなんだよ』


 礼治はその説明を見て理解する。成程、それで『検体蒐集家(モルグ)』か。たしかにそれならば、そんな不名誉なあだ名が付くのも致し方ないだろう。そして、大英雄の遺体が裏東京に来る、という理由もこれで分かった。

 彼はお礼の言葉を送り、改めて会議の方に注目する。


「遺体の保存には問題ありませんが、『この世の全ての魔法が刻み込まれている』とまで言われる大英雄の遺体となれば、その価値は計り知れません。それを狙う勢力は数知れないでしょう。なので、英国大使館としては極力長く保持しておきたくない、というのが本音らしいです。ましてや明日以降この件が表沙汰になれば、マスコミが押し掛けることになりますし」

「それで、今夜のうちに秘密裏に裏東京へと持ち込むと。そっちの大使館をスケープゴートにしてすまないね」

「いいえ、本物を持たされるよりはずっとマシ、とのことですよ」


 イヴは疲れの見える苦笑を浮かべる。連日この件の対応に追われていた、という様子である。


(ふむ。やっぱりいまいち話が見えないな。ええい、聞かぬは一生の恥だ)


 覚悟を決めて、礼治は小さく手を上げる。すると先程と全く同じに、トップたちはおやと振り向き、従者たちはきつく睨みつけてくる。覚悟の上だ、礼治は緊張しつつも問いかける。


「すみません、聞きたいんですけど、何故大英雄の遺体を英国大使館が? それとそもそも――本当に、大英雄は亡くなったんですか?」


 今引っかかっているのはその二点だ。

 大英雄の国籍は日本にあるのだから、普通ならばイギリスを介する必要は無いということ。そして、そもそも彼が死んだとはとても思えないこと。

 もっとも、後者に関しては個人的な憧れや神格化が多分に混じっている自覚はある。生き物なのだから死ぬときは死ぬ、と言われればそれまでだ。


 が、意外にもその問いの両方に丁寧な答えが返ってきた。右手を挙げて応じたのは白日だ。


「――良い質問だナ、少年。そして良い度胸ダ、皮肉ではなくナ。良いゾ、折角の貴重な機会なんダ、空気なんぞ読まずにガンガン発言しろヨ。

 実際のとこロ、うちの麻央もそっちのサレンも状況は分かってないだろウ? 俺達の状況整理という意味も込めテ、説明して良いだろうカ」

「構いませんよ。たしかに、このあたりで整理しておいた方が良いかもしれませんしね」

「ありがたイ。ではまず一つ目だガ、こちらは簡単ダ。大英雄の遺体が発見されたのが、そもそもイギリスだったからダ。発見時期は二週間前。処遇を巡って色々と政治的なやりとりがあってナ、英国大使館に送られたのは一週間前だったカ」

「空港から直接裏東京に来なかったのは、その政治的な理由ですか?」

「そういうこったナ。その辺りは国家の政府レベルの話ダ、流石に俺達が手を出せる話じゃなイ。そして二つ目、大英雄が本当に亡くなったのカ――これに関しては、不明ダ」


 白日の寄越した答えに、礼治だけではなく他の従者二人も訝し気な反応をする。今の今まで、大英雄の遺体をどうするのかという話をしていたはずではないか、と。

 その戸惑いには、帝が手を挙げて応じた。


「君たちも知ってるんじゃないかな? 大英雄はそもそも神出鬼没、数か月姿を現さないなんてこともざらだった。だから今までも数十回は死亡説が流れたことがあったし、実際葬式までやってる最中にひょっこり帰ってきて、嘘泣きしながら自分に焼香したっていう冗談みたいな逸話もある。改めて言ってて頭痛くなってくるなこれ……まあ、とにかく、我々としても日本政府としても、遺体の取り扱いは『暫定』なんだ。正確に言うなら、大英雄の(かもしれない)遺体だ、その真偽の解析も含めて三つ葵に持ち込もうってことなんだよ」

「偽物の可能性もある、と?」

「正直な話、十分ある。だけど、そうだとしても、扱いは変えられないよ。少なくとも、三つ葵に無事運び込んで、解析結果が出るまではね」


 イヴが手を上げる。そしてそれまでの話をまとめるように、こう言い放った。


「ええ――ですから、今回こうして集まって頂いたのは、その護衛任務をどなたが担当するか、それを決めるためなのです」

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