004
首を傾げていると、さっきの顔が気のせいだったかと思うくらいにパッと明るい表情になった伯父さんは、「ならレヴィーレが好きそうな本を沢山準備するよ」と笑ってくれた。
「え、でも」
「心配しないで。断られちゃうと、君のお父さんとお母さんに『子供に×××××××!』って怒られちゃうから」
うーむ、だいぶ言葉を勉強してきたけど、やっぱり本だけの知識だと駄目だなぁ。日常会話の勉強しなきゃ。
まあ、恐らく両親が残したお金で私が欲しいものを見繕うのだろう。本は欲しいし、有難いので頼むことにした。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「うん、何か欲しい本はあるかい?」
「ええと、そうですね……」
“私”が私になった時から意識して大人の話し方を聞いていたお陰で、丁寧語っぽく喋れるようになったと思う。確信はないし、まだ舌っ足らずの子供の喋り方だけれども。
欲しい本はある。でも、それを示す単語はまだ知らない為、今できる自分の語彙を使ってそれの説明をすることにした。
「こう……文字の意味が沢山書いてある本とか、あとえっと、沢山の動物の絵と名前が書いてある本とかがいいです」
語彙力の欠如。
いや、辞書と図鑑って言いたかったんだよ! でもわかんないもん! 日本語で言っても通じねえし、クソ……日本語が自動変換されるようなチートないのかよ……知識があっても伝えられなきゃ意味がないじゃん……。
「うーん、××と××かな……? うん、わかったよ」
伯父さんが呟いた単語がどうか辞書と図鑑であってほしいと願いながら、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
するとその後、なぜか伯父さんはソワソワとしだす。それに心当たりがない私は首を傾げると、「あの……」と躊躇いがちに伯父さんは言葉を紡いだ。
「そろそろ、ガヴァルやガヴィーと遊ばないかい……?」
「……」
ガヴァルとガヴィー…そうだな。忘れてたわけじゃないけど。
ガヴァルとガヴィーというのは、伯父さんの子供だ。双子で、いつも色違いの服を着ておりどちらがどっちなのか見分けがつかない。私と同い年で、両親が存命の時はよく二人と一緒に遊んでいた。
でも、私がこの家にお世話になった時から二人と一切遊ばず、本ばかり読んでいる。
……いやぁ、だってさぁ。今までは同い年で普通に遊んで楽しかったけど、今はもう“私”の記憶が混ざっちゃって、3歳児の遊びを心から楽しめなくなっちゃったんだよなぁ。一応ここに来た初日に挨拶したし、二人とも遊びたそうだったけど……逃げた。逃げまくった。純粋な3歳児と対峙して、「3歳児」を演じられる自信がない。逆に大人を対応する方が気が楽だ。多少大人びた発言をしても許されるし、ボロが出てもまあ大目に見てくれる。
……前世の“私”は子供が苦手だったのだろうか。う~ん、暫くは自分も子供なんだから困るな……多少なりとも遊ばないといけないな……。
私がそんなことを考えているなど一切知らない伯父さんは、慌てたように「ああごめんね」と両手を振った。
「困らせるつもりじゃなかったんだ。遊びたくなったらいつでも声をかけてね。ガヴァルもガヴィーも、レヴィーレが好きだから」
「……はい」
なんだか勘違いさせてしまっている気がするが、とりあえず今はまだ3歳児と対峙する勇気はない。おまえも3歳児の癖になに言ってんだって感じだけど、許せ。気持ちは成人済だ。
そうして伯父さんはじゃあまた、と手を振って部屋を後にした。
「レヴィーレ様、本の続きを読まれますか?」
「うーん……そうだね、そうしよう」
タリアさんが微笑んで、読むのが途中になって机の上に置いていた本を差し出してくれる。勿論途中まで読んでいたページを開いてだ。優しい。すき。
本を受け取った私は再び文字の勉強をする為に、めくるめく冒険の旅に入り込んでいった。