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裏東京の異名持ち共  作者: 愛川莞爾
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序章  異名持ちの面々


 ひりつくような沈黙が、夜の街を覆っていた。

 時刻は深夜一時半、人気の絶えた繁華街、渡る者もないスクランブル交差点で信号機が明滅を繰り返す。街灯と月光が照らすコンクリートの風景の中、不意に声が生まれる。


「――こちら嘲る暴君(タイラント)、地点Cに到着。準備完了だよ」


 声の主が立つのは、スクランブル交差点から北へ百メートルほど進んだ三叉路だ。長身痩躯の身体を詰め襟の学生服で包む、たれ目がちの美少年である。


 その少年――暴君の背後、十名ほどの同じく制服姿の少年少女が建物の陰に隠れるようにしてひかえる。ある者はクロスボウを構え、ある者は杖を携え、またある者はハンドガンを、と皆物々しい出で立ちである。


 と。暴君の顔横に、五十センチ四方の仮想画面が浮かび上がる。その中では彼と同年代であろう、ショートカットに眼鏡の少女の顔が映っていた。


『了解。そちら今回も最終ラインとなる、麾下(きか)の皆とも連携して、取り漏らしの無いように頼むよ』

「任せてよ。仮に他でやらかしても、フォローするぐらいの準備はある」


 それは頼もしい、と眼鏡の少女が笑うと、即座に反対側の顔横に同じく仮想画面が表示される。こちらに映るのも同年代の少女、スタイリッシュなポニーテールに鋭い眼光と、可愛いと言うより美人なタイプだ。


 ポニーテールの少女は、明らかに棘のある口調で会話に口を挟む。


『ちょっと、あたしがなんかやらかすっての?』

「万が一の話だよ。あいや、千が一、あるいは百が一くらいかもしれないけど」

『確率上げてんじゃないわよニヤケ面! きっちりやってやるっての!』

「はは、期待してるよ、行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)




     ■




 ふん、と鼻を鳴らして通話を切る。行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)と呼ばれた少女は、代わりにもう一人の協力者の方に連絡を入れた。


 彼女が立つのは、スクランブル交差点前の駅側広場。先程の暴君も辛うじて見える程度の距離だが、視線は遣らない。

 すぐに仮想画面が表示され、そちらを見やれば画面内で眼鏡の少女が呆れ顔を浮かべる。


『――仲良くしろとは言わないけど、現場で連携はとってくれよ?』

「分かってるわよ。それで、こっちの補助は万全なんでしょうね?」

『勿論。お膳立ては完璧だと思ってくれていい。君がぶっ放す辺りのアスファルトやら街灯やらは魔力障壁を三重に掛けてあるし、誘導路も隙間無く用意した。あとは、君が火力を出し過ぎないでくれれば完璧だ』


 そんな相手の言葉に、少女はふんともう一度鼻を鳴らす。


「んな器用なこと出来るんなら、行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)なんて異名ついてないわよ」

『開き直らないで欲しいなあ……ま、とりあえず使うのは散弾の方で頼むよ。マグナムの方だと魔力障壁が十枚あっても抜くだろ、君』

「最高記録は汎用型魔力障壁二十六枚抜きね」

『瓦割りじゃないんだから……っと、来たね! 対象、顕現まであと十秒! 総員戦闘準備!』


 鋭く走ったその声に、ポニーテールの少女も、向こう側に立つ暴君の一団も瞬時に態勢を整える。

 特に顕著なのはポニーテールの少女だった。彼女は足を肩幅よりやや開いて、膝を曲げて重心を落とし、右腕をまっすぐ正面に突き出して、左手でそれを支えるように構える。

 右腕という砲身を、身体の全てで支えるようなシルエットである。


 仮想画面ではカウントダウンが表示される。少女はそれをちらりと見遣り、一息。呼吸を落ち着けてから短い呪文を口にする。


「――我が行く先に道は無く 我が行く後に続く者無し」


 紡がれる言の葉を合図として、少女の腕に沿うように四枚の半透明の板が現れる。それは砲身にして砲口、先端部は僅かにラッパ状に口を広げ、空間にその位置を固定する。


 カウントダウンが迫る。

 四、三、二――


「――疾走れ、一文字の弾丸よ!」


 カウントがゼロになるのと、少女の詠唱が終了するのはほぼ同時であった。




     ■




 激音が響いた。

 もはや音というより、空気の振動として伝わる衝撃を身に受けながら、暴君は目の前の光景を判断する。


「とりあえず、上手くいったか」


 ことは予定通りに進んでいる。


 ――激音の正体は、虚空から現れた存在に対する、赤い力の激突であった。


 現れたのは巨大な四つ足の獣だ。その身体は、まるで黒い炎をこねて作り上げたような姿で、体高は三メートル弱、全長は五メートル程度。およそ尋常な生物ではない。


 対して、その化け物にぶち込まれたのは、ポニーテールの少女が放った一撃だ。腕を砲塔に見立てて放たれるのは、魔力を固めて放つ赤い散弾。一発一発がコンクリートを容易く穿つ威力をもつそれが、お互いを弾き合うような滅茶苦茶な軌道で化け物に炸裂したのだ。


