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「今日は……そうだな、話す練習しながら、見て回って……ここで使える服とか靴とかを買うか。ルドお金持ってきてる?」
「あ、はい」
その言葉に、慌てて元々着ていた服のズボンのポケットを指します。その合図が何を意味するのかわかったのでしょう、アレクは指した先にあるポケットに手を入れました。
「ここ?」
「そうです」
「──って、何これ?」
そうして取り出された硬貨を、アレクは不思議そうに見つめます。
実は私は、お金を持っていません。この硬貨もアスから借りたもので、その価値もよくわからないまま持ってきたのです。
私から従兄弟へのありがたーいお小遣いだ、と言っていたアスは返す必要はないと続けていたので、この硬貨は私のお金になるのかもしれませんが。
「うーん、見たことないなぁ。これ幾らになるの?」
「ええと……すみません、実は硬貨を見たのもここに来た時が初めてでして……」
「あ、そっか。金と物の現物のやり取りを見なくてもいいんだよね。むしろ金っていう概念も最近まで知らなかったか」
「恥ずかしながら……」
紫水晶のように輝くその硬貨は、私もアレクもその価値がわからないため使えません。アスが用意したものですから、偽物などではないとは思うのですが。
「うーん、とりあえず今日は僕のお金で払うよ」
「えっ、しかし」
「だってこれ本当に使えるかわからないし、もし使えたとしても価値がわからないんだから何買えるかすらわからないだろ?」
「店主に聞けば……」
「もしそれで××××られたらどうするの?」
「えっと……なんと言いました?」
「あ、わからないか。えーと……なんだろ……本当は物凄くこの硬貨の価値が高いのに、布切れ一枚しか買えませんって嘘つかれるかもしれないってこと」
「そ、それは犯罪です!」
思わず声を荒らげると、「ここでは騙されるほうが悪いんだよ」と至極普通な顔で言われました。
サリクタの何番目の分家かわかりませんが、どうやらここを治める領家は“治めている”とはいえない治世を強いてるようです。本格的に調べる必要がありそうですね。
私がまた考えに集中していると、「というかね」とどこか呆れたような声がかかりました。
「そんな気軽にお金がある場所を示して、その上それを他人に取ってもらうなんてしちゃ駄目だよ。盗られたらどうするの?」
「アレクはそんなことしないでしょう?」
「……そういうところが心配なんだよ」
「勿論、私だって気軽に人に任せたりしません。先程はアレクでしたから頼んだのです」
「……顔合わせたの二回目だけど?」
「そうだね」
「……××××来たその信頼……」
まあ確かに盗みなどしないけど、と言ってため息をつくアレクに、私は首を傾げます。どうして疲れているのでしょう?
その後直ぐ気を取り直したアレクに急かされるまま、街を探索することになりました。私が持ってきたお金は結局使わず、アレクが出すようです。何から何までお世話になっていて、少し申し訳なく感じます。
持ち歩くよりは家に置いておいたほうが安心とのことで、私のお金はアレクの家に置いておくことになりました。なんでも『スリ』と言って、人とぶつかった時にお金を盗っていく人がいるらしいのです。ここの治安は、本当にどうなっているのでしょうか。
ざわざわと賑わう『大通り』に着きました。先週も驚きましたが、こんなに人がこんな所に集まっているなんて慣れません。先週は方々に歩く人たちを上手く避けられず、ぶつかったりよろめいたりしていましたが、今日は違いました。
「ルド、離さないでね」
「はい」
「『うん』だよ」
「うん」
「よし」
アレクの左手で私の右手を取られ、先導してくれるアレクのお陰で行き交う人たちとぶつからずに済みます。するすると抜けていくアレクに、私は尊敬の眼差しを向けました。
「凄い……魔法みたいですね! って、まさか魔法を使っているのですか?」
「いや、魔法使わなくてもここに住んでれば当たり前にできるよ」
「凄い……!」
「だから凄くないんだって……」
目の前でゆらゆらと艶やかな髪が揺れるのを見つめながら、私は一生懸命足を動かしました。訓練で走ってはいるものの、普段はゆっくり歩くように教えられているので、『走る』と『歩く』の中間のような足さばきはなかなか難しいのです。
そうしてついていく内に、私も余裕が出てきたのか周囲を見回せるようになりました。




