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はじめまして、君の名前は?  作者: 井上魚煮
第一章 まずは自己紹介から
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002



 目が覚めても目を開けず、『まだ目が覚めてませんよ〜』という体をとりながら私の記憶をゆっくりと確認した上で、そっと目を開けた。


「! レヴィーレ様……! 目が覚めたのですね!」


 この世界の言葉には、日本の丁寧語やら尊敬語、謙譲語などという種類はないものの、話し方や若干の語尾の違いによってその違いを示している……と思う。いやほんと、こう考えると日本語って難しいよな? ずっと日本にいて日本語を自然と使っていたからわからなかったが、こうしてガッツリ外国語を使ってるとそう感じる。いやもう日本人じゃないから日本語が外国語になるのか……なんか変な感じだ。


「タリアさん……」

「ただ今旦那様をお呼びします。少々お待ちいただけますか?」


 それに「はい」と返し──ニュアンス的には「うん」とか砕けた感じに近いかな──、私の言葉を受けたタリアさんは安心させるようにそっと微笑んで、無駄に広いシンプルな部屋から出て行った。

 それをベッドの上から見送った私は、ゆっくりと上半身を起き上がらせ、自分の小さい手を見つめる。

 “私”は──私は、レン。歳は3歳で、今年の夏に4歳になる。レン・ヴィオク=レン。これが正式名称だ。あ、最後のレンが名前の方ね。頭のレンは、ヴィオクを纏めて苗字。苗字というより家名って言ったほうがニュアンスは近い気がするな。

 私が“私”の記憶を思い出した(のか、“私”という記憶が私に入り込んだのかは知らない)が、私がこれまで3年間生きていたという記憶と知識は変わらずあり、“私”の価値観をもって今の私の状況を理解する。

 私は恐らく、所謂『貴族』というものになるんじゃないだろうか?

 “私”の記憶から察するに、一般的な家計だったであろう“私”の生活と比べると、明らかに今の私の生活はお金持ちだと言えるのだ。3歳で既にただっ広い一人部屋に部屋付きの使用人とかどうよ? 金持ちでもレベルが違い過ぎない? いや金持ちならそれも有り得るのか? 価値観が庶民的過ぎてわかんねえなこれ。

 とりあえず、今の私の現状は。


──両親が不慮の事故で亡くなって、伯父さんの家に引き取られるところである。


 いや重っ!? なんで“私”の記憶が蘇ったか入れ込んだのかわかんねえけど、きっかけはこの出来事のせいだろ!? いや、私が“私”だとわかる前の私は、あんまり理解できてなかったみたいだけど。でも、『もう二度と会えない』ってことを理解して目の前が開ける感覚になって──それで、今だ。

 伯父さん……記憶から考えるに、父さんの兄だと思う。少なくとも父方の親戚だろう。3歳の私にとっては、そんな知識よりも従兄弟と遊ぶ方が重要だったから余り考えてなかった。はじめましての挨拶の時に言ってた気がするけど、3歳の私は気がそぞろでちゃんと話を聞いていなかったのだ。な〜んとなく頭の隅に残っている記憶からの考察である。

 そんな私は、伯父さん主体での両親の葬儀を終え、それまで理解できていなかった『二度と会えない』事実をやっと理解し、気を失って──自分の部屋のベッドの上にいる。


「レヴィーレ!」

「……ラハト伯父さん……」


 心配したのだろう、慌てた様子で入ってきた彼は珍しく息が乱れていた。

 ガル・ヴィオク=ラハト。恐らく父の兄にあたる人である。

 ラハト伯父さんは存外落ち着いている私にほっとしたのだろう、ゆっくりと傍まで歩いてくると、ベッドに座る私の頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫かい? ……いや、ごめんよ、大丈夫かなんて聞いて……」

「……私は、大丈夫です」


 ゆったりと私の頭を撫でながら、伯父さんは顔を悲痛そうに歪ませる。お客様が来た時の両親の話し方を思い出して丁寧に言ったつもりだが、失敗したのだろうか。もしかしたら「俺は、大丈夫だ」とかそういう素っ気ない感じになっていたのかもしれない。そんな3歳児嫌だな。……いや、敬語喋ってる3歳児もどうだろう。

 その後、伯父さんは私の頭を撫でながら、ゆっくりと私の今後の予定をわかりやすく説明してくれた。知らない単語が出てきて何度も聞き返すと、噛み砕いて一つ一つ言ってくれる。3歳児だと馬鹿にせず、こんなに根気よく説明してくれるなんて物凄く優しい人だなと頷いていた。

 簡単に要約すると、両親が残した財産は全て私の為にしか使わないことを約束した上で、大きくなって一人で生きていけるようになるまで伯父さんの家で暮らさないか? との事だった。


「それまでこの家は……」

「残しておくよ。×××に……ええと、ひと月に二回くらいは人を入れて、掃除して、綺麗な家のままにしておくよ」


 ひと月に二回……ってことは、さっきの言葉は『定期的』って意味かな? 成程、定期的に掃除するなら、廃墟にはならないだろう。

 たった3年間で、自我が芽生え覚えている月日は短いものの、やはり家というのは安心するし、優しい両親と沢山の使用人とで暮らしたこの家を離れるのはつらい。唇を噛み締め俯くと、伯父さんがそっと私の両手をとった。温かい、優しい手だ。


「レヴィーレ、必ず私が君を守るよ。君が大人になるまで、そのお手伝いをさせてくれないかい? ガヴァルもガヴィーも、君を待っている。君が××なら私の子供になってもいいし、レン・ヴィオクのままで、大きくなったらこの家に帰ってきてもいい。どうか、私に君を守らせてはくれないか?」


 途中またわからない単語があったが、それ以外は3歳児にもわかるような言葉で言ってくれた彼は、本当に誠実に私のことを案じているのだろう。彼にとっては弟と義妹を亡くしたというのに、それに嘆くこともなく、弟が残した子供を心から心配している。

 私は顔を上げて、伯父さんの目を見た。泣いたのかちょっと充血していたが、優しくて、意思のある柔らかい瞳だった。


「……ラハト伯父さん」

「なんだい?」

「……よろしく、お願いします」


 言葉とともに、意識して頬の筋肉を動かす。ちゃんと笑えてるか不安だったが、伯父さんの瞳に映る私はしっかり微笑んでいた。

 そんな私を伯父さんは抱きしめる。頭の斜め後ろで、「絶対に幸せにするよ」と濡れた声がした。しっとりと湿っていく背中に気付かないフリをしながら、私は小さく息をつく。



 こうして私は、ラハト伯父さんの家にお世話になることになったのだった。



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誤字、脱字などありましたらご報告くだされば有難いです……なるべく無いように頑張ってるんですけど、それでもあるので……(´-`)
(わざわざご報告いただき本当にありがとうございます……!お手数おかけします……!)
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