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私がむずむずしているのがわかったのだろう。伯父は苦笑し、ぽんと右手を私の頭に置くとゆっくりと撫でてくれた。
「多分まだわからないことだらけだろうし、聞きたいこともいっぱいあるだろう。でも、これでも沢山教えている方なんだ。大人の事情や政治的背景なんか、子供の君は考えなくていいんだよ。好きなように決めて、それを大人が出来得る限り手助けする。それが普通なんだ。だから気にしなくていいんだよ。君の決定を、私は全肯定するから」
……いやもう出来た大人すぎない? 私が伯父と同じ歳になっても、こんな出来た人間になれる気がしないんだが。
私は大人しく頭を撫でられたまま考える。
──正直、わからないことだらけだ。
女に成るより、男に成ったほうが大変なのはわかった。王子の花嫁候補云々に目を瞑ってしまえば、恐らく女のほうが比較的マシなんだろう。しかし、それだとストレスでしんどくなってしまう未来しか見えない。今でもこんなに頭を悩ませて疲れているのに、これにまた悩ませる問題が重なってくればどうなってしまうのだろう。
でも、男に成ったほうがガル・ヴィオク家にとって不利益になる──いや、荒れる、のか。あれ、不利益になるとは言わなかったな? 不利益にはならないが荒れる、か。祖母が言っていた後継者に担ぎ上げられるだろうというのに当てはまるとすれば、私が後継者になることは不利益ではないということだろうか? むしろ、そちらのほうが利益になる可能性がある……? だから、“不利益”ではなく“荒れる”のか。
考え込んでいると、そっと両頬を両手で覆われた。目の前に揺れる紫の瞳が私をじっと見つめている。
「レヴィーレ、君が家のことなど心配する必要はない。どんなことが起こっても対応するのが私の仕事だ。だから君には何も知ってほしくなかった。母上にも、会わずに済んでほしかったんだ」
「……いいえ、私は知れてよかったです。何も知らないまま生きるには、いろいろありすぎました」
改めて考えると、3歳で両親が死んで、伯父のところに引き取られてるんだよな……。あと、これはまあ“私”のせいだが、自分が人間じゃなかったことに気付いた時も結構なショックだったし(あとで判明したけど)、私の存在があまりガル・ヴィオク家に良いものではないということも……純粋な4歳が知ったらどうなるんだろう。前世思い出せてよかった。
「そう、だね……ごめんね」
「伯父さんが謝ることなんて、何もないです」
むしろ感謝しているのだ。きっと伯父は私を引き取ればどんな面倒ごとになるのかわかった上で引き取ったのだろう。それまでの伯父の発言や行動を考えると、そうとしか思えないことが多々ある。
いやー、にしてもほんと、こんな4歳児嫌過ぎない? 私ならドン引いてるな。大人みたいなこと言って、子供は砂場で山作って遊んでりゃいいんだよ! って軽く背中を押してやってるかもしれない。
ガヴァルとガヴィーの勉強時間も30分も過ぎればソワソワしてくるし、普通だとそうなんだろう。それでも私の知る4歳児よりは集中できている方だと思う。まあ私の知る4歳児は“私”の時代の4歳児だけど。
よく休憩時間に走り回ってるし、昼は昼寝している。かく言う私も昼寝はしているのだが、まあ勉強自体はずっと集中してやっている。時々飽きちゃうけどね。
時間制限がきたのか、ドアマンが遠慮がちに「そろそろ……」とドアを開けて報告する。伯父は残念そうにため息をついて、最後に私の頭をひと撫でした。
「これを聞いた上で、どうしたいかは君に任せるよ。……私としては、あの手段はなるべくとって欲しくないのだけどね」
「……またじっくり考えて、報告します」
ぺこりと一礼して、部屋を出る。扉が閉まる直前に見えた彼の表情は暗かった。
さて。
細かいことを知るためには、祖母にあわなければいけないだろう。きっともう、伯父は教えてくれない。伯母もきっと、困ったように微笑むだけだろう。
前に予言された通りになりそうで歯噛みする。知るためには、必要なことか。でも、次会いにいけば──もう、逃げられないかもしれない。
それでもいいかもと思いつつ、私は少しでも情報を集めるために聞き耳をたてた。




