020
それでもまだ、私は決められない。
裁縫や花、絵を描くことが好きだ。可愛いものだって好きだし、ドレスを着てダンスすると、まるで自分が主役になったかのように思う。
でもそれと同時に、乗馬や剣、狩りも好きなのだ。大空の下で馬の背に乗って駆け回り、師匠に剣を当てるために作戦を考え行動すれば、まるで自分が国一番の騎士になったかのように思う。
両方楽しい。だからこそ、
──女になることを強要されると成りたくなくなるし、選択肢を潰されることに腹が立つ。
反抗して男になったらなったで何かしら言われるだろうが、素直に女になって祖母の駒になりたくはない。ああ、本当に。
──これまでどっちにしようか楽しみにしてたのに、その楽しみを奪われたのが許せない。
その苛立ちを抑え、さてどう返答するか少しだけ考えて──まあ愚問だなと即結論を出した。
「私、男になろうと思います」
ここでもし女になると発言すれば、この祖母は本当にその選択肢以外選べなくするだろう。性別が定まるまでは身内以外に存在が知られない“神の子”の存在を、これ幸いと知らしめようとこの祖母は動く。その確信があった。
もし私があとで『本当はまだ迷っているんです』と言えば、伯父はこれまで通りに男女の教養を受けさせてくれるだろうが、外堀を埋められてしまえばどうしようもない。
発言をなかったことにできる身内だけの問題ではなくなるのだ。
私の宣言を聞いた祖母はそのまま数秒固まると、ゆっくりと首を傾げた。
「……おかしいわね? わたくし耳が遠くなったのかしら。もう一度言ってくれる?」
「私、男になろうと思います」
一字一句違わずにもう一度言ってやる。祖母の口端が引き攣るのを、少し愉快に思った。
「……本気かしら」
「どうでしょうか」
素知らぬフリで笑ってやる。淑女の微笑みなど必要ない。この場は既に戦場だった。
また何処からか出した扇で口元を覆った祖母は、まるでドブネズミでも見るかのような視線で私を見やる。変な笑顔と値踏みするような視線よりは大分マシで笑ってしまった。そうそう、その蔑んだ目があんたの本性だろうが。
「可愛げのない子ね」
「それはどうもありがとうございます。とても嬉しく思いますよ、太母様」
またひくりと祖母の眉が顰められる。
可愛くない? いいね、褒め言葉だ。あんたに可愛いとは思われたくはない。心の底からそう思う。
祖母はイライラと身体を揺すり、扇を開いたり閉じたりと忙しない。その行動が私の発言のせいだと思うと心底愉快だ。
しばらく嫌そうにこちらを見ていた祖母が、ふと目を細める。扇の向こうでは頬の重い肉を持ち上げて失笑しているのだろうか。
「──どうして女に成りたくないの? 少なくとも楽しんでるようだけれど?」
「あなたの駒になりたくないからですね」
「駒? どういうことかしら」
湾曲せずにはっきりと。そう決めれば割と気が楽だった。もともと遠回しに言うようなネチネチした物言いは得意ではない。
きょとんと心底不思議そうに首を傾げる祖母は恐らく演技なのだろうが、あまりにも自然で嫌になる。
「『ヴィオク』から王子と結婚させて自分の地位を上げたいのでしょう」
──そうして裏で私に指示を出し、自分の思い通りに事を進めようとしているのだろう。
政略結婚についてはまあ、異論はない。
正直“私”の時にも、恋愛結婚が多いとはいえ見合いや家同士の繋がりのための結婚もあっただろう。なので、もしも自分が政略結婚の駒にされたとしても仕方のないことだと思っている。
──しかし、これは違う。
確かにヴィオク家の地位向上としては王族と結婚させるのが手っ取り早い。もし伯父がそう望むのであれば、私は文句も言わず最初から淑女の教養のみを受けていただろう。
だが、どうやらそれは不必要であると、教師の何気ない雑談で知ったのだ。
ヴィオク家は王家に次ぐ最大権力保持家らしい。質問したら逆に驚かれた。どうやらそれは家族と過ごしていて、それとなく察したり話題に出たりするものであってわざわざ聞くようなものではないらしい。それを聞いてああ~となってしまったのは仕方のないことだと思う。伯父さん伯母さんにはとてもお世話になっているが、やはり『家族』ではないのだ。というか向こうはそう接してくれていると思うが、こちらがどうしても遠慮してしまう。なのであまり家族の会話をしてこなかった。勉強をしていたかったというのもある。
そうして勉強合間の雑談で、己がやはり貴族ということとヴィオクは国内の三大貴族と呼ばれる家だということを知った。他の色は──と続けて聞こうとしたら時間切れになったので、また時間がある時に聞こうと思う。ま世論の勉強は5歳以降らしいから、あんまり突っ込んだところを聞いても答えてくれなさそうだが。
ヴィオクは王家に次ぐ権力保持家だ。そんな家が王家と婚姻を結ぶ必要もメリットもない。むしろ王家は拒否するのではないのだろうか。
しかし祖母はそれを成そうとしている。恐らくヴィオク家のためではなく、己の欲望のために。
私が王子について言ったことに驚いたのか、目を見開いた祖母はまた目を眇めて「面白くないわ」と呟いた。私は面白いよ。世間から隠されている神の子が世間のことを知っていたから、自分の予定が崩れてイライラしているのだろう。そういう意味でも聞き耳をたてていてよかったと思う。
「私はそれをお断りしているのです。それにきっと王子の婚姻候補は沢山いるでしょう? 私が女になったところで選ばれるとは思いませんし、そもそも私はあなたの言いなりになりたくありません」
「本当に可愛くないわ、××に似たのねきっと。忌々しいこと」
「それはどうも」
「本当に可愛くないわね。……あなた、わたくしの駒になりたくないと言ったわね……でも女に成るのはあなたのためでもあるのよ?」




