049
「こんにちは」
「……どうも…………」
ジェラルドが窓から城下街を見下ろしていた同時刻、サリクタのとある町の片隅にて。
今日の依頼であるマノーチを狩りに行こうとしていたアレクは、不意に現れた彼を見てその場に立ち止まった。
「これから何処に?」
「……外れの森だけど…………」
行く先を阻まれたアレクは困惑したように答えを告げる。アレクの右手には、素朴ながらもしっかりとした作りの弓が握られていた。左肩から右腹にかけて、背中に斜めにかけられている矢筒には10本ほどの矢が入っている。右肩には、罠に使うのか知らないが長縄がかけられていた。他にも細々とした道具を身につけているようだ。
そんな『今から森に行くスタイル』のアレクの前を遮ったのは、一度自己紹介をしただけの、ほぼ初対面の男の子だった。
「私を覚えておいでですか」
「ええと……ルド……お貴族様の、従兄弟さんでしょ?」
アレクがルドと言った途端眉を顰めたので、そっと言い直す。二度目ましてのはずで、一度目は余りそりが合わない人間的だなと感じた彼だったが──何か用だろうか?
アレクは呆然としつつも、辺りを見回す。それを見て、ルドの従兄弟──アシュレイは、「彼は来ていません」と告げた。
「今日は私一人でこちらに来ました」
「ええと……そう」
彼は前回来た時とは違う服を着ている。自領の街にはよく下りると言っていたのは嘘ではないのだろう。
それきり黙ってしまったアシュレイを見て、アレクはどうしたものかと困ったようにアシュレイを見詰めていたが、埒が明かないと思ったのか一歩足を前に出した。
「あの」
「……」
「あなたがどうしてここに来たのか知らないけど、僕依頼こなさなきゃいけないんだよね。だからもういいかな」
「急ぐのですか?」
「えっ」
あまりにも無表情なので、今の言葉は本当に彼から出てきたのかとアレクは二度見する。
対するアシュレイはまた、表情筋が死んだような顔で「急ぐのですか」と再び声に出した。……どうやら、彼が話したことに違いはないらしい。
「ええ、まあ……」
「私もついていきます」
「えっ」
「別にいいでしょう? 邪魔はしません。それとも、私がついていくことに何か不都合でも?」
「不都合というか……」
困ったようにアシュレイを見つめるアレクは、しばらくして諦めたようにため息をついた。そのまま彼の横を通り過ぎて、後ろからついてくる足音が聞こえてくるのを受け入れる。
「ええと、アスだっけ。あなたは──」
「アシュレイです」
「ああ、アシュレイね。ええと、何か僕に用事?」
彼──アレクがそう言ってこちらを振り返るのを見て、アシュレイは目を細める。
今年8歳らしい目の前の少年は、弓矢と右肩にかけられている縄の使用感に、この狩りは何度も行っていることが感じられる。
服装はこのサリクタの町に溶け込むような違和感のないもののようだが、その見た目と動作、言葉遣いが“この町の子供”ではなかった。
彼は普通ではない。
そう感じたのは嘘ではないだろう。現に、急に現れた『お貴族様』に臆することなく言葉を返し、こうして前を歩いているのだから。
普通貴族とわかれば、それがどんなに子供でも距離を置くものだ。物理的にも、心理的にも。
時たまもの知らずが襲おうとするが、罪が発覚すれば生きてはいられない。頭の良い奴は貴族を襲おうとは思わず、少し金持ちの市民を襲うのだ。
アレクはしばらくアシュレイからの返答を待っていたが、再び黙りになってしまったのに気付いた早々に返答を諦め、前を向いた。
意味のわからないお貴族様より、自分の生活が大切だ──そういう考えは確かに市井の者だろうと思うが、それにしては彼の行動は不自然に思える。
アシュレイはじっと目の前の少年を睨みながら、一つ下の従兄弟──ジェラルド殿下から聞かされた、一度目のお忍びの報告を思い出した。