 

『ぐぎゃぁああアアァッ!』


 野太い獣の悲鳴が上がる。虚空から現れた獣は、地に着く前に横っ面を殴り飛ばされ、大きく暴君の方へと吹き飛ばされてきた。


『来るよ! 構えてくれ!』

「ああ、万全だとも」


 少女からの流れ弾を首の動きだけでかわしながら、暴君は気楽ささえ感じられる口調で応える。


(なに、初動がはまれば焦ることもない。なにが起きるかは分かっているからね)


 一番の心配は、行方知れず(ノーウェアー)の弾丸(・バレット)が派手に攻撃を外さないか、という点であったが、それはどうやら大丈夫だったらしい。見れば散弾の約半分は見当違いの所に走り、先程避けた流れ弾は後ろの麾下に直撃したらしいが、まあその程度ならご愛敬だ。許容範囲内。


 そんなことを思いながら、暴君は吹っ飛んでくる化け物を見据える。その巨体は地面に叩きつけられる瞬間、一気に大型犬程度のサイズに分裂し、勢いのままにこちらへと突っ走ってきたのだ。


 数にして二十ほど。陽炎のように揺らめく黒犬の群に対し、しかし暴君は穏やかな笑みすら浮かべて言葉を放つ。


「――跪け」


 呪文ですらない。

 ただ一言、それは暴君からの命令であった。 


 その声が響いた瞬間、暴君を中心とした半径十五メートルの範囲に不可視の力が走る。まるで上から強引に押さえつけられたかのように、黒犬達がつんのめるようにして地面に叩きつけられたのだ。


「あれ、二匹逃がしちゃった。頼むよ」


 暴君の暢気な声に、背後の麾下が二人、短く応えて飛び出していく。そしてそれ以外の面々は、不可視の力場の外から黒犬達にめがけて攻撃を放つ。

 動けなくなった方は勿論のこと、それぞれ単独で逃げた黒犬も、もはや脅威ではない。攻防すら発生せず、単純作業のようにそれらは駆逐され、死体も残さず煙の如く立ち消えた。


 ふぅ、と一息。暴君は麾下の者たちを軽くねぎらいつつ、真っ直ぐスクランブル交差点の方へと歩き出す。行く先には、誇らしげに腕を組み仁王立ちするポニーテールの少女がいる。


「ふん、どうよ、やってやったわよ!」

「あー、はいはい。お疲れお疲れ」


 呆れ気味の苦笑を浮かべつつ、二人はハイタッチを交わす。

 と、二人の横に仮想画面が現れる。


『二人ともお疲れさま。今こちらで精査してるけど、追加の反応や取り漏らしはなさそうだ。こちらの作業が終わるまでは待機になるけど、その後はその場で解散してもらって構わないよ』

「りょーかい。そっちもお疲れさまね。今回は街も破壊してないし、賠償金無しよね?」

「いや、流れ弾でうちの麾下が一人ノビてるんだけど……ま、酷くなければ治療費までは請求しないけどさ。

 しっかし、思いの外簡単な仕事だったね? 異名持ち(ネームドクラス)が三人も出張るほどの案件だったのかい?」


 首を傾げる暴君に、眼鏡の少女は苦笑して返す。


『深夜とは言えここは裏東京でも有数の繁華街だ、長時間閉鎖しておく訳にも行かないし、妥当な人選だったと思うよ? それに、まあ、ほら、仕事はあった方が良いだろう』


 その曖昧な物言いに、暴君は察したように頷き、ポニーテールの少女の方は僅かに表情を曇らせる。


(ま、その辺りは僕の口出すことじゃないか)


 暴君はそう思い直し、くるりと踵を返す。その先には麾下の面々が集まっており、流れ弾を食らった者も鼻にティッシュを詰めながらも復帰している。


「それじゃ、僕らは打ち上げ行くけど、君はどうする? 来るなら奢るよ」

「行かないわよ。明日も別件あるし、とっとと帰って寝るわ」

「そうかい。忙しそうでなによりだ。それじゃ、またなにかあったら」


 暴君が後ろ手に手を振って行く先、周囲を覆っていた結界が解かれ、繁華街の雑踏が押し寄せてくる。眼鏡の少女の精査が完了したのであろう。彼はそのまま麾下を引き連れ、夜の街へと消えていくのであった。

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