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「っれ……! な、にをやっているのですか! 早く中にお戻りください!」
護衛の一人が声をあげる。
恐らく私の名前を呼ぼうとして、それが『紫の分家第一位の一子』を示す名前であること──ついては、『名前のついていない神の子』であると宣言するものであると気付いたのだろう、頭文字だけで息を止めたかと思えば、改めて言葉を続けた。
彼は確か、この一行の護衛隊長だ。まだ若いが、腕は確かだと言っていた記憶がある。
私はさっと視線を動かし、盗賊を見た。
敵は5人。数だけで言うとこちらが勝っているが、守りながらの動きになってしまうこちらよりも、土地勘のある向こうの方が有利だろう。迷いなく振られる剣の動きで、相当の手練なのが伺える。
虫家は二匹とも停止しており、前のタリアさんたちが乗る家の戸はまだ開けられていない。壊された風にも見えないので、まだ二人は無事と言っていいだろう。
私は身を翻し、護身用である短剣を手に取った。短剣とはいえ、剣の部位の長さが60センチほどある木立だ。大人なら片手で振り回せる剣だろうが、私は基本両手だ。割と自由自在に動かせるようになったものの、まだまだ修行中の身である。
外に出ると、そこは戦場だった。
──……いや、既にもう終わっていた。
私たちを守ってくれていた護衛たちは地面に付したままピクリとも動かない。しかし、盗賊たちも倒れていた。流れた血が地面を黒く染め上げる。
虫は怯えているのか、御者がいなくともその場を動かなかった。御者の二人は道端で伏しているようだ。その背中に血が見え、さっと目を逸らす。
血を見た時、頭の中が真っ白になった。
いくら稽古をつけていたとは言え、私は本当に“戦う”ということがどういうことなのかわかっていなかったのだ。
戦えば、血が流れる。人が死ぬ。
頭ではわかっていたはずなのに、それを理解しきれていなかった。どうしても、戦争というものから程遠い世界で生きていた“私”にとって、それは『ネットの向こうの世界の話』だったのだ。
──正直、終わってくれていてよかった。
きっと私が助太刀しても、足でまといにしかならなかっただろう。稽古で使っていた潰した刃でない真剣で、本当に血が流れれば私は固まっていただろうから。
その静かな光景をぼんやりと眺めていると、ざくりと誰かが地を踏みしめる音がした。
その方向に目をやる。
頭を布で覆い隠し、その顔は見えないが──きっと、盗賊の生き残りだろう。静かに佇むその姿からは一切の隙を感じない。
「──覚悟はいいか?」
くぐもった声が聞こえた。彼はすらりと腰につけていた剣を抜き、私に近付いてくる。少しだけ、笑ってしまった。
「……そう、だね。やっぱり少し、怖いけど」
私はそう言って、剣を捨てた。
カランと場違いに綺麗な音が響く。彼はそれを気にした素振りも見せず、ゆっくりと私に近付いてきた。
「安心しろ、あまり痛みは感じさせない」
「それは助かるよ」
肩を竦め、首を傾げる。少しでも冗談っぽく笑えていれればいい。
ぴたりと、私の目の前で彼は止まった。右手には依然剣が握られたままだ。これでもしも逃げ出そうとしたものなら、後ろからざっくり殺られるだろう。
「何か言い残したことはあるか?」
どうやらまだお喋りに付き合ってくれるようだ。
私は少し考えて、ちらりと大きな虫家を見る。戸は固く閉じられており、沈黙を保っていた。
「そう、だね……」
くるりと場を見回す。
付した盗賊を見るのは嫌だったが、短い時間ながらも世話になった護衛たち一人一人を見つめた。そして、目を瞑る。
伯父さん、伯母さん、ラグーンさん、ガヴァル、ガヴィー。
使用人一人一人の顔を思い出し、脳裏に彼らの姿を焼き付けてから、ゆっくりと目を開けた。
「……本当に、ありがとうございました、かな」
そう言って、私は笑う。
もうここまでだけど、この人生もなかなか悪くなかった。
両親は亡くなってしまったけど、私の周りは愛で満ちていた。私は本当に幸せ者だ。
「……じゃあな」
そして。
花が咲き誇る暖かなある日。
『レン・ヴィオク』の唯一の生き残りである神の子──レヴィーレは、その存在を公表される前に、その短い生を終えた。
「第一章 まずは自己紹介から」完
ありがとうございました。




