045
……どうしてアスがここにいるのでしょう?
頭に疑問符を沢山浮かべながらも、私は私の表情が動いていないことを自覚します。
──感情を、表に出してはいけない。
心の奥深くまで刻みつけられたそれに、自然と身体が従いました。アレクと居ると気が緩んで感情が表に出てしまいますが、やはり私の本質はこちらのようです。──7年貴族でいれば、当たり前のことでしょうが。
「ルド?」
声とともに、視界が白に遮られます。何がと思えば、それはアレクの後頭部でした。どうやら彼は、私とアスの間に立って私に背を向けているようです。背を向けている──いえ、正しくは守っているのでしょう。
私のことをジルと呼んだ、正体不明の男から。
「誰? 逃げる?」
「あ、待ってください! 彼は違うんです」
ポソリと尋ねられたそれに慌てて返事をすれば、困惑した目線と驚愕した目線が私を捉えました。
困惑したのはアレク、驚愕したのは──私の従兄弟の、アスです。
「彼は私の従兄弟のアスです」
「従兄弟……ってことは、あなたもお貴族様?」
訝しげな表情でアレクがアスを見ると、アスはひくりと眉を寄せました。
「ふうん……ルドよりかは下町慣れされてらっしゃる? 雰囲気がまだ馴染んでるみたいですけれど」
「あ、ええと……」
アスにアレクを紹介する前に、アレクがアスに話しかけてしまいました。貴族の常識では非常識なこの行動も、市井では非常識に当たらないのでしょうか。あまりにも普通にしているので、非常識ではないようですが……。
急ににこりと笑ったアスのその目は一切笑っていません。やはり非常識な行動をとったことで苛立っているのでしょう。決まりには厳しいアスですから、アレクの非常識な行為に怒りを覚えているようです。
私が慌てて弁解しようとしましたが、アスがちらりと私を見て──その眼差しで、開きかけた口を閉じました。
怒ったアスは怖いのです。
「君がアレク? どうも。ジルが世話になってるようで」
「どーも。ええと、お貴族様なんですよね?」
「そうだよ」
「だいぶ市井慣れされてるように思いますけど、ここには何度か来られてるんですか?」
「いや、ここには初めてきた。いつもは自領の街に下りてるかな」
「はあ……」
おや、あまり怒ってないのでしょうか。とはいえ、どうしてアスがここに居るのでしょう? 何か緊急な用でもあったのでしょうか?
「アス、何か問題が──」
私がアスに声をかけようとすると、急にアスはつかつかと此方に歩み寄り、アレクの肩を掴んでアスの方にと引っ張りました。
「えっ」
「なっ!?」
アレクは体制を崩しましたが、右足を一歩前に出しただけでその場に留まりました。やはり反射神経がいいようです。
すると、アレクの耳元に顔を近付けたアスはそのまま何かを呟きました。目の前にいるのに、何を言ったのか聞こえません。
「──って?」
「だから─────」
「────」
そのままボソボソと二人は話し出し、私は一人どうすべきかと悩みました。まさか出会って早々、二人がこんなに仲良くなるとは思ってなかったのです。
私の方がアレクと過ごした時間は長いですし、アスと過ごした時間も長いんですからね! と変な闘争心を抱いてしまうのはどうしてでしょうか? アスに聞けば教えてくれるでしょうか。
それにしても長いです。まだ話しています。何をそんなに話すことがあるのか、出会って早々秘密を話し合うのは何事なのかと、少し心配にもなります。それとも、二人は元々知り合いだったのでしょうか?
いえ、それなら先程のアレクの行動もアスの反応も矛盾が生じますし、今日この時が初対面で間違いはなさそうです。それならばなぜ──。
「───だよ」
「え? なら───……ですか?」
「だから──……」
「……お二人とも、仲良くなるのお早いですね」
確かに一度目のお忍びの後、アスにはアレクのことを話しました。下町で助けてもらった少年と、また次も約束をしたことも。
夕会の時間が直ぐでしたので、あまり詳しい話はできませんでしたが──アスはきっと、その少年に興味を持ったのでしょう。なら、影武者をしている筈のアスがここにいるのもわかる気がします。
私の心からの言葉に、急に二人は私を振り返って──
「「仲良くなんかない(です)(よ)!!!」」
──同時に、叫びました。
叫んだアスにも驚きですが、揃った声にも驚きます。
──いえ、物凄く仲良しに見えますけど。
それはきっと、言わない方がいいのでしょう。
私は言いそうになった口を、両手でそっと抑えました。




