046
話が終わったのでしょうか、アスがアレクから離れると私の方へと近付いてきました。アスがわかりやすく怒っているのが珍しく、私はまじまじとアスの顔を見つめてしまいます。
「ったく……とんだ×××ですね」
「はあ!? 初対面のあなたに言われたくないんだけど!?」
先程までは丁寧な喋り方だったはずのアレクが乱雑に、市井の話し方をしていたアスがいつもの話し方になったのを聞いて、私はやはりと頷きました。
「やはり仲良く……」
「「なってない(です)(ってば)!!」」
また揃った声に、キッとアスとアレクは互いを睨み付けます。
「「真似(しないで下さい)(すんな)!!!」」
……明らかに仲良しに見えますが、あまり言わない方が良さそうです。
私はアスの腕を引き、こちらに意識を向けさせました。一つ上の彼は私より若干背が高く、少しだけ見上げます。
「ところで、どうしてここに?」
私の影武者をしているのでは? という言葉は、流石に誰に聞かれているかわからないのでやめておきます。先程のアスとアレクと同じように、顔を近付け声を潜めます。
アスは市井でも紛れられるような、いつもより粗末な服を着ていますが──きっとそれも、アレクにとっては『綺麗すぎる』のでしょう。確かにアスとアレクが並ぶと、その服の違いがわかります。こうして実際に見比べると違いがハッキリしているものですね。
「私も抜け出してきました」
「えっ!?」
思わず声を上げてしまい、慌てて小さな声で「どうしてですか」と問いかける。
気を利かせてくれたのか、少し離れた場所に居たアレクが怪訝な顔でこちらを伺うのを、なんでもないですと手を振りました。
「先週仰っていた子供に会うと聞いたので……一度この目で確かめておこうと」
「なんでそんな……」
「貴方様が騙されていないとも限らないので」
「……アレクは悪い人なんかじゃないよ」
一回目のお忍びの後、アスと入れ替わる時に小声でいろいろ報告していたことを覚えていたアスはきっと、話に出てきた『アレク』がどんな人なのか気になったのでしょう。アスに似ている、と言ったのも原因かもしれません。
「いいえ。貴方様の前で良い顔をしているだけかもしれません。貴方様と仲良くするのも、利益があるからという打算かもしれません」
「そんな……」
「貴方様がなんと言おうと、あれは市井の者です。卑しく穢らわしい。貴方様が関わる必要のない存在なのですよ」
そう言って、アスはちらりとアレクに目をやりました。アレクは出店の者と談笑していて、こちらには気付いていないようです。
アレクを見つめるアスの目線には、優しさの欠片も見当たりません。どこまでも冷たく、そう──蔑んだ、視線でした。
「確かに貴方様を助けたことは賞賛に値します。が、それも貴方様の服装や話し方などを見て、『助ければ見返りがある』という打算からかもしれません」
「そんなこと」
「ないとは言わせませんよ。貴方様もご理解されていらっしゃるはずです。貴方様に近寄る者の、笑顔の裏に隠した顔を」
「……」
確かに、日々の隙間をついて近寄ってくる人たちの笑顔は歪んでいて、気持ちが悪いです。始めは何も知らず、親切にされてただただ喜んでいましたが──今では、それが『私』ではなく、『私の身分によるお零れ』を求めていたものだとわかります。
「でも──でも、アレクは、本当の私を知らない」
「ですが、名乗ったのでしょう? なら、今は気付いてなくとも後々わかることです」
それに──と言葉を続けるアスは、談笑するアレクを見つめたままで。何? と疑問を口にするよりも早く、アスの口が動きました。
「──あれは、絶対に怪しい」
顔を顰め、アレクを睨みつけて。
アスはまるで、なにかの仇のようにアレクを睨みました。
「おい!」
私が呆然としていると、アスが大声をあげてアレクを呼びました。それに気付いたアレクが、出店の者に断ってこちらに駆け寄ってきます。
「なんだよ」
「私たちはこれで戻ります。世話になりました」
「「えっ!?」」
今度は私とアレクの声が揃いました。アスの言葉に気を取られ、それに嬉しく思う余裕もありません。
「帰××?」
「ええ、帰ります。それでは」
「えっ、あの、アス!?」
アスは私の腕を優しく取り、しかし有無を言わさない強さで引っ張ってどんどんとアレクから離れていきます。
「おい、ルドが着てた服と金が家にあるんだけど!」
「手切れ金として差し上げます。お好きになさって下さい」
「ちょ……!」
「ア、アス……!」
どう足掻いてもアスにまだ力も剣技も叶わない私は、困惑したように立ち竦むアレクを振り返りました。もうだいぶ遠くなっています。今まで隣に居たのが嘘のようです。
「アレク! ごめん、今日はありがとう!」
こんなに大声を出したのは初めてではないでしょうか。腕を掴むアスの手が、一瞬ぴくりと力を強めた気がします。
私の声を聞いたアレクが、「おー!」と手を振ってくれました。急なお開きでしたが、きっとまた会えるでしょう。もしかしたらちょっとだけ嫌な顔をされるかもしれませんが、それでも私のわがままを最後まで叶えてくれそうです。
「アス」
「…………」
「アス、どうしたんだ?」
「……本当にあれは悪影響しか与えてませんね」
「アス?」
無言で突き進むアスに何度か問いかけても、その後返事はなく。
私たちはこっそりと、城に戻ったのでした。




