005
さて。
私が“私”を思い出してから気付いたことをまとめていこう。というのも、この世界はどうやら“私”の常識とは違う世界らしい。いやまあ、伯父さんの髪や目が紫の時点で変だなと確信したけど。それまで何も思わなかったから不思議だ。いや、ここでは常識なんだろうから、それを異常だと思う私の方が異常なんだけど。……ちょっと自分で言ってきてわからなくなってきた。
まあまとめるとは言っても、現時点でおかしいと思ったのは一つなのだが。(髪色が紫なのは置いておいて、だ)
──私、飲食してない。
それに気付いたのは、“私”を思い出して3日が経った頃だ。
え? 気付くの遅くね? である。自分でも思う。3日飲まず食わずで、なぜそれまで一切疑問に思わなかったんだ私は。
それに気付いた時は大混乱だった。
え? 朝ごはんは? 昼食……おやつ……夕飯も……な、何も食べてない……?
まさかの嫌がらせか!? と戦慄いた私だったが、ふと思い返すと“今まで”一切食べても飲んでもいなかったことを思い出した。
そう、“今まで”だ。
言葉通り、私は“私”を思い出す以前から飲食した記憶がない。
あっれ~!? まさかの両親ネグレクト!? 実は虐待されてましたパターン!? と思ってしまうのも無理はないだろう。だって“私”の常識では、『生き物は飲食するもの』なのだから。
そしてまた思い出す。思い出すというか、現在進行形だけど。
──食べてないし飲んでない──でも、お腹も空いてないし喉も乾いてない。
『食べてない』ことに気付いたのがおかしいくらい、一切の食欲を感じないのだ。お腹すいた~とか、喉渇いた~とか、そういえば思ったことがない。
ということは、この世界の人間は飲食の必要がないのだろうか? それって人間と言えるのか? 人間の形をしたなにかじゃないか? ──あくまで“私”の常識からの思考だし、この世界では『飲食の必要がない生物』を『人間』とするのかもしれないけど。
は~なるほど~と一人頷いていた私だったが、はたとまた気付いた。
タリアさんはお昼と夕方になるといなくなる。その代わりにその間だけ、ラグーンさん(両親がいた時からの使用人。ここまでついてきてくれたおじいさん)が一緒にいてくれるのだ。
お昼と夕方……?
その間ついてくれるラグーンさんをなんとか出し抜いて、こっそり後をついて行くと。
──食べてる! 普通に食べてるよタリアさん!!
そこには他の使用人たちと談笑しながら夕飯をとっているタリアさんの姿があった。いい匂いが私の鼻をくすぐるが、一切口にしたいという気持ちは湧いてこない。
──……あれ? タリアさんは食べてる……ってことは食べない私は一体……?
そういえば、両親も一日休みの日でも朝、昼、夕と会えない時間があった。ってことは恐らく両親も食べてたはずだ。
──え? 私は……? ええ……? もしかして魔人とか……?
思い至ったその考えに愕然となる。私もしかして両親の子じゃなかった? マジで? 拾われた感じ? ええ、まさかの衝撃の事実。
その事実に打ちのめされながらも、はっとして風呂場で見た自分の身体を思い出す。
自分の身体を見下ろした時“ついていなかった”から、てっきり自分のことを女だと思っていたが──。
夜。布団の中、部屋に誰もいないことを確かめてそっとパジャマのズボンを下ろす。
うん、ついてない。ついてないし──穴も、ない。……あれ待って? これ肛門もなくない? え? 本当に穴ない。なんだこの身体。
そっと触れた下半身はつるつるだった。まるでよくできた球体人形の又関節を触っているようだ。いや確かに飲食した記憶も、トイレに行った記憶もないけど。
改めて自分の身体を見てみると、不思議だった。どうして今まで気付かなかったのか──乳首もない──本当にこの身体はよくできた作り物のようだ。
ということは……私って実はカラクリ人形的ななにか……?
その結論に思い至った私の気持ちをわかってほしい。
いやあの、ショックだ。これ、本当に3歳の私が知ったらどうなっただろう。心壊れてたんじゃない? 少なくとも両親に二度と会えないって気付いたショックで“私”を思い出したくらいだ。
次の日、どんよりした私を見てタリアさんが物凄く心配してくれたのがなんだかおかしかったし悲しかった。
私って人間じゃなかったんだ。
よくできた人形なら、両親の子供として造られたんだろうし、似ててもおかしくない。
そういえば私は“ついていなかった”から“女”だと認識していたけれど、女っぽいこと──というか、性別はそれまで全く気にしていなかった。多分、“私”を思い出さなければ性別を気にすることもなかっただろう。だって、男だとか女だとかの思考がなかったのだから。