040
二話目
「とりあえず、その××……あーっと、懇切? 丁寧な口調をなんとかしないと」
「口調……ですか」
「練習あるのみだけど、とりあえず僕の真似をすればいいと思うよ」
今日は二回目の街探索日です。
週末の5日は、まだ子供であるため休日として過ごしていいと大目に見られています。とはいえ、抜け出しているとは露ほど思っていないでしょうが……。
一回目のお忍びは──いろいろあって戻る時間が遅くなってしまったのを怒られてしまったものの──なんとか気付かれずに戻ることに成功しました。これも、影武者をしてくれたアスのお陰です。……お土産を買う時間もなく、アスには謝るしかありませんでしたが。
「わかりました」
「違う、『わかった』」
「わか……った?」
「『わかった』」
「わかった」
「そう。そのくらいの発音だと、いい感じに聞こえる」
「わかりまし……わかった」
「そうそう」
二回目である次週の5日の今日、私はアレクと約束をし待ち合わせすることになりました。アスがまた今日も身代わりとして影武者になってくれています──今日は何かお土産を買って帰らないといけませんね。
来週も来ると言ったところ、『えっ!? また来××!? うへぇ、お貴族様のお世話係とか……××××××ことに……いやでもここで見放して、捕まりでもしたら寝覚めが悪いしな……』と、“快く”今後の案内を引き受けてくれました。
「じゃあ今日は言葉の練習しつつ、見て回りたいところ回ろうか。耳も慣れていかないとね」
「そうですね、お願いします」
「『そうだね、お願いするよ』」
「……そう、だね? お願い……」
「『するよ』」
「するよ」
「うん、続けて」
「……そうだね、……お願いするよ?」
「××××、任せて!」
待ち合わせ場所の小さな噴水に行けば、既にアレクが待っていました。こちらに駆け寄り、『よかった! 無事辿り着いたんだね!』と快活に笑った彼はばんばんと優しくない力で私の背中を叩きます。
出会って二日目だというのに、今までにない距離感で接してくるアレクに、私は少し嬉しくなりました。……背中は痛かったけれど。
「僕の今の発音は聞き取れるんだよね? なんで話せないの?」
「うーん……聞き取れはしますが、発音はしたことなかったので……」
「ふーん。ってことは日常的にそんな丁寧な口調なの?」
「そうで……そうだね」
「うへぇ、凄いね」
そうして再び私はアレクの家にやってきました。虫小屋の大きさしかないそこはやはり、アレクの家だったようです。
狭いながらも掃除が行き届いており、必要なものはひと通り揃っているそう。こんなに狭くとも必要なものが揃っているとは、なかなか凄いと思います。
そして今、私はアレクの家で話しているわけなのですが──……。
「よし! とりあえずこれな!」
「はあ……」
じゃーん! とアレクが両手で掲げたのは、草臥れた服でした。そうです。彼は私に着替えろと言っているのです。
「いくら街に降りても違和感がない服って言っても、どっかの金持ちに見えるからね。今日は僕と歩くし、なるべく見た目だけでもここの“普通”になってくれないと」
アスから借りたこの服は、アスも街に降りる時に使ったと言っていたのでおかしくはない筈ですが──アレクにとっては『お綺麗すぎる』そうです。
仕方ないと私は立ち上がりました。
「……」
ゴソゴソ。
「……」
ゴソゴソ。
「…………初めて着替えに挑戦する3歳児みたいだ……」
「えっ?」
「イエ、ナンデモ」
やっと着替えを終え、達成感でほっと息をついていると、私の着替えを眺めていたアレクが呆れたような目でこちらを見ていました。
アスから、市井の人は着替えを自分一人ですると聞いています。なので、私が着替えに悪戦苦闘するのに違和感しかなかったのでしょう。遅い自覚はあります。なんせまだ二回目なので、慣れていないのです。
「すみません、お待たせしました」
「『ごめん、待たせた』」
「……ごめん、待たせた?」
「そうそう。いいよー、慣れてないんでしょ、一人で着替えるの」
「そう、だね。普段は使用人に任せているから」
「まあでも、ここの服は一人で着られるように出来てるし、一人で着られないとこっそり出て来れないから、練習あるのみだね」
「そうだね」
私は自分の身体を見下ろします。普段着ているという綿の白い長袖に、深緑のベスト。紺のゆったりしたズボンは動きやすく身軽で、私は少し楽しくなりました。
私が脱いだアスの服はと視線を巡らせると、いつの間にかアレクが既に畳んでいて、そっとベッドの上に置かれているところでした。
「あ、ありがとうございます」
「ん、いーのいーの。なるべく汚さないようにここに置いて置くけど、それでも汚れるかも知れないからごめんね」
「ああ、いえ。そこは大丈夫です」
元々汚れてもいい服をとアスに借りましたし、私も気にしません。むしろ、アレクの服を借りてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。




